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「と言う事で、決行日も移動ルートについてもさっき隊長達に話したからね、あとで聞いてください。では会議終了。皆さんご苦労様」
そう言うや否や、朝霧支局長は会議室からスタスタと出て行く。最後まで支局長という立場の優位さは微塵も感じさせない姿だった。
「キョウジ隊長、決行日はいつですか?」
私は昂る胸を抑えきれずすぐにキョウジ隊長へ向き直る。彼も分かっている筈だ。
「……決行は明後日の正午。この北区支局から北区収容所までの大通りをマークする。人狼から襲撃の可能性が高い場所は経験豊富な特務部の機動隊が当たる。新入隊員がいる俺たちはゴール付近での監視だ。だが人狼が現れる可能性が低い場所と推測しても油断はしない事。相手の戦力が強化剤でどう変わるか、どの程度の知能が残った状態なのか不明だからな」
「……はい!」
いつの間にか集まったモモやツキコも私の言葉に頷く。
心強い仲間がいるんだ、それに私はもう以前の私じゃない。次の任務は絶対に成功させてみせる!
「よし、やる気があるようで何よりだ。だが、初任務でも分かった通りお前達の実力を底上げすることが現状で一番の優先事項」
確かに、私たちは強化剤を使ってない人狼を捕獲できなかった。このまま任務に当たったら次こそ死ぬかも知れない。
私はごくりと生唾を飲み込む。
「そこで……特務部の新入隊員、警務部の新入隊員向け合同鍛錬を執り行う!」
「え、合同鍛錬?」
「お前達新入隊員が人狼と交戦する場合に備えて鍛錬を積む。今回こそ確実な捕獲が求められるからな。各々の隊長から許可は取った、支局の訓練場の使用許可もある」
「ナルホド〜!じゃあ今からすぐってわけですね。行きましょ、行きましょ!モモちゃん頑張っちゃうぞ〜」
なぜかモモがルンルン気分で先頭を歩く。そのまま訓練場まで向かう気だ。
それにしても彼女の機嫌がこんなに良いとは珍しい。何だかんだでいつもテンションが一定だからだ。
「モモって鍛錬とか嫌いそうなのに意外だな。だりーとか思わねぇんだ」
「そりゃ普通の鍛錬ならね。けれどこの間の任務、人狼を捕まえられなかったでしょ?悔しいんだよね〜。ツキコちゃんの輝かしいはずだった初任務、あんな結果になっちゃったのが」
私やっぱり従者だからさ、と言うモモをツキコはじっと見つめている。モモはその視線に気が付かないのか、それともわざとか訓練場に着くまでツキコを見なかった。
訓練場の床材は運動場の床材と同じでゴム材質、グリップが効いている。先ず初めに私たちは、そのグリップの効いた床でトラック五周分を走ることになった。
「ハァッ……ハァッ……!」
私はその距離でもうヘトヘトだ。トラック五周、つまり二キロメートル。当たり前に新入隊員の中では私がビリであった。いつものことである。
「チカ、やっぱりお前は貧弱だ。あたしが守らねぇと……」
私の後ろで遠慮のない言葉がまだ聞こえる。これもいつものことである。
「フン、貴様は何も分かっていない。赤井は以前、二キロ十五分台だったんだ。それが今十二分までタイムを縮めている。この成長は素晴らしいものだ」
ちょっ、ジンくん何を!皆んなが九分切っている中で余計に恥ずかしいよ!しかもリンネなんて五分で走り終わっていたと言うのに!
「チカ……やっぱりお前はあたしが守らねぇと!」
案の定余計な心配を掛ける羽目になっていた。
「それでは個別メニューを行う!各々武器毎の性能で前衛タイプ、後衛タイプに別れてもらう。……チカは除外」
鍛錬場のお立ち台に乗ってキョウジ隊長が声出す。心なしか、私の名前を出すときだけちょっと声が小さい。
「え〜ん、ツキコちゃんと離れちゃう」
「モモったら……」
モモとツキコは明確に前衛と後衛に分かれている。いつもだったらペアになる二人が離れるなんてレアだ。
モモの方が悲しんでいるような声色だが、顔を見ればツキコはモモのことを名残惜しそうに見ている。段々分かってきたことだが、モモの独占欲もツキコの執着も私の思った以上に有りそうだ。
私を除く新入隊員はもちろん全員戦闘員。前衛タイプはリンネ、モモ、ユリ、㷔硝岩コタロウ、ジンくん。後衛タイプはツキコ、榊リヒト、犬丸ユタカ、片瀬ハクヤ。二つの組はトラックを半分に分割しそれぞれメニューを行うようだ。
そして私は隊長と一対一の特別指導をされるみたい……。でも指導する隊長はキョウジ隊長ではないようでつい身構える。
「赤井さん、僕は一色アキラです。お嬢様からあなたのお話は伺っております。いつもお嬢様と仲良くしていただいてありがとうございます」
緩慢な動きで、目の前の人物は胸に手を当てる挨拶をする。
私の指導を担当するのはユリの隊長である一色隊長。だがさっきからお嬢様と言ってるが誰のことだろう?
「あの、お嬢様って……?」
「ああ、改めてご紹介を……僕は元より壬生家に仕える執事です。つまりお嬢様とは壬生ユリ様。僕はお嬢様の隊をまとめる隊長もしております。どうぞ宜しくお願いします」
執事!?で隊長!何それ、やっぱりユリの隊は面子が濃い……。物腰柔らかな対応も、革の手袋を着用するとことろも執事っぽさがある。
「よ、よろしくお願いします……」
挨拶をすると彼の糸目がにっこりと笑いかける。
「……時に赤井さん、貴女朝霧リンネについてどう思われますか?」
「え……?」
この人、一体何を……。
予想だにしない返答に、私の身体はピシッと石になったように固まる。
「キョウジ君から聞きましたよ、貴女が彼女のバディだと。そして……今日の貴女は私に疑問を抱いた。フフフ。どういう事だ、と顔に書いてありましたからね」
可笑しそうに笑うその声は私を嘲笑っているかのようだ。それとも私の知らない事実について愉悦を感じているのだろう。
背筋に一筋、冷や汗が流れる。
「なんの、事ですか?」
心を見透かされないように、私は平静を装い返事した。
一瞬喉が詰まった、バレただろうか。どうもこの男の尋問は手慣れていて、嫌な予感がする。
一色隊長は少し勿体ぶって口を開く。
「……そうですか。貴女の望む質問に一つ、答えようと思っていたんですがね。何もご興味いただいてないとは、リンネさんもまだ信頼されてないようだ」
「!?ちが、違います!私は……私、は」
……リンネから聞きたい、そう思っているのに。彼が言い出したのは何だ?質問に一つ答えるって、それはやはりリンネとキョウジ隊長、一色隊長は繋がっているということ……?
「赤井さん、賭けをしませんか?……貴女の指導内容は攻撃を避けること。もし一撃でも避けられたら、一つ、何でもお答えしましょう」
またあのじっとりとした瞳が向けられる。
何でも、一つ。リンネの事を知るチャンスだ……
「やりますか?」
挑発をするような口の微笑みが私を苛つかせる。
酷い質問だ。彼は私がその賭けに乗ることを知っているのだから。
「っ、やります……でも、リンネの事はリンネ本人から聞きます!だから、一色隊長の攻撃を避けられたら……あなたのことを教えてください!」
「おや?僕に興味がおありとは……」
なんとでも言え!絶対に避けてみせる!一撃だ、一撃でいいんだ!
疲労の残る身体に鞭を打ち、私はこちらを見定める目つきの一色隊長に対峙した。




