第49章 ミチヒト、なんてたって仲間だよ!
もしかしたら、現場では最大の課題なんじゃないか?学校に来ることが出来ないっていったい何なんだろうって。由美子や通子はなんとなく学校で笑ったり、泣いたり、ボケ-としたり、ドキドキしたり、もしかしたら命に関わる危機に出会ったり。そんな大きなプラスマイナスが交差する学校生活なんだけど、実は心電図モニターには微弱なギザギザで一直線の記録となっているだけみたいな。でも、ミチヒトは全くの直線を描いているんじゃないか?それは青春にとってどうなんだろう?大きく針が振れる経験がいるんじゃないだろうか?
通子と由美子がミチヒトを訪ねます。
第49章 ミチヒト、なんてたって仲間だよ!
「ねえ、由美子。村上ちゃんが始業式のときに宣ってたこと、覚えてる?」
通子のこの表情、何か重大なことを真剣に考えているときだ。
「『運命共同体』っていうこと?」
「いや、『女神のカフェテラス』じゃないんだから。・・・まあ、『運命共同体』って言ってたことは間違いじゃないけど。家族同然に助け合うってことだよね。近いけど、それじゃない。」
「私たちは『個性豊かな細胞』?」
通子が首を振る。
「ちょっと離れた。」
「『後出しジャンケン』はなし?」
通子の首振りが少し強くなった。
「さらにちょっと離れた感じ。最後に言ったこと。卒業式にもふれたよね。」
「あっ。そう『何とかしてみんなで卒業式を迎えるんだ』って。『去年から不完全な状態が続いている』って。ミチヒト君ね?」
ピンポーンとかは言わない。真剣な顔でうなずく。
「そう。不完全なんだよ。それなりに私たちも手紙を書いたり、電話もしようとしたりしたじゃん。まあ、でも、なしのつぶて、糠に釘、暖簾の腕押し、馬の耳に念仏・・・。」
「ちょっと使い方の怪しいところもあるけど、要は働きかけが功を奏していないってことでしょ。」
「そうなんだ。ミチヒトが仲間としていっしょに卒業出来るって、私たちはそれなりに気持ちの上では一緒のつもりなんだけど、物理的に一緒ってなりたいんだよね。」
「それは分かる。でも、やっぱり分からないのはミチヒト君の気持ちというか、学校に行けない理由。理由を探ってもしようがないって村上先生がおっしゃっていたけど、やっぱりそれは大事なことで、理由をひとつに決めるなってことじゃないかな。様々な理由・・・それはもしかして、ミチヒト君が口実にしているものなのかも知れないけど、それも含めて丸ごとミチヒト君を知らなきゃならないんじゃないかって。」
「そうだね。でもあまりにも情報を得にくいよ。村上ちゃんだって家庭訪問を続けていたら、登校刺激になるからって追ん出されたっていうじゃん。ひどいよ。」
「まあ、私たちにも伝えられない情報っていっぱいあるらしいけど。村上先生がミチヒト君のことを話すときの表情を見ていれば分かる。なんか、大人の都合で私たちが蚊帳の外に置かれている部分もあるのかな。それはミチヒト君を守るためでもあるし、私たちを守るためでもあるんだけど、なんか杓子定規だなって。私たちってもっと自然で粗雑でもいいのにって。」
「なんか分かる。もっとずけずけと踏み込みたい。先生と生徒ならいざ知らず、私たちって友達だし、仲間じゃん。このままだと中学校の玄関も無理だよね。私たちの状況は物理的にもガラって変わるけど、家の中にいたんじゃ同じだよ。そのまま流れるね。」
「確かにそうかもしれないけど、情報は少なくとも入っているはずだから精神的な『揺れ』は出てくるはず。少ないけれどチャンスはあると思うんだよね。」
「今、引っ張り出せればなおさらいいんだけど、少なくともそこに向かっての伏線って引けそうだよね。」
「・・・。でも、どうなんだろ。ミチヒト君って学校へ来たいのかな。それとも家がいいのかな。」
「それ、同じっぽいけど。」
「ミチヒト君を学校に引っ張り出すって言ったけど、それって私たちの立場からじゃない。学校に来たくても来れられないっていう前提があるような気がする。家の方が安全で家から出たくないって場合もあるんじゃないかな。赤ちゃんをお母さんから引き離せば必死で泣くでしょ。」
「そういう場合は、彼自身の自立が必要ってことか。・・・でもそんなこと言ってたら自立なんかいつまで経っても出来ないと思うんだけど。」
「確かにそうだけど。無理矢理引き離された赤ちゃんはきっとますます怖がるようになると思う。」
「だめじゃん。」
「ミチヒト君って学校はどうなんだろう?来たいのかな、来たくても来られない状態なのかな。ちょっと想像してみると知らない家に行って前からいるみたいな顔ができるかなってこと。」
「いや、来てたじゃん!」
「でも、それが全く違う世界になっているんだと思う。むしろ知ってる方が厳しい場合もあるかも。それはミチヒト君が出てきたままで、開いたノートの角度もページもそのままで、経ったときの椅子の向きも、窓から差し込む光も全く同じってことはありえない。時間の変化は逆戻り出来ない空間の変化でもあるんだよ。ミチヒト君がいない間に私たちのクラスの団結も変わっているし、もちろん勉強も進んでいる。実際、過去の時間の場所と今の時間の場所は本当に別ものなんだよ。それは全く初めてのところを訪問するのとなんら変わらない。」
「まあ、そうだね。外国のホームステイで最初にホスト宅のチャイムを押すみたいな緊張感だよね。ドキドキで心臓が鼻から飛び出しそうになる。」
「?口からじゃない?」
「いや、それだけ縮こまっているってこと。それにホームステイじゃウエルカムだけど、覚悟してやっと入った教室で、ヒソヒソとやられたんじゃたまったもんじゃない。何か言われるんじゃないかって、抱えていた不安がいっきに現実味を帯びてきて自分を覆い隠し、鉛よりも重たいそれに押しつぶされて二度と立ち直れない感覚に襲われる。まあ、うちらの教室じゃそんな悪いことを言うヤツはいないと思うけど。でも、どうとるかはミチヒト次第だから。思い込んでしまうってこともあるよね。」
「どうしたらいいだろう。お母さんについてきてもらえばいいかな。」
「それは逆に何か言われるよ。マザコンとか。」
「いや、お母さんというのは象徴で、だれか信頼できる人といっしょにその緊張の扉をくぐるというか・・・。・・・あれ、通子、なんで服脱ぎ始めてんの?」
「一肌脱ぐ・・・ていうジェスチャー!」
(芸が細かい・・・)
「この通子様がその役、買って出ようじゃないか。」
「え?通子ってミチヒト君にそこまで信頼されてるの?」
「いえ。これから勝ち取る!」
次の日曜日。由美子と通子はミチヒトの家に向かった。
どこにでもあるような普通の家。しかし、窓はぴしりとしまっており、スキがない感じ。玄関のインターフォンを押す。奥でピンポーンと鳴る音が聞こえる。シーン。もう一度。ピンポーン。
「どなた?」
インターフォンから女の人の声が聞こえた。
「ミチヒト君の同級生の通子と由美子でーす。」
さすがに「君付け」だ。
「どうしたの?」
ちょっと怪訝な雰囲気が言葉にある。
「いや、なんか急にミチヒト君と遊べないかと思って。」
「・・・誰かに言われた?」
「?・・・いえ?なんか由美子と話してたらミチヒト君の話が出て、そうだ、遊べないかなって・・・。」
「なんでミチヒトなの?」
「いえ、だってずっと話できなかったし、同じクラスの友達なんだし、遊びたいなって思ったら、いてもたってもいられなくて・・・。」
「あらそう。ミチヒトは今父親と映画を見に行ったわ。『キメツ・・なんとか』っていう気持ち悪い映画。いないので、よろしく先生に伝えて。」
「?・・・先生?村上ちゃんですか?」
「村上ちゃん・・・て、やっぱり、ずいぶんとなめられたもんね。」
「へ?」
「じゃあ。ミチヒトはいないから。改めて、その村上ちゃんとやらに伝えてね。ひきょうなまねするなって。じゃあ。せっかく来てくれたのにね。」
「・・・・・」
「・・・・・」
血の気の引いた通子。同じような由美子が顔を見合わせる。
「なんか、ヤバいことしたかも・・・。うそ~、ホントになんかやっちゃったみたい・・・。」
「私たち、誤解されたみたい。村上先生の差し金で来たって。・・・違うのに。」
「良いことをしようと思ってもそれが相手によいこととして伝わるかどうかは相手次第。村上先生と認知心理学の話の中で学んだことじゃない。相手がどういう状態かで相手がどう思うかは決まる。村上先生の差し金で私たちが来たと思い込んじゃったのね。たしかに、いきなりだったし、そう思われても仕方がないところもある。実はどういう状況かもよく分かっていなかったのに、無謀なことしゃったんだ。せっかく村上先生たちが慎重に対応してきたのに。」
「・・・まあまあ。」
「・・・なんか、もうだね。」
「それにしてもミチヒトのママ、村上ちゃんとの関係、最悪って感じ。村上ちゃんって確かに一癖も二癖もあるけど、ここまでこじらすような人じゃないと思うんだけど。ちょっとこっちまで村上ちゃんが信じられなくなるような対応だったよね。」
「何か誤解されたとき、そうじゃないって説明することってあるよね。でも、説明すればするほどいいわけがましくなってどんどん誤解が酷くなっていくって経験な~い?」
「あるわぁ~、それ。・・・それ、ダメじゃん。手詰まりだよ。打つ手がないってことだよね。」
「・・・」
「ねっ。」
「・・・」
「おいっ!」
「・・・」
「また、幽体分離?」
「ううん。考えてたの。今はお母さんだったよね。」
「まあ、パパには見えなかったけど。」
「つまり、ミチヒト君と直接話したわけじゃない。話せたのはミチヒト君のお母さん。お母さんは手強いことが分かった。でもそれはミチヒト君のお母さんのことでミチヒト君自身のことじゃない。まだ、ミチヒト君自身は未知数ってこと。」
「なるほど。それは言える。よし、また来よう。村上ちゃんに聞いてお母さんがいない時間とか聞こう。」
『不登校』家族は必死なんです。だから、何かを悪者に仕立てる・・・それを溶かしていくことから始めなければならないから、この問題は多くの労力と時間が必要となってしまているような気がします。
でも、由美子や通子が感じているように実はもっと単純なのかもしれません。まるでパイ生地の中をどんどんめくっていって最後にはゴマが一粒だけだった・・・。そんなことなのかもしれません。




