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第40章 旅行記(3)~トルコ編:イスタンブール~

今回は前回の続きでトルコはイスタンブールに移ります。イスタンブールはボスポラス海峡をはさみ、東西でアジアとヨーロッパに分かれる都市です。古くはギリシャ、東ローマ帝国、オスマン帝国といろいろな文化が入れ替わった都市でもあります。歴史的にもとても興味ある街です。ぜひ、のぞいてみてください。

第40章 旅行記(3)~トルコ編:イスタンブール~




「イズミール空港からイスタンブール空港まで国内線で移動です。ここでスーツケースがひび割れました。一緒のツアー客も車輪が壊れたり、ケースが傷だらけになったりしましたよ。結構乱暴なんですね。日本ではあまり考えられないですがね(笑)」

「いや、ウバちゃん、それ笑っている場合じゃないって!」

「で、イスタンブールのホテルに到着したんですが、ホテルの入り口には空港であるようなX線探知機が備えられていて、荷物をチェックするんですよね。もう、当たり前過ぎて忘れていましたけど、実はエジプトからほとんどの施設でこうでした。エジプトの施設はまず間違いなくこの探知機あってカバンをスキャンされましたね。ベルトのポーチも対象なのでいちいちベルトから外していました(笑)メンフィスのラムセス2世の像が展示してある博物館はそれだけって感じなんですが、そこでも同じでした。もっとも像は寝かせてあって巨大な像の上部も細かく観察出来てたのがすごかったですね。名前がヒエログリフという文字で刻んであるのですが、王の名は必ず枠で囲まれていて、上には太陽の印があるんだって教えてもらいました。大きさは奈良の大仏より一回り小さい感じですがなんせ座っていない。寝てはいますが、立像なので大きかったですよ。ちなみにすべて左足が前。これは博物館にある王の立像はどの像も同じでした。」

「イスタンブールって大きな街なんですよね。」

「人口は1500万人を超えます。ボスポラス海峡を挟んで西がヨーロッパ。左がアジアとなります。旧市街地で歴史地区といわれる世界遺産の街並はヨーロッパ側にあります。ここには個々で登録されている世界遺産だけでも『ブルーモスク』『アヤ・ソフィア』『トプカプ宮殿』『地下宮殿バシリカ・シスタン』などがあります。この地区は半島のようになっていて『ガラタ塔』が立っているふもとから金角湾をまたぐ『ガラタ橋』で対岸とつながっています。また、アジア側にもモスクがたくさんあり、宮殿もあるのですが、ヨーロッパ側の『ブルーモスク』『アヤ・ソフィア』『トプカプ宮殿』『ドルマ・バフチェ宮殿』を見るだけでも精一杯でそれらのすぐそばにある『地下宮殿』、これは昔の巨大な地下貯水池なんですけど、そこは見ることが出来ませんでした。(涙)」

「イスタンブールはカイロと比べてどうですか?」

「まあ、カイロと比べると都会で洗練されているというか、昔ながらの街並もしっかり残っているですが、雰囲気は都会ですね。交通も整然としていますし。そう、ちょうど港に豪華客船が同時に三隻も接岸して乗客がイスタンブール観光に出ていましたが、おかげでどの施設も超満員でした。お金持ちの客が多いので、この船が着く『ガラタポート』はけっこう高級店が並んでいましたね。ちなみにこのガラタポートに入るにも荷物のX線検査を受けましたよ。『ガラタポート』からはボスポラス海峡と対岸が見渡せるはずだったんですけど、巨大なホテルのような客船が三隻も居たので全く見えませんでした(笑)」

「ボスポラス海峡ってなんか重要そうですね。」

姥貝前校長はスマホで地図を表示するとのぞき込む由美子と通子に説明しだした。

「ロシアやウクライナの港から黒海に出てもこの狭いボスポラス海峡、一番狭いところは幅700mくらいしかありません。この狭い海峡を抜けないとエーゲ海や地中海、ましてや大西洋に出ることは出来ません。要衝ようしょうなんです。ロシアの艦隊もここを抜けないと外には出られないのです。イスタンブールのあるトルコはNATOの一員ですから、大手を振って通ることは出来ませんよね。ましてやNATO加盟を望んでいるウクライナを侵略しているわけですから。」

「ねえ、うばちゃん。さっきからNATO、NATOって言ってるけど、糸引くネバネバな食べ物じゃないよね。」

「通子、ボケた。それ納豆でしょ。」

「あはっ。」

「NATOか。姥貝先生に成り代わって説明すると『NATO』って『北大西洋条約機構』といって北アメリカとヨーロッパの安全保障、つまり集団的な防衛を目指した軍事同盟の略称だな。昔はソ連中心の『ワルシャワ条約機構』に対抗するための組織だったのが、最近はロシア等に対抗する軍事同盟となっている。特にウクライナにロシアが軍事侵攻してからは、今まで中立を保っていたファインランドやスウェーデンが加盟している。もし、どこかの加盟国が侵略や攻撃を受けた場合、NATO加盟国全部で対抗するという約束になっているんだ。それで、ウクライナもロシアの脅威から自国を守ろうと加盟を希望したんだが、加盟が許される前にロシアの侵攻を許してしまった形だな。」

「まあ、いつもの脱線ですね。話をもとに戻しましょ。『ブルーモスク』『アヤ・ソフィア』『トプカプ宮殿』『ドルマ・バフチェ宮殿』の観光について説明していただけますか?」

「『ブルーモスク』って全体が青いわけじゃないんだよ。イスタンブールにある歴史的な建築物にはタイルがたくさん使われているんだ。中に貼ってあるタイルがとても綺麗な青い色なので『ブルーモスク』って言われている。中に入るには女性はスカーフで髪の毛を隠し、膝下のスカート等で肌を隠す服を身にまとう必要があるんだが、モスク内は靴を脱いで入ることになっている。もちろん、礼拝の時間はイスラム教徒だけになるし、観光客は多いのだけど、落ち着いた雰囲気だね。中にはアラビア語でお祈りの言葉だろうか、書かれた額のようなものが飾られていた。また、内部はドームになっていて囲むようにステンドグラスの窓があって美しい。ステンドグラスの窓は上部が円くなっているんだよ。また細かい唐草のようなカラフルな模様が描かれ、美しい。」

姥貝前校長がスマホの写真を見せる。

「わあ、綺麗ですね。モスクの中は暗いのに窓から差し込むステンドグラスの光とそれに照らされるアラビア絨毯じゅうたんに描かれているような模様が・・・素敵。」

「おう、由美子ぉ、イスラム教に改宗するか?」

「去年、村上先生から見せていただいた教会も素敵だけど、甲乙付けがたいですね。」

「二人とも。キリスト教もイスラム教も心の底から信仰しているんだし、(二人のように)生半可な気持ちじゃない。精一杯力を入れて教会やモスクを造ったんだと思うよ。それが現れているのさ。」

「そうですね。そうだと思います。」

「窓の上部が丸かったり、ちょっととがったタマネギのような形なのはやはり強度を考慮してのことですか?」

「それは分かりませんね。単純にデザインかもしてませんし、強度をもたせるためだったかもしれません。でも、これだけ巨大な石の建築物なので、力を分散して強度をあげるにはこの形がよかったと私も思います。柱もこれだけの太さですよ。巨大なドームの内側にもドームが分散されて造られているのはやはり強度あげるためでしょう。」

「ねえ、うばちゃん。どこかに写真アップしてよ。じっくりみたい!」

「そういうのは苦手ですが、村上先生の助けをもらって後でやってみましょうかね。」

「『アヤ・ソフィア』はどういうところなんですか?」

「『ブルーモスク』を出て、そのまま歩いて行くと『アヤ・ソフィア』に行き着くんですよ。距離は離れてはいません。すぐに巨大なドーム群と尖塔が何本も見えます。『アヤ・ソフィア』も『ブルーモスク』も似ていますね。まあ、どちらもモスクなんですが。でも、実は『アヤ・ソフィア』は東ローマ帝国(ビザンティン帝国)では教会として造られたんです。当時世界一の教会とされていました。内部はキリストやマリア様などの緻密なモザイク画で天井や壁面が埋め尽くされていたんですが、オスマン帝国が当時の首都コンスタンチノーブル、今のイスタンブールですよ、を攻め落としてイスラム教を広めたんです。当時はローマ時代らしく水道橋や難攻不落の城壁がつくられていたんですが、堀や二重の城壁に守られていた街を巨大な大砲でその一角を崩し、攻め込んだんです。『アヤ・ソフィア』もその後イスラム教のモスクとして改修されるんです。緻密なモザイク画は漆喰しっくいでことごとく塗りつぶされていきました。まあ、柱とか床の大理石とかそのままになっている場所もあるんですが。ちなみに『アヤ・ソフィア』は『ハギア・ソフィア』とも言われるんですが、それそのものは『聖なる叡智』という意味で各地の教会もそう呼ばれていたんです。しかし、時が経つにつれ、イスタンブールにあるものだけを『アヤ・ソフィア』と呼ぶようになったのです。一部天井とか漆喰を塗れなかった場所はカーテンで隠してあります。また、壁面の一部には漆喰がはがれた部分もあり、キリスト教のモザイク画をみることも出来ます。アヤ・ソフィアはそういった歴史の移り変わりを実際に目で見て実感できる場所なんです。」

「宮殿って王様がいらっしゃるところですよね。」

「今は革命が起きて共和制になっているので、王様はいません。第一次世界大戦で敗戦国となったオスマン帝国に変わってムスタファ・ケマルが国民軍を率いて独立戦争を戦い、ローザンヌ条約で主権を取り戻し、今のトルコ共和国が成立しました。このときに王様、スルタンと言うんですが、それが廃止され、やく600年続いたオスマン帝国と共に王様もいなくなりました。ケマルはいろいろな改革を進めてトルコを近代的な国へと導いたのでアタテュルク(トルコの父)と呼ばれ、とても尊敬されています。」

「近代化って、どんなことを?」

「政教分離政策ですね。日本もそうですよね。それに伴い女性の権利拡大を行いました。女性に選挙権が与えられたのは日本よりも早いんですよ。それから、文字をアラビア文字からローマ字に変更しました。写真で分かるようにモスクの中はアラビア文字だらけですよね。でも、基本的にトルコ国内はアルファベットに準じた文字が使われています。これだけでもそうとう近代化に貢献したと思いますよ。」

「確かに街の写真は歴史的な建物を除けばヨーロッパみたいですものね。」

「で、トプカプ宮殿はその600年も続いたオスマン帝国の宮殿なのです。今は博物館のようになっていて宝物館なども整備されています。ハーレムも残っています。いやハーレムの跡ですね。」

「えー、ハーレムって、あのハーレム!!エッチし放題の!」

「おい通子。そこだけ反応するな。しかも反応しすぎだ!」

「だって、一人の男がたくさんの美女に囲まれてラブラブ争い!アニメ見てればハーレムなんて!あ~恥ずかしい!いや~ん。」

(なんか変なスイッチが入ってしまった・・・)

「う~ん、まあスルタンの囲っていた女たちで夜伽よとぎのお相手を担っていた人たちもいるという部分ではそうなんだろうでしょうけど、きっとアニメのイメージとは違うと思いますね。オスマン帝国の君主は創始者のオスマン一世から始まりメフメト六世までの36人いるんですが、メフメト二世、スレイマン一世が有名でしょう。ハーレムですが、もともとイスラム教は一夫多妻制を認めていましたから。」

「やっぱ、合法的に不倫が出来るってことだぁ!」

「おい、おい何、興奮こうふんしてんだか。」

「いえ、通子さん、どこで不倫って言葉を覚えたか分かりませんが、それは違います。むしろ逆です。」

「ん?」

「イスラム教では妻を4人まで持つことが出来ます。ただし、どの妻も平等に愛することが条件です。あきたからポイする男には妻をたくさん持つ資格はありません。厳しいんですよ。それで、『逆だ』って言った意味は不倫を防ぐためでもあります。妻以外に愛情を注ぐゆとりを与えないというか・・・。」

「確かに妻がたくさんいようが、妻以外に手を出さない・・・って意味は確かに不倫を防ぐ効果かぁ。う~ん複雑。」

「それだけじゃなくてね、男どもは戦いに明け暮れていた時代ですから、男たちは先だってしまって、どうしても女性が多くなるんですよ。しかも女性は弱い立場でしたから、それらの人を放っておけないとなると多くの女性を養った方がよい・・・。」

「なるほど。理論的には正しい・・・ような気がします。どう、通子。」

「わしゃ、分からん。」

「そしてもっとも多き理由は」

「子孫繁栄、ハーレムで言えばお世継ぎを確実に残すこと・・・ですね?」

「正解です。正妻でない、つまりお妾さんでも男の子を産み、皇后にまで上り詰めた方もいますしね。ハーレムは日本の大奥みたいですね。実際にハーレムと大奥とは同じような仕組みで、宮殿において女性たちが暮らす場を指すんです。女の園ですよ。スルタンの母親を頂点に正妻、側室、お世話をする女官たち・・・。女性の生活の場でなんですよ。いろいろな物語がハーレムを歪曲わいきょくしてきたんでしょうね。ハーレムというとちょっとイメージが違ってくるみたいですから、正式な発音に近い『ハレム』ということにしましょう。また、ハレムと大奥は違うところもありますよ。」

「例えば?」

「ハレムには戦いで占領した土地から連れてこられた女奴隷なども居ました。宮殿のハレムでは一般の家庭とは違います。奴隷といっても鎖につながれたりしたわけではなく、いろいろな役割を与えられ、大切にされてきたと言っていいでしょう。ハレムはたくさんの女性が働く場だったんです。その中では出身などによって階級に分けられてはいましたが。もちろん、スルタンに気に入られ、夜伽のお供になることはむしろ光栄なことだったと思われます。そのために女性たちも一生懸命だったと思われます。衣装も美しく豪華ですよ。また一定期間経つと解放される権利が与えられ、外へ嫁ぐことも出来ました。中にはスレイマン一世の奴隷だったヒュッレムという女性は先ほども述べた通り、スルタンとの間に子をもうけ、正式な妻となって皇后まで上り詰めています。」

「ちょっとイメージがごっちゃになってきた。王様のラブラブになろうとした女性の集まりではあるんだけど、なんかやたら好き勝手してるのとは違うんだ・・・。何か整然とした会社みたい。女性だけの。」

「いや、女性だけでは成り立たなかったようで、トプカプ宮殿のハレムの入り口には男性の人形も置かれいました。男性もいたんですね。それはやはり警備なんかには男性のほうがいいでしょうから」

「!!!やばっ!それヤバいじゃん!その人、ハーレムじゃん!だけど、ハーレムじゃなくなる!王様が!」

「いや、大丈夫なんですよ、それが。」

「?」

「ハーレムにいる男たちはみな『去勢』されてしまうんです。」

「強制?何を。ハーレムにいる女性たちには手出ししません的な誓いを強制?」

「いや、『強制』ではなくて『去勢』。まあ、言いにくいけどあれをちょん切られちゃうんだ。」

「男性器をってことですか?」

「おい、由美子、何、冷静に言ってんだ!おい!冷静に言うな!」

「だって、そうすればハーレムの中に送り込んだって確かに一番安全かも。」

「それより、前に5年生に見せられた動画を思い出した。おえっ、お地蔵さん、気持ちワル!おぇ。無理、無理!」

「お地蔵さん?」

「それはどうでもいいんだけど、大事なとこ、切られちゃうんだよ!血がドバーと出て、ああ残酷!」

「小学生だからあまり刺激を強くしたくなかったんですけど、まあ、そういう時代でしたから。スルタンの一言で本当に首がはねられたんですからね。今から見れば本当に信じられないことなんですけれども、日本もつい150年くらい前までは同様だったんですよ。武士には『無礼打ち』なんて認められていましたからね。また、犯罪者はさらし首などにもされされたんです。見せしめが平気で行われ、人権は今からみれば無いに等しい。ヨーロッパでは18世紀ころに発生した『人権』という概念が日本に入ってきたのはかなり後になります。19世紀に大日本帝国憲法が発布されたときからとなりますかね。」

「う゛~、ちょっと真面目な話になって助かったぁ。」

「姥貝校長先生、トプカプ宮殿についてもう少し教えていただけますか?」

「宮殿の中は細かい模様のタイルが至るところに貼られていました。同じパターンの模様が規則的に並べられていて、模様は草木や花柄のようなデザインが多かったように思います。ベースが白で青を基調にした模様があり、金の装飾が規則的に配置され、それはもう見事でした。寝室も豪華ごうかでしたよ。また、フルーツの間なんて呼ばれているところには果物がデザインされて配置されているんですね。トルコでは今はシャワーが基本なんですが、スルタンのお風呂場は全面豪華な大理石で造られていてね、着替えの間からいくつかの部屋に分かれていてちゃんと浴槽もあるんですよ。」

「要は贅沢ぜいたくなんだよね。」

「そうですね。とても豪華です。ぜいの限りが尽くされていますね。ま、宝物館はもっとすごかったです。征服した国から集めた金銀財宝、宝石類。世界中から送られた調度品や貴金属・・・いったいどのくらいの金額になるのか。天文学的ですよね。その中の一部でも手に入れば一生遊んで暮らせるくらいのものばかりでしょう。特に有名なのが『スプーン職人のダイヤモンド』で86カラットの洋梨型のダイヤモンドのまわりに49個の小型のダイヤモンドがちりばめられています。大人の手の平くらいありそうです。いくらくらいなのか調べましたが、どこにも出ていません(笑)値段がつけられないということでしょう。」

「・・・・・・」

「おーい、通子ぉ~。なんか、目がダイヤか$マークになっちゃっている。」

「見てみたい・・・」

(スマホの画像で)

「きれい・・・・・・・。こんなん身に付けることが出来たら・・・この通子、世界で一番の美女ねっ・・。」

「いや、ダイヤと中身は別でしょ。」

「女性のあこがれよ!あ~あ、由美子って夢がないなぁ。」

「こんなん身に着けたら、街中なんてふつうに歩けないでしょ。一個小隊(50人くらい?)の護衛が必要じゃない。」

「なるほど。まっ、そういう考えもあるね。」

「そう。そんなお宝があきるくらい展示されていたんですよ。」

「あたしも大人になったら絶対トルコにいく!」

「さて、トプカプ宮殿を出ると少し歩いて『ドルマ・バフチェ宮殿』に行きました。ボスポラス海峡に面したきれいな宮殿です。最後の皇帝メフメト6世がいらした宮殿なのですが、後に初代トルコ共和国の大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクがここで執務した宮殿でもあります。外国からの要人などここで接待したようです。さすがに新しい時代の宮殿らしく一見豪華な柱や天井の彫刻も実は描かれたものだったりする場所もあり、柱の根元には暖房の吹き出し口なんかもあったりしました。ここも各国からの贈り物が展示されていて、中には日本の刀なんかもあったと記憶しています。面白いのは馬車でも船でも出入り出来るんですね。ボスポラス海峡に面していて、白い柱がずっと海峡沿いに並んでいます。その脇の道を歩きながら見る眺めはとてもよかったですよ。こんなのでよろしいですか?」

「先生、トルコはバザールも有名だと聞いたのですが。」

「村上先生、そうですね。『グランド・バザール』『エジプシャン・バザール』など大きなバザールがあり、たいへんにぎわっているのですが、時間的にガラダ橋に近い『エジプシャン・バザール』だけ行ってきました。脇道には入らず直線のみ移動しました。アーケードのある部分はきれいなお店が多かったのですが、値段的にはそこから外れたちょっと屋台的なお店が並んでいる方が少々お安いような気がしました。また、種類も結構豊富でしたしね。私はピスタチオの入った『ロクム』を購入してきました。量り売りで真空パックにしてくれましたよ。」

「お腹へったなぁ~」

「ごめんなさいね。ロクムは家族でいただいてしまいました。」

「残念!」

「私はお土産話で十分です。『おみやげ・は・なし』ですから・・・(ニコッ)」

「由美子ったらまた変な話してるし。ボケのつもり?もう!」


この後小林さんも加わり、トルコのお茶「チャイ」をいただきました。みんなおかわりをしましたが、本場トルコではミルクティーは皆無といっていいのですが、牛乳を加えていただくと濃厚になり、さらにおいしくいただくことが出来ました。


姥貝先生はお帰りになりましたが、由美子と通子は村上にどうしようか相談したようです。読書感想文の課題図書をどうするか・・・。


今回はトルコでも一番有名なイスタンブールです。ギリシア文明、キリスト教のビザンチン文明、オスマン帝国のイスラム文明と一粒で二度も三度もおいしい国であり街なのです。今回も台詞の当事者のイニシャル(?)を付けたままにしていましたが、やっと編集して削除することが出来ました。

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