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第30章 砂のご飯~不登校のミチヒト~

この作品の大きなテーマのひとつである「不登校」について描きました。ほんの一部なのでこれが全ての不登校の様子だとは思って欲しくありません。はっきり言って数値としての人数ばかり出てくるもののその実態は大きなベールの下なのです。義務教育だけで34万人半は異常です。もはや学校だけの問題だけではありません。

第30章 砂のご飯~不登校のミチヒト~




隣ではいつものように堀川教務主任がコーヒーカップ片手にダベってきた。

しかし、村上は昨日のうずらの卵事件、いや、読書会の最後を思い出していた。

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「先生?どうしました?」

「いや。コンクールだったら、別の課題図書がいいかなと?小学生だし。」

「村上ちゃん、まあ、確かに他の課題図書も読んでないから。でも、中学生向けの課題図書って読み応えあった。美味しいって料理のうまい・うまくないんじゃないんだね。」

(む:そうだよ。『砂のご飯』って表現している子もいるんだ。家にはね、美味しいものを一瞬で砂に変える魔女がいるんだって言ってる。美味しいって思えるって事はとても幸せなことなんだ。)

--------------------

「砂のご飯か・・・」

ぼそっとつぶやく。

堀川の耳がピッと動く。



村上の担任しているクラスに昨年から不登校の児童がいる。ミチヒト、佐藤成公。おおやけると書いてミチヒト。教員でも読める人は少ない。昨年からと言いたが、低学年のころから長期欠席がある。村上が5年生で担任になった時にはすでに学校に来ていなかった。村上は定期的に家庭訪問しているが、会えたことは少ない。学校不信、教師不信・・・。しかし、『砂のご飯』の話はワンチャン、二人きりで話せた時にミチヒトが教えてくれたことだ。厚いベールで包まれていた家庭の中が少し見えた。



こんなことが日常なのだそうだ。

例えば、夕食の準備をしている母。宿題がもう少しで終わるミチヒト。

「ミチヒト、そこの岩塩とって。」

計算の途中だったミチヒトはもうちょっとなのにと思いながら、机を立ちとなりのキッチンまで行って棚からピンク色の岩塩を探す。やっと見つけて持っていくと

「あ、も、いいわ。遅いから。普通の塩使ったし。」

こちらを見ずに母が言う。でも、ミチヒトは言い返さない。後でこの件とは全く関係ないところで何倍もの説教が浴びせられるのが目に見えているから。

ミチヒトは胸の中にある何かがギュッと押しつぶされるのを感じる。でもそれが『日常』だ。


ミチヒトの父には少々だらしないところがある。食卓の父の席の前にはいつも手紙だのチラシだのが重なっている。たいていは父が置いているのだが、ポストからたまたま取ってきた束をポンとそのかたまりの上に重ねるのは母だ。(よく自分宛の手紙が混じっていて、父が母のところにもどしている)父も片付ければよいものの、まだすぐに処理出来ないものもあり、そのままにしてしまう。するといつの間にかその塊は厚くなっている。邪魔だと言って母はいつも小言を言っている。父もさすがに食事中に言われるとカチンとくるらしく、しなければよい反論をしてしまうことがある。確かに母に頼まれたことのメモ(買い物リストや日差し除けの手書き図面など)もあるのだ。そんなことを説明すると話は途切れる。だからここで終わればよいものを、お味噌汁を両手ですすっている姉に向かっていきなり流れ弾が跳ぶ。

「テーブルの上のその物、何!テーブルの上はいつも片付けて起きなさいと言ってるでしょ!」

姉は面食らったというか、なぜ自分が今突然、攻撃の対象となるのか理解出来ないといった顔で目が点となって固まってしまう。

「だって今日持って行く大事な書類で、忘れたら困るから・・・」などと反論はしない。父の代わりに自分が生けにえになっているだけと分かっているから。理不尽な言動に怒りを閉じ込め、絶望感を抱えながら、黙ったまま書類をしまう。


また、父親は料理が好きというか、母親はこだわりが強く、好みがかなり違うので時折自ら包丁を握ることがある。お婆ちゃん譲りの鰯の梅煮が好きでこの前も作っていた。醤油・みりん・砂糖を同量入れ、水を加えて、鰯のぶつ切りを放り込む。臭み取りにショウガ(チューブ)を少々入れて数個の梅干しと一緒に煮込む。梅干しのほどよい酸味とうま味が出る。ここまでうまく出来て美味しくいただいたが、煮汁が少々出た。いつも言われているので調味料は控えめにしてあるのだが、落としふたをして鰯がそこそこかるには最低限の量は必要なのだ。煮汁は美味しくできたので、後でご飯にかけて食べようと思っていたのに忘れてしまったようだ。その煮汁を母親が冷蔵庫でしばらく経ってから見つけ、もったいないと鰯を買ってきてその煮汁で煮込んだのだ。しかし、冷蔵庫とはいえ前の鰯の脂が悪くなったらしく、父親は悪くなっていると言って食べなかったから大変だ。いや調味料の量がいつも多くてもったいないとか、煮汁が悪くなるまで放っておいてとか、もはや忘れていたゴメン・・・では済まない。もったいないとか、作りすぎだとかは確かに正論ではあるのだが、些細しさいなことを発端ほったんにこれが永遠と続くのだ。(確かに母親にとっては生き死にに関わることと同程度のレベルのこだわりなのだろう・・理解はできないが。)


食事の時間は常にそうらしい。一応孤食となっていない家庭ではあるので、それなり食事時にみんなが集まる。この時間は母にとっては都合のよい時間なのだ。家の片付けとか、省エネなどの正論をまくし立て、家事育児(※育児はない)のストレス、自分の習い事の人間関係ストレスまで吐き出そうとする。遊びに行った友人宅の「青い芝生」を自慢し、自分の家庭の文句を並べる・・・。食事を始め、日常の全てがこうなのだ。みんなの胃がキュッとなる。


さあ、これから一日あ~しようこ~しようと意欲的だった気持ちをバラバラと穴に放り込み、上から厚い土をかけて埋めてしまう。また、今日はあれやったこれやったっていう一日かけて育てた充実感を刈り取ってしまう。この人って何なんだろう?


姉じゃないけど、そりゃ、あんたは家で頑張ってたかも知れないが、こっちも学校や仕事でがんばって帰ってきたところだし、朝だって疲れがとれない身体にむち打ってやる気を引き上げてきところなんだけど・・・。


ミチヒトが低学年の時、象徴的なことがあったそうだ。

学校で採れたジャガイモ。自分たちで育てたから一段と美味しく感じる。ラップでくるんでレンジでチンして湯気の出ている皮を実からはがし、このために父が買ってきてくれたバターを厚くぬって、「いただきまぁ~す!」しようとした瞬間。

「バターつけ過ぎ。高いんだから。」

この瞬間、ジャガイモは『砂』に変わる。ホントに一瞬だ。味も何もない。

幼児のころのおままごとは本当に砂のご飯だった。食べるマネの世界だったが、でもあの頃の方が味を感じていたかも知れないし、美味しかった。そして何より楽しかった。




堀川がコーヒー(いつものようにイ・レギュラーコーヒーであるが)を、一口すすって言葉を発した。

「ミチヒトんとこのバターポテト事件か?何も見ていないんだよな。いや、見えていない。息子が自分で育てて、食べることを楽しみにし、おまけにお父さんからこの日のためにバターまで買ってきてもらっている。きっとこの息子のわくわくドキドキ、とっても楽しみにしている気持ちが読めないんだ、ミチヒトんとこの母親。」

「堀川先生の言うとおりかもしれません・・・。実はこのお母さん、私にはよく分からない。読めないんですよ、感覚が違いすぎて。ミチヒトのお母さんの思考をトレースしようとしても、成りきって考えることが出来ない。思考回路どころじゃなくて、もう組成そのものが違うというか・・・。」

「それじゃあ教師失格だな。でも、今でも定期的に家庭訪問しているんだろ。」

「一応は。でも、追い返されてしまうというか・・・」

「ああ、俺も経験ある。結構過保護で登校刺激を与えたくないという母親もいるし、また訪問したことが登校刺激となって子どもが暴れ出して大変だからっていう母親もある。」

「門前払いは、息子がこうなったのは、学校のせいだから、どうしてくれるんだ。どうもできないんだったら帰れって感じですかね。」

「4年生の終わりころ、友達とトラブルがあってね。ミチヒトが間違って友達の筆入れを特別教室から持ってきちゃったらしいんだ。ところが、相手の子が「いじめにあって筆入れを隠されたのかも」ってなって、それでそのクラスに知らないかって聞いたらしんだ。そのときすぐ分かれば「あ、間違えた。ごめん。」「いいよ。」ってなってたと思うんだが、あいにくとミチヒトは完全に勘違いしててね、家まで持ってかえっちゃったんだ。それで家庭まで持ち越すことに・・・。」

些細ささいなこと?そこまで大きくないこと?があれよあれよとバブルのように膨れ上がってしまうパターンですね。」

「とりあえずノーコメント。結局相手の親御さんがうちの子はいじめられていると学校に乗り込んできた。それで次の日、間違えて持っていってしまったと筆入れを返してきたたミチヒトを、個室に呼んで詳しく状況確認をしたんだ。悪気のないこともただの間違いだったこともそれぞれお伝えしたんだが・・・。」

「したんだが・・・?」

「ミチヒトの母親はとち狂って相手の家がミチヒトを悪者にしたとか、学校がミチヒトをうたがって個室で尋問したとか・・・。たいへんだった。まあ、母親の気持ちも分からないではないが、異常だよ。最近、そういう炎上パターンがとっても増えたような気がする。」

「話は引き継ぎで聞いていますし、支援会議でもちょっと話題になってますものね。まあ、ちょっと手強いかな。」

「いや『かなり』だろ。」

「思い込みの力ってすごいと思います。全て悪い方向にとっていきますからね。手の付けようがない。もしかするとミチヒトが学校に来ないのは母親が止めているからなんじゃないかと・・・。」

「半分あってるが半分違うな。」

「?、半分?」

「最初は止めてたと思う。でもそれが続くうちに本当に学校に来られなくなった・・・というのが、本当だろう。しかも、その土台が大きいからな。」

「土台?」

「母親の家での話はミチヒトから聞いたっていうじゃないか。一番家庭の中で安心で楽しくてリラックス出来る瞬間が食事時しょくじどきのはずだろ。でも、ミチヒトんところはその時間が一番緊張する時間でとっても嫌な時間のはずだよ。そんな環境でつぶれない方がおかしい・・・と俺は思う。いずれ潰れたろうし、あの事件はきっかけといった方がいいんだろうな。」

「ということはますます手強いってことですよね。家庭に入り込まない限り、根本的な解決はないってことですよね。」

「だから支援会議があるんだ。ここには外部機関も加わっているだろう?支援センターの職員が家庭訪問して母親の支援に加わることになりそうなんだ。支援センターも手一杯でかなり厳しいみたいだけど。」

「これだけ定期的に訪問しててもなかなかほぐれないのは何なんでしょうね。うちの妻でもこれだけ足を運べば『ご苦労様です』みたいに懐柔かいじゅうされてきてもおかしくないと思うんですけど、怪獣かいじゅうみたいな目でにらまれるのは変わりません。」

「懐柔じゃなくて怪獣か・・・。しかし、『妻でも』って何だ?」

「あ、気にしないでください。」

「不登校については何が原因ってことは一概に言えない。複合的にいろいろな要素が絡まっている。単純化して考えるのは非常に危険だが、大きな要素というのはあると思っているんだ。確かにミチヒトの場合は母親の影響が大きいと思う。ただし、そう思って深く掘り下げていくと別の要因が実は根底にあった・・・なんてことも少なくない。そして、我々が原因になることも多い。昔は人権とかジェンダーとか大味おおあじだったんだが、今は児童生徒も敏感になっているからちょっとしたことが引き金になる。」

「引き金ですか。つまり、なんか地雷原が教室にあるみたいですね。それぞれ爆弾を抱えている子たちがたくさん居る・・・。」

「子どもたちが作った川柳でも教室を地雷原に例えているやつがあったな。人間関係に軋轢あつれきを生じないよう、できるだけトラブルを避けてピリピリしながら生きている。社会全体がそうだし、子どもたちも例外じゃない。ホントいつからこうなっちゃんんだ?」

「『起立性調節障害きりつせいちょうせつしょうがい』、OD(Orthostatic Dysregulation)とも言われるんですけど、要はホントに朝起きれない病気もありますね。自律神経系の疾患だからもう医療の必要な場合も多くあるんです。昔からあったんですが、サボりって思われていて、我々も知らなければ、恥ずかしい話ですが、後者の常識で対応していましたよね。」

「全くだ。」

「不登校の子たちで一番心配なのが、『学力』ですね。今、ミチヒトも一日中ゲーム三昧ざんまいみたいだし。」

「ほう、村上ちゃんが『学力』なんて言葉、めずらしいね。」

「堀川先生、通子のまねやめてくれますか?いや、学力と言っても全国学力調査のようなものを言ってるんじゃありません。あの子たちの中にはホントにいろいろな子がいるんですよ。大人になってがむしゃらに勉強して成功する人たちも居ることは居るんです。でもいざ勉強しようと思ったときにはやり方も分からないし、基礎的な知識や技能もない。そして一番問題なのは学ぶ場が極端に少ない。待っているのは『挫折ざせつ』なんですよ。その何重もの挫折をくぐり抜けて成功までたどり着けるのは決して多くはない。小中学校での不登校者数は?」

「確か令和5年度は34万6千人くらいだったと思う。前年より5万人も増えたので覚えている。児童生徒数が小学生が605万人、中学生が318万人弱なので923万人。3~4%の子が不登校ということになる。すごい数字だよ、これは。しかも児童生徒数は少子化で減少傾向だっていうのに、不登校者数はここ10年以上毎年増加だし。」

「県内の教育系国立大学に確かとってもがんばっていらっしゃる先生がいましたよね。高橋教授でしたよね。『学びの多様化学校』設置に非常にご尽力されている先生で、県内の意識もだいぶ高まりました。ただ、義務教育諸学校、我々も含めてですが、もっと理解を深めていかないと。また、我々もそうですが、特に行政が理解を示さないと。その辺りがまだ底辺を這いずり回っていますよね。頭が固いというか。もう戦後80年も学校ってそのままだといっていい。義務教育全般が学びの多様化学校の考えに立たないと。以前は『不登校特例校』と言っていたみたいですが、『学びの多様化学校』を『いわゆる不登校特例校』なんて説明しているようじゃ・・・。」

「全くだ。安心して学べる環境を提供するために、柔軟な教育課程を編成できるようじゃなくっちゃ。効率化のため学校の統合がおこなわれいるが、地域に根ざした小さな学校でのびのびやれることも大事だとは思うが。(でも、これだけ子どもが絶滅危惧種になって見かけなくなった地域があるもの問題だけど。ジレンマだな)」

「ミチヒトも『学びの多様化学校』だったら行けるかな。」

「いや、プライドが許さないだろう。(だれかの・・・)」

「・・・。」


今、労働者としてお母さんがかり出され、老人までもかり出されています。それでも足りず、外国人の若者が労働力として酷使されています。今日も工事現場で大きな洗濯機のような機械に砂とコンクリートを放り込んで混ぜている東南アジア系の若者二人を見かけました。

不登校がこれだけ増えている要因にはこの章で出てきたように母親の影響が大きい場合も少なくないのではないかと思います。ただ、それは単に母親の責任というよりは労働力として母親まで家庭から引き離し、家庭が崩壊させられているんじゃないかと思うのです。また学校教育も80年そのままの形体だと思うのです。社会全体がアップデートを迫られているように感じるのは私だけでしょうか。


※またやっちゃいました。しらっと30章に直しておきます。


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