第15章 ジョブズ報告会
由美子と通子は読書会で考えた「スティ・ハングリー、スティ・フーリッシュ」の解釈を村上に伝える。しかし、話はいつものようにどんどん脱線していき『認知心理学』!!!にも及び、ついに通子も参戦!!!
追伸
お肉は純粋、世界は加工肉、つまりハムやソーセージの世界なんだ?
第15章 ジョブズ報告会
由美子と通子の久しぶりの読書会、スティーブ・ジョブズの伝記を読んでというか、本を読んで感想を述べ合うというよりは、例のスタンフォード大学の講演会の最後、「スティ・ハングリー、スティ・フーリッシュ」の意味の解釈のために資料として読んだ、その結果報告を村上にしようというのだ。
放課後、しばらくの間、忙しい村上はなかなかつかまらない。熱が冷めてしまいそうだ。早く伝えたいのに。
ようやくつかまったのは金曜日の放課後。水曜日に予約をとりつけて時間を都合してもらったのだ。金曜日はミチヒトのところへ家庭訪問に行くことが多い。彼には会えないことが多いということも聞いているが、学力保証をなんとでもしたいということで時間を割いて訪問している。今日は、それを由美子と通子のために空けてくれたのだ。
放課後の教務室に由美子が通子に手を引かれて、いや強引に引っ張られてというのが正しい、教務室入り口のでの呪文(※ノック「失礼ます。6年2組の通子と由美子で~す。村上ちゃ・・・先生にご用があってきました。」礼!)も疎かにそそくさと教務室に割り込んでくる。
「ねえ、村上ちゃん。」
「教務室ではその『村上ちゃん』は勘弁してくれ。」
「では、『村上ちゃ~ん』!」
「もっと止せ・・・。」
しかたなく顔をあげて二人の方を見る。
「どうした?久しぶりに読書会をしたって?その様子じゃ、けっこう盛り上がって成果もあったんだな。」
「ね、村上ちゃん。」
「よせ。」
「謝るのも?」
「謝る?何を。」
「チューしたこと。」
耳ざとく(?)、事務の小林さんが顔を上げるのと同時に村上が通子の首根っこと口を両手で挟んで塞ぐ。大きな手が通子の鼻まで塞いだ。通子の目がぐるぐると回り、全く予期していなかった村上のリアクションの大きさにちょっとびびる。まさか。
村上は通子の口を塞いだまま辺りをキョロキョロと見回す。そんな村上に小林さんが近づいてきてぐっとそばに身体を寄せる。そしてそっと耳元でささやく。
”村上先生、それって本当ですか。教え子にわいせつ行為をするなんて犯罪ですよ。即、懲戒免職です。分かっているんですか?”
それが聞こえて本気でびびったのは通子のほうだった。
「むぁ~、むぉ~、むぃみぃ~。」
口を塞がれているので、通子はジタバタしながら叫ぼうとした。村上は放してくれない。
(村上先生がクビになってしまう!だめぇ!私がわるいんだからぁ!そんなこと絶対ダメだよぉ!ごめんなさい!)
ジタバタするが、村上はまだ放してくれない。通子の目尻から少し涙がにじむ。
まだジタバタするが、力ではかなわない。ついに、通子が大粒の涙を流し始めてしまった。驚いた村上はふさいだ手を離す。
「先生、ごめんなさい~。通子が嫌がる先生に無理矢理あんなことして~、ご免なさい~、えぇ~ん。だって先生、好きなんだもん。いなくなっちゃだめぇ~、やめちゃダメェ~!全部、通子が悪いんです!えぇ~ん!!村上先生は何も悪いことしてません!私がやったんだから、私が、私が。」
いったい何事か。教え子に気に入られるのは大切なことだが、これは違反レベルでしょ。
「村上先生、通子さんの口を塞いだからなんか疚しいことがあるんじゃないかと疑いました・・・。そして、やっぱり、疚しいことしてたんですね。教頭先生に報告します・・・。」
小林さんが厳しい顔で言い渡す・・・が、顔がぴくぴくとしたと思ったら頬の筋肉が緩み始め、そして思い切り吹き出してしまった。
「ぷっ!村上先生ったら、珍しく焦っているんでもう少しからかおうとしたけど、だめでした。ご免なさい。通子ちゃん、どうしたの?村上先生、大丈夫だから安心して。」
大泣きをしている通子がしゃくりながら話し始める。
「この前の・・・読書会・・の時、ひく、村上ちゃ・・先生・・の隙をみて、先生の・・ほっぺに・・・チューしちゃっ・・たの。そして椅子毎押し倒して・・・。でも、この・・前、私が・・無理矢理チュ・・され・・そ。」
(押し倒されてないって!俺が勝手にすっ転んだんだろ。誤解される!何言ってんだ、おい。それに事件は秘密にしておくことだろ!)
再び、村上が通子の口をがっちり塞ぐ。
(一応通子にチューされたことは教頭に報告してはあるが、回りの先生がたには内緒だし、通子と5年生男子とのトラブルは極秘事項だ・・・でも、ここまできたら管理職からきっちり説明してもらったほうがよさそうだ・・・)
「通子、分かった。分かったから、もう泣くな。」
村上は手を離して目で威嚇する。あのスマホ・チューの件は秘密だ!と。
通子はそれを目で理解する。以心伝心、テレパシーか?
唖然としながらぽつんと突っ立つ由美子。
「読書会の報告なんでしょ。相談室、空いてるわよ。」
小林さんが三人を追いやるように相談室へとせき立てる。
相談室に座る三人。目を腫らしている通子。腕組みをしながらもいつもと違ったちっちゃくてしわの寄ったような表情の村上。蚊帳の外にされたといった感じで二人を交互に見渡す由美子。堅い雰囲気の中で通子が口火を切る。
「先生、ご免なさい。どうしても謝りたくって。先生の同意も得ずにチューしちゃって。本当にご免なさい。こんなことはダメだよね。しっかり相手の気持ちを確かめて『いい』となったら許されることだと思ったから。」
(まあ、キスに関してこれほど厳格な国は日本くらいだと思う。諸外国じゃ気軽な挨拶程度なんだけど。まあ、挨拶代わりにするキッスとこのキスは同じようでもだいぶ違うとは思うが)
「どうした、しおらしく。別の通子のようだ。」
「だって、私、無理矢理チューされそうになって思っ・・。」
村上が椅子から飛び出して通子の口を塞ごうとする・・・が、通子がきっぱりと。
「由美子には話した!」
(えっ、通子ってこんなキャラだったっけ?)
「ご免なさい。先生との約束を破って。でも、由美子は親友で一番私のことを分かっていて欲しい人なの。(由美子:ドキッ!私は黙っているのに・・・。)で、一番安心できる由美子に話してとぉ~ても気持ちが楽になったの。・・・だから、いいでしょ。先生、許してね。」
しぶしぶ手を引っ込めて、椅子に戻る村上。
「由美子は話してないよな・・。」
「えっ?なにぃー?」
「!!!(焦焦汗・・・)」
(やばいっ!って顔があからさまに)
「通子から聞いたことを他の人にだ。」
「え、もちろん・・。(びっくり。私の不審者事件のことかと思った。)」
「な~んだ、由美子は私のこと、絶対話さないよ。由美子は口がチタニウムなみに堅いから。村上ちゃん。」
(あ~やっと『村上ちゃん』にもどった・・・。でも、チタニウム合金って『軽い』んだけど・・・。)
「で、その件(※通子の村上チューです)はきっちり詫びを入れたからこれでおしまい!」
(いや、それが出来るのは本当は俺の立場からだろ・・・。しかし、気持ちの切り替えの早い子だ。だから、あの事件もあまり尾を引かなかったとも言えるが・・・。それがこの子のいいところであり、魅力なんだろうな)
「で、村上ちゃん。スティーブ・ジョブズって知っている?」
「ああ、もちろん。アップルやピクサーの生みの親だろ。ジョブズ前後で世界が違うって言われるような人だ。」
「じゃあ、スタンフォード大学の卒業式での講義で、学生たちにむけた有名な言葉は知ってる?」
「なんだったったけ。ハングリーとかじゃなかったかな。・・・降参!」
「『ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ』だよ~」
「ああ、思い出した。『貪欲であれ、愚か者であれ』ってやつだろ。」
「うん。でも、それってなんかピント来ないの。その日本語訳じゃ、ちょっとジョブズの意図が伝わらないんじゃいなかって。」
「先生、通子のそれを聞いていて、私も去年先生と勉強会をした”I love you”を『月が綺麗ですね』って訳した人がいるって聞いたことを思い出したの。こういうのって直訳じゃいけないんじゃないかって。その人の意図をくみ、もう一度言語化するのがいいんじゃないかって。」
「なるほど。」
「それで、その気持ちというか、ジョブズの考えていることに迫るにはやっぱりジョブズという人の生き方を知る必要があるんじゃないかって考えたの。」
「それで、『伝記』の読書会か。どう訳した?」
「由美子と二人であーでもない、こーでもない・・・とはあまりしなかったね。割とすぐ『満足するな!、常識にとらわれるな!』ってことに落ち着いた。私はこれでぴったりくる。」
「私も本を読んでこっちの方がぴったりくると思った。ジョブズはきっとこんなふうに言いたかったんだと思う。それが英語で表現されるとああなるんだと・・・。」
「ほう。」
「あ、また始まった。ふくろう。」
「ねぇ村上ちゃん、どう?」
「う~ん、去年、由美子といっしょに感想文を書こうって強引に誘っておけばよかったと今、本気で後悔している。まあ、本を読んでいないのでなんとも言えないところはあるのだけど、以前、確か映画で観た記憶があるし、なんかのテレビ番組の特集でジョブズのことをやってたから、それなりに彼のことは知ってはいるつもりだけど。でも、伝記というのは作者がいて、その作者の見方や考え方、立場や視点が反映されるものだから、作者によってイメージが違うものなんだ。」
「確かに。違う筆者だからだと思うけど、文章で書かかれた伝記と漫画で書いてあるものは同じノンフィクションなのに、なんか違う人物が書かれていたよう感じた。」
「私も、昨年書いた感想文『悪魔に魂を売った人々』のフォン・ブラウン(※詳細は前作を参照のこと)の評価やイメージはその本の筆者とは違っていた。そう意味ではノンフィクションといえどもやっぱり『作品』なんだと思った。」
「まあ、君たちにはちょっと難しいかもしれないが、日本には何社かが発行している新聞がある。本来は同じ事実を元に記事を書いているはずなんだが、結構違いがある。特に社説といってその新聞の考えを表明している記事は相当に違いがある。『純粋な事実』があるとしてもそれを人が見て感じ、言葉を選んで表現すればそれはお肉からハムやソーセージになったものみたいなものさ。」
「お肉が事実で、私たちに届くときはハムやソーセージのように加工されたものになっている。お肉そのものは見えない・・・。」
「ふ~ん、私たちってハムやソーセージのような加工肉の中で生きているんだね。」
「変な例えをするんじゃなかった・・・。」
「でも、先生。私が事実と思っていること、つまり実際に目で見ていることはお肉と考えていいということです・・・か?」
「自分が目の前で見たことはお肉でしょ。そんなん当たり前じゃない。」
「通子には悪いが、言葉を濁した由美子の真意の方が正しいように思う。
「村上ちゃんたら、また由美子の肩をもつ!今度はチューじゃ無く噛みついちゃうぞ!」
「それはどっちも止めてくれ。別に由美子の肩をもった訳じゃ無い。俺が、『認知心理学』に出会って確信したことだから。」
「妊娠血学?なんですか、それ?」
「認・知・心・理・学と言ってね、人間の認知、つまり物事をどうとらえ、どう考えて、どう表現するかを科学的に解明しようする学問・・・とでもいうのかな。」
「んー、また、村上ちゃんの小難しいのが始まったような気がする。」
「通子って確かコンピュータが得意だったように記憶しているが、合ってるか?」
「まあ、一応は。」
「人間の脳も、コンピュータをモデルとして考えると分かりやすい。コンピュータは入力・処理・出力、それに加えて記憶があるよね。そんな単純ではないんだけどそれは人間も似たようなもので、例えばこの絵(村上はスマホを取り出して、一枚の白黒の絵を見せる)何に見える。」
「人が向かい合って、チューしようとしてる?」
「え?花瓶か何かでしょ。」
「お前たち、好き!ちゃんと分かれてくれた。通子はきっと人に興味津々だし、由美子は花とか好きそうだから、そんな風に見えるんじゃないかと思っていたけど、まさかぴったり予想通りになるとは。俺もさすがは担任だな。指導案はけっこう外すけど。」
「(武)士道庵?おそば屋さん?」
「いや、授業の組み立て方のプランのことを言うんだが、それは忘れてくれ。」
(都合が悪くなったり、嫌なこと、特に学校のことは、結構、ごまかす・・・。)
「それはそうと、この一枚の絵、白の部分と黒の部分のどちらに着目するかで全然見え方が違うんだ。きっと通子は白の部分に着目もしたんだね。そして由美子は黒の部分。」
「ああーっ!確かに!!黒に目をやるとこれ、花瓶かなんかだぁ!」
「あっ本当だ。向かい合っている顔がある!」
「これ、『認知心理学』でよく説明に使われる『ルビンの壺』というんだ。目で見る・・・つまり入力の段階からすでに加工が始まっているんだ。そして、通子はチュートしようとしているとか言っていたけど、それは通子がチューに関心があるからで、人によってはにらめっこしているとか、何かささやいているとか考える。それはその人の記憶とか考え方とかで処理されている。」
「な~るほど。この通子が村上ちゃんにちゃんと断ってチューしたいという気持ちが表れたってことですか・・・。これは、後で正式にお願いしますから、続けて。」
ゆ「私はお花が好きだから花瓶か。この形の花瓶はきっと大きくて綺麗な花がたくさん飾れそうだって・・・。」
「ロウソクを立てる燭台とか、呑んベエにはお酒をつぐ壺に見えるらしいが、日本にはどちらもあまりないので、燭台とかお酒の壺とかいう人は少ない。花瓶とかと言うタイプが多いと思う。これも記憶によって作られ方が違う。出力は今回言葉だけど、通子の最初と二回目の出力の度合いは違ったろう?」
「確かに。あ、村上ちゃんの口癖がうつったかも。」
「つまり、何が言いたいかっていうと、『純粋な事実』は私たちの目を通してみるこの世界では『純粋』に捉えることは不可能だってことだ。すべて加工されたもので出来ている世界なんだ。もっと簡単に言うと、同じものを見ても人によって同じように見えると限らないということだ。」
「それでフォン・ブラウンもノンフィクションなのに、本によって、いえ作者によって違うんですね。」
「そう。私も授業では心がけているつもりなんだけど、同じ事を教えれば児童が同じように学ぶ・・・そう考えている先生が多い(私も若い頃、そう思っていた時もある)が、実は同じ事を教えたつもりでも、教えられる側が違うから、学びはみんな違うというのが正解なんだ。だから、一人一人の主体的な学びが大切で、それが出来るようにしたいと。」
「でも結構、村上ちゃん、強引に押しつけることも多いよ!」
「・・・・。ゴメン。気持ちはあるが、教えなきゃならない内容も多すぎるんで。悪いな。つめこむことも正義としている。」
「でも、『認知心理学』ってなんか面白そう。」
「ねぇ、由美子。村上ちゃん名物の大脱線が始まっちゃってるぅ!由美子も脱線しないでぇぇぇ!」
「あっ悪い。で、何だったっけ?」
「二人でスティーブ・ジョブズの『ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ』を訳したら、『満足するな!、常識にとらわれるな!』てことになって、直訳の『貪欲であれ、愚か者であれ』って訳とはちょっと違ったってこと。で、村上ちゃんはどう?ってことなんだけど。」
「確かに『愚か者であれ』って違和感があるな。貪欲とか満足するなってことは何となく似たような印象となるけど、こっちはな。」
「『愚か者』ってやっぱ違うよね。誰もが『これは無理だよ。こんなこと出来る分けない。お前馬鹿か?』って言われながらもそこを目指すんだもんね。これは『愚か者』だったらきっとやめてしまう。そうよ、そっちが愚か者だと思う。夢を簡単にあきらめるような方こそ、愚か者よ。だから違和感があるの。」
「私も賛成。これは出来る、これは出来ないってお利口さんは決めつけてしまうのだけど、出来ないってことを必ずできると思って本気でやろうとすることは常識外れというか、やっぱり常識にとらわれていたら出来ないんだと思う。常識を信じないってやっぱり周りからはお馬鹿さん扱いされるんだろうなぁ。」
「イーロン・マスクのスペースXも結局は火星への移住が目的で、本気でそれを目指している。今でこそ全く実現不可能という評価は100%ではなくなったと思うが、多くの人はまだ『まさか・・・』の意識レベルだと思う。そういう感覚なんだろうな。」
「村上ちゃんもイイって言ってくれてるよね。」
「そうだよ。よくやった二人とも。」
「やったぁ!じゃぁ、村上ちゃん、正式にチューしてくれる?」
「それはダメだ。クビになる。チューをしてクビになる、チューをしないで今まで通り担任でいる。通子はどっちがいい?」
「いじわる!村上ちゃんは女心をもてあそんで、ひどいよ!」
「おいおい。おれは由美子も通子も教え子としてとても大切に思っているし、二人とも大好きな子だ。特に通子は今回、すごいと思った。この読書を絶対感想文にして欲しいと思った。この視点はとてもユニークで面白い。感想文の新しいジャンルを切り拓くかもよ。」
「そういうおだて方をしてもダメだよ~。」
「ちょっと通子、そんなこと言ってる場合じゃ無いと思う。私もこれを読書感想文にするとしたら、とても面白い視点から切り込むって思うの。そこは村上先生と同じ。やろうよ!」
そんなわけで、通子も読書感想文を書くことに巻き込まれてしまったが・・・。でも、通子はいやいやを装っていても、本心はまんざらでもない。なぜなら、夏休みは由美子に村上ちゃんを独占されることはなくなるから。自分がそこにズン!と割り込むというか、村上ちゃんと小学校最後の夏をいっしょに過ごせるんだと思うとやる気が出ない方がおかしかった。
「ねえ先生、今度、もっと『認知心理学』のことを教えてください。なんか面白そう。母も心理学を学んでいたって聞いているんですけど、もっと私も知りたいと思いました。お願いします。」
「そんなに謙虚に言われるとそうせざるをえないな。」
「村上ちゃん、この通子が謙虚じゃ無いって言いたいんでしょ。」
「いや、そんなつもりもないことはないが、そこまでではない。」
「また、わけの分かんないことを言ってごまかそうとする・・・。そんなことばっかししていると今度は強制的に唇、奪っちゃうぞ!(ドキドキ)」
「しっかしまぁ、こんなおっさんのどこがいいんだろうね?俺なら絶対無理だと思うんだけど。」
「『蓼食う虫も好き好き』っていうじゃないぃ!」
「俺は『蓼』か・・・。さぞかし苦み走ったいい男なのかな。」
「あら、そうきましたか。私は誰も寄りつきそうになくて寂しいだろうから、私が寄り添ってあげましょうかって意味。母性よ。」
「へいへい。」
「先生。なんか認知心理学のこと、一個だけでいいから今教えて。」
「今度は由美子か。」
「ねぇ、お願い『村上ちゃん』。」
「おい、通子のマネすんな!頼むから止めてくれ。もうぉ、じゃひとつだけだぞ。」
「やったぁ!」
「さっきの『ルビンの壺』もそうなんだけど、『人間は同時に二つのものを意識できない』とか『図と地』、つまり視覚から入る情報には意識されるものと意識されないものがあるとかといった例にこんなものもある。」
村上はスマホを取り出すと動画を検索した。
「これから動画を見てもらうけど、白いシャツを着た人たちがボールを何回パスしたか、後で聞くからよく見てて。」
村上は動画を再生する。動画は単純だ。何人かの外国人、白と黒のシャツをきた二組の大学生くらいの男女がそれぞれバスケットボールをパスしている動画だ。もしかしたら有名な実験の動画なのでこの子たちは知っているかと思ったが、どうやら初めてのようだ。30秒程度の動画だ。
「何回だった?」
「15回?」
「私も15回だった。」
「で、何か気付いた?」
「???、いや正解は?」
「まぁ正解。15回なんだけど、それより気付かなかった?ゴリラ・・・。」
(また村上ちゃんたら、私たちをからかうつもりね・・・)
(画面の隅?壁の絵?黒いTシャツの絵柄?・・・どこにもなかったようだけど・・・。)
「もう一回再生するね。」
通子も由美子も明らかに目が大きくなった。えっ?うそっ!
画面の右側からゴリラ(のぬいぐるみを着た人)が現れ、中央で思いっきりドラミング(胸を叩く動作)してから画面左に消え去ったのだ。これに気付かないわけ無い!!!
「どう?(ニヤリ)」
「また、私たちをなんかしてだまそうとしているでしょ。」
「おや、人聞き悪いね。もう一度見る?」
再び再生する。・・・同じだ。
「先生、これがさっき言ってらした『認知心理学』の『人間は同時に二つのものを意識できない』という理論の実験なんですね?」
「そうだ。これは有名な実験でテレビでも何度が紹介されている動画だし、YouTubeでも普通に見ることが可能な動画だから、もしかしたら知っているかもと思ったが、初めてだったようだね、」
「ちょービビった。こんなに堂々と画面真ん中に出てきているのに、全く気付かないなんて。自分が変になっちゃったかと思っちゃった。」
「これね、1999年、ハーバード大学で"Selection Attention Test"として行われた『見えないゴリラ(Invisible Gorilla)』と言われる有名な実験なんだよ。『注意を向けていないものは見えにくい』という『非注意性盲目』の実験なんだ。簡単に言うと『見えているのに見えていない』ということだ。まあ今では『盲目』というほど全く見えないのではないが、注意して見ていないと意識されにくいということを証明するための実験として行われたんだ。手品とかマジックとかでもあるだろ、右手で魔法をかけたふりをして注意を引きながら、こっそり左手でポケットからコインを取り出すとか。」
「な~るほど。確かにそうだ。」
「確かにそう言われてみると日常の中にもいろいろ思い当たる節がありますね。」
「あー!あるある!テレビのリモコンがないって騒いでいるのに実は目の前にあるのに改めて気付いたり。」
「俺は車に乗っていると結構あるから特に気をつけている。交差点で一時停止している時に、通過する車に気をとられ、自転車に乗ってやって来る人に気付かなかったりすることがある。ほんとにきちんと停止線で止まり、そろそろと徐行しながら2段階停止くらいがこの『非注意性盲目』を回避する上で大切だと思っている。おかげでヒヤリとすることはあっても今のところ事故は防げている。」
「あぁ、なんか『認知心理学』ってとっても面白そう!先生、またぜひこれだけで読書会しましょうね。」
「(ニヤリ)よし、通子が正式に読書感想文を書くのに参戦するって約束したら考えてもいい。」
「私を人質にとるなんて、村上ちゃんってサイテー。でも、OK!私も書いてみる。」
「よ~しっやゃっ!」
村上が椅子から立ちあがりガッツポーズを決めた。
「今年はもっと暑くなるぞぉっ!」
(確かに3月に『真夏日』を記録したその年の夏は、歴史的にも大幅に記録を塗り替える殺人的猛暑となるのだが、そんなことはこの時点で誰も知るよしも無かった・・・)
今回も書籍を紹介します。
○「スティーブ・ジョブズ」羽無・歩ラック&メグ・ベルヴィソ著 伊藤菜摘子訳 ポプラ社
○集英社版・学習漫画 世界の伝記NEXT コンピュータで世界を変えた情熱の実業家
「スティーブ・ジョブズ」漫画:八坂考訓 シナリオ:堀ノ内雅一 監修・解説:桑原晃弥
※これらの書籍はメルカリで出品しようかと考えています。
裏に「mugi-LEO」のサインを見つけても捨てないでね。
まだ執筆が進んでいます。出来次第、公開(後悔?)していきますのでよろしくおねがいします。




