9.再会は華々しく
しばらく不定期更新で、その後を書いていきます。
また、よろしくお願いします!
一連の騒動の後に屋敷に現れたレギオン。
彼に再度求婚をされて、アデルはそれを衝動的に受け入れた。
偉そうなことを言って送り出したものの、レギオンの不在はアデルにとって思っていた以上に心に大きな空洞が出来てしまっていて、再び会えた彼を二度と手放したくなかったのだ。
商人として、常に先回りして考えること私情を切り離すこと即決しないことなどを気をつけていたアデルだったが、伸ばされたレギオンの手だけは何も考えずに掴んだ。
「アデル、何も心配しないで。大丈夫ですから」
後になってじわじわ心配になるアデルに、すっかり健康になった様子のレギオンは晴れやかな笑顔を浮かべて請け負う。
紳士らしく撫でつけた前髪は素敵だが、この屋敷で暮らしていた頃の額にかかる前髪に光が反射する様が可愛らしくて、アデルは好きだった。指先でレギオンの額に触れると、彼の緑の瞳が嬉しそうに細くなる。
「大丈夫って……色々根回しも必要でしょう? まずあなたの立場がどういう状態なのか調べなきゃ、それからきちんとあなたとお母様の名誉も回復させて……」
跪いて求婚した姿勢から立ち上がったレギオンは、応接室の中をウロウロと歩きだしたアデルの後ろをトコトコと付いてくる。
「……アデルは、俺が今までどこで何をしていたか調べていなかったんですか?」
レギオンに意外そうに言われて、アデルは立ち止まると渋々頷いた。
あれほどの騒ぎになったのだ、ハノーヴァ侯爵側からでもゲトウェル伯爵側からでもいくらでもレギオンの現状を調べる方法はあった。
だが調べてもしレギオンが困っていたら、またアデルは手助けをしてあげたくなってしまう。アデルの手の届く範囲にレギオンを置いて、囲い込んで守ってあげたくなってしまう。
それでは、ダメなのだ。
保護園の動物達も同じ。窮地に陥っている存在を、アデル自身の自己満足の為に囲い込むのはただの束縛だ。相手には、選ぶ権利なんてないのだから。
動物達とは意思の疎通が出来ないし一度人に飼われた動物が野生に帰るのは難しいので、アデルは一番その子を大事にしてくれそうな飼い主を見つけて、彼らに託すことにしている。
飼う、という考えがそもそも傲慢なのかもしれないが、アデルは万能の神ではないので現在の自分が出来る最善のことをしているつもりだ。
レギオンに対してもそうだ。
彼が困っているからと軽率に手助けをしては、彼の成長を阻害することになる。
万能の神ではないがアデルには少しだけ力があり、その力を使えばレギオンの現状は助けることが出来てしまうだろう。でもそれはレギオンの為にならない。
調べて、現状を知ってしまったら助けてあげたくてたまらなくなる自分を分かっていたので、アデルはあえて彼から目を背けていたのだ。
代わりにリードがレギオンの近況を調べていたのは知っている。もしも本当にどうしようもない状態になった時は、リードが教えてくれた筈だ。
それを命綱に、アデルは今日まで我慢してきたのだ。
「……だって、レギオンは本当は自分で何でも出来る人でしょ? ……私は、介在しない方がいいかと思って……」
「じゃあ、俺から会いに来たら会ってくれたんですか?」
「それは勿論。断る理由がないわ」
がしっ、と両肩を掴んで言われて、アデルは首を傾げる。アデルの方から接触を控えていただけで、レギオンが遊びに来てくれたら喜んで歓迎しただろう。
そう伝えると、レギオンはハァ、と深いため息をついた。
「何だ……じゃあもっと早く来ればよかった」
「え?」
「アデルに相応しい男にならないと、会ってもらえないんだと思ってたんです、俺」
レギオンの言葉に、今度はアデルがため息をつく。
「私に相応しいってなぁに? 誰かが誰かに相応しいなんて、そんなこと誰にも決められるものじゃないわ。好きか嫌いか、会いたいか会いたくないか、だけよ」
ちょっとムッとしてアデルが言うと、レギオンに思いきり抱きしめられる。
「ひゃっ」
「……会いたかったです、アデル」
「うん。私も。会いに来てくれて、嬉しい」
アデルも腕を伸ばして、レギオンの背を抱きしめた。すると、すりすりとレギオンはアデルの首筋に懐く。
「好きです」
「……うん……私も、好き」
アデルがはにかんで言うと、バッ、と体を離されて驚いた。顔を上げると、恐ろしく真剣な表情をしたレギオンがいる。
「本当に? 俺のことが好きなんですか? 拾った子としてじゃなく?」
「……送り出した拾った子達には、戻ってきて欲しいなんて思ったりしないわ……幸せに暮らしているなら、そこで幸せでいて欲しいと思うだけよ。あなたには……」
唇を噛んでアデルが言うのを戸惑うと、身を屈めて覗き込んできたレギオンが懇願する。
「言ってください、アデル。俺は、それが聞きたい」
両手をぎゅっと握られて、レギオンの瞳が揺れるのが見える。この目を見たら、何もかも放り出して抱きしめたくなってしまうから、我慢していたのに。
「私の我儘だとしても……レギオンには、そばにいて欲しかった。どこかで幸せになるんじゃなく、私の隣で、幸せにしてあげたい」
「ああ、アデル……」
またレギオンに抱きしめられる。隙間もないほどに、ぴったりと。
「あなたの隣なら、そこが例え地獄であろうとも俺は幸せです」
「え、そんな悪い環境を提供しないわよ?」
「物の例えですよ」
真面目に返してきたアデルに、レギオンは思わず笑う。
コツンと額同士をくっつけて、目元を蕩けさせたレギオンがアデルに囁いた。
「キスしてもいいですか?」
「……婚約者のくせに、聞くなんて野暮よ」
アデルが唇を尖らせると、レギオンはそこにキスをする。ちゅっ、と音を立てて離れた唇をアデルが視線で追うと、レギオンは笑ってまた口付けてきた。
「んん……」
柔らかい唇の感触が気持ち良くて、アデルもふふっと笑う。レギオンは一度唇を離し、アデルの口の端にキスをするとうっかり開いた唇の中に舌を差し込んできた。
「ん? ……んん?」
慣れていないアデルが焦ってバシバシとレギオンの背中を叩くが、びくともしない。
かつて婚約していていたとはいえ、完璧な契約婚約でその先に政略結婚。アデル自身も仕事が忙しくサミュエルとそういった恋人らしい触れ合いをしたことはないのだ。
レギオンの唇が離れていく頃には、アデルの体からは力が抜けてくったりとしていた。
「……かわいい、アデル」
「もう……」
アデルを抱えるように抱きしめて、レギオンは頬や額にキスをしていく。ちゅっ、ちゅっ、と可愛らしい音が応接室に落ちる。
「ちょっと、レギオン……」
「嫌ですか?」
「嫌ではないけれど……」
「じゃあやめません」
またちゅっ、と唇にキスをされて、アデルはきゅんとする気持ちを逃すようにため息をついた。
と、そこに、
「調子に乗るなクソガキ!」
「野良犬の方がまだ行儀いいですよ!!」
どーん! とばかりに現れたリードとノーラによって、アデルとレギオンは引き離された。