7.勝鬨。そして、
「あースッキリした! 全体で見るとそんなに利益はなかったけど、面子を取り戻したし評判は実際の仕事をコツコツこなせば取り返していけるわね」
アデルはううん、と伸びをして晴れやかに笑う。こちらを見つめて、レギオンも嬉しそうに微笑んだ。
「アデル、ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことはしてないわ。最初に言ったでしょう、私はあなたを利用したのよ」
実際、レギオンの出生の件を使わなければ、もっと時間がかかったり非合法な手を使わなければいけない可能性もあった。
勿論ゲトウェル伯爵の犯した罪は白日の下に晒す必要があったが、何もこんな場で見世物のように暴かなくてもよかった筈だ。
その所為でレギオンの将来には暗い影が差したし、母親であるレイラの名誉も傷ついたことだろう。レギオンは、アデルに恨みを抱いてもいいぐらいなのだ。
「いいえ。あの日、アデルに会わなかったら俺は……死のうと思っていたんです」
「え……」
衝撃的な言葉にアデルはビクッと震えて、慌ててレギオンの腕を摑む。どこにも、行かないように。
「今はそんなこと考えてませんよ。……でもあの時は、もう疲れていて……疲れ切っていて、どこかで死のうと思って屋敷を抜け出してきたんです。積極的に動いたのは、久しぶりだったな」
自嘲するように、レギオンが唇を歪める。
アデルがレギオンに縋るように摑む力を増すと、彼の方からもしっかりと手を繋がれた。
「……そこであなたに会えたんです。あなたは、俺に水をくれて、汚れるのも気にせず俺の背中を優しく撫でてくれた」
「そんなの、誰だってしてくれるよ……外には恐ろしい人も多いけど、優しい人だってたくさんいるんだから」
レギオンはひとつ頷く。
パーティ会場はまだ騒がしかったが警官隊は既に去り、裏口へ続く廊下には他に人がおらずガランとしている。
手を離したらレギオンがどこかに行ってしまいそうで、アデルはついには両手を彼の手に繋いだ。
「きっと……屋敷の外には優しい人もいるんでしょう。でも、俺に優しくしてくれたのはあなたなんですよ、アデル」
「レギオン……」
たまたまレギオンを拾ったのがアデルだっただけだ。なのに彼は無知故に、ここまでアデルに心酔している。
「それにこんな風に暴露しなければ、捜査が介入したとしても母のことは隠蔽されていたかもしれない。この二十年、明るみに出なかったように」
「……」
それは否定出来ない。
侯爵令嬢を誘拐して亡くならせておいて、厚顔にもゲトウェル伯爵はレイラの父親であるハノーヴァ侯爵と付き合いを続けていたのだ。ごく普通に捜査が入ったところで、巧妙に逃げおおせた可能性は高い。
「だから、この方法をアデルが後悔する必要はありません。俺と母の名誉だって、元からゲトウェル伯爵に踏み躙られていたんですから」
「!」
たまらなくなって、アデルは精一杯腕を伸ばしてレギオンを抱きしめた。ぎゅうぎゅうにくっつくと、レギオンからもやわく抱きしめ返される。
「レギオン……!」
「アデルはいつもそうやって、俺を抱きしめて守ってくれようとしますね」
「当たり前でしょう! あなたはもう、可愛いうちの子なんだから。あなたの周囲の大人が今まで守ってこなかった分もまとめて、つらいことからも、悲しいことからも私が守ってあげる……!」
レギオンよりもはるかに小柄で華奢なアデルだが、今日の出来事のように実際にアデルにはある種の力があった。このままレギオンがそれを受け入れれば、何よりも大切にアデルは慈しんでくれるだろう。
でもそれでは、いつまで経ってもレギオンはアデルの庇護対象、「うちの可愛い子」のままだ。
強い誘惑に駆られたが、レギオンはそっと、しかし有無を言わさない様子でアデルと体を離した。
「レギオン?」
いつの間にか、誰もいなかった筈の廊下の先にリードとノーラが控えて立っている。アデルは彼らを見て、それから視線をレギオンに戻す。
「……行っちゃうの?」
「今回の件は、俺が誰よりも当事者です。母のことが明るみに出たのならば、俺も出て行かないと」
晴れやかにレギオンが笑うと、アデルは溜息をついた。
アデルは絶対にレギオンを捨てたりしない。彼がここにいたいと思う限り、全力で守るし全力で愛する。
でも、レギオン自身が出ていきたいと願うのならば、引き留めることは出来なかった。だってそれがアデルの愛だから。
「……わかった。どこにいても、ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、幸せでいてね」
「あなたがいない場所で、俺は幸せになんてなれません……」
「もう。自分で私から離れるって決めたのなら、ちゃんとしなさい」
「……はい」
叱られた子供のようにシュンとしたレギオンに、アデルはなるべく明るく見えるように笑った。
「アデルも。元気で、幸せでいてください」
「……勿論。これからもどんどん働くし、美味しいものを食べて、毎日笑って暮らすわ」
「頼もしいな……」
レギオンは苦笑する、でも、とアデルは唇を噛んだ。さよならの時は、笑顔でいたいのに。
「でも、あなたと離れることを寂しくも思うし、いつも心配していると思うわ。……だから、幸せでいて、レギオン」
「……アデルがそう願うなら、必ず」
レギオンは微笑みそっとアデルの唇にキスをすると、二度と振り向かずに反対側へと歩き去って行った。
アデルはその背中が見えなくなるまでずっと見つめていた。
「え、今キスしました? お嬢様にキスしました? 追いかけて行って口縫い付けますか?」
「あのクソガキ……」
近づいて来たノーラとリードが怒りの声をあげるので、アデルは思わず笑ってしまった。
やることは、たくさんある。
「……さあさあ! 明日から忙しくなるわよ! 注目を浴びている今が売り込み時。皆々様が宣伝費なしでうちの商会のことを広めてくださるわ」
「ああーお嬢様、商魂逞しい……」
「……では、帰りましょうか」