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6.完全勝利!


 侯爵の声に、ゲトウェル伯爵はハッとして青褪める。伯爵は慌てて腕を引き、ハノーヴァ侯爵に向かった。

「さ、騒がしいところをお見せして申し訳ありません。侯爵、あちらで酒でも……」

「いいや、今の話を詳しく聞かせてくれ、ゲトウェル伯爵。あなたの娘が言うにはこちらの青年は、あなたが奥方ではない女性に生ませた子だと聞こえたが」

「それは……」

 話がいよいよ核心に迫ってきて、アデルはレギオンの腕をもう一度励ますように撫でる。

 だが意外にもレギオンは落ち着いていて、実の父親と自分を迫害し続けた家が崩壊していくのを冷静に眺めていた。


「そしてその青年が、何故二十年前に行方不明になった私の娘、レイラの指輪をしているんだ!」

 ハノーヴァ侯爵の怒鳴り声に、周囲もシン、となる。

「まさかお前がレイラを連れ去ったのか! あの子は今どこにいる!!」

 侯爵の叫び声が会場に響き、ゲトウェル伯爵は視線を揺らす。そこに抜群のタイミングで警官隊がドカドカとやってきた。


「な、なんだお前達は!」

 サミュエルが驚いて叫ぶが、取り合うこともなく警官隊はゲトウェル伯爵を取り囲む。

「ゲトウェル伯爵、お屋敷の庭で白骨化したご遺体を発見しました。これがどなたのご遺体なのか、説明していただけますか」

「まさか……レイラなのか?」

 それを聞いたハノーヴァ侯爵が、ショックを受けてよろめく。


 レギオンに亡くなった母レイラの形見を持たせてくれた産婆の話を聞いて、レイラの遺体がどこにも運び出されていないことを知ったアデルは、死して尚レイラに執着しているゲトウェル伯爵が彼女の遺体を屋敷のどこかに隠しているに違いない、と考えたのだ。

 下男以下の扱いを受け屋敷中で雑用をさせられていたレギオンは、誰よりも屋敷について詳しく、ゲトウェル伯爵が時折一人で通っている庭の一角も知っていた。

 そしてこのパーティの為に手薄になったゲトウェル伯爵邸に、「伯爵の息子」としてレギオンが許可して警官隊に捜索させたのだった。


 その後はもう大騒ぎである。

「離せ!!」

「どこに逃げるというのです、伯爵!!」

 咄嗟に逃げようとしたゲトウェル伯爵を警官隊が取り押さえ、ハノーヴァ侯爵は長年行方不明だった娘の消息に大いに嘆いた。

 レギオンの存在を知っていたということは、リーシャやゲトウェル伯爵夫人もレイラがどういった経緯で屋敷に連れて来られたのかや遺体のことを知っていたのではないか、と疑われて、警官隊に連行されることとなった。

 彼女達が何も知らなかったとしても、当のゲトウェル伯爵が侯爵令嬢を誘拐、監禁の後に死に追いやっていたのだ。これはれっきとした犯罪であり、伯爵家自体が取り潰しになる可能性が高かった。


 警官隊に連行される際に、リーシャはキッとアデルを睨みつける。

「やってくれたわね、アデル……!」

「何のことかしら……私はただ、あなたの婚約祝いに招待されてパートナーと共に来ただけなのだけれど?」

 アデルがにっこりと微笑むと、リーシャの顔が絶望に歪んだ。


 大騒ぎの中で伯爵家の面々が連行されて行き、ハノーヴァ侯爵はレイラの遺体の確認の為に警官隊と共に同行することとなる。

 しかし侯爵は、レギオンの前に来てその顔をじっと見つめた。

「……目の色も、顔立ちも、レイラによく似ている……私はまだ何が何だか理解出来ていないのだが、落ち着いたら話をする機会が欲しい」

 ハノーヴァ侯爵に言われて、レギオンは自分よりも背の低い祖父を見つめて頷いた。

「分かりました。でも俺は何もしていません……何も出来ませんでした。何もかも、全てアデルのおかげです」

 そう言われて、侯爵はレギオンの傍らにいるアデルに視線を移す。

「……孫を、保護してくれて感謝する。後ほどまた、使いを送ろう」

「私はあなたを利用しただけだし、孫に会うのにそんなに大仰にしなくても大丈夫ですよ、いつでもどうぞ」

 アデルが肩を竦めて笑って言うと、ハノーヴァ侯爵も少しだけ笑って警官隊と共に去って行った。


「……侯爵って、笑顔がちょっとレギオンに似てるわ。昔はきっととてもハンサムだったのでしょうね」

「俺の前で、別の男を褒めるのはやめてください」

 こそっとアデルが言うと、レギオンはムッと眉を寄せる。可愛い奴め、と笑ってしまう。

「あなたのお祖父さんなのに?」

「俺以外の男であることに変わりありません」

 二人でこそこそと喋っていると、フラフラとサミュエルが近づいてきた。

 思った以上にシナリオ通りに上手くいったので忘れかけていたが、こいつを地獄の底に叩き落とさないとアデルの復讐は完遂しないのだ。


「ア、アデル……」

「あら、サミュエル様。私とあなたは無関係以外の関係はないのですから、呼び捨てにしないでいただけます?」

 レギオンが警戒してアデルを抱き寄せるので、思わず甘えるようにくっついてしまう。それを見て、サミュエルはこちらに手を伸ばしてきた。

「わ、悪かった。……あんな犯罪者の父を持つ女と結婚しようとするなんて、俺が間違っていた……なぁ、俺達やりなおそう?」

「……ゲトウェル伯爵は確かにゲス野郎ですけれど、リーシャ嬢との真の愛だか恋だかに落ちたんですから、こんな時こそ彼女を支えてさしあげるべきなのではありません?」

 アデルがサミュエルに軽蔑の視線を送るが、彼はちっとも聞き入れない。


「我がワーグス子爵家に、犯罪者の娘を入れるわけにはいかない……お前だって、その男は侯爵の娘の子かもしれないが、ゲトウェル伯爵の息子でもあるんだぞ」

 サミュエルはレギオンを指さして言い、更に近づいてくる。それを聞いて、レギオンの腕が凍ったように固まった。

「いくらフォーブス男爵家が成金の新興貴族でも、犯罪者の息子を迎え入れるわけもないだろう……? 俺と婚約を結びなおすのが一番の得策だと思わないか……?」

 アデルは溜息をついた。


 びく、と震えたレギオンの腕を宥めるように撫でて、一歩進む。もう手の届く位置まで来ていたサミュエルに相対して、にっこりと微笑む。

「……まったく、救いようのないお馬鹿さんですこと」

「あぁ!?」

 フッと心底馬鹿にしてアデルが微笑むと、サミュエルは恫喝するように大声を出した。

 それを聞きつけて、警官隊の方に注目していたパーティの参加者達の視線が、またこちらに集まってきた。


 クリーンに貴族の流儀で復讐するつもりだったが、アデルは骨の髄まで商人だ。貴族の真似事はここまで、ここからはアデルの流儀で進めてやる。

「馬鹿が馬鹿を仰らないで。何度でも言いますけれど、リーシャ嬢と恋に落ちたこと自体は咎めておりません。真の愛だというのならば、それを貫いてくださいませ」

「お、お前……!」

「だというのに、こんなことになったからといってリーシャ様を捨ててあっさり私と婚約を戻そうだなんて、ムシがよすぎますのよ。情けない!!」

 キッパリと言うと、アデルはレギオンの腕をぎゅっと抱き寄せた。レギオンが呆然とこちらを見て来る。


「それから、私の大切なパートナーを侮辱するのはやめてください!」

「お前……!」

 ずい、とサミュエルも身を乗り出し、歯をむき出して凶悪な形相を浮かべる。アデルは小柄なので、ここまで男性に近づかれて凄まれると本能的な恐怖が沸いた。

「アデル……! 俺がやり直してやろうと言っているのに、やっぱり生意気な成金女め!!」

 アデルは、一発程度は甘んじて受けるつもりだった。

 伝統と古臭い考えを重んじる貴族男性達は、相手に対して優位であることを重要視する一方で、自分よりもか弱い女性や子供に対して暴力を振るう者をはっきりと嫌う傾向にある。

 ここで一発サミュエルがアデルを殴りでもすれば、名実共に彼を地獄に落とすことが出来るのだ。

 アデルは恐怖を隠して、キッとサミュエルを睨む。

「お前のっ、その目が気にいらないんだよ!」


 サミュエルが腕を振りかぶる。彼は大柄だし、激昂している。力一杯殴られたらどれほどの痛みだろう、と心の底から恐ろしかったが、目的達成の為に逃げたりはしない。アデルは衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った。

 が、衝撃が来ることはなく後ろから柔らかく抱きしめられて、前からはサミュエルの呻き声が聞こえる。

「うぅっ……!」

 恐る恐る目を開けて後ろを振り返ると、レギオンが申し訳なさそうに眉を下げていた。長い腕はしっかりとアデルを守るように抱きしめている。

「……レギオン」

「ごめんなさい、アデル。必要なのは分かっていても、あなたが殴られるのをただ見ていることなんて、とても出来ません」

 さらにぎゅっと抱き込まれて、アデルの体からようやく力が抜けた。レギオンの体温に、ここは安全な場所だ、と分かる。

「うん……偉そうに計画したけど、本当は逃げ出したいぐらい怖かったから助かったわ」

「よかった。アデルを守れて、嬉しいです」

 ほっとレギオンも吐息をついて、大きな体から強張りが解ける。自然とぴったりとくっつくと、二人は視線を合わせて微笑んだ。


「おい! 痛いだろ! 離せよ!!」

 レギオンは、アデルを抱くのとは逆のもう片方の腕で締め上げていたサミュエルを解放する。

「ああ……お前がアデルを殴っていたら、彼女の受けた痛みはこんなものじゃなかっただろうがな」

「ッ……!」

 アデルが殴られることはなかったが、衆目の集まる中でサミュエルがしようとしたことは明白だった。


「サミュエル様……女性を殴ろうとするなんて、恐ろしい……」

「この様子では、ゲトウェル伯爵家の行いも知っていて放置していたのでは?」

「まさか加担していたり……!?」

 人々が好き勝手に言う声が、アデルとレギオンにも届く。アデルはそっとレギオンの肩に凭れながら溜息をついた。

 自分が大勢の前で婚約破棄をされた時は、何と勝手なことを無責任に言う人達だろう、と呆れたものだが、今はそれがサミュエルを追い詰めていっている。

 これが貴族の流儀ならば、やはりアデルには好きになれそうもなかった。


「……サミュエル様。私との婚約をそちらの都合で一方的に破棄した件の賠償請求は、フォーブス男爵家から既に正式にお送りしています。融資額ももちろんきっちり返金していただく旨も書面に記載しておりますので、熟読なさってくださいね」

「ま、待って! 賠償請求だと……!? リーシャと結婚しないのに、払えるわけがないだろう!!」

 サミュエルの悲痛な叫びに、アデルは商人としての冷徹な表情で応える。

「あなたと子爵家の事情は存じません。私とあなたの婚約は「真実の恋」などではなく、互いに利益があることを見越した「契約」だったのですから」

 それだけ言うと、もうアデルはサミュエルに別れの挨拶も不要、とばかりにレギオンと共にパーティ会場を出た。




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― 新着の感想 ―
[一言] うわ…ゲトウェル伯爵マジで最低だ… そしてサミュエル君のよりを戻そう発言 お約束とは言え…真実の愛はドコ行ったー!(笑) リーシャちゃんはある意味お気の毒…だが… レギオン虐めてた報いは受け…
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