10.可愛いあなたと
そして。
応接室のソファのそれぞれ一番離れた席に座らされた二人は、リードにくどくどとお説教を受けていた。
「再会した途端がっつくとは紳士じゃない。そんな男に大事なお嬢様を任せられるとは思えないな」
「……認めてくれたから、屋敷に入れてくれたんじゃないんですか」
レギオンが反論すると、リードはぎろりと彼を睨む。
「お前が野良犬以下の行いをすると思わなかったからだ。明日からはもう入れん」
「リード、あの、私も悪かったと思うし……」
「そうですよ? お嬢様ももっと毅然とレギオンを突っぱねなくてはいけません。いくら旦那様と侯爵が許しているからといっても、節度は大切です」
アデルが何とか助け船を出そうとすると、ぐるりと振り向いたリードの矛先が今度はこちらに向かってきた。
が、その中で気になる言葉を聞き取って、アデルは首を傾げる。
「お父様と侯爵……ハノーヴァ侯爵? が、何?」
「あ、リードさん、口滑りましたね」
お茶を淹れていたノーラが眉を寄せる。リードは一瞬、う、と詰まったが、すぐに居住いを正した。
「この後きちんと説明することだ。口が滑っても問題ない」
「滑ったことは認めるんですね……」
ノーラはため息をついて、アデルの前にカップを置き、その隣にもう一つ置いた。それを見て、アデルはパッと微笑んでレギオンを手招きする。
いそいそと隣のソファにやってきたレギオンと手を繋いで、アデルは嬉しそうにもう一度微笑む。
せっかくまた会えて、思いが通じ合ったのだ。くっついていられた方が、断然嬉しい。
「ノーラ……」
リードが裏切り者とばかりにノーラを睨んだが、当の彼女はしれっとしていた。
「変に引き離すから切羽詰まるんですよ。いつでも手を握ることの出来る距離にいておいてあげれば、余裕が出来て節度も保たれるというものです」
「さすがノーラ、話が分かる」
パチパチとアデルが拍手すると、手が離れてしまったのが気に入らないレギオンがアデルの腰を抱き寄せた。それを見てリードが眉の角度を上げる。
「これが節度か?」
「あれ? 思ったより重症ですね」
ノーラが首を傾げて難しい顔をした。
二人ともアデルが幼い頃から仕えていて、彼女が商会を立ち上げて軌道に乗ったのち個人で屋敷を構える際に付いて来てくれた使用人だ。娘とまではいかないが、幼い妹ぐらいの気持ちでアデルを見守っているものの、そういえば彼女が恋をする姿は共に初めて見る光景だった。
特にノーラは同じ女性として、婚約者を父親に決められてしまったアデルを、うちのお嬢様は恋を知らずに結婚してしまうのか、と可哀想に思っていたところもあった程だ。
しかしまあ、ちょっと、ギャップがありすぎるのではないだろうか。
「あの……ごめんなさい、二人とも。婚約者としての節度はちゃんと守るけど、その、今はちょっとはしゃいでしまっているというか……」
顔を真っ赤にしたアデルが、手を振って言い訳をする。ちなみにもう片方の手は再度レギオンにしっかりと握られていた。
しかもおかまいなしにレギオンは繋いだ手にキスをしていて、アデルはそれを止めることが出来ておらず、ちっとも説得力がない。
「アデル様!」
リードが叱責の声を上げるが、ノーラは頬に両手を当てて感激する。
「うちのお嬢様ったら、すっっごく可愛いですね……!」
「それには同意だが、止めるのに参加しろノーラ」
「俺もアデルがすごく可愛い、に同意です」
「お前が言うな!」
リードの怒声が、応接室にビリビリと響き渡った。
昔からリードにお説教されてきたアデルは、反射でぎゅっと身構える。
しかし、ふわりとレギオンに抱き寄せられて、彼の唇がこめかみに触れた。
「大丈夫ですか? アデル」
「大丈夫……慣れっこだけど条件反射で構えてしまうっていうか……小さい頃からお父様は私を叱ったことはないけど、リードにはこうして叱られてばかりだったから」
へら、と笑ってみせると、レギオンもちょっとだけ笑う。
「意外です。厳しい方に見えましたが、フォーブス男爵は怒らない方なんですか?」
「正確にはお父様は『叱ってなんかくれない』のよ。何がどう悪かったのか、自分で考えて改善しなさい、という方針なの。叱ってくれるリードの方がずっと親切だわ」
アデルがぷく、と頬を膨らませて不満げに言うと、レギオンにはそれも可愛くてつい膨らんだ頬にキスをしてしまう。
「もう、レギオン! これじゃあリードのお説教がいつまでたっても終わらないわ」
お仕置きのつもりでアデルはレギオンの頬をぎゅっと抓ったが、それすらも彼には恋人との甘い触れ合いのようでニコニコとしている。
「……んもぅ! 埒があかないわね。時間は有限なのよ、誰か説明してくれるか、仕事に戻るか、どちらかよ!」
アデルが両手をぺちん、と合わせてそう仕切りなおす。
レギオンの登場に、ノーラは驚いていたがリードは平然としてたので事情を知っているのだろう。アデルは、だらだらするのが嫌いだ。
話しにくいことならば無理矢理聞き出すつもりはなかったが、どうやらそうでもなさそうだし、思わせぶりな雰囲気を出されるのも面倒だ。
「レギオン、あなたが恋人だろうと婚約者だろうと、きちんと説明してくれないのならこの屋敷から追い出すわ」
ぴし! と指をたててアデルが詰め寄ると、レギオンは慌ててこくこくと頷いた。
「説明します」
「じゃあ……」
アデルが質問しようとした時、従僕の一人が開かれたままの扉から応接室へと入ってきてリードに小さなメモを渡した。
自然と皆の視線がそちらへと集まる。
「……アデル様、残念ながら時間切れです。旦那様がレギオンを連れて、本邸へ来るように、とのお達しです」
「今から?」
アデルがぎょっとして言うと、リードは難しい顔で頷いた。
「……商会の出資者としてのご命令、だそうです」
「お父様ったら、こんな時ばっかり横暴なんだから……! 絶対にレギオンとのことを問い質されるし、お父様はまず反対してみせるに違いないわ」
すくっ、と立ち上がったアデルは自分の身なりを確認する。仕事着としているシンプルなドレスだ。
仕立ては確かだが「出資者の下へ訪問する」には普段着過ぎるだろう。
「ノーラ、急いで支度するから手伝ってちょうだい!」
「はい、お嬢様」
言って、ノーラは先に準備の為に応接室を出ていく。次にアデルはリードの方に振り返った。
「リードは馬車の用意を。あと午後の予定はキャンセルしておいて。人と会う約束はなかったわよね?」
「はい。視察の予定でしたが、それは内々のものですので後日に変更しておきます」
「お願い」
鋭く頷くと、アデルは最後にソファに座ったままこちらを見つめているレギオンへと視線を移す。
少し屈んで、素早く彼の頬にキスをする。
「アデル!?」
「もう、私まだ全然事情が分かっていないんですからね? でもお父様が来いというのなら、行くしかないの。一緒に戦ってちょうだいね」
「……はい。あなたとなら、どこにでも行きます」
「いいお返事!」
あと2話ぐらいで終わりますー!




