5 きみに包まれて
「俺は……どうしたら……」
彼は、憔悴しきっていた。
そんなシュトラウスを前にしても、フレデリカが揺れることはない。
ゆっくりと目を閉じ、軽く息を吐くと、彼女の青い瞳は再び開かれた。
「私のことを一番に想ってくれて、ありがとう。シュウ」
優しい声だった。
今のシュトラウスにも、よく透き通った彼女の声は届く。
シュトラウスは、弾かれるようにして顔を上げた。
ようやく視線のあった彼に向かって微笑むと、フレデリカは姿勢を正し、静かに、けれど強い意志の宿った声色で続ける。
「私は、みんなを信じてる。お父様、アルフレド、王国の兵たち。……それから、シュウ。あなたのことも。みんなが守ってくれるって、信じてるから。だから私は、大丈夫なの」
それは、これまで多くの者に守られてきた彼女だからこそ言える、心からの信頼の言葉だった。
本当なら、側妃の娘であるフレデリカは、不要な王女として蔑ろにされてもおかしくはなかった。
でも、みんなが守ってくれた。フレデリカが嫌な思いをしないよう、居場所がなくならないよう、必死になってくれた。
だから、今の王女フレデリカがある。
婚約は、彼女の意思に関係なく決められたものだったけれど。
でも、シュトラウスは自分を愛してくれた。まだ幼いフレデリカを、守ってくれた。
すれ違うこともあったけれど、それだって、フレデリカのためになると思って、身を引いていただけだった。
フレデリカが真に愛する人を見つけたとき、自分は引くためだなんて、彼の自分勝手な決意だったかもしれない。
けれど、5歳の王女との婚約を強制されたにも関わらず、彼はいつだってフレデリカを優先しようとしていた。
間違っていたかもしれないが、彼なりに、フレデリカのためを思っていたのだと、もうわかっている。
気持ちが通じ合った今、フレデリカが彼に対して疑いや不安を抱くことはない。
今のフレデリカがシュトラウスに向けるのは、大好きだという気持ちと、安心と、信頼だ。
そんな彼との出会いを作ってくれたこと、立場の弱い自分を守り続けてくれたこと。
周囲の人々の気持ちは、フレデリカにもしっかりと届いている。伝わっている。
フレデリカが近しい者に向ける信頼は、絶大なものだった。
「……守って、くれるんでしょう? 旦那様?」
彼女の真っすぐすぎる瞳に、シュトラウスは言葉をなくした。
そこまで信じてもらえることは、もちろん嬉しいのだ。
彼女の気持ちに応えたいと思う。
けど、やはりどうしても、不安の全てを拭い去ることは、できなくて。
「……っ」
シュトラウスは、片手で顔を覆う。
本当に? 本当に、彼女を守り切れるのだろうか。
フレデリカはこんなにも自分たちを信頼し、その身を預けようとしてくれる。
それだけに、怖いのだ。
その信用を裏切ることが、彼女を失うことが。
信じて、くれたのに。もしものことがあったら――悔やんでも悔やみきれない、なんてものじゃない。
シュトラウスはきっと、彼女のあとを追うだろう。
苦しみ続けるシュトラウスを見て、フレデリカは、幼子に向けるような、困った顔をした。
「シュウ。ちょっとこっちに来てくれる?」
「……?」
そう言ってフレデリカは立ち上がり、ソファの前まで行くと、こいこいとシュトラウスに手招きをする。
よくわからないながらも、シュトラウスは彼女に従い、ソファに腰を落ち着けた。
するとすぐに、ふわっと包み込まれる。
フレデリカが、座るシュトラウスの頭を抱き込んだのだ。
「フリッカ?」
シュトラウスはてっきり、彼女も隣に座るものだと思っていたから、突然のことに驚いて声をあげる。
しかし、フレデリカが離れる気配はない。
その胸に愛しい人を抱き、静かに目を閉じた。
フレデリカに抱き込まれたシュトラウスは、困惑しながらも彼女の胸に頭を預ける。
柔らかくて、あたたかくて、いい香りがした。
フレデリカの胸が思い切り顔にあたっているが、今更、それくらいで恥ずかしがる仲でもない。
シュトラウスからも彼女の腰に手を回し、その温もりを近くに寄せた。
愛する人に柔らかく包み込まれ、シュトラウスもだんだんと落ち着いてきた。
「シュウ。大丈夫。きっと、大丈夫だから」
「……ああ。そう、かもしれないな」
「かもしれない、じゃなくて、大丈夫なの! みんながついてるし、私だって、ドレスの下にちょっとした防具をつけるつもりなんだよ」
「え、そうなのか」
「うん! 私も、自分でできる対策はしなくちゃね! 鉄板を仕込むのはどうかな?」
「……っ。くっ……」
ドレスの下に鉄板を入れまくった強靭な花嫁を想像し、フレデリカの胸に顔を突っ込んだままのシュトラウスは、思わず吹き出した。
「あなたも一緒に考えてよ! ドレスの下に着こんでも違和感のない防具って、なんだと思う?」
「そうだな……」
王女のフレデリカよりは、国境の守備を任される家の次期当主のほうが、その手のことには詳しいだろう。
彼女の言葉に、シュトラウスも考えを巡らせる。
冗談交じりのやりとりは、彼の不安を溶かしていく。
なお、フレデリカの胸に抱かれる姿勢は、譲らなかった。よほどいい感じだったと思われる。




