6 いつか、きみが自由を望むなら
シュトラウスとの出会いを経て、フレデリカはよく笑うようになった。
素直で優しい性格の彼女は、自分が王城内で疎まれていることを敏感に感じ取り、弱々しく内気な少女に。
王たちはフレデリカを守ろうとしたが、その複雑な立場故に、彼女は徐々に蝕まれていた。
そんなとき、フレデリカの前に現れたのが、シュトラウスである。
初めて会ったときには、自身が王女であるにも関わらず、フレデリカはシュトラウスのことを物語の中の王子様のようだと思った。
こんやく、とはなにかよくわからなかったが、シュトラウスが兄だと思っていいと言ってくれたから、にいさま、と呼んで慕って。
気がつけば、シュトラウスは大好きなお兄ちゃんになっていた。
「あのね、シュウにいさまがね」
「シュウにいさまと約束してるの!」
「シュウにいさまにもらったんです」
両親である王や側妃にも、笑顔でそう話すようになり、王たちはほっとした。
俯きがちだったフレデリカが、こんなにも元気に、明るくなった。
毎日毎日楽しそうだ。
シュトラウスが時間を作れず、彼に会えなかった日はむすっとしていることもあるが、そんな姿も愛らしいと思えた。
フレデリカの笑顔が増えたこと以外にも、確かな収穫があった。
第二の王家とまで呼ばれるストレザン公爵家の嫡男が、フレデリカを溺愛している。
その話は王城を超えて、国中の貴族にまで届きつつあった。
国一番の権力者である王と、それに次ぐ力を持つストレザン家の者。
その両者に愛されるフレデリカを粗末に扱える者など、いなかった。
フレデリカに害をなせば、王とストレザン公爵家の両方を敵にまわすことになるのだ。
王たちの狙い通り、フレデリカはストレザン家という新たな後ろ盾を得て、その立場を盤石なものとした。
政略結婚ではあるものの、二人はこのまま成長し、いずれは仲のいい夫婦になる。
彼らに近しいものは、みな、そう期待していた。
だが、当の本人たち――特にシュトラウスのほうは、周囲の者と違う思いを抱いていた。
フレデリカのことは好きだ。愛しいとすら思う。
けれど、これは兄妹としての、家族愛に近い感情だ。
シュトラウスだって12歳。徐々に女性への興味が出てくる年齢だ。
だが、5歳の女の子を「女性」として見ることはできなかった。
それに、ある思いがあったから、シュトラウスは意識して、彼女をあくまで妹として愛するようにしていた。
今はまだ幼く、力のないフレデリカも、いつかは立派な淑女となる。
そのときには、もう、シュトラウスの後ろ盾は必要ないかもしれない。
成長したフレデリカ自身が、己の意思で人生を共にする相手を選ぶかもしれない。
自分たちの婚約には、フレデリカの意思は全く反映されていない。
彼女が別の人を愛する可能性は、十分にあるのだ。
王族と公爵家の婚約を破棄するのは相当難しいものの、この国は、愛人を持つことに寛容だ。
夫婦の合意のもと、子供にさえ気を付ければ、愛人を持っても強く咎められることはない。
フレデリカが他の誰かを見つけたのなら、結婚だけは自分として、真に愛する人をそばにおけばいい。
そうなれば、シュトラウスは形ばかりの夫になるが――それでもいいと、思っていた。
フレデリカが望むなら、シュトラウスは彼女の手を放すつもりだった。
だから、異性としては愛さない。愛さないようにする。
シュトラウスは、フレデリカのことが大好きだ。まだ幼い彼女を、大切に思っている。
だからこそ、彼女を縛り付けないように。彼女が望むなら、自由にさせてあげられるように。
シュトラウスは、フレデリカを、愛しているけれど、愛さない。




