5 幼き日々に、育まれたもの
婚約後、シュトラウスは王城に住むようになった。
正確にいえば、王城敷地内の離れの一棟、であるが。
ストレザン公爵家は、王国の北側に広大な領地を持ち、その地においては王に等しい権力を有していた。
北は、隣国のハリバロフ王国とも接しており、国境の守備と交流・交易を担うストレザン公爵家を第二の王家とまで呼ぶ者もいる。
シュトラウスはそんな家の跡継ぎであるが、今は父が領地を治めており、当主交代もまだ先だ。
王家と、それに次ぐ権力を持つ家の関係を強化する意味もあり、シュトラウスはしばらくのあいだ王城預かりとなったのだ。
いずれはストレザンの領地に帰るが、10代後半には、王城勤めになる予定でもある。
すっかりシュトラウスに懐いていたフレデリカは、彼が王城に住むことを大いに歓迎し、喜んだ。
王城での暮らしは、なかなかに大変なものであった。
扱いは悪くないのだが、とにかく教育が厳しいのだ。
公爵家のそれも、12歳の子供には過酷なものだったが、王城ではさらにしごかれた。
シュトラウスに就く講師はみな、本来ならば王族の教育を務める者たち。
もちろん、仕事は王子王女の教育だけではないのだが――彼らは、持て余していたのである。
正妃とのあいだにはなかなか子ができず、側妃とのあいだに生まれた第一子もまだ5歳。
授業は始まっているものの、本格的な指導はまだだった。
そこに、シュトラウスの登場である。
超名門公爵家の嫡男で、王女の婚約者で、12歳。
講師陣は、シュトラウスを王女の夫として、公爵としてふさわしい男に育て上げてみせると、熱を上げた。
王子も王女も生まれず、ずっと待機していた分の熱が、シュトラウスに向けられたのである。
まあ、言ってしまえば、とばっちりであった。
おかげで、一日を終える頃にはシュトラウスはくたくただ。
そんなシュトラウスの癒しは、愛しのフレデリカ。
王城で暮らし始めて1月も経つころには、シュトラウスはすっかり彼女に骨抜きにされていた。
時刻としては、おやつには少し早いぐらい。
その日、早めに自由になったシュトラウスは、王城のメイドにフレデリカの居場所を尋ねた。
シュトラウスが王城の一室を訪ねると、彼の姿を見たフレデリカが、ぱあっと表情を輝かせる。
「シュウにいさま!」
弾む声に、きらきらの瞳。
シュトラウスに会えたことが、嬉しくてたまらないといった様子だ。
これから一緒に遊べるのでは、と期待しているのもわかる。
こんなにも大歓迎されてしまったら、頬が緩んでしまうのも当然だ。
シュトラウスに向かって駆け寄り、ぽすん、と抱き着いてくるフレデリカを彼は優しく受け止めた。
彼女のふわふわの銀の髪を撫でると、きゃっきゃと楽しそうに笑う声が聞こえる。
「授業はもういいの?」
「うん。夕方までフリッカと一緒にいられるよ」
「ほんと?」
「本当だよ。フリッカは、なにかやりたいことはある?」
「えっとね、えっとね、じゃあ……」
お絵描き、お歌におやつの時間。
王城の庭に出て、花を摘んだりもした。
遊びすぎたのか、夕方を迎える前には二人揃って眠ってしまい。
本当の兄妹のように身を寄せ合って眠る二人を見た者は、あらあら、と優しい笑みをこぼした。
空き時間を見つけてはフレデリカに会いに行き、こんな風に仲良く過ごす姿は、王城名物のようになっていた。
二人の仲のよさは、みなが知るところである。
婚約話が浮上した頃の不機嫌さとは打って変わって、シュトラウスはもうフレデリカにデレデレだ。
あくまで、妹としてであるが。
年の離れた妹にメロメロにされた、親バカならぬ兄バカといったところか。
「ん、んん……。シュウにいさま……? えへへ、だいすき……」
お昼寝の途中、ふと目を覚ましたフレデリカは、寝起きのぽやぽやとした感覚のままそう呟き、シュトラウスの胸に頬を寄せると、再び眠りに落ちた。
シュトラウスが向けてくれた優しさに応えるかのように、フレデリカもまた、シュトラウスのことを強く信頼し、慕うようになった。
互いに恋愛感情ではなかったが、二人の間では、確かな絆と愛情が育まれていた。




