1 防衛線の先
唇同士が触れ合ったあとも、髪に、額に、頬に、シュトラウスからキスの雨が降り続ける。
いつまでも終わらないようにも思えるそれが、くすぐったくて、嬉しいけど恥ずかしくて。
「あ、あの、シュウ?」
やめて欲しいわけではないが、フレデリカはついに声をあげた。
長いこと婚約者をやってきたが、こんなこと、これまでに一度もなかったのだ。
たしかにちゃんと愛してとは言ったが、あまりの変わりように、フレデリカが戸惑ってしまうのも無理はない。
フレデリカの声を聞き、シュトラウスも一度は動きをとめたのだが――
「フリッカ。俺はもう、逃げないと決めたんだ」
はっきりとした口調でそう言うと、フレデリカの手を取って、やはりキスを落とした。
「ひえ……」
シュトラウスはもう逃げない。遠慮しない。存分にフレデリカを愛する。
年上婚約者の本気を前に、フレデリカは顔を赤く染め上げた。
嬉しい。とても嬉しいけれど、年下の女性で、触れ合いにも不慣れなフレデリカはもういっぱいいっぱいだ。
今にも湯気が出そうなフレデリカが可哀相になってきたのか、シュトラウスはしゅんと眉を下げる。
「もう少し、控えたほうがいいか?」
「……いえ、だいじょうぶ、です」
「……もしもこの先、やりすぎだ、怖い、嫌だ、と感じることがあったら、ひっぱたいてもらって構わない」
「はひ……」
この先。やりすぎ。
つまり、まだまだ先があるってこと……!?
そう受け取ったフレデリカは、シュトラウスの腕の中でぷるぷると震えた。
現時点で受け止めきれていないのに、まだ先があるなんて。
「……もう逃げないとは言ったが、俺はきみが嫌がることをするつもりはないんだ。無理そうなら、嫌だと言ってくれても……」
「いや、じゃない、です。びっくりしちゃっただけで、嬉しいから……。やめないで?」
「……!」
耳まで真っ赤にしたフレデリカに、上目遣いでそんなことを言われたら。
シュトラウスはたまらず、愛しい人をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう、フリッカ」
「ん……」
ずっとずっと大好きだった人と、ぴったりとくっついて。
フレデリカは、自分からも彼に腕をまわし、そっと目を閉じた。
どれだけそうしていたのだろう。
広がる温もりが、どちらのものなのかもわからなくなってきた頃。
ふわふわと夢見心地のフレデリカを、ドアの開く音が現実に引き戻した。
「姉さん! 遅くなってごめ、ん……」
「まあ……!」
二人の元にやってきたのは、アルフレドとルーナだ。
姉とその婚約者が抱き合う場面を目撃したアルフレドは、ショックで言葉を失っている。
対照的に、二人をずっと応援していたルーナは片手を口にあてて嬉しそうだ。
「おまっ……! お前! シュトラウス! 姉さんになにしてる!」
「アルフレド様」
未来の義弟は取り乱しているが、シュトラウスが気にする様子はない。
おやこんばんは、ぐらいの調子である。
それがまたアルフレドの気に障ったようで、
「姉さんから離れろ! 姉さん、すぐ助けるから!」
と乱暴に足音をたてて二人に近づいてくる。
大変お怒りの弟を制したのは、フレデリカだった。
「アル。いいの。大丈夫だから」
「姉さん……!?」
始めこそ、二人に目撃されたことで少し慌てたフレデリカであったが……。
アルフレドをとめたときには、シュトラウスの胸にぽすん、と自ら身体を預けていた。
こうやって抱き合うことを、自分も望んでいる。引き離す必要はない。その事実を行動で伝えたのだ。
「ね、ねえさ……。ねえ、さん……」
今にも砂になりそうなアルフレドの肩を、ルーナがぽんと叩く。
「ルーナ! きみからも何か言ってやって……」
振り返ったアルフレドの瞳に移るのは、哀れみとも慈愛ともとれる、ルーナの笑みだった。
「祝福しましょう? 弟くん……」
「くっ……ううっ……。シュトラウス、姉さんは本当に嫌がっていないんだな?」
「アル。大丈夫だと言っているでしょう?」
めっ! というフレデリカの声が、聞こえてきそうだった。
今にも頭を抱えだす勢いのアルフレドだが、ルーナに「ほら、話を進めないと」と言われてハッとし、気を取り直す。
「姉さんは一度、父上たちのところへ。シュトラウスはこのままここにいて欲しい」
アルフレドは元々、フレデリカの様子の確認と、この言伝のためにここに来たのだ。
ようやく落ち着きを取り戻したアルフレドだが、名残惜しそうに見つめ合うフレデリカとシュトラウスの姿を前にして、黒いオーラが滲んでいる。
父の元に向かうため、ソファから降りようとするフレデリカに、シュトラウスが耳打ちをした。
アルフレドとルーナにその内容は聞こえなかったが、顔を真っ赤に染め上げたフレデリカが、
「じゅ、準備ができたら行きます!」
と勢いよく返し、逃げるように部屋から出て行ったものだから、アルフレドがまとうオーラはさらにどす黒くなるのだった。




