3 出会い
時は、婚約前……フレデリカとシュトラウスの出会いのときにさかのぼる。
王家の希望で、5歳の女の子と婚約することになったシュトラウスはといえば――
「こちらに拒否権はないのに、顔合わせの意味などあるのでしょうか」
「そう言うなシュトラウス。事前に会う機会があるだけ、いい方だと思っておきなさい」
自分をたしなめる父の言葉に、苦々しくため息をつくような状態であった。
この話が持ち上がったのは、シュトラウスが12歳になってすぐのころだった。
一応は、婚約を受けるかどうか検討し、顔合わせし、再び検討……という形にはなっているものの、相手は王家。検討もなにもない。
これは実質命令で、シュトラウスに拒否権はなかった。
5歳の王女様との顔合わせのため、両親とともに、王城に向かう馬車に揺られるシュトラウス。
シュトラウス・ストレザンは、この年にしてどこか色香の漂う、大人びた少年だ。
髪と同じ色の漆黒の瞳は美しく、見つめられたら吸い込まれてしまいそうだ。
彼がふっと優雅に微笑めば、年の離れたご婦人もぽーっとしてしまうことだろう。
しかしその整った顔立ちも、今は不機嫌そうにゆがめられている。
それも無理はない。
シュトラウスは、そろそろ婚約者探しを始めようと思っていたところだったのだ。
気になる相手はまだいなかったが、これから良き縁があればと考えていた。
そこで、王家からのこの「命令」である。
ストレザン公爵家は、第二の王家とも呼ばれるほどに力のある家ではあるが、本物の王家に敵いはしない。
シュトラウス自身の意思も、ストレザン公爵家としての考えも、もう意味はない。
シュトラウスはもう、5歳のお姫様と婚約を結ぶしかないのだ。
相手は第一王女で、身分は申し分ないものだが、ストレザン公爵家として考える機会を奪われたこと、結婚を強制されることは、面白くなかった。
第一王女なんて、絶対にわがままで高慢ちきに決まってる。
まだ見ぬ婚約相手の姿を思い描き、心の中で悪態をついた。
シュトラウスの頭の中には、わがままばかりの面倒な王女様が浮かんでいる。
7歳下の女児にあれこれ命令される未来を想像し、項垂れた。
しかし、彼のそんな思いは、フレデリカとの最初の顔合わせで覆される。
「こ、こんにちは……」
これが、フレデリカの第一声。
彼女に意識を集中してなんとか聞きとれるような、弱々しいものだった。
内気な性格なのか、側妃である母の後ろに隠れており、姿もろくに見えやしない。
シュトラウスからも挨拶と名乗りをすべきなのだが、本人がほぼほぼ見えないため、とりあえずは、向こうの動きを待つことにした。
「ほら、フレデリカ」
母に手を引かれ、彼女はようやくシュトラウスの前に姿を現す。
くりくりとした青い瞳は不安げに揺れ、今にも泣き出しそうで。
緊張か、怯えか。少し震えているようにも見える彼女は、それでも必死に、シュトラウスの前に立っていた。
「フレデリカ・リエルタ、です……」
なんとか、といった様子で名乗ると、彼女はおそるおそるシュトラウスを見上げた。
シュトラウスが考えていたわがまま王女の姿は、そこにはなかった。
目の前にいるのは、まだ幼くて、内気な、愛らしいただの女の子だ。
フレデリカが小鹿のようにぷるぷるしているものだから、シュトラウスはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「お初にお目にかかります、フレデリカ様。ストレザン公爵家の、シュトラウス・ストレザンです」
「……!」
努めて穏やかに声を出し、フレデリカに微笑みかける。
彼女に威圧感を与えないよう、片膝をついて目線も合わせた。
意識してこんなにも優しく他者に接したのは、初めてだった。
これ以上、彼女を怖がらせたくない、安心して欲しい。そう思ったのだ。
シュトラウスの姿を刻み付けるかのように、彼女の青い瞳が開かれ、ぱちぱちとまたたいた。
優しい声と笑みのおかげか、彼女からおどおどした雰囲気は消え、今では、シュトラウスをじいっと見つめている。