3 その真実は、まだ、きみに届かない
「……え?」
フレデリカの心臓が、どくどくと嫌な音をたてた。
なんで。どうして。
婚約者のフレデリカは、婚約の儀以来、彼にキスなどされたことはない。
その一度だって、儀式の一部として、手の甲にだ。
フレデリカからキスした経験だって、もちろんありはしない。
なのに、シュトラウスは。
婚約者でもない、幼馴染だという令嬢からキスをされ、拒むこともなく自然に受け入れた。
今だって、平然と彼女の隣で話している。
シュトラウスは、もしかしたら。
「あの人のことが、好きなの?」
震える唇で小さく問うても、誰からも返事はなかった。
一方、メインのバルコニーにて、隣国の辺境伯令嬢・マリエルにキスをされたシュトラウスは、お説教モードに入っていた。
「マリエル……。ハリバロフの文化のことは俺もよく知っているが、ここはリエルタだ。リエルタに合わせてくれ」
「そうだったわね……。ごめんなさい、シュトラウス」
しゅんとする妖艶な美女の隣で、シュトラウスは呆れたようにため息をついた。
隣にいる彼女は、「王女様の婚約者なのよね。頑張って」と、エールを送るつもりでシュトラウスの頬にキスをしたのだ。
「改めて言うが、この国では、キスは恋人や配偶者など、特別な間柄でしか行わない。頬へのものであっても同様だ。不要な誤解やトラブルを生まないよう、リエルタの文化に早めに慣れるように」
「肝に銘じておくわ……」
隣国の美女にキスされたシュトラウスであるが、彼は動揺していなかった。
国境に領地を持つ彼は、ハリバロフの文化に特別明るかったからだ。
フレデリカももちろん知ってはいるのだが、衝撃の光景すぎて、異国文化については頭から飛んでいた。
ちなみに、キスされた位置は頬である。距離があったため、フレデリカからは、唇同士に見えてしまっていた。
リエルタとハリバロフは隣り合った友好国であるが、別の国であることも事実。
それぞれに違った文化を有している。
リエルタでは、キスやハグは特別な仲の者同士でしか行わない。
王侯貴族ともなればなおさら、身体的な接触をする際には相手や人目を気にする。
しかしハリバロフでは、頬へのキス程度は日常的な挨拶の立ち位置であった。
ストレザン領はハリバロフと隣接しており、ハリバロフの人と関わる機会も多かったから、シュトラウスも当然、それらの行為に他意がないことも、彼らにとって自然な行為であることも知っていた。
ハリバロフに足を踏み入れた際には、シュトラウスもハグやキスを受けたものだ。
だが、現在地はリエルタ。
いくら母国では普通だからといっても、リエルタにいるからには、リエルタの文化に合わせてもらわねばならない。
ハリバロフの姫のルーナだって、リエルタの文化に合わせて暮らしているのである。
リエルタ入りしてすぐに、婚約者のいる男にキスをかましてしまったマリエル。
ハリバロフ文化に明るい自分だったからよかったものの、他の男にやれば結構な問題となるだろう。
触れてもいいのだと勘違いされ、襲われる可能性だってある。
幼馴染を心配したシュトラウスの説教は続き、すっかりげんなりしてしまったマリエルは、以降、挨拶としてのハグやキスはしなくなったそうだ。




