15 己の欲に、フタをして シュトラウス視点
ここのところ、シュトラウスは悩んでいた。
フレデリカとの距離についてだ。
シュトラウスはフレデリカのことが大好きだ。愛しているともいえるだろう。
けれど、望まぬ政略結婚を強制され、幼い頃には既に結婚相手が決まっていたフレデリカのことを、哀れんでもいた。
いつか彼女は、真に愛する人を見つけ、その男と添い遂げることを望むかもしれない。
そのときフレデリカの手を放すために、シュトラウスは彼女と距離をおいていた。
なのに、だ。
1か月ほど前からだろうか。
フレデリカが、シュトラウスの元を訪ねてくるようになった。
大好きで、可愛くてたまらない相手が、ちょっとした贈り物を持ってやってくる。
嫌な気がするわけがなかった。
彼女の滞在時間がごく短いから、仕事にも支障はない。
いつの間にか、フレデリカの来訪を楽しみにしている自分がいた。
フレデリカから「おでかけ」に誘われたときは、少し面食らってしまい、彼女との距離を保つために断ることも考えたが――。
不安げに俯く彼女に、出会ったときの弱々しい姿が重なって。
安心して欲しい、笑って欲しいと願ってしまい、彼女の髪にそっと触れ、外出への同行を了承してしまった。
彼女との外出は楽しく和やかで、激務に疲れた心が洗われるようだった。
王女という身分であるにも関わらず、露店の安いアクセサリーや串焼きに興味を持ち、「シュウ、見て見て」と笑顔を見せる彼女は可愛くて仕方がなかった。
全部買おうと言ってしまいたくなるぐらいに。
いつものような気品あるドレスではなく、裕福な町娘のような服装をしたフレデリカの姿も新鮮で、こういった格好もよく似合う、とても愛らしいと感じた。
誘われたときこそ、受けるべきかどうか迷ったものだが、彼女とともに歩くうちに、一緒に来て正解だったと思うようになっていた。
目的地の喫茶店へ向かう途中、フレデリカが転倒しそうになったときはひやりとした。
なんとか間に合い、彼女が転ぶ前に支えることに成功。
ほっとしたのも束の間。
シュトラウスの腕の中には、フレデリカがすっぽりと収まっていた。
怪我をさせないようにと必死だったから、どんな体勢になるかまでは、考えていなかったのである。
シュトラウスの胸にすっぽりと収まる、小さな体。
幼い頃とはまた違う、女性らしくふっくらとした柔らかさ。
彼女の腹にまわした腕に、柔らかなものがのっている。
細い腰。細い腕。
じんわりと伝わる体温に、花のような香り。
フレデリカはもう、幼い女の子ではない。ましてや、妹でもない。
彼女は女性として、淑女として、王女として、美しく立派に育っている。
密着するような形になったことで、彼女が「女性」として成長した事実を、認めざるを得なかった。
愛しい人の体温や柔らかさを知ってしまったからだろうか。
その後、シュトラウスの中で、どろりとした独占欲が頭をもたげた。
この温もりを、他の男に知られたくない。渡したくない。
フレデリカに触れていいのは、自分だけだ。
仕事の一部として、他の男にエスコートさせることですら、許したくない。
そう思った。
このままでは、醜い嫉妬や独占欲にまみれてしまう。
彼女が自由を望んだとき、手を放せなくなってしまう。
だから、彼女に「また一緒に」と次の外出に誘われたとき、上手く答えることができなかった。
誤魔化すように、幼子に触れるように、彼女の頭にぽんと手をおいて。
明確な答えは出さず、その場を濁した。
おでかけから少しの時が経った頃。
部下のブラームにフレデリカとの仲についてつつかれたときは、自分に言い聞かせるように「妹のような存在だ」と答えた。
本当は、それ以上の感情が……彼女を自分のものにしたい、他の誰にも渡したくないという欲が生まれていたが、それらにフタをするために、言葉だけでも取り繕った。
フレデリカは、妹のような存在。だから、自分はまだ大丈夫。
きっと、彼女の自由にさせてあげられる。
自分を抑えつけるため、フレデリカは妹だと口にしたのだ。
そのときのやりとりを、フレデリカ本人が聞いていただなんて、気が付かないまま。
「ん……?」
仕事の合間に、別室へ向かおうと執務室を出たときだった。
ドアの横に、小袋が落ちていることにシュトラウスは気が付いた。
茶色い紙製の簡素なもので、フレデリカがよく使っているものだ。
拾い上げてみれば、袋を留めるために使われているシールも、フレデリカ愛用のもので。
「フリッカ、来てたのか」
見慣れた袋とシールに、それが落ちていた位置から、シュトラウスは中身を確認する前から、フレデリカが置いて行ったものであると理解した。
いつもなら執務室に入って直接渡してくれるのだが、今日はドアの前に置いて立ち去ったようだ。
理由はわからなかったが、フレデリカも王女として忙しい身だ。そういうこともあるだろう。
執務室に戻り、自分の仕事机の上に小袋を置く。
急ぎの用事があったから、中身の確認をする前に再び部屋を出た。
この日を境に、フレデリカはシュトラウスの執務室を訪れなくなるのだが、そのことを、シュトラウスはまだ知らない。




