5 その手の行先は
ルーナの計らいのおかげで、シュトラウスとの時間を手に入れたフレデリカ。
せっかくの二人きりだが、いざとなると上手く言葉が出てこない。
先に口を開いたのは、シュトラウスだった。
「フリッカを連れていくなんて、ルーナ姫は怖いことを言う」
大きなため息つきの言葉に、フレデリカが顏をあげる。
「彼女はたまに大胆なことを言うから、一緒にいて面白いの。……ねえ、シュウ。私がハリバロフに連れていかれることを、怖いと思ってくれたの?」
怖いという彼の言葉を、嬉しく思ったから。深く考えず、こんなことを口にした。
ちょっとした戯れのつもりだったのだが、どうしてか、シュトラウスは黙ってしまう。
「……シュウ?」
「ああ、いや。そりゃあ怖いさ。他国の姫がうちの姫様を略奪する気なんだから」
「略奪だなんて、もう」
姫が姫をさらう図を想像して、フレデリカはくすくすと笑った。
「それで、用件なんだが……」
少しの雑談ののち、シュトラウスがそう切り出す。
先に聞いていた彼のスケジュールから、少し変更があったようだ。
何日は王城にいて、この日は視察で外に出ていて……とシュトラウスから説明を受ける。
幼い頃のような触れ合いはなくなり、二人で過ごすこともほとんどない状態ではあるが、彼のスケジュールを確認するこの時間だけは、何年もずっと続いている。
先ほどは書面だけを置いて行こうとしたが、それは他国の姫であるルーナがいたからだ。
普段のシュトラウスは、書面と口頭の両方を使う。
婚約者に対する、シュトラウスなりの誠意なのかもしれない。
フレデリカは、彼のこういった面を好ましく思っていた。
7つ上のシュトラウスは、今年で25歳になる。
初めて会ったときから大人びていた彼だが、年齢が伴った今では、凛々しく精悍で、鍛えているために胸板も厚く、手も少しごつごつしていて大きく……と、大人の魅力たっぷりの男性となった。
漆黒の髪と瞳が、彼の凛々しさや色気を引き立たせる。
フレデリカも女性としては身長はやや高めのほうだが、シュトラウスの成長具合は凄まじく、フレデリカなど彼の腕の中にすっぽりとおさまってしまう体格差だ。
声も低く落ち着いたバリトンボイスで、彼のことを好くフレデリカは、ただ説明を受けているだけでもドキドキしてしまう。
ああ、好きだなあ。
彼の隣に座り、その手を、口元を、声を、瞳を。間近に感じたフレデリカは、改めてそう感じた。
フレデリカがまだ幼かった頃、兄として接してくれた優しさも、あの頃の思い出も。
忙しいはずなのに、こうして時間を作ってくれる、大人になった彼のことも。
やっぱり、大好きだ。
「……じゃあ、俺はこれで。ルーナ姫との時間を邪魔して、すまなかった」
「ま、待って。もう少し、一緒にいられない?」
説明を終え、用を済ませたシュトラウスが立ち上がろうとする。
そんな彼を、フレデリカが引き留める。
わがままかもしれない。でも、彼との時間が欲しかった。
シュトラウスは、一度は座り直そうとしてくれたが、少し考えてから、席を立つ。
「……ごめん、フリッカ。これから仕事の予定が入ってるんだ」
「……いいえ。私こそ、わがままを言ってごめんなさい」
申し訳ない、といった様子で笑みを作るシュトラウス。
彼にそんな顔をさせたこと、わがままを言ってしまったことを、フレデリカは恥じた。
王都とストレザン領を繋ぐシュトラウスは、既にこの国の重要人物だ。
立派に自分の役割を果たしている。
この国の成人年齢は18歳だから、フレデリカも成人はしている。
だが、シュトラウスと比べると、自分などまだまだ子供であるように感じられる。
見た目だって、女性らしくはなったものの、シュトラウスのような大人の魅力はまだない。
あらゆる面で、シュトラウスと自分では、つり合いがとれていないように思えてくる。
そんな思いから、ぽつりと、弱気な言葉が出てしまう。
「……シュウはすっかり大人になったのに、私はまだまだ子供ね」
「フリッカ?」
「私ね、もう成人したのに、わがままもたくさん言いたくなるの」
あなたと一緒にいたい、私をもっと見て欲しいって、わがままを。
フレデリカが思いつめていることに、気が付いたのだろう。
シュトラウスはフレデリカに向き直り、優しい声色で「フリッカ」と、彼女の名を口にした。
「きみは、立派な王女になったよ。もう、子供だなんて思えないぐらいに」
「シュウ……」
シュトラウスの手が、フレデリカの頭へ伸びる。
髪に触れる直前でとまり、そっとひっこめられた。
「……じゃあ、仕事に戻るよ」
どこか寂し気にそう言うと、シュトラウスは部屋をあとにした。
「触っても、よかったのに」
フレデリカの言葉は、誰に届くこともなく消えた。




