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邂逅


 夢を見た。

 自分が見たこともない冒険者に敗れ、最後には首を刎ねられて死ぬ、というなんとも縁起悪いものだ。


 しかしこのくらいの夢なら、格段記すほどのことではない。たまに見る悪い夢、で済ませられよう。

 だが一つ、この夢には妙な点があった。

 夢と呼ぶには、あまりに真に迫り過ぎていたのだ。




**




 朝。


 いつも通りの時刻に起きたタンドラは、

 いつも通りの身支度を済ませ、

 いつも通り朝のトレーニングに励み、

 いつも通り家族と朝食をとり、

 いつも通り家臣との会談を乗り越え、

 いつも通り執務室での職務を執り行い、

 いつも通り『謁見の間』での面会をこなした。

 

 いつもと何も変わらない、平凡で、充実した1日。


 そうなるはずだった。


 謁見の間のドアがなんのノックも無しに開けられるまでは。


 ──ドンッ!


 勢いよく開け放たれたドアが大きな音を立てる。


 ある商人の話を聴き終えて退出させ、ボーッと暇をしていたタンドラ。

 突然のことに驚き一瞬ビクッと体を震わせたが、すぐに入り口の方へと視線を向けた。

 そこにあったのは、息を切らしながらドアにもたれ掛かる執事の姿だった。


「どうした、何があった!?」


 執事の様子からただならぬ事態を感じ取ったタンドラは、声を荒げながら訪ねた。

 執事は、息も絶え絶えに答えた。


「ベラトーク帝国が……帝国軍が、首都に攻撃を仕掛けて参りました」


「──は?」


 タンドラは咄嗟にその言葉の意味を理解することができなかった。

 帝国軍が、攻撃?

 何を馬鹿なことを。


 頭が真っ白になり、まともな思考回路が全て遮断される。


「陛下! 気をお確かに!」


 そして執事の声でタンドラはハッと我に帰った。

 呂律の回らない舌で彼は執事に訊ねる。


「と、とりあえず被害の状況は?」

「我々の方も把握しておりませんが、多くの民間人が殺害されたものかと……」

「そうか、敵の戦力は?」

「非常に少なく、200もいないと見られます」

「少数精鋭での奇襲か……」


 話しているうちに、タンドラは段々と冷静になってきた。


「今、誰が敵の相手をしている?」

「自警団と都市近郊の兵が相手しておりますが、苦戦している模様です」

「相当鍛えられているようだな……よし分かった、城の警備隊を派遣しろ。この辺りで一番優秀な連中だろう」

「ですが、城内にも侵入者がいるとの報告が……」

「何?」


 タンドラは目つきを鋭くさせる。


「侵入者だと?」

「はい。狙いはおそらく……」

「……私か」


 なるほど、王の首を真っ先に掻っ攫って国を瓦解させようという魂胆か。なかなか狡いことを。

 敵の策略に考えを巡らせつつ、彼は執事に声をかける。


「構わない。警備隊を派遣しろ」

「ですが、陛下の身に何かあれば……」


 不安げに言う執事。

 そんな彼を諭すようにタンドラは言った。


「大丈夫。私が何のために修行をしてきたと思ってるんだ? 100人くらいなら相手できるさ」


 そう言いながら、タンドラの頭の中を今朝の夢がよぎる。

 もちろんまさかとは思う。

 だがしかし、この自分の中でじわりじわりと広がる嫌な予感はなんだ。こう言う時ほど、その予感はよく当たる。タンドラは嫌と言うほどそういった経験をしてきた。


 最悪の未来を想定しておくべきだろう。


「かしこまりました」


 タンドラの言葉に安心したのか、執事は落ち着きを取り戻してと頭を下げた。


「それでは私は警備隊に指示を伝えて参ります」


 そう言って執事が退出しようとした時。

 タンドラは「ちょっと待て」と彼を呼び止めた。


「いかがなさいましたか?」

「ついでで構わないから──」


「ケラントを呼んでくれ」




**




「父上! 一体どうなっているのですか!?」


 執事が退出した数分後に謁見の間は入った俺は、足を踏み入れるや否や思わず声を荒げた。

 城内に何か異常事態が起きていることを感じて、一応防具に剣というフル装備にを身を包んでいる。


 俺と同じく装備を身につけ、所在なさげに部屋をうろついていたタンドラは、ピタリと歩くのを止めるとクルリと俺の方を向いて口を開いた。


「簡潔に言う。帝国軍が首都に侵入した」

「なッ……!」


 俺は思わず絶句する。


「そんなっ! あいつらとは休戦しているはずじゃ──」

「前回は彼らが勝手に撤退しただけだ。休戦条約を結んだことは一度もない。常時彼らとは開戦状態なのだよ」

「そんなこと言っても、これは卑劣です!」

「分かっている」


 話しつつタンドラは唖然と立ち尽くす俺の方へと歩み寄り、ピタッとの目の前で立ち止まった。


「……しかし攻めてきたとはいえ、敵の数は少ない。200もいないそうだ。これくらいなら対処できる」

「そうは言っても、国民の被害が……!」

「……言うな」


 タンドラは苦しそうな顔で言葉を絞り出した。

 その様子から彼の心中を察し、俺はぐっと言葉を飲み込む。


「仕方がないこと、ですね」


 俺は昨日の言葉を思い出しつつ言う。

 その言葉に父は力無くハハッと笑った。


「昨日の話はまだ覚えているな?」

「当然です」

「じゃあ、お前に足りなかったものはなんだ?」

「経験、です」


 答えつつ、あぁなるほど、と俺は納得した。

 今は国家の非常事態。そこで経験を積め、ということだろう。


 ところがタンドラはそれ以上話は続けず、代わりに「ついて来い」と踵を返した。

 一瞬呆気に取られたが、慌てて後を追う。


 やがて俺らは部屋の隅に着いた。

 

「ここに何があるんです?」


 俺が訊ねる。

 しかしタンドラは何も答えず、黙ったまま床のタイルを一つ持ち上げた。

 そしてそこに現れたのは──ひと1人分ほどの高さがある空洞だった。


「降りろ」


 彼の指示のまま、ケラントはそこに飛び降りる。

 どうやらこの空洞は通路になっているらしく、ずっと奥まで暗闇が続いているのが確認できる。


「これは……?」

「非常事態のための秘密通路だ。ここを走っていけば、いずれ大通りの脇に出る」

「なるほど、ショートカットというわけですね。これでより早く敵を殲滅できる……」

「いや、そのためではない」


 え? とケラントはタンドラを見上げ──そして目を見張った。

 彼は泣いていたのだ。

 ひどく苦しそうな顔で。


「父上、一体どう──」

「ケラント、大通りに出たらそのまま南に走ってメテラルシアに向かえ」

「え? なんのため──」

()()()()()()

「……は?」


 タンドラの言葉を咄嗟に理解できず、混乱する俺。


「そんな、さっきは経験をって──」

「そう言う意味ではない。いいか、今から言うことは一回しか言わない。反論は一切認めないから、よく聞け」


 父の気迫に押され、俺は思わず押し黙る。

 タンドラは苦しそうに声を絞り出しながら言葉を続けた。


「この部屋には間もなく敵が来る。強力な敵だ。正直、倒せる自信はない」

「だったら一緒に戦えばいいじゃないですか!」

「だめだ」


 タンドラがピシャリと言う。


「お前が守るべきものは国だ。私ではない」

「そんなこと言ったって──」


 納得しかねて、俺は思わず噛み付く。

 そんな俺に、タンドラは諭すように言った。


「言うことを聞いてくれ。最後の頼みだ」


 今まで聞いたこともない、切実な声だった。

 そこから父の覚悟を読み取り、俺はハッと口をつぐむ。


「ありがとう。時間がないから手短に伝える。最後のアドバイスだ、よく聞け。

 さっきも言ったが、まず大通りを南下して《雪の道》に出て、そのままメテラルシアに向かえ。

 あそこはどこの国にも属さない中立都市だ。きっとエプシルでも受け入れてくれるだろう」

「分かりました、メテラルシアですね」

「そこに着いたら、冒険者組合に向かえ。冒険者になるんだ。お前の実力なら、Sランクにも問題なくなれるだろう。そしてそこで経験を積むんだ」

 

 そこでタンドラは一息つき、さらに話を続ける。


「最後のアドバイスになるが──人を愛しろ。家族を作れ。身近に守るべきものを持て。この人たちのためなら生きていたい、と思える相手を見つけるんだ」


 そして最後に悲しそうな顔を浮かべながら、


「もし私が死んだら、この国はそのまま帝国に乗っ取られるだろう。だが焦らないでくれ。お前が死んだ時が、この国の本当の終わりだ。

 生きて、経験を積んで、時期を見計らってこの国を取り戻すんだ。お前ならきっとできる。私からの最後の頼みだ」


 最後まで言い切ると、彼は何も言わずにケラントの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 ケラントは黙ったまま、時々肩を震わせつつ俯いている。

 そんな彼に、タンドラは優しく声をかけた。


「大丈夫。ケラントなら上手くやれる。何てったって、父さんの息子だからな」

「……はいっ」


 そしてタンドラは名残惜しげに立ち上がると、タイルを元あった場所に戻した。

 こうして暗闇には、ケラントだけが残される。


「……よしっ」


 やがて掛け声一声と共に、ケラントは暗闇に向けて駆け出した。




***




「……さて」


 ケラントを何とか逃し、部屋の中央に戻ったタンドラはくるりとドアと向き合った。

 ドアは重苦しい沈黙を放っている。


 まさか夢を信じて息子を逃すとは。

 大した過保護親父である。


 自分の間抜けぶりに思わずタンドラは嘲笑を漏らす。


 だがかつての戦友に同じような経験をした者がいた。

 彼はある朝、自分が魔竜に喰われて死ぬと言う夢を見たと語った。同じ日、彼はまさにその通りの死に方をした。

 その時は偶然だと一蹴したが、まさか自分にその番が回ってくるとは。


(運命とは不思議なものだな)


 そう考えるのと同時に、彼は何か()()()()が近づいてきているのを察知した。


(きたか)


 覚悟を決めたように、彼は大きく息を吐く。

 そしてそれと同時に。

 ドアが勢いよく開け放たれた。

 開けたのは先程出て行った執事だ。

 激しく取り乱した様子で、肩が大きく揺れている。


「陛下、侵入者で──」


 何があったのか、彼は伝えようとする。

 だがその言葉が最後まで続くことはなかった。

 なぜなら──


 言い終わる前に、その首が飛んだからだ。


 激しい血飛沫を上げながら、生首がゴロリと床を転がる。

 だがタンドラは一つも表情を変えない。

 何度も何度も何度も何度も──


 見慣れてきた光景だ。


 そしてその後に、コツコツとわざとらしく足音をたてながら男が入ってきた。

 金髪の男──ゼンゲルである。


「ごきげんよう、陛下」


 無念そうに床に転がる生首に片足を乗せると、彼はニヤリと笑いながら言った。


「──最後の魔王討伐(クエスト)に参りました」


 血と共に黄色い液体を撒き散らしながら、頭が踏み潰された。

 

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