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卒業試験②



「なッッ!!?」


 本来いるべき場所にケラントの姿がなく、混乱するタンドラ。

 何度見てもその場にあったのは──ただの「魔力乱れ」だけだった。


 どういう事だ。

 何故いない。


 今までにない事態を処理しようと限界を超えた速度で回転する脳。

 その結果、ある1つの解が導き出された。

 まさか──


「神眼……!」


 意図的に魔力乱れを生み出していたのか。

 本体から意識を逸らすために。

 なら本体はどこへ……?


 その時。

 頭上から何かが降ってくる気配がした。

 反射的に上を仰ぐ。

 そこで彼が見たのは──


 剣を構えた状態で空から降ってくる、ケラントの姿だった。


(まずいッ!)


 このままでは宙で切られる。

 そう考え、タンドラはなんとか体を捻ってケラントの攻撃を交わしたが、それならすぐに地面が迫ってきた。


 両足で着地しなかったら、やられる。


 そう直感し、さらに体を捻ってかろうじて両足で着地したが、彼の体勢は大きく崩れてしまった。


 そしてその隙を、ケラントは見逃さなかった。彼は着地ひた姿勢から大きく膝を曲げ、そこからバネのように一気に加速してその剣先をタンドラの首元に向けた。


 それをなんとか防ごうとタンドラは手に持った短刀を首元まで持ち上げようとする。

 だがその抵抗も功を成さず──


 首元スレスレのところで、(きっさき)の動きは止められた。


 唖然とするタンドラ。

 未だに何が起こったのかを把握しきれていない。


「父上」

 

 言葉を失った父。

 そんな彼に、ケラントは勝ち誇った顔で言った。


「僕の勝ちです」


 タンドラは諦めたようにフッと力無く笑いながら、軽く息を荒げているケラントに告げた。


「……合格だ」




**




「それにしても、私の勘も鈍くなったものだな」

「いえいえ、父上はまだ僕より全然強いですよ。今回は偶然勝てただけで……」

「どうだろう、意外と五分五分だったりするかもな」

「ははっ、まさか」


 試験終わりの帰り道。

 馬をパカパカ緩やかに走らせつつ、俺らは談笑していた。

 日もすでにだいぶ傾き、世界は淡い朱色に染められていた。


「まさかお前があそこまで神眼を使いこなせてるとはな。正直計算外だった」

「いえいえ、そんな……」


 まあ、一応一人で特訓したからな。

 練習するうちに分かったのだが、魔力は結構扱いやすい。イメージ的には宙を漂う塵だろうか。なんとなく漂っているものを一ヶ所にかき集めるのはそう難しくない。

 だが、その形を変える……つまり魔法を使うとなれば話は別だ。ある程度のレベルまでは仕上げたつもりだが、まだ単純なものしかできない。結界術とかそう言う複雑な魔法はまるでイメージが掴めていないのだ。

 ま、魔法に関してはエプシルの専門外なので、ちゃんとした教育を受けれていない、と言うのが大きいかな。

 いずれここも勉強していきたいものだ。


「……さて、これでお前も晴れて卒業だ。明日から私が稽古をつけることもないし、あれこれ指図することもない。1人の()()として扱うことになる」

「はい、承知しています」

「だがお前はまだ未熟だ。これで慢心することのないように」

「よく自分に言い聞かせておきます」


 それから俺ははしばらくの間、特に会話もなくひたすら馬を走らせた。

 気まずい沈黙ではない。

 そこにあるべくしてあるような静寂だ。


 だがふと俺は疑問が湧き、その沈黙を切り裂いた。


「……父上」

「なんだ?」

「先程父上は僕がまだ未熟だと仰いましたね?」

「あぁ、言ったな」

「未熟な僕に足りないものって、一体なんなのでしょう?」


 タンドラは迷わず答えた。


「それは一つしかない──()()だ」

「経験?」

「そうだ。確かにお前には十分技量はある。だがそれをどんな状況でも活かせるようになるために経験が足りてない」

「一応いかなる状況でも対応するための訓練は積んできましたが……」

「それとは違う。例えばお前は家族が暴漢に襲われた時、相手を躊躇いなく殺せるか? 自分の命と引き換えにしてでも守れるか?」


 俺はウッと答えに詰まった。


「それは……」

「断言しよう、できるわけがない。お前には人の心がある。人を殺すときに躊躇うのは人として当然だ」

「では、父は?」

「どうだろうな。まだ残ってはいるはずだが……私はいざとなったら、それを意図的に消す」

「消す?」


 タンドラがこくりと頷く。


「スイッチを切り替えるんだよ。人としての自分と、鬼としての自分。これができなければ、お前はいつまで経っても半人前のままだ」

「そのために経験が必要だ、と……」

「そういうことだ」


 タンドラは遥か遠く、もう見ることのできない世界を思い出すかのようは目つきで言った。


「父に同じ事を言われて、私は傭兵として色んな国を駆け回った。色んな人が死んだよ。敵だった者も、親しかった者も。

 最初は辛かった。殺されるのもそうだし、殺すのもひどい苦痛だった。だがある時、突然気付いたんだ」


「これは仕方がない事なんだ、と」


「人が争う限り人は死ぬ。自分も、周りの奴らも、結局はその1パーツに過ぎないんだってな。

 お前が命を奪う事を今後どう捉えるか分からない。一生苦痛に思うかもしれないし、私のように割り切るかもしれない。

 いずれにせよ、経験がなければ答えが出ることはないからな」

「……なるほど」

「私はまだしばらく健在だろうから、一度世界を見てくるといい。きっと大きな糧になるはずだ」


 そう言ってタンドラは徐々に暗くなっていく空を見上げた。

 渡鳥の群れが美しい隊列を成して悠々と飛行している。


「……もうすぐ日が暮れるな」


 そして視線を俺に移し、


「暗くなる前に戻らないと母さんに叱られる。馬を飛ばすぞ」

「はいっ!」


 そして俺らは馬の尻に鞭打ち、林道を勢いよく駆け抜けていった。


 ……これが、俺らが和やかに話した最後の会話となった。

 

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