卒業試験①
魔獣討伐の2日後。
俺はタンドラと共に城の脇の大きな森に来ていた。普段だったら練習の場所となっているのだが、今日は目的がちがう。
間も無く始まるのだ。
卒業試験が。
「始まる前にもう一度簡単にルールを説明しておく」
タンドラは懐から小さな砂時計を取り出しつつ俺に話しかける。
「試験の合格条件は俺から一本取ること。手段は問わないが、あまり森にはダメージを与えないこと。期限は今日の日没までだ」
しゃがんで手に持った砂時計を地面にそっと置くと、彼はさらに言葉を連ねる。
「俺は先に森に入っている。この砂時計が完全に落ちてからお前は動け。分かったか?」
俺は何も言わず、何回かコクコクと頷いた。
「よし」
すくっと彼は立ち上がる。
そして俺の前まで歩み寄ると、ポンと俺の頭に手を置いた。
「……背、伸びたな。もう私とほとんど変わらない」
頭を撫でつつ、彼は父親としての優しい微笑みを俺に向ける。
「言っておくが、私はお前を逃げる相手ではなく戦う相手として認識している。そこはしっかりするように。
では、健闘を祈ってるぞ、ケラント」
今度は師匠としての鼓舞だ。
俺は緊張やらなんやらで何も言えなかったが、代わりにできるだけ力強い視線を父に向けた。そして瞬きした次の瞬間にはもう、彼の姿は森の中に消えていた。
***
(なんだぁ? ありゃあ)
適当な木に隠れて気配を消していたタンドラは、森の中で蠢く異質な魔力乱れを見つけ、思わず口をあんぐり開けた。
ちょうど先ほどケラントと話していた、スタート地点辺りか。
ということは……。
(ケラントか?)
魔力の乱れを隠しもせず、その場からも動かないとは。これでは相手に居場所が筒抜けである。
タンドラに「殺してくれ」と懇願しているようなものだ。
早々に勝負を諦めてしまったのだろうか。あるいはただ単に乱れを消し忘れたか。
いずれにせよ……。
(やはり卒業は早かったか……)
思わずため息をつく。
卒業試験は通常18歳ごろに行われる。
タンドラもそうだった。
だがケラントはまだ15歳。普通だったら魔眼の扱いに体を慣らしている頃だ。
いくら1人で魔獣を蹂躙したとは言え、やはり卒業するには早かったか。
そんな事を考えつつ、彼は息子の動きを注視する。
最初はケラントのミスとして魔力乱れを見ていたが、やがてある違和感に気づいた。
時々、乱れが異常に大きくなっている。
ミスで消し忘れたにしても、あそこまで大きく乱れることはないはずだ。
まるで見つけてくれと懇願しているかのような……。
「……なるほどね」
そこでやっと、彼はケラントの狙いに気づいた。
あれは居場所をあえて割ることで、攻撃を誘っているのだ。
通常だったら絶対にやらないことだろうが、しかし今は卒業試験。森の中をしらみ潰しに捜索するのは妥当ではないと判断したのか。
おそらく先程タンドラが言った「戦う相手」という言葉の意味を汲み取っての行動だろう。
「参ったな」
頭を掻きつつ彼はぼやく。
タンドラとしてこの行動は本意ではない。
できれば、所々に残した痕跡を辿ってこの場所を見つけて欲しかった。
だがしかし、これは戦闘試験。タンドラは逃げる役ではなく、ケラントの相手をする役なのだ。ケラントと戦う者として、居場所が割れること好都合なものはない。
ケラントと剣を交わすと誓った以上、一度は攻撃を食わねばなるまい。
しかし、それで試験になるのだろうか。
「ふーむ……」
10分ほど悩んだ末、彼は一回だけ攻撃を与えることにした。
こちらの居場所は割れるだろうが、それは向こう方も一緒だ。
正々堂々のタイマン勝負になるだろう。
背中から弓と矢を取り出し、つがえる。
この弓は森の中を駆け回るために作られたやや短いもので、コンパクトな分飛距離は出づらい。
ケラントとの距離はおおよそ150メートルというところか。
正直届くか怪しいラインだ。
だが。
(いける)
彼には絶対に上手くいくという、今までの経験から得られた自信があった。
失敗したら失敗しただ。
次の手を考えれば良いのである。
弓を構え、弦を引っ張り、矢を放つ。
弦から解き放たれた矢は螺旋状に回転を描きつつ、森の澄んだ空気をかき分けて進んでいく。
そんな矢の行く末をタンドラはじっと見守った。
そして矢がケラントに到達しようかという時。
魔力乱れが大きく横に跳ねた。
矢は本来ケラントがいた場所を虚しく通過していく。
「当然避けられるよな……」
もちろん避けてもらわなければ困る。もしあの威力で頭を直撃していたら普通に死んでいただろう。
だがこれでお互いに位置は割れた。あとは正々堂々勝負するだけである。
が。
(おいおい、なんだよあれ……)
タンドラが目にしたのは、ものすごい速さで迫ってくる大きな魔力乱れであった。間違いなくケラントであろう。
いくらお互いの居場所がバレているとはいえ、乱れを消さないのは自殺行為に等しい。
先程発生させたのをうっかり消し忘れたのか。
これでは彼がどのような経路、スピードでこちらに向かっているのかが筒抜けだ。
(やはりまだ未熟だったか)
こんな初歩的なミスを犯すとは。
試験だからよかったものの、実践だったらおそらく死んでいただろう。こんなレベルでは、合格点は到底与えられない。
とりあえずケラントの予想進路の途中にある適当な木陰に隠れたタンドラは、懐から鋭く輝く短刀を取り出した。
これで一気に不意打ちをかけようという魂胆だ。
90メートル……。
60メートル……。
30メートル……。
乱れとの距離は徐々に縮まっていく。
それに伴ってタンドラの集中力にも磨きがかかっていく。
そして予想通り乱れがタンドラが隠れた木のすぐ側を通り過ぎようとした時。
タンドラは大きく一歩を踏み出して行く手に躍り出て、その短刀を乱れに向けて振り下ろした。
(もらったっっ!!)
勝利を確信するタンドラ。
だがそこで彼が見たのは……。
虚無。
ケラントの姿は──
どこにもなかったのだ。




