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異世界は優しくない


 俺はどこにでもいる平凡な学生だった。成績運動ルックス交友関係すべて普通。ちょっと影が薄いだけの普通の高校生である。

 だがその影が薄いことが災いしたのか、俺は登校中にトラックにはねられ呆気なく死んでしまった。


 ところがどっこい。ふと気づくと、俺はウンビャーっと産声を上げていた。

 どうやら俺は、巷で話題の異世界転生というものをしたらしい。それに気づくのに、そう時間はかからなかった。


 前世ではただのモブFくらいでポックリ逝ったからな。

 今回はちょっと頑張って、この世界に爪痕を残してやろう。

 そう俺は意気込んだ。


 第二の俺の名前はケラント=エンゲルベルト。

 よくわからんが、なんかかっこいいので気に入っている。


 そして父親がタンドラ。テルヘン王国の国王である。


 …‥信じられない人のためにもう一度言おう。

 テルヘン王国の国王なのである。

 つまり俺は皇太子として生を授かったわけだ。


 どひゃあ。


 貴族の子に転生、なんかはよくある設定だが……。

 さすがに国王の息子はちょっと背負うものがデカすぎやせんかね。しかもそれ故か、3歳になったばかりの頃にはもう木刀での修行を始めさせられていた。

 昭和の親父もちゃぶ台をひっくり返すのを躊躇うレベルのスパルタである。


 そうして日々ボッコボコにされる日々が過ぎ、気づけばこの世界にきて10年が経とうとしていた。

 

「魔力の流れで動きを見ろ、視覚でとらえるな!」

「……はいっ!」


 グラサード城のそばにある、『まどろみの森』。

 今日もここで修行が行われていた。


 この涼しげな顔しながらものすごい勢いで木刀を叩き込んでくる褐色細マッチョイケメンが俺の父であるタンドラ。

 政治、学問、武道など何から何まで精通したスーパーマンである。


 そして木刀を持ってただただアワアワすることしかできてない褐色ショタガキが俺だ。


 この7年の間で、俺は剣から弓に至るまでほとんどの武芸を習得した。

 わずか10歳で、と驚くかもしれない。

 当然人間だったらなし得ないことだ。

 俺もそう思っていた。

 だができちまったのだ。

 最初は「お、俺天才なんじゃね?」と有頂天になっていたのだが、父曰く「普通のことだ」とのこと。


 どうやら俺は人間ではなく、【エプシル】と呼ばれる亜人に属しているらしい。全員が褐色の肌と真っ黒い髪を持つことで知られ、エルフに並ぶ上位少数民族である。

 このエプシルは、魔力をほとんど失った代わりにぶっ飛んだ運動能力を手に入れた種族だ。

 なので俺も、幼いながらも成人した人間男性の倍近い能力を有している、というわけだ。

 

 そんな俺らの最大の特徴が、全員が【魔眼】を有していること。

 これは魔力の流れを読み取る能力がベースとなり、個人によって様々な能力を宿した、文字通りの「眼」である。

 魔眼自体はエプシルの特権ではなく、割と誰でも持ってるものらしいが、流石に100%持っているのはエプシルだけらしい。チートな種族である。


 そしてちょうど俺が今励んでいるのが、この魔眼の扱い方、というわけだ。


「流れを見ろ、流れを! 剣先からは何も読み取れんぞ!」

「はいっ!」


 俺の動きを全て見透かしたかのように攻撃を全ていなしながら、猛烈な叩きを入れるタンドラ。

 彼が持っている魔眼は【炎眼】。

 魔力をほぼ消費せずに炎系魔法を扱える。


 そんな彼の右目は今、爛々と真紅に光っている。

 これが魔眼の発動している証だ。

 

 対する俺の眼は、時々ジジッと一瞬明かりがともることはあるものの、ほとんど素の状態のまま。

 まだ魔眼の扱いに慣れていないからだ。

 

 なんとか父の魔力の流れを読み取ろうとしつつ、俺は懸命に隙を窺う。

 だがタンドラは容赦しない。

 次々と間合いを詰めてくる。


(これは一度突き放した方がいいな……)


 この明らかに不利な状況に対し、俺は一度間合いをとって形勢を立て直そうと判断した。


 そしてそこでタンドラが大きく踏み込み、頭めがけて木刀を振り下ろしてきた。


(ここだ!)


 その一撃を難なくいなすと、俺は足にグッと力を込めた。


 父の木刀は今地面に向かって振り下ろされている。

 少しの間は稼げたはずだ。

 きっと後ろに引くには十分だろう。


 重心を後ろに移動させつつ、俺は大きく後ろに飛び上がる。

 そしてそのまま後方の大樹の太い枝に着地する──はずだった。


 だがここで、木刀に添えられていたはずのタンドラの腕がニュッと伸びてきた。

 そして腹当たりの布をギュッと掴まれる。


「え?」


 そんな腑抜けた声を出したと同時に、俺は信じられない怪力でそのまま勢いよく地面に叩きつけられた。


「ガハァッ!」


 弾みで一度体が持ち上がる。

 受け身を取れていなかったら肋骨が二、三本折れていたところだ。

 だが一応受け身は取れたものの、あまりの速さに体が上手く反応できなかったため完璧には取れず、衝撃に驚いた横隔膜が痙攣を始める。


 咳を連発しながら地面に膝をつく俺。

 そんな俺の首元にタンドラは木刀を突きつけた。


「……実戦だったら首が飛んでたな」


 俺の一言に、俺が悔しそうに見上げる。

 そして咳を撒き散らしながら、俺はなんとか父に訊ねた。


「……どうして後ろに……飛び跳ねることが……分かったんですか」


 タンドラは頭をポリポリ掻きながら答えた。


「どうしてって、何度も言ってるだろう。魔力の流れを読んでるんだ」


 簡単に言う父。

 だが俺にはその「魔力の流れを読む」とはどういうことなのか、まるで想像がつかなかった。


「なんて言うか、道が見えるんだよ。魔力溜まりの中に乱れが生まれて、私はそこに手を伸ばしただけだ。

 ある種、未来を読んでいると言えるかもな」

 

 何度か深呼吸をして俺は息を落ち着かせる。

 そのままフラフラと立ち上がった俺は、弱々しく呟いた。


「……僕なんかにできますかね」

「できるに決まってるだろう。何てたって、私の息子だからな」

「そう言いますけど……」

「安心しなさい。私も最初の1年は毎日父上にしごかれていた。まるで身に付かんくてな。大いに苦労したものだ」


 在りし日の苦い記憶を思い出しのだろうか、タンドラは苦笑を漏らす。


「……だが魔眼とは不思議なもので、それまでどれだけ頑張っても発動しなかったのに、ある時突然できるようになるんだ。なんの前兆もなくな。

 きっとお前にもその時は来る。それまでは辛抱なさい」


 そう言ってからは息子の肩をポンと叩いた。

 それに呼応して俺も力無くだが笑う。


「よし、じゃあ今日の鍛錬はここまでだ。私は執務に戻るが、お前は……?」

「今日は勉強に努めます。先生がお越しになっているので」


 王たる者、強さだけでは当然何もできない。

 偏りなくあらゆる学問に精通していることが求められる。

 俺は何人かの家庭教師の下、あらゆる知識を吸収することにもまた努めていた。


「そうか、頑張ってくれ」

「もちろんです。いつか父上を抜かさねばなりませんので」

「そうだな。そうしてくれないと、ノア帝国には勝てない」


 ノア帝国。

 テルヘン王国の南方にある超大国だ。

 ガルド教という亜人に排他的な姿勢を示す宗教が広く信仰されており、それゆえ王国とはかなり仲が悪いそうだ。10年前には軍事衝突も起きたという。


「もちろん。分かってますよ」

「私になにかあったら、国を守るのはお前だからな」

「父上ほどの強さで何かがあるとは思えませんけどね」


 タンドラは強い。おそらく世界でも敵うものは数えられるほどしかいないのではないか。

 なんでも前回の戦争の時は1人で敵軍の師団を全滅させたらしい。いやゴ◯ラかよ。


「どうだろうな。そう言って散っていった者を私は何人も知っている。何があるか分からないのが人生だからな」

「ですかね」

「だからまずはしっかり勉強してこい。知識がなければ力は伴わないからな」

「はい!」


 そうして俺らはそれぞれの日常へと戻っていった。




**




「ふぅ〜……」


 今日終わらせるべき職務を終わらせたタンドラは、大きく息を吐いた。


 夕暮れの光が差し込む執務室。

 いつもなら資料を持ってあたふたしている執事も、今はいない。珍しく完全に1人だ。


 彼は椅子から立ち上がって窓辺に立ち、眼下に広がる街を見下ろした。

 徐々に夜が忍び寄る街には、ポツポツと明かりが灯り始めている。蝋燭の、包まれるような暖かい明かりだ。


 そんな街を見下ろしながら、俺は今日の鍛錬について考える。


 魔眼の扱いで苦しんでいるとは言え、彼は確実に強くなってきている。

 今日大きく後ろに引こうとしたのも、並大抵のものなら対応できないだろう。

 何せ後ろの樹まで10メートルは離れていたから。


 だがそれは強敵以外に限った話だ。

 鍛錬された者は、あんな単純な動きなら魔眼がなくとも見抜ける。そうなるように誘導し、移動先に罠を仕掛けることだって可能だ。

 だから彼に必要なのはやはり魔眼だ。


 彼は、1000年に一度生まれるか分からない【神眼】と【予知眼】の抱き合わせである。

 神眼は半径20メートル内の魔力をコントロールでき、予知眼は名前の示す通り数秒先の未来が見える。


 共に最強格の魔眼だ。


 間違いなく彼は先代を大きく上回る力を手にするであろう。

 

「ふふっ」


 思わず漏れる笑い。

 彼の未来を想像すると、どうしてもニヤケが出てしまう。

 息子が魔眼で苦しむのも多分あと一年くらいか。

 その後は──


「……楽しみだな」


 タンドラは窓に向かって一人呟いた。

 

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