船上の槍使い、新米ボルドの奮闘
そよ風が頬を撫でるように通り過ぎ、太陽から降り注ぐ炎のような眩しい光。
鼻には潮の香りが生臭いと感じるほどまでにねじ込まれてくる。
くぅ~!! やっぱり海は良いなぁ!!
「これこそが絵に描いたような海ってもんだな!!」
「ボルド! 変な事叫んでんじゃねぇ!! さっさと掃除しやがれ!!」
「へーい! すんません!」
すぐ怒鳴るんだからさ、楽しむ余裕ってもんが無いのかね?
あ、ボルドってのは俺の名前な、こよなく海を愛しまくって、念願の船乗り1年生だ。
狭い船の上はカニ歩きしないとすれ違う事もできない、ちょっと足を取られて転んだりしたら最悪海の中へドボンってわけだ。
ロープに物資の木箱、食料確保のための釣り竿とカゴに網、いろんなもんでごちゃごちゃしてる。
「おーい! 昼飯食ったらオール出すからな!」
「へ~い」
船長がさっそくもう一つの仕事押し付けてきやがる。
俺が乗ってるこの船は荷物を運ぶ輸送船だけどな、遅れている時とかは人力で漕いで早く進められるようになってるんだ。
荷物をパンパンに詰め込んでいる、滅茶苦茶遅い船を人力で動かすんだから、大変な事この上ない。
でもオール漕ぎは俺も参加できる仕事ってわけだ。
「なんだてめぇら! 嫌なのか!!」
「嫌です!」
「嫌です!」
「俺もヤダな」
「やります!!」
「よし分かった! 『嫌だ』って言ったボルド以外の奴は飯抜きだ!」
「嫌ではないです!」
「やります!」
「俺もやります」
「最初からやるって言いやがれ!」
船長の声を聞いた全員が一遍に返答する。
本来、船の上での船長命令は絶対服従が原則で嫌だなんて言った日には大問題だが、船長も笑ってやがる。
こういう船乗り達のノリもいいんだよなぁ~
「おいボルド、お前オール嫌じゃねぇのかよ」
「船の事できるなら、俺は何でもやるぜ!」
「っとに変わった奴だな、だけどお前みたいのが船に居てくれると助かるぜ」
俺に声をかけていった先輩船乗りは曲刀を持っている。あれは1人前の証でもあるから、早く持てるようになりたいもんだ。
前に持たせてくれって頼んだらめちゃくちゃ怒られちまった。
「おい、前にこれ持ちたいって言ってたよな?」
目で追っかけてたのがばれちまったかな?
「これは持たせられないけど、これならいいぜ」
そう先輩船乗りが言うと、俺の背丈よりちょっと短い棒を投げ渡してくる。
コルク抜きみたいな握りが頭について、杖みたいに丸くなった棒が伸びて、先っぽが平らなねじ回しみたいになってる。
曲刀の代わりって言うから、武器なんだろうけどさ、なんだこれ。
「あとで、そいつの名前と使い方教えてやるよ。邪魔にならない所においときな」
「そこ2人! オール出すって言っただろ! 早く飯食え!!」
船長に怒られて、飲み込むように飯を食ったあと、死にもの狂いで漕がされて腕がパンパンだぜ。
もう、陽も沈んできたんだけど、風も出て海流にも乗った。
あれ、やること終わったんじゃねぇか? とおもってたら、先輩のでっかい声が飛んでくる。
「おーい! 教えてやるって約束しただろ、ちょっと付き合え」
先輩船乗りが揺れる甲板の上を軽やかに走ってくる。
休む余裕もねぇな。
船の中でも少し広さがある、船首付近に行くと。先輩は曲刀を鞘に入れたまま構える。
「さっきの棒は持ってるな、ボルド、槍の心得はあるか?」
「まぁ、手習い程度には」
「そいつは船の上の槍、フルーキングって言うんだ。端っこ持つようにすれば後は大体槍と一緒だ、行くぜ!」
さっきみたいに軽やかに甲板を走ってきやがる。つまり実戦で使い方を覚えろってことか!?
周りには他の船乗りも集まってワイワイはやし立ててきやがる。
やりゃあいいんだろ、やりゃあ!
俺は、距離を詰められる前に両足を踏ん張って、フルーキングの平たい先っぽを先輩へ向ける。
キュと音が鳴って先輩自分の体を強引に止めた後、横に飛んだり、荷物の上に登ったりしてこっちを揺さぶってくるが、それに合わせて微妙に向きを変えて、近寄らせないようにする。
「そうだ、それでいい! だけど、これならどうする!」
先輩は曲刀を振って、棒の先端を弾こうとしてくる。
しかも飛ばそうとする先には荷物があったりして、そこに引っかけられたら大きなスキが出来ちまう。
俺は自分の足元を見て転ばないようにして、一歩下がったり、棒を引いたりして弾かれないように避ける。
先輩すげぇ!
こんな狭い場所で荷物も置いてあるのに、びゅんびゅん振り回している曲刀も、飛び回ってる先輩自身もどこにも引っかからないで暴れてやがる。
船の揺れに耐えながら、荷物や船にぶつけないようにフルーキングを扱うだけで俺は精いっぱいだ。
「ボルド、やるじゃねぇか!」
「守ってばっかりじゃ勝てねぇぞ、突け! やっちまえ!」
「遠慮すんなよ!」
そんな事できるか! 怪我でもさせたら大変だろうが!
先輩に棒を弾かれないように、そして攻め込まれないように牽制すること数十分。
お互いに汗をかき始めた頃に聞きなれた大声が響く。
「てめぇらぁ! 面白い事してるじゃねぇか! 俺も混ぜろや!」
言うや否や、船長も曲刀を鞘ごと抜いて、先輩へと切りかかる。
目にもとまらぬ速度で振り下ろされる曲刀を先輩は頭スレスレで受け止めると一瞬だけそこが光ったように見えた。
「船長あぶねぇ! 火花散ったじゃないですか!」
「あ? 俺の許可なく、フルーキングを新人に渡すアホには良い薬だろ」
船長はギリッと音が鳴るほど曲刀を押し込みながら、先輩の股間を蹴り上げる。
「あひゅびゅへ!」
男性の最大の急所を船の揺れ戻しに合わせた一撃はみごとで、奇声をあげて倒れ込む。
船長は汗一つ流さず、いつものような調子で俺の方へ向き直る。
「次はボルドだな、ほれ、思いっきり突いて来い」
「できねぇよ! 怪我したらどうすんだよ!」
「安心しろ、当たらねぇよ。1分以内に俺を止められなかったら、こいつと同じになるぜ」
股間を抑えてピクピクしている先輩と同じ……
いやだ! 痛そうだし、かっこ悪い、やるしかないと決めてフルーキングを握り直す。
「よしよし端っこ持ってるし、構え方も良い。じゃ、突いて来い!」
「おりゃぁ!」
「やっぱりな」
思いっきり気合を入れて突き込む瞬間、船長は溜息を吐いて軽く曲刀を振る。
軽い金属の音がした瞬間フルーキングは船の荷物の中にスポッとはまって抜けなくなる。
「あ」
「お前もこいつも船の揺れや広さを頭に入れてねぇ、ギリギリまで使うんだよ、狭いとこだからよ」
曲刀をゆっくり振り上げてから、勢いよく振り下ろされる。
「ふん!」
ギャキン!
フルーキングを持ち上げて、なんとか受け止める。
「ほらな、だめだっただろ? ギリギリで避ければ俺にも勝てるぜ、それはくれてやるからよ」
え? やった! 俺も武器持っていいのか! 曲刀じゃないのが残念だけど一歩前進だぜ。
なんて喜んだ瞬間、俺の股間を船長は思いっきり蹴り上げやがった!
「あひゅびゅへぃ!」
雷に撃たれたみたいに動けなくなる。
なっさけねぇなぁ……
「船の揺れをみろ。ギリギリで避けろ。そんで、油断すんな」
俺は皆の前で先輩と一緒に情けなく倒れる羽目になった。
ぜったいニヤニヤしてるだろう、ちきしょうめ。
みんなは、これも通過儀礼だとばかりに笑ってやがる。声は聞こえてるぞ、覚えてろよ。
それからは毎日このフルーキングの使い方を練習したし、時には船長が自ら相手をしてくれたが、やっぱり勝てねぇ。いつか船長の股間を蹴り返してやると思ってるんだが、その日はまだまだ先だ。
だけどな相手が飛び移る瞬間だとか、船の揺れで上がったり下がったりで重心の位置がずれた時、攻める時のねらい目も分かったし。
持ち方を替えたり、周りを見る事でフルーキングをどっかに引っかけたりしないでヒョイヒョイ持ち運べるようになった。
とは言っても持ちたいのは曲刀なんだよなぁ。
早く曲刀持つためにガンバッテっけど、俺が持ちたいのは槍じゃないんだよ。
なんて思っていたある日、こいつが大活躍して、俺の考えがガラッと変わる事があったんだ。
◇◇◇
空は曇っていて、なんだか生ぬるい風が吹いている日。
俺は釣り糸を垂らしているんだけど、何にもひっかかってこない。
あくびが出てくるほどの退屈を満喫していると、見張りがものすごい勢いで鐘を叩きはじめる。
船全体にガンガンと鐘の音が響きわたり、ワラワラと船乗り達が甲板に出てくる。
「敵襲! 敵襲! 海賊だ!! 突っ込んでくるぞ」
「いけねぇ!! 全員オール持て! 死ぬ気で漕げ!!」
敵襲という言葉で退屈なんて時間は太古の昔に吹っ飛ばされた。
食事中の奴は食いかけの飯を投げ捨て、着替えている奴は下着のままオールを取って持ち場に走る。
「船長! 3隻来てます! 船首に槍付き!」
「横っ腹に突っ込まれたら終わりだ!」
「ひぃぃ!!」
「まずは槍を避ける! その後は殴り合いだ! てめぇら気合入れろよ!!」
船長の大声はこれだけ混乱している船の上でもよく通る。
海賊船は小さい船だが、パンパンの人数でオールを漕いですごい勢いで突っ込んでくる。
小さい上に荷物は空っぽの船と大型で商品山積のうちらとは速度が段違いだ。
「右! 押さえろ! 揺れるぞ、捕まれ!!」
船長が舵を切り、オールの漕ぎ手に激を飛ばす。
直後、振り落とされそうなほどに船が揺れ、甲板も色んな物が転がるくらいまで斜めになる。
「おわぁぁぁ!! あべっ!!」
「ボルド! 落ちるなよ!!」
「かっこ悪くぶつかったから大丈夫だ!」
「うるせぇ!」
その辺の荷物と同じように甲板を転がされて、船の縁に思いっきり顔面をぶつける。
ちきしょう情けねぇ、なんて思っている暇は無い!
俺のいる反対側にガリガリと船同士が擦れる音が聞こえて来て、雄たけびのような声が上がる。
「槍は避けた! 右にお客さん2組だ! 帰ってもらえ!!」
「うぉぉ!!」
「おりゃあ!」
「ボルド! てめぇはこっち見張ってろ!」
数人を残して、みんな反対側へ走っていく。人間の叫び声に混ざって、金属や木が激しくぶつかり合う音が聞こえる。
飛び移ろうとしている海賊を切りつけて海に叩き落しているのだろうが、こっちも無傷とはいかない。明日には会う事もできない仲間も出るかもしれない。
そんな事を思うと怖くなって、咄嗟にオールを投げ捨ててフルーキングを掴む。
バキッと木が砕ける音が耳に届く、オールを落とした位でそんな音は鳴らない。
俺の足元には拳大の石が転がっている。嫌な予感……
「左に1組だ! 右がまだ接客中だ! 残ってる奴らで何とかしろ!!」
俺が顔をあげると、船の後ろに海賊船が横付けされる瞬間だった。
俺の後ろには先輩の船乗りがいるけれど、船の上じゃ並んで戦うなんてことはできない。
つまり、俺がやらないといけないんだ。
「よっしゃあ!! やってやろうじゃねぇか!!」
「あ! てめぇら新人に任せる気か!! ボルド下がれ!!」
船長が何か言ってるが、ここは俺の持ち場だ。
足元に転がっている石を思いっきり海賊に投げつけて、フルーキングの柄頭と中心辺りに手をかけて走る。
「いでぇ! やりやがったな!!」
「そっちが投げた石だろうが!」
投げつけた石は丁度海賊の顔に当たる、一瞬だけ動きを止めたスキを俺は逃さない、船の揺れに体をもっていかれないように踏ん張りながら、フルーキングを突き出す。
「しまった!」
海賊の身に着けていた防具に先端が当たったが、柄頭をしっかり握っているからフルーキングはぶれない。
体に刺さらなくても押し出された海賊の体はそのまま海に叩き落され、派手な水しぶきを上げる。
「てめぇ!」
「落ちた奴は後だ! その槍持ちやっちまえ!」
「おう!」
他の海賊も乗り込んで来ようとしているが、この辺は特に荷物が多くて狭い所だから、1人ずつしかあがってこれない。
だけど、悠長に構えてもいられない。
「うおぉぉ!!」
右側の乱戦を強引に抜けた海賊が1人、曲刀を振り上げて襲い掛かってくる。俺より頭3つはデカイ大男だ。
俺がやられたら、左側の海賊が全員乗り込んでくる事になる。死んでも通さねぇぞ!!
フルーキングの持ち方を普通の槍のように持ち替えて、突きだしてすぐに引き戻す。
突き出したフルーキングを弾こうとして振られた曲刀は空を切る。
「な!」
空振りの曲刀を引き戻すよりも、俺のフルーキングの突き出しの方が間違いなく早い。
「おりゃぁ!!」
「がっ!!」
海賊の喉笛に突き刺さったフルーキングをまっすぐに引き抜いて、もう一度突き刺してから、登ってくる奴らへ向き直る。
後ろから、荷物が崩れる大きな音と一緒に大男が倒れる音が聞こえてくる。
「ジャンボがやられた!」
「よくも!」
「喰らえ!」
振り向くと、2人も甲板に上がって来てやがる、しかも石を投げつけてきやがった。
痛いのはしょうがない!! 我慢だボルド、男だろ!
飛んでくる石にぶつかるのを覚悟で海賊に向かって走る。
顔を掠めて、腹にぶち当たるが気にしていられない。顔面に直撃しそうな石を甲板に這いつくばるように体を下げてかわしてから、フルーキングを斜め上に突きあげる。
海賊の1人の脇腹をザックリと切り、深々とめり込む。
その時、突き刺された海賊が両手でフルーキングを握りしめるように抑えてきやがった。
しまった! これじゃ抜けない!
もう一人の海賊は勢いよく曲刀を抜く。
「喰らえ!」
振り下ろされた曲刀を転がるようにして避ける。もう一度振り下ろされた曲刀は俺の首筋を狙っているので、今度は反対へと転がって船の縁を押し込むようにギリギリまで体をずらす。
転がった俺の目の前に、鼻の先っぽ掠めて曲刀が突き刺さる。
あぶねぇ! あと指3本分ずれてたら顔が無くなってたぞ!
船長にギリギリで避けろと言われてっけど、こんなんもうやらねぇ!
「この野郎! ちょこまかしやがって! じっとしてろ!」
馬鹿野郎! じっとしてたら死んじまうわ!
おれはフナ虫のごとく、這いずるようにして体の位置をずらす。
曲刀の振り上げが始まる瞬間フルーキングの柄を両手でつかみ、海賊の頭を蹴り飛ばして強引に引き抜く。
フルーキングを掴んでいた海賊は蹴り飛ばされた衝撃でゆっくりと倒れて船から転がり落ちて行く。
「おりゃぁ!」
「ふん!」
フルーキングの柄を振り下ろされる曲刀に合わせて受け止める。
受け止めた瞬間、曲刀の海賊の足に手をかけて思いっきり引っ張ってやる。
「おわぁ!」
船の揺れのタイミングもいい具合で重なってくれて、激しい音を立てて海賊が甲板に倒れる。
俺はさっと立ち上がって、海賊の足にフルーキングを突き立てる。
さらに曲刀を持った手を突き、武器を奪う。
「あぎゃぁ!」
止めとばかりにアゴを思いっきり蹴り飛ばすと、ぐったりして動かなくなる。
よし! 次!
そのときにあごひげを撫でながら、腕を組んでこっちを眺めている船長が目に入る。
「やるじゃねぇか」
そんな声が聞こえた気がしたが、それどころじゃない。まだ、次があがってきてやがる。
フルーキングの柄の一番後ろに手をかけ、甲板に手をかけて飛び上がった海賊に突き刺す。
「あが!」
甲板にその身を置く事なく、船から落ちて水音を立てる。
飛び上がった瞬間は一番のねらい目だからな。
フルーキングの端っこ、石突の横棒に手をかけとけば引き戻すのも楽だ。
石突を持っているから引っ掛かることもない、後ろを気にしないで遠慮なく振り回せる。
「すげぇ! ボルドのやつ1人で押さえやがった!」
「強引に抜けた大男も潰してくれた!」
「やるじゃねか!」
今、落とした奴の横にはもう手を伸ばしてきている海賊がいるが、フルーキングを振るって手を切りつけてやる。
船の端っこまで来て海に向かえば遠慮なく振り回せるからな。
石を投げつけてくる奴もいるが、俺がフルーキングを振って空中で叩き落す。
「ボルド! お邪魔してやれ!」
船長の大声が響く。
え、俺が向こうの船に行くの!?
「やれ! ボルド!」
「いけ、やっちまえ!」
「がんばれー!」
一瞬振り向くと、反対側についた海賊船は片付いたようで、残るは俺の前の1隻だけ。
わかった! 行って来るぜ!!
気合を入れると思いっきり海賊船に向かってジャンプする。
飛び越えると隙だらけだってのは分かってるけどな、こっちに向かって曲刀を構えている奴にフルーキングを投げつける。
武器を手放すとは思わなかっただろ。
曲刀を持っている腕に突き刺さったフルーキングに驚いて声も出ていない海賊に飛び蹴りを叩き込む。
グラリと倒れて海に落ちる前にフルーキングを引き抜く。
「ちきしょう!」
「もうだめだ! おしまいだ!」
「てめぇだけでも!」
残った海賊は3人。海賊船は軽いのか揺れがすごい。
だけどな、船長から船の揺れを見ろって散々言われて、特訓してきた俺にとっては陸よりも動きやすいくらいだぜ。
フルーキングの間合いを活かして、先頭の奴に突き刺してやる。
もちろん今はコッチが有利だから、致命傷になる場所は避けてな。
「おりゃあ!」
「いいぁ!!」
残った2人が同時に切りかかってくる。
1人は思いっきり、もう1人はやけくそという感じなので、切りかかる速度には大きな違いがある。
先に自分に届きそうな曲刀をフルーキングで弾き、もう一本は思いっきり後ろへと飛び退いて避ける。
船の揺れのタイミングも思った通り、安定した姿勢で着地してから片足を踏み出す。
斜め下に突き下ろすよう体重をかけて腕を伸ばす。
「ぬなぁぁ!!」
「ひ、ひぃぃ!!」
フルーキングの先端は海賊の足を通して船に突き刺さって海賊を船に縫い付ける。
俺は柄に手をかけて、手首をかえせるようにして声をかける。
「投降するなら、これで終わりにするぜ、嫌ならねじるけどどうする?」
「わ、わかった!」
自分の足を貫いている槍を捻られたら、さぞかし痛いだろう。
さすがの海賊も曲刀を落として手を上げる。
その姿を見たもう1人は、すでに同じような降伏のポーズになっている。
後ろからは仲間達がやんややんやと歓喜の声をあげて、俺の勝利を祝っていた。
必死にやっていた俺にもようやく実感が沸いて来た!
戦いは終わった! 俺たちの勝利だ!
◇◇◇
この事件の後、聞いた話なんだが。
どうやら、海賊たちは全員命は助かったらしい。喉を2回突かれて生きてるとか、あの大男すげぇな。
生きて捕まえたことで報奨金もたんまり出て、船長から曲刀を持ってよいと許可が出た。
船長からは海賊でも、助かる命は助けるという信念があるとかスゲー褒められた。
だけどな、俺は自分の得物にする曲刀は選ばなかった。
俺の命と船を守ってくれたこのフルーキングをもっと使ってやりたいと思ったから、自分の得物はこいつにしたんだ。
曲刀の練習ももちろんやってるぜ、海の男としてのたしなみだ。
船長も練習につきあってくれてるが、フルーキングを持って船長のとこに行くと逃げてっちまう。
「船の上で槍使ったお前とは、絶対やらねぇ」
だってさ。
それなら、狭い船の上で槍を振り回してやるよ!
船上の槍使いってのも恰好良いだろうからよ。
フルーキング
デッキ・スパッドやボーン・スパッドなどとも呼ばれる。全長120~250センチほどのクジラの骨を断ち切るためのノミのような器具から派生してきた武器。
戦いに慣れていない船乗りでも間合いをとって戦うことができる。
ボーディングナイフとも言われているような……
ボーディング(敵船への乗り込みなど、拿捕する行為)の時に使われる。
クジラの骨をも断ち切る工具が元になっているため、対人に使われた時の威力が高い事は想像できる。
石突の部分が突起では横棒になっているタイプなど握りやすいようになっている物もある。
19世紀頃には捕鯨としての道具ではなく、船上での対人武器としての側面が強くなっていた。
争い事に慣れてない船乗りでも突きさえすれば高い威力が担保され、敵に接近する必要もないため心理的にも恐怖感を感じにくい。
読んで頂きましてありがとうございます!




