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My Little Robin  作者: まさみ
6/7

My Little Robin 6(完)

「バーズは来るかな」

「秘蔵っ子の噂は聞いてる。相当可愛がってるらしいから身代金弾むだろ」

「アイツら調子のってっからな、たんまりふんだくってやろうぜ」

「番付で目障りだもんな」


蒸し暑い。息苦しい。意味わかんない。

怖くて痛くて頭はパンク寸前、殴られたお腹がじんじんする。袋の中は真っ暗……じゃない、粗い目を透かして僅かな光が入ってくる。

落ち着けロビン。

深呼吸しようとしてやっぱやめたのは、スワローの憎ったらしい忠告が脳裏を過ぎったから。


『賞金稼ぎに必要なのはクールなソウルだ。絶体絶命の窮地でパニクったら死期を前倒しにするだけだぞ』


酸欠を警戒して呼吸を抑え、懸命に五感を働かせ周囲の様子を探る。

誘拐犯は二人組の男。声の感じはまだ若い、せいぜい二十代前半。番付っていうのは多分バンチ……月刊バウンティーハンターで特集が組まれた賞金稼ぎの番付の事。

番付の話で思い出す。

パパは今年、初めて番付に載った。新設された狙撃手部門でトップをとって、白兵戦部門トップのスワローと肩を並べたのだ。


あの日はシャンパンを開けてみんなでお祝いした。


『漸く俺様の爪先の小指に及んだな』

『素直に足元に及んだこと認めろよ』

『パパは謙虚すぎるのよ。卑屈にならないで胸を張りなよ、スワローに追い付いたんでしょ。私にはずっと前からわかってたもんね、パパのすごさがわかんない世間は節穴だって。痛ッ、なんで叩くのよ!』

『知ったふうな口利くんじゃねえ』

『パパに並ばれて悔しいんでしょ?やーい』

『よしわかった、表でろちび』

『じゃれてないで席着けよ、シャンパン開けるぞ』

『はいはい私やりたい!』

『大丈夫?ワインオープナー使った事ないだろ』

『コイツノーコンだからとんでもないとこ飛ばすんじゃねえの、窓ガラス割ったらまた大家に弁償弁償うるさく言われるぞ』

『スワローは引っ込んでてよ』

『わかった、お願いするよロビン』

『んーっ、結構固い……えいっ!』

『!?ッぶ、てめぇわざと狙いやがったな!?』


私が抜いたコルク栓は見事スワローのおでこに命中した。

もちろんわざとじゃない、不幸な事故だ。

パパが慌ててとりなしてくれて、その場はなんとか丸くおさまった。

パパとスワローはシャンパンで酔っ払った。私はノンアルコールのシャンメリーで我慢。


『ねえいいでしょ一口だけ、それがだめならひとなめだけ』

『アルコールは子供に毒。成人まで待ちなさい』


一生懸命おねだりしたにもかかわらず、お固いパパは許してくれなかった。

三人で乾杯した楽しい夜を回想し、ギュッと閉じた瞼が火照りだす。

スワローはふてくされてたけど嬉しそうで、どうかするとパパよりパパが認められた事を喜んでいて、パパはやっぱり照れ臭そうにはにかんで、スワローとパパがご機嫌だから私も嬉しくなって、ラジオの曲に合わせて踊りまくった。

パパが教えてくれたタップダンス。スワローをまねたブレイクダンス。デュエット。フォークダンス。


「きゃっ!」

麻袋から放り出されてしたたか尻餅を付く。

「いたた……」

連れてこられたのは殺風景な廃工場、目の前に立ってるのはよく似た出っ歯の二人組。

「女の子には優しくしなさいよ」

こみ上げる恐怖を押し殺して強がる。男たちはニヤニヤ笑ってる。見覚えのある顔。すぐに思い出した。

「フィーバービーバーブラザーズ?」

「なんだよ、知ってんのか」

「手配書で見た。コソ泥や身代金目的の誘拐で稼いでるケチな賞金首の兄弟でしょ」

「さすが俺たち、超有名人じゃん」

「こっちが兄貴のビリー・ビーバー、俺は弟のバリー・ビーバー」

兄ビーバーが開き直る。弟ビーバーが鼻の穴を膨らます。

稼ぎ名の由来がわかった、ビーバーそっくりだもん。

「ぷっ!」

思わず吹き出してしまった。

ビーバーズが気色ばむ。

「笑ったな?」

「そんなにおかしいのかよ、俺たちのチャーミングな出っ歯が」

「ぜ、全然。横隔膜が痙攣しただけ」

ぶんぶんと首を横に振るけどニヤケが止まらない。兄ビーバーが不機嫌に舌打ちし、弟ビーバーが拳を揉んで鳴らす。

「馬鹿にしやがって……」

「なんで私を誘拐したの。パパたちゆすって身代金せしめる気?」

「わかりきったこと聞くんじゃねえよ」

「鳩の教会通いは有名だかんな、今日も張り込んでたのさ。そっちから飛び出してきて手間が省けたよ」

番付でのし上がるってことは、注目されるぶん敵が増えるってこと。パパとスワローは常にそのリスクを負っている。

どうしてもっと慎重に行動しなかったのか……今さら悔やんだところで遅い。

兄ビーバーが下卑た笑顔を浮かべ弟に顎をしゃくる。弟が床の荒縄をとり私の後ろに回り込む。まずい!

「さわんないでよ変態、しゃくれ顎、出っ歯!」

縛られたらおしまいと直感して必死に抗うけど、大の男に組み敷かれたら到底かなわない。弟ビーバーが私の背中に片膝をのっけて後ろ手に縛り上げる。コイツ、手慣れてる。今まで何十人何百人もの女子供に同じ事してきたんだ。

胸の内に炎が生まれた。尖った目で弟ビーバーを睨み付ける。それが気に入らなかったのか平手打ちがとんできた。痛い。口の中が切れた。

「生意気なガキだな。躾けてやるか」

弟ビーバーの言葉にぞっとする。何かとても酷いことをされると確信し、足だけ使ってあとじさる。弟ビーバーが両手を広げて追いかけてきた。

「やっ、やだ、あっちいって」

欲情に滾った顔が視界を占める。ぺたんこな胸を揉みしだかれ痛みと嫌悪に顔が歪む。のしかかってきた男に無我夢中で蹴りをくれて反転、逃げ出す。足を掴んで引き戻され、オーバーオールをおろされる。

ああ、パパはこういうのを心配してたのか。こういうヤツらのことを言ってたのか。

「胸も膨らんでねェメスガキのどこがいいんだか」

「初潮がきてりゃ立派に女だよ。きてるよな?」

「気持ち悪い!離して!」

「もったいぶんなよ、どうせバーズにおもちゃにされてんだろ?そのために引き取ったってもっぱらの噂だぜ」

言葉の意味を理解できず凍り付く。弟ビーバーは勝ち誇って笑いながら、聞くに堪えない侮辱をまくしたてる。

「バーズは変態兄弟だ。いい年して女を作らず二人で住んでんのはワケありだからに決まってる、アイツらはデキてんだよ。血の繋がった兄貴と弟でずっこんばっこんヤリまくってんだ」

「う、そ」

「ンだよ、一緒に暮らしてたのに知らなかったのか?孤児院からガキを引き取ったのは家族ごっこの体裁を整えるため、翻りゃ3Pのためだ。ロリコンも入ってんのかな、何も知らねェガキを穴ペットにして」


パパとスワローがデキてた。

男の人と女の人がするようなことをしてた。


何年も一緒に暮らしてるんだから、ひょっとしたらって思った事はあった。


パパを見るスワローの目。

スワローを見るパパの目。

信頼以上の愛情が育まれた眼差し、兄弟以上の絆で結び付いたバーズ。


二人に挟まれて映画を見ながらうたた寝した時、頭上で感じた気配や衣擦れの音の意味がやっと腑に落ちる。


『スワローそれ以上は』

『なんで?寝てんじゃん』

『子どもの前じゃしないって約束したろ、後でやるから』


含みをもった目配せや私には絶対しない触り方、内緒話に見せかけた睦言(ピロウトーク)

日常至る所で二人にしかわからない符丁が交わされてたのに、ずっと目を瞑っていた。


知らんぷりしてたきたのはそっちの方が楽だから。

無知で無垢な子どものふりをしてたほうが誰にとっても楽ちんでなにもかも上手く回るし、パパやスワローや大人たちに守ってもらえると計算してたのだ。


私はずるい。

そっちの方が幸せだから、パパたちに可愛がってもらえるから、都合よく子どもになって甘えたりませて大人ぶったりした。


「バーズに人生めちゃくちゃにされて可哀想に」


目の前が真っ赤に燃え上がる。

後ろ手を縛られたまま、おもいっきり頭突きをかます。ごちんと鈍い音が鳴って頭蓋骨に激痛が響く。

「何しやがんだこのメスガキ!」

「Fack!」

手が自由なら中指立ててやった。正面切って罵られた弟ビーバーが怯む。

「Fack!Fack!Fack!」

続けざまに罵倒を浴びせめちゃくちゃに暴れだす。悪態のお手本はスワローだ。

こんなゲスに指一本触れさせない、私の体は私のもの。平手打ちを食らって瞼の裏で火花が散る。もんどりうって木箱に突っ込む。

「ふざけんな、しゃぶらせるぞ!」

「やってみなさいよ、食いちぎってやる!これ以上なんかしたら舌噛んでやる、大事な人質が死んじゃったら計画がご破算ねお生憎様、身代金とりっぱぐれて夜逃げするしかないんじゃないの?」

腹筋に力を入れて起き上がり、仁王立ちで踏み構える。


「勝手にかわいそがらないで。私の人生は私が決める。パパたちにめちゃくちゃにされた覚えはないわ」


私はペットでもおもちゃでもない、パパとスワローの家族、バーズの娘だ。

眼差しに譲れない力を込めてビーバーズを睨み据え、きっぱり宣言する。

「パパは最初の一口をくれるの」

「あ?」

「ドーナツもチュロスもアイスもワッフルもパンケーキも、必ず一口かじらせてくれるの。歩く時はおいてかないように足並みそろえてくれるの。映画中に寝ちゃったらそっと毛布をかけてくれるし、去年の誕生日には綺麗なドリームキャッチャーを編んでくれたし、怖い夢を見て眠れない夜はホットミルクを淹れてくれるの。知らないでしょ?知らないわよね。スワローは暇なときナイフ投げを教えてくれた、筋がいいって褒めてくれた。バスケのドリブルできなくて悩んでたら、一対一で練習に付き合ってくれたのよ。おかげでみんなの仲間に入れてもらえたわ」


パパとスワローがどんなに私を可愛がってくれたか知らないくせに、好き勝手にほざかないで。


「パパたちはちゃんとパパなんだから、あんたたちのような最低のゲス野郎が勝手に語らないで!」

声を張り上げて啖呵を切れば、弟ビーバーと兄ビーバーが邪悪に笑み崩れる。

「わかった、手は出さねェ。もっと面白ェパフォーマンス考えた」

弟ビーバーがおどけて両手を挙げる。兄ビーバーが床一面に散乱した空き瓶を立て、一本一本積み上げていく。

嫌な予感が胸を蝕む。

「きゃっ、」

突然目隠しをされた。視界を奪われて取り乱す。腕を引っ張って台に登らされた。空き瓶でできたピラミッド。

首にちくちくした感触が触れた次の瞬間、ささくれた縄が巻き付いた。

「知ってるか?コイツは大昔の戦争中に騎兵隊がよくやった処刑法だ、インディアンの首に縄を巻いて瓶の上に立たせるんだ」

不安定な足場がグラ付く。落ちたら一巻の終わり。

視界を封じられた恐怖と首に絡む縄の感触が同時にプレッシャーを与えてくる。

耳を劈く乾いた銃声。ヒュッ、と鋭い呼気がもれた。ガラス瓶が爆ぜ散る騒音に続いてビーバーズが高笑いする。

「真っ青だぜお嬢ちゃん」

「手元が狂って違うとこぶち抜いちまうかもな」

足場が崩れたら首を吊られる。爪先はギリギリ瓶の口に接していた。少しでも気を抜けばバランスを失って、死ぬ。嫌だ、こんな所で死にたくない。膨れ上がった鼓動が耳の奥で響き渡り、全身に沸騰した血が送り出される。


どうしてこんな残酷なこと思い付くの?

どうして人の痛みや苦しみを嗤えるの?


ゲスどもの見世物にされるのはまっぴらごめん、だけど今の私にはどうすることもできない。

自分の無力さを痛感して鼻の奥がツンとする、しまいには熱い涙が滲んできた。泣いたら調子のらせるだけ。わかってる。きっとパパたちが迎えに来てくれると信じる、信じたい。なのに心の片隅じゃ信じきれずにいる、別れ際のパパの表情がぶり返し不安に押し潰されそうになる。


あんなひどいこと言ったのに、本当に助けにきてくれる?


目隠しの向こうでシャッター音がした。写真を撮ってるっぽい。何のために……決まってるでしょ、パパたちを脅すためだ。

お荷物。足手まとい。奥歯をギリギリ噛み締めて、またしてもたれてきた涙と洟水を無理矢理引っ込めようとする。


長い長い時間が過ぎた。

もうだめ、足が痺れて感覚がない。不自然な姿勢を強制されて全身の筋肉が強張ってる。少しでも前のめりになると縄が食い込んで喉が絞まる。


助けてパパ。

助けてスワロー。


ガラガラと鉄扉が開く音がした。

「一人か?」

「ああ」

兄ビーバーの問いかけに応じたのは、相変わらずぶっきらぼうなスワローの声。

「首吊りショーの予行演習はばっちりだな。ソイツはいきがいいから振り子みてえによく揺れる」

懐かしくてまた涙が出る。目隠しの布が湿ってへばり付く。

パパは一緒じゃないの?やっぱりまだ怒ってる?私のこと嫌いになっちゃったんだ。

「ごめん、スワロー」

スワローが盛大にため息を吐くのがわかった。ドサリと何かが床に落ちる音。札束?ビーバーズが歓声を上げる。

「ちゃんとそろってるんだろうな」

「疑うなら調べろよ。きっちり五千万ヘルだ」

「随分早く調達できたじゃねえか」

「知り合いを頼ったんだよ」

神父様?劉おじさん?それとも大家さん?ごめんねスワロー、借金まみれにしちゃって。爪先を突っ張って立ち続けるうち、ふくらはぎが小刻みに痙攣してきた。限界が近い。

「ガキを返せ」

「札束を回収したあと交換だ」

兄ビーバーがイキって制す。

端っこの方の空き瓶が砕け散り、身が竦む。

死ぬほど怖い。たまらなく怖い。頭のてっぺんから足の先まで震えが広がって、ぐらりと揺れた瞬間―


「俺たちの娘に手を出すな」


いるはずないパパの声が聞こえた気がした刹那、首に巻き付いた縄がブツリとちぎれ、ずれた目隠しの向こうに急激に床が近付く。

「ひっ」

両手をばた付かせ重力の法則に抗うも、予想を裏切り力強い腕に抱き止められた。

兄ビーバーの股ぐらをすり抜け、凄まじい瞬発力でスワローが滑りこんできたのだ。

「ゲット」

白い歯を見せてしっかりと抱き直す。

スワローの視線を追ってキャットウォークを振り仰げば、咥え煙草の劉おじさんがだるそうに手摺にもたれていた。

「仲間を連れてくるなんて卑怯だぞ、ストレイ・スワロー・バード!」

「娘の命が惜しくねェのかよ冷血漢、人でなし!」

怒り狂って拳銃を乱射するビーバーズに対し、スワローは堂々と切り返す。

「ばっかじゃねえの?コイツが可愛いからプライド投げ売りして保険をかけたんだよ」


生まれて初めて、スワローに可愛いって言ってもらえた。


「すわ、ろぉ」


もうだめ。涙腺が決壊し、涙がぼろぼろ零れる。泣いてる場合じゃないってるわかってんのに止まらなくて、スワローのスタジャンにしがみ付いてしゃくりあげる。

「ごめ、なさ、ひぐっ、えっえ゛っ、わだ、わだしっ、すわろーのことっ、ちっとも優しくないしッ、自分のことしか考えてないやなヤツだと思ってだ」

「大体あってる」

「パパのこといじめてばっかだしっ、私にもいじわるするしっ」

「スワローの愛情表現はひねくれてっからな」

高見で茶化す劉おじさんの方へ銃弾が飛んでいく。

危ない!けれど劉おじさんは一切動じず、いっそ優雅に見える手付きで虚空を薙ぐ。

次の瞬間、縦に両断された弾丸が床に散った。劉おじさんは凄腕の糸使いだってパパが言ってたの、本当だったんだ。

「スワロー、パパは?」

「心配すんな、スコープで見てる」

私を安全圏においてスワローが再び走り出す。

懐から音速で抜かれたナイフが弟ビーバーの利き手の腱を断ち切り血がしぶく、絶叫する兄ビーバーの肩を突き刺し勢い任せに蹴り飛ばす、往生際悪く発砲する弟ビーバー、スワローを狙って飛来した弾丸はどれも外れていく、手摺を飛び越えて着地した劉おじさんがスワローと背中合わせでビーバーズを相手取る。

白銀のナイフがあざやかに翻り縦横無尽の軌跡を描く、劉おじさんが両手を踊らせて極細の糸で切り刻む。

兄ビーバーの足首に巻き付いた糸が肉に食い込んで動きを封じ、弟ビーバーと対峙したスワローのナイフが左肩から右脇へ駆け抜ける。

強い。すごい。本当すごい。

「くそったれ!」

スワローに切り伏せられた兄ビーバーが殺気立ってトリガーを引く。

反射的に身体が動いた。

オーバーオールの胸ポケットからスリングショットを取り出し、床に転がるコルク栓を番えてギリギリまで引き絞る。

「ぐふうっ!」

私が放ったコルクの弾丸が兄ビーバーの股間に命中するのを一瞥、スワローが軽快な口笛を吹く。

「ナイスショット」

一面に散らばる札束の海にビーバーズが倒れこむ頃、真っ赤な逆光を背負った狙撃手が入場した。

「パパ……」

モッズコートを颯爽と翻し、ピンクゴールドの頭髪を残照に染め、憤然たる大股でやってくるパパはものすごくおっかない顔をしてる。


ぶたれる。


覚悟して目を瞑った。けど違った。パパは私の前に跪くや、静かにスナイパーライフルを下ろし無言で抱き締めたのだった。

「無事でよかった」

リアクションに迷い、パパの後ろにたたずむスワローと劉おじさんに目で助けを求める。劉おじさんは苦笑いで頷き、スワローは突き放すように顎をしゃくる。


そこで私は、自分の気持ちに正直になることにした。


ぎこちなくパパの後ろに手を回し、うなだれた背中をぽんぽんと叩いてあげる。

「怒ってない?」

パパの肩に顔を埋め、今にも消え入りそうな声で聞く。

「ロビンこそ」

「……ちょっとだけ怒ってる。パパが本当のパパのこと黙ってた事、勝手に私の将来を決めようとした事」

「俺に相談もせずな」

スワローがムッツリ口を出し、パパが弱りきった顔をする。

「先生と話してたこと、全部聞いたんだろ」

仕方なく頷く。パパが一息吐き、私の肩を掴んで挑むように見てきた。

「君の本当の父親はスコルピオ・ジョージ、元マフィア直属の殺し屋で毒使い。十年前に俺が殺した賞金首だ」

「俺たちが、な」

スワローがパパの肩を抱き、ふてぶてしく言いきる。私は二人を等分に見比べ、一杯一杯考えて、疑問を紡ぐ。

「パパとスワローが私を引き取ったのは、罪滅ぼしのため?」

パパが痛みを堪えて俯き、胸元の十字架を握り締める。

「最初はそうだった。みなしごにした責任を感じて、父親代わりになろうとした」

「やっぱり」

「最後まで聞いて」

義務感と罪悪感で引き取ったんだと早合点し、落胆する私を真剣な声音でたしなめて続ける。

「ロビンが可愛すぎるのが悪い」

「はい?」

素っ頓狂な声を上げて固まる。劉おじさんとスワローもあっけにとられてる。

パパは大きく深呼吸し、一気にまくしたてた。

「覚えてないだろうけどねロビン、君はすっっごく手がかかる子だった。食事をすればぽろぽろこぼすし毎晩のようにおねしょするし、目を離すとすぐ階段の手摺を後ろ向きに滑りおりたりカーテンでターザンごっこをする。俺の誕生日にカップケーキを作ろうとしてオーブン爆発させたの、忘れたとは言わさないぞ」

「あ、あれはうっかり加減を間違えて!」

「小さくておてんばでわがままで、大人ぶったり子ども返りしたり大忙しで」

「パパたちにもっとかまってほしかったのよっ」

地団駄踏んで暴露すれば、パパとスワローがお互い顔を見合わせて苦笑いする。

「そんなロビンが可愛すぎて、そのうち罪滅ぼしなんかどうでもよくなった」


義務感だけで子供は育てられない。

ましてや罪悪感だけで続かない。


「じゃあなんで」

「どうでもよくなった事が後ろめたかったんだ。だからまだ続いてるふりをした、しおらしく償い続けてることにした。だってそうしなきゃ、いくらなんでもずるすぎるだろ」

幸せすぎてうしろめたいなんて、パパは全くお人好しだ。

どうしようもない人殺しとその愛人だった、私の両親にまで義理立てしてる。

「ごめんロビン。君に嫌われるのが怖くて話せなかった」

素直に謝罪するパパをまっすぐ見れず、俯く。劉おじさんはそっぽを向いて煙草を喫っていた。スワローは下唇を突き出して腕を組んでる。

「ずるいよパパは」

「うん」

「スワローも」

「俺は関係ねーだろ」

「あるよ。家族でしょ。パパのパートナーでしょ」

「そうだぞスワローお前にも関係あるぞ、ロビンは俺とお前の」

スワローが突然私を抱き上げて肩車する。

「ちょ、スワローいきなり」

「覚えてるかロビン、お前の名前は俺たちが付けたんだ。俺はスパロー推し、兄貴はロビンにしてえって駄々こねた。幸せを運ぶ青い駒鳥がいいって譲らなかった」

「ちっちゃくてぴょんぴょんとびはねるように付いてくるからスズメって、お前が安直すぎるんだよ。スパローとスワローで音似せるのもずるい」

落っこちないようにギュッと抱き付く。

モップみたいな金髪が顔をくすぐって、煙草の匂いが漂ってくる。


「俺たちが名前を付けたんだから、俺たちの娘だ」


私の名前はロビン・スパロー・バード。

リトル・ピジョン・バードとヤング・スワロー・バードの娘。


「将来どうするかはお前が決めろロビン。テメェのオツムでしっかり考えな。お前はまだまだ小便くせえガキだが、あと一年か二年したらそうも言ってらんなくなる。兄貴はグズでノロマでトンチキな駄バトだが、できるだけフェアにいこうとしたんだ。なあロビン想像してみろ、実の親父が何やらかしたかも知らずに賞金稼ぎになって、もしそれを他人にバラされたら耐えられたか?」


スワローの意地悪。

答えなんか知ってるくせに。


「幸せになってほしくてロビンと名付けた気持ちに偽りはない。でも実際は、君が幸せを運んできてくれたんだ」


小さくて可愛い駒鳥(マイリトルロビン)

世界一愛しい娘。


「まだ賞金稼ぎになりたい?」


パパの質問に即答できず、スワローの髪を掴んで唇を噛む。

家族会議の間中外野に徹してた劉おじさんと目が合った。

するとおじさんは指の間の煙草をもたげ、サングラス越しに目配せをよこす。


心が決まった。


どこまでも身勝手なパパへの仕返しにスッと息を吸い込んで、最大の秘密を打ち明ける。


「あのね。ずっとパパに黙ってたことがあるの」

「なんだい」

「……怒らないでね」

「内容次第かな」


私は言った。


「パパのミートボールパスタより、スワローのプッタネスカの方がおいしい」


パパの笑顔が微妙に強張り、スワローがとぼけて首を傾げる。


「作ってやった事あったっけ」

「あったじゃん、私が夜遅く起きたとき。パパには内緒って約束でちゃちゃっと夜食作ってくれたでしょ」

「あー思い出した、腹ぺこで寝れないだのぎゃーぎゃー騒ぐから冷蔵庫の余りもんで適当に」

「知らなかった」

「お前は屋上行ってたろ」

「俺に黙って食ったのか。二人で」

「すっごいおいしかった、絶品。でもホントの事言ったらパパがへこむから、パパのミートボールパスタが世界一って嘘吐いたんだ」

哀しいかな、スワローに比べたらパパの料理の腕前は数段劣る。実の所私の好物はダントツぶっちぎりスワローのプッタネスカで、パパのミートボールパスタは二番手どまりだ。

教訓、愛情だけじゃ味はどうにもならない。

「ごめんなさい。パパのも普通においしいよ、ミートボールこねるの楽しいし」

罪悪感に苛まれて再び詫びれば、パパが至極大真面目に言った。

「奇遇だねロビン。実は俺もコイツのプッタネスカが一番好きなんだ」

「そうなの?」

「スワローは料理の天才だ。たまにしか作らないのがもったいない」

「じゃあじゃあ一緒にお願いしよっか、奇跡のようにおいしいプッタネスカ作ってって」

「世界で一番可愛い俺たちの娘の頼みなら断れないよな」

二人がかりでべた褒めすれば、珍しく居心地悪そうにしたスワローが踵を返す。

「ニンニクとアンチョビがねえ。帰りにスーパー寄ってくぞ」

「うんっ!」

肩車されたまま振り返り、知らぬ存ぜぬな劉おじさんに親指を立てて感謝しておく。


ビーバーズは保安局に突き出された。余罪があったんで当分監獄から出てこれないそうだ。


私は今もまだ、パパたちと暮らしている。

愉快な大家さんがいるアパートの部屋で、死ぬほどお人好しなパパと死ぬほど意地悪なスワローに挟まれて、たまに劉おじさんとお喋りしたり神父さまの所で読み書きを勉強したりする。

陽射しが暖かい日にはパパたちのママのお墓参りにも行く。

パパたちのママなら私にとってはおばあちゃんみたいな人だ。

帰り道は二人と手を繋いで、おばあちゃんがいるかもしれない天国って所を想像してみる。

天使になったおばあちゃんは、ツバメやハトや駒鳥と仲良く戯れているのかもしれない。


「あれっスワローがいる!」

「俺の家に俺がいちゃ悪いかよ」

「夜遊びは卒業したの?」

「たまにゃ早く帰ってきたっていいだろ」

「とか言っちゃって、私とパパが恋しくなったんでしょ。あたり?」

「まあな」


私には新しい秘密が増えた。

私がパパとスワローの関係を知ってる事を二人は知らない、気付かれてないと思い込んでる。

でもね、教えてあげない。その代わり特等席でじっくりたっぷり観察する。

うたた寝するふりをして、料理の最中にこっそり後ろをうかがって、パパとスワローが啄むようなキスをする瞬間をばっちりおさえるんだ。


夜に寝ぼけてパパのベッドにもぐりこむと大抵後からスワローがやってきて、私を挟んで川の字になる。ちなみに川っていうのは東洋の漢字で、川の字で寝るのは仲良しのしるしだって劉おじさんが教えてくれた。


「歯は磨いた?」

「もちろん。スワローと一緒にしないで」

「一言多いんだよ。てかスリングショットをベッドに持ち込むなっての」

「ほっといてよ、この子と一緒だとよく眠れるの」

「この子って」

「自分だってナイフに名前付けてるくせに」

「やる気か?」

「ほらほら喧嘩しない、仲良く川の字だよ」

「狙撃銃抱いて寝る変態は引っ込んでな」

「枕元に立てかけてるだろ、暴発したら大惨事だ」

「おやすみパパ、スワロー」

「おやすみロビン。良い夢を」


パパが前髪をかきあげ私のおでこにキスしたのち、反対側からスワローが口付けてきた。


「おやすみロビン。良い夢を」


知ってるよ、目を瞑った後でパパたちが何をするか。

私の頭の上で番いの小鳥みたいなキスを交わして、巣作りするように眠るんだよね。



大好きだよ。パパ、スワロー。

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