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My Little Robin  作者: まさみ
5/7

My Little Robin 5

教会裏の墓地は時が止まったように静かだ。

地面には鋭い棘で武装した荊が蔓延り、枯れた立木は神曲に描かれた自殺者の森の如く身をよじる。

そんな荒涼たる一角にたたずむ、些か場違いな墓。

周囲の雑草は綺麗にむしられ、自生したらしい青い時計草(パッションフラワー)と白百合が風にそよぐ。


墓碑銘(エピタフ)は短い。

『天使、ここに眠る』


墓の前で物思いに暮れるピジョンのもとへ、息を弾ませた神父が歩いてくる。

「見付かりました?」

「いません。付近一帯は隈なく捜したんですけど」

「心配ですね。シスター達にも散っていただきましたが、ロビンさんの姿を見た住人はいないそうです」

「あの子はすばしっこいから。誰に似たのか足が速いんですよ、かくれんぼも得意なんです。本気を出したら俺なんかじゃとても見付けられません」

「私があんな話題を持ち出すから」

「先生は悪くありません。どのみち今日相談する予定でした。ロビンが盗み聞きしてるのに気付かないなんて、継父(ステップファザー)としても狙撃手(スナイパー)としても失格です」

勘が鈍っていたとは認めたくないが、実際そうだ。神父との会話に夢中になるあまり、扉の外に気配を払うのを怠っていた。実の親でもないくせに、娘の事となると途端に視野が狭くなるのがピジョンの悪癖だった。

「お待ちください、神父様とピジョン様は只今お話し中なんです!」

「だからどうした」

「割り込まれては困ります、少しは空気を読んでくださいまし!」

「割り込み?俺を中心に回すんだ」

荒っぽい足音といらだたしげにがなりたてる声にシスターの悲鳴が続く。

追い縋る尼僧を振り切って墓地に踏み込んできたのは、長年愛用しているスタジャンを粋に羽織ったスワローだった。

「ロビンが逃げたって?」

兄に投げた第一声は露骨に不機嫌だった。ピジョンは唇を噛んで頷く。神父は傍らでただ見守る。

「なんで?」

「俺のせいだ」

「だからなんで」

一呼吸おき、意を決したピジョンが顔を上げる。

赤茶けた眼差しには悲壮な決意が宿っていた。

「……神父様に相談したんだ。俺たちがロビンの父親を殺した事、その素性と一緒に話そうと思ってるって」

苦渋の声音を絞り出すピジョン。

完全にあっけにとられるスワロー。

次いで大袈裟に天を仰ぎ、再び前にのめり、兄の足元に唾を吐いて冒涜する。

「俺に相談はナシか」

「まだ決めてなかった。打ち明けるかどうしようか迷ってた段階だ。打ち明けないでこのまま過ごすなら別に言うことないだろ、ややこしくなるだけじゃないか」

弁解がましく主張するも、一抹の後ろめたさは否めない。スワローの目の温度が急激に冷え込んでいく。

「日和ったな」

「え?」

スタジャンの懐を探ってライターと煙草を取り出す。

唇の中央に咥えて点火、様になるポーズで煙を燻らす。

「やめろよ。母さんの前だぞ」

神父の許しを得て最愛の母を葬った時、ここじゃ絶対に喫わないし喫わせないと約束したのに。

硬質に尖った声で注意する兄をきっかり見据え、咥え煙草のままスワローが歩み寄ってくる。


残像すら目にとまらぬ速度で右腕が振り抜かれた。


「ぐはっ、」


頬に衝撃、激痛。

口の中が切れて鉄錆の味が広がる。

吹っ飛んだピジョンの背中を石の十字架が受け止め、空気のかたまりが肺と喉に閊える。

スワローはいっそ酷薄な無表情を装い、両手で兄の胸ぐらを締め上げ、言った。

「いいか?人殺しはな、死ぬまで許してくれなんざほざいちゃいけねーんだよ」


テメェがブチ殺したヤツの倅や娘なら尚更だ。


「何がきっかけだよ、ええピジョン?ちびを引き取る時約束したの忘れちまったか、めでてーオツムだな。俺たちは人殺しだ、賞金首だったアイツの親父をブチ殺したんだ」

「後悔、してる」

「しろよ勝手に。俺はしてねえ、せいせいしたね。あのくそったれ、テメェが調合したヤクにとち狂って身重のオンナを殺そうとしたんだぞ?」


そうだ、覚えている。

忘れられるわけない。


ピジョンはずっと人殺しを拒んできた、できるなら死ぬまで一生誰も殺さないでいたかった、スワローにだって殺さないでほしいと願ってきた。


なのに拒み抜けなかったのは、アパートの屋上に追い詰められたスコルピオ・ジョージが臨月の情夫を人質にとり、捕まる位なら無理心中すると喚いたからだ。


その時スコルピオ・ジョージは、妊婦の肘の内の静脈に鋭利な注射針を擬していた。中にはたっぷり薬液が詰まっている。


同刻、ピジョンは離れた建物の屋上に潜んでいた。

いくら彼が早撃ち自慢でも、500メートルの距離から弾が届くより針が血管を破る方が早い。スコルピオ・ジョージは屋上の縁に背中を向けて立っている。


今撃てば墜ちる、確実に。


命を奪うのをためらって故意に急所を外そうが、不安定な足場で持ちこたえられるはずない。最悪妊婦まで巻き添えだ。


否、一発で致命傷を与えられなければもっと最悪の事態が起こり得る。


「お前が眉間に風穴ブチ開けたのはくそったれたことにどうしようもなく正解だ。一発で即死させなきゃ、あの腐れ外道は絶対に針を刺してた」

「知ってる。わかってる。でも、殺したんだ」


あの時ピジョンは、生まれて初めて他人を殺そうと思って引き金を引いた。

神ならざる人の身で命の取捨選択をした。


「初めてだよ。殺そうと思った。心が決まると指の震えが止んで、ピタリと狙いが定まった」


皮肉な事に、ピジョンはとっくに殺す心構えができていた。

弟と二人三脚で賞金稼ぎの活動をする中で、無意識に「殺してもいい人間」と「殺しちゃいけない人間」を振り分けてたのだ。


「引き金を引く瞬間、スコープ越しに目が合った。見えるわけないのに見られた」


スコルピオ・ジョージの顔は虚無だった。


「俺の人さし指が地獄に叩き込んだヤツの顔が、あれから瞼に焼き付いて離れないんだよ」


ピジョンが放った銃弾は狙い過たずスコルピオ・ジョージの眉間を貫き、一面にピンクと灰色の脳漿をまきちらした。

スコルピオ・ジョージと対峙していたスワローの顔にも血と肉片が飛んだ。

妊婦は破水して座り込み、股の間から赤ん坊を産み落とした。


それがロビンだ。

ピジョンがモッズコートに包んで医者に運んだ子どもだ。


「今でもわからないんだスワロー、俺は本当に正しかったのか?」


不幸は連鎖する。

出産から数日後、母親は気がふれて蒸発した。後には名なしの新生児だけが残された。引き取り手がいない子どもはじき孤児院に送られる。


だからピジョンは信頼篤い孤児院の門を叩き、神父にロビンを預けたのだ。


「俺たちは無理だ、育てられない。父親を殺して母親を狂わせたんだぞ」

「ならば何故数年経ってから迎えに来たんですか」


神父が静謐な声音で訊ねると、ピジョンは前髪に表情を隠してうなだれる。


「バンチである特集が組まれたんです。覚えてますか、先生。賞金稼ぎに葬られた賞金首の遺族や関係者が今どうしてるか、追跡する記事です」


悪趣味な特集だった。

毎月購読してるピジョンが眉をひそめる類の。


読まずに捨てようと思った。

しかしマグカップが倒れて、零れたコーヒーを拭こうと雑誌を払った拍子にページがめくれてしまった。


「男の子がいました。どこかの孤児院で隠し撮りされたものです。名前を言えば誰でも知ってる、極悪賞金首の息子でした。シャツを洗ってる最中にいきなりフラッシュ焚かれて呆然としてました。他にも色んな人が晒し者にされていました。ただ賞金首の身内ってだけでなんにも悪い事してないのに、おかしいじゃないですか」


父親が人殺しだから、母親が売女だから、その血を引いた子どもたちまで忌み嫌われる。

頭に浮かんだのは自分がへその緒を切り、モッズコートに包んで医者に運んだ赤ん坊の現在だ。


あの子が同じ目にあったら?

また同じ特集が組まれて、孤児院に記者がもぐりこんで、神父やシスターや関係ない子どもたちまで巻き込んだら……。


「先生やシスターが一生懸命やってくれてるのは理解してます、感謝してます。だけど子どもが多すぎて手が回らない、全員の面倒を見きるのはやっぱり無理です」


そこで言葉を切り、縋るような表情と口調で弟の襟首を掴む。


「でも俺たちなら、俺とお前がそろってれば、しっかり守ってやれるだろ?」


ロビンを引き取ったのは世間のゲスな好奇心から守る為。

ピジョンとスワローならたちどころに記者を追い払える、それを償いというならたしかに償いだ。


ピジョンは賞金稼ぎだ。

自分の行いの報いの痛みを引き受ける覚悟はあるが、自分の行いの結果が理不尽をもたらすのは見過ごせない。


「俺は反対したぜ、親父なんかいたことねえのに父親のまねごとできるかって」

「父親じゃない、母さんのまねごとだ。俺たち以上に上手くやれるヤツがこの世にいるもんか」


俺たちならきっとできる。

あの時もそういって説得した。結局折れたのはスワローだった。ピジョンは一旦こうと決めたら絶対譲らない、とんでもない頑固者なのだ。


「……所詮母さんのまねごとだけど、なんとかボロを出さないでやってこれた」

「んじゃ永遠に黙ってろ、腹に吞んで墓場にもってけ。テメェがゲロってラクになりてえだけじゃねえか、それは誠意とも償いとも言わねェよ、ただのオナニーで自己満足だよ。相手を不幸にするだけの秘密をわざわざぶちまけんな、テメェが苦しいのは自業自得だ馬鹿野郎」

「そうしようとしたさ!」


ピジョンがヒステリックに叫び、精一杯握り固めた拳でスワローの胸を叩く。


「お前はぐーすか寝てたから知らないだろ。こないだの夜、屋上で狙撃の練習してたらロビンが来たんだ」


『今夜も貸し切りだね。大家さん太っ腹』


階段を駆け上がる軽快な足音。

ドロップスめいたネオンに染まる、はにかむような笑顔。


『わあ……』


ロビンには触らせたくなかった。

後悔しても遅い。


「あの夜持って構えた銃が、自分の父親を殺した道具だってロビンは知らない」


『撃ってみてもいい?』


ロビンには撃たせたくなかった。

懺悔しても遅い。


「もし知ってたら、きちんと教えてやってたら、引き金は引かなかったろ」


偽善者め。


「ああ言ってやる認めてやる怖かったんだよ、あの子の腕を掴んで構え方を調整してる間中ビクビクしてた、あの子が覗くスコープの中に地獄が見えてるんじゃないか、俺が殺したアイツが見えてるんじゃないか、俺が十年前にブチ殺したスコルピオ・ジョージがロビンを連れてっちまうんじゃないか、馬鹿げた妄想が止まらなくなった!」


どうしてさロビン。

世界はもっと広いのに、まだまだ美しい光景や素晴らしいものがたくさんあるのに、どうしてスコープの円の中だけ見たがるんだ?

もっと綺麗で優しい世界に飛んでってほしいのに、自分から地獄の口径に閉じこもるんだ?


「……俺もいい加減大人だ。この世界がキレイじゃないのは知ってる。でも、捨てたもんでもないはずだ」


母さんがいて、お前がいて。

友達や先生やみんなと会えた世界がただただ残酷で汚いだけの場所だなんて、絶対に思いたくない。


「お前に相談しなかったのは悪かった、謝るよ。ごめんスワロー。俺は……ロビンの素性をきちんと話して、それでもまだ一緒に暮らしてくれるか、判断を委ねようとしたんだ」


見限られるのは覚悟の上で。

卑怯者呼ばわりも甘んじて受け止めて。


「ロビンはどこへでも飛んでいける。地獄に繋がる円より、もっと広くて綺麗な世界を見てほしいっていうのは俺の身勝手な願いなのか」


スワローに一歩も引かず対峙する顔が、切実な苦悩と葛藤に歪む。


「俺たちと一緒にいたらロビンは遠からずこっちに堕ちてくる。ライフルを構えて、スコープを覗いて、あの狭い円に捉えた人間なら死んでも惜しくないって、切り捨てるようになるんだ」


優しいロビン。

可愛いロビン。

お前が俺のまねをして、誰かの命を切り捨てる所なんて見たくない。


スワローはふてぶてしく笑って挑発する。

「上等じゃねえか、せいぜい利口な切り捨て方を教えてやろうぜ」

「お前はっ!!」

「あっちもこっちも最後に選ぶのはロビンじゃん、ぐだぐだ先回りして考えて馬鹿じゃねえの。三十路んなっても成長しねェなクソ兄貴は」

「喧嘩はおやめなさい。お母様が哀しみます」

「母さんは死んだ。もういねえ。天国はねえ」

神父が窘めればスワローが間髪入れず切り返す。

兄と弟の睨み合いが続く中、血相変えてシスターが駆け込んでくる。

「大変です神父さま、教会の敷地に手紙が投げ込まれました!」

「なんですって?犯人は」

「車で逃げられてしまいました、申し訳ございません」

受け取った手紙を一瞥、深刻そうな面持ちで黙り込む神父。スワローがそれをひったくり無言で見下ろす。赤錆の瞳が凍り付く。

「ロビン」

「っ、貸せ!」

スワローから奪った手紙から一枚の写真が滑り落ちた。ロビンを撮った写真だ。ピジョンは絶句する。

ロビンは布で目隠しされ、後ろ手に縛られている。華奢な首に巻かれた荒縄が痛々しい。

少女は大量の空き瓶を組み上げた、不安定なピラミッドのてっぺんに立たされていた。

足場が崩れれば自動的に首を吊られて死ぬ。ピジョンの手元を覗き込み、スワローが淡々と読み上げる。

「『今夜7時 ボトムのウエストエンド3番ストリートの廃工場に5千万ヘル持ってこい。娘の身柄と交換だ。来なかったら……』」

ピジョンがぐしゃりと手紙を握り潰し、憤怒に燃え上がる目で虚空を睨む。

「用意しろ、スワロー」

「OK」

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