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My Little Robin  作者: まさみ
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My Little Robin 4

「まあすごい、七の段のかけ算をマスターしたんですのね」

「へへ、まあね」

ほめられて照れ臭い。

「かけ算はパパが教えてくれたの。七を七倍すればいいんだからコツさえ掴んじゃえば楽勝よ」

「頼もしい、その意気ですよ」

ふんぞり返ってドヤる私をさらにシスターがおだてる。褒められるのは嫌いじゃない、もっと言って。

ふと食堂を見回せばあちこちにシスターたちが散らばってた。三十人近い子どもたちの面倒を見るんだから大変、手分けしなけりゃとてもじゃないけど回らない。だから孤児院にいる間はできるだけ手を焼かせないようにしてる。

私がいい子にしてないとパパの躾が疑われちゃうし、シスターたちは大好きだから迷惑かけたくない。

「とはいえ暇よね……宿題終わっちゃったし」

こうみえて算数は得意。本格的にパパの跡継いで狙撃手めざすんなら計算も基礎から学ばないとダメ、じゃないと弾丸の飛距離だの照準の目測だのを割り出せない。

頬杖付いて右を向けばトカゲの女の子が三桁の足し算に四苦八苦してた。左、ネズミの男の子がノートに落書きしてる。まん丸眼鏡の優しげな顔……神父様の似顔絵だ。結構似てる。

「391たす712はえーと」

「位が上がるんだよ」

両手を一杯使って悩んでる女の子にこっそりヒントをあげる。次の瞬間シスターのお叱りがとんできた。

「いけませんロビン!自分で解かなきゃ駄目です!」

「ごめんなさーい」

同時に首を竦めて反省……するふりだけ。俯いて舌を出し、サッと片手を挙げる。

「トイレ行きたい!」

「いってらっしゃい」

シスターに笑顔で促され食堂を駆けだす。誰も見てない……よね?

うーんと伸びをして窓の外を見ると、マグノリアの樹に真っ白な花が咲いていた。

根元に座ってお喋りしてるのは十代後半の人間の少年と蛇の少女、とってもお似合いのカップル。少年がはにかみがちに花を拾い、汚れを払ってから少女の横髪にさす。微笑みを交わす二人。

我慢できずに窓を開け放ち、身を乗り出して口笛を吹く。サッと振り向いた少年が赤面する。

「ヒューヒュー。やるねーヴィク兄」

「あっちいけロビン、見世物じゃないぞ!」

「そんな怒んないでってば、邪魔してごめんね。ごゆっくり~」

隣の少女……シィ姉が口元に手をあてくすくす笑いだす。ヴィク兄はまだむくれてた。相当長い付き合いらしいけど、奥手なヴィク兄はまだ告白もしてないみたいでじれったい。傍から見たら両想いなのに……女の子を待たせるなんて罪作りよね。

ぶっきらぼうに追い立てられて顔を引っ込める。さて、どこに行こうかな。閃いた、パパと神父様のお茶会を覗きにいっちゃお。

私はパパのお供で教会に来ることが多い。パパと神父様がお話してる間は友達と遊んだり今みたいにシスターに勉強を見てもらってる。

鼻歌を口ずさんで廊下を駆け抜け、神父様のお部屋の前でストップする。扉に耳をくっ付けると声がした。

「シスターたちが褒めてましたよ、ロビンさんは大変覚えが良いですね。君の教育の賜物です」

「そんな、滅相もない。スワローが反面教師になってるのは否定しませんけど、俺なんか殆ど役に立ってないですよ」

「すぐに卑下する悪い癖は直ってませんね。立派に子育てをこなしてるのだから自信を持っては?」

神父様が落ち着いた声で諭す。パパはどこまでもシャイに謙遜する。

「先生に褒めてもらえるなんて光栄だな」

「実際長いですね。彼女を引き取ってかれこれ六年ですか」

私の話をしてる!がぜん興味をそそられドアに張り付く。神父様は微笑ましそうに言った。

「雛鳥みたいに君たちのあとを付いて回る姿は可愛らしいですねえ。刷り込みは偉大です」

少し間があった。続いて聞こえてきたのは咳払い。

「……すいません、軽率でした。今のは皮肉じゃないのであしからず」

「勿論わかってます」


どういうこと?


扉の向こうでは微妙な沈黙が流れていた。気まずげに紅茶を啜る音が響く。

「……実は先生に相談があって」

「何でしょうか改まって」

「ロビンに……実の親の事を話そうか悩んでるんです」

心臓が大きく鳴った。扉の向こうがまた沈黙。今度は長かった、たっぷり十秒間。

「何故?」

「何故って……だって本当の親の事ですよ」

「彼女自ら知りたいとおっしゃったのですか?ことあるごとに実の親の話をせがんでいるとか」

「いいえ全然、ロビンはまるで気にしてません。でもわかりません、あの子は聡いから俺たちを気遣ってくれてるだけかも」

何言ってるのパパ。どうして私の実の親のことなんか気にするの。だって私、物心付く前にはパパもママもいなかったんだよ?

「ロビンももうすぐ思春期だし、血の繋がった親の事を気にするようになると思うんです」

「君の考えでは、ですよね」

「それはそうですけど……本当にこのままでいいのか、悩む事が増えてきました」

パパの顔が見たい。どんな顔でそんな事言ってるのか知りたい。

でもだけど懸命に耐える、盗み聞きがバレでもしたら永遠に先がわからなくなる。

ティーカップを神経質に鳴らし、だしぬけにパパが懺悔する。


「俺は人殺しだ」


続く告白は。


「ロビンの父親を殺しました」


知らない。

聞いてない。


「なのに……あの子からたった一人の親を奪った人間が、父親に成り代わる事が許されるんでしょうか」


心臓が凍り付く。

息をするのも忘れた。


今見ている光景が目の奥に遠のいて、新しく焦点が絞り直される。

パパが私のパパを殺した。初めて知る事実。待って、ってことは……


賞金稼ぎのパパに殺された私のホントのパパは、くそったれ賞金首の悪党なの?


私を置き去りにして話は続く。自分を責めるパパを、神父様があきれてフォローする。


「親の罪と罰に子どもは関係ありません。君は彼女に家庭を与えたんです、誇りなさい」

「俺とスワローがもっと上手くやれてたらスコルピオ・ジョージは死なずにすんだかもしれません」

「どのみち監獄ですよ。子育てに関われません」

スコルピオ・ジョージ……知ってる、パパたちが紐で縛って物置に放り込んでるバンチのバックナンバーで見た。十年前に討伐された賞金首で、最強の毒針使いと恐れられた殺し屋だ。

あの人が私の本当のパパ?雑誌に載った写真を思い出す。燃えるような赤毛と翠の目。

心臓が苦しい。オーバーオールの胸元をかきむしってうなだれる。

私は人殺しの娘で、悪党の娘で、それ即ち人でなしの娘で……

パパはなんで私を引き取ったの?

死ぬほどお人好しで、いやになる位優しいパパは、可哀想なみなしごをほっとけなかったの?

「ロビンを引き取ったのは自己満足です」

「罪滅ぼしの為だと?」

「償いたくて」


嘘だ。

嫌だ。


心が軋む。


私が今まで愛情だと勘違いしてたものは全部同情だった、パパは自分が殺した男の代わりにその娘を育てただけだった、義務感と責任感がパパの空っぽの心を埋め合わせてた、酷いよなんでなんでなんで―


次の瞬間、ドアを開け放って踊り込んだ。


神父様がカップを摘まんだ姿勢で止まる。パパが椅子から腰を浮かす。驚愕の表情。

「なんで、授業中じゃ」

「私誰の子なの?」

「ロビンさん」

「全部聞いちゃった。隠しても無駄。私、スコルピオ・ジョージの娘なの?」

前科212件、殺人容疑で指名手配中。元凄腕の殺し屋で最凶の毒針使い。雇い主のマフィアを惨殺後その妻と駆け落ち。古今東西あらゆる毒物のスペシャリストで自由自在にサソリを操る賞金総額800万ヘルの―


目の前が霞んでパパがぼやける。

どんな顔してるのかわかんない。

しゃっくりがこみ上げて喉が膨らむ。


「パパが、パパを殺したの?」


たくさん可愛がってくれたのは、罪滅ぼしにすぎなかったの?


視線の先でパパが口を開く。


「そうだよ。俺がロビンの父さんを殺した」

「悪いヤツだから?」

「ああ」

「それで私のパパになったの?なんで?ひとりぼっちでかわいそうだから?」

「ロビン聞いてくれ。俺は」

「だましてたんだ、ずっと」

「話そうとしたんだ」


この人は賞金稼ぎだ。

本当のパパの仇だ。

私の頭を繰り返しなでた手でパパを殺した、たくさんたくさん人を殺してきた。


パパが近付く。あとじさる。嫌々するように力なく、だんだん激しく首を振りたくり、完璧にスワローをまねた最っ高に憎たらしい口調で言ってやる。


「私って何?パパがおんぶしてる、クソだるくて重たい十字架?」

「ロビン!」

「さわんないで!」


咄嗟に手が出た。

払おうとしただけなの、誓って。

でも勢いが付きすぎて当たっちゃった。頬をぶたれたパパが愕然と立ち竦む。


「あ……」


手のひらが熱くて痛い。

パパの頬はきっともっと痛い。


耐えきれず踵を返す。神父様の声が追いかけて来たけど知らんぷり、すれ違うこどもたちやシスターの呼びかけを無視して教会を飛び出す。

みんなが叫んでるけど聞こえない、鼓動が頭にガンガン響いてうるさい。

頭の中をぐるぐる回るのはパパやスワローと一緒に過ごした思い出。

スーパーマーケットで買い物、一緒に囲んだ食卓のミートボールパスタ、ソファーに川の字で見た映画、屋上で構えたスナイパーライフル、記憶の断片が激情に押し流されて粉砕される。


『ロビンを引き取ったのは自己満足です。償いたくて』

『そうだよ。俺がロビンの父さんを殺した』


もうやだ、頭ん中ぐちゃぐちゃ。孤児院を大分離れた裏路地、薄汚い空を仰いで泣きじゃくる。


「ぅっ、ぁあ――――――――」


パパの重荷になりたくなくて頑張ってきたのに、私の存在そのものがあの人の十字架だった。


私、この先一生パパにおんぶされてかなきゃなんないわけ?


苦しくて悔しくて痛くて哀しくて、オーバーオールの胸を両手で掴んで号泣する。


全部勘違いだった。最初から家族なんかじゃなかった。ましてや親子なんて望むべくもない。


パパはただ同情で優しくしてくれただけ。

仕方ないから、パパが殺したパパの代わりをしてくれてただけ。


私はただの、パパがおんぶしてる、めちゃくちゃ重たくて生あったかい十字架。


じゃあ捨てちゃえよ。

最初からおんぶしてくれなんて頼んでないから、道ばたに捨ててってよ。


スワローは知ってたの?

一緒に殺したの?

どこまでいっても私だけ仲間外れで、なんにも知らない馬鹿な子どものまんまだったの?


涙と洟水でぐちゃぐちゃの顔で路地裏をさまよい歩き、角を曲がった拍子に視界が闇に包まれた。

「捕まえた!」

「コイツがバーズのガキか?」

頭から麻袋を被せられたと気付いてのはちょっと遅れてから。

「開けて、たすけて!」

待ち伏せしていた二人組にやられた。声の感じからするとまだ若い男。袋から這い出ようと死に物狂いに暴れたら鳩尾に衝撃、お腹に拳がめりこむ。

「ぅぐッ」

「威勢がいいメスガキだな、身代金たんとふんだくれそうだ」

胃袋がでんぐり返る。吐いたそばから酸っぱい胃液がこみ上げる。僅かに外光を透かす網目越しに野卑な声音がうそぶく。

「バーズ仕込みの雛鳥がどんな味か、楽しみだぜ」

気を失った。

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