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My Little Robin  作者: まさみ
3/7

My Little Robin 3

ならず者の天下(デスパレードエデン)なんて大袈裟な名前が付いてるわりになんだかんだで住めば都。

ご近所さんはみんないい人で私を可愛がってくれる。大家さんに着せ替え人形にされるのはちょっと(かなり)うんざりでも、きらきらしたドレスや靴を見れるのは悪い気分じゃない。

私とパパとおまけのスワローが住んでるのはデスパレードエデンのアパート。

正式名称は孔雀の殿堂(ピーコックマンション)、口が悪い住人たとえばスワローなんかは必ずPee(おしっこ)Cock(ちんちん)の間で切る。ちなみにマダムピーコックはドラァグクイーン時代の大家さんの源氏名なんだって、前に一度現役の頃の写真を見せてもらった。すっごく綺麗だった。

で、住人の大半が正式名称を忘れてるピーコックマンションは地下にランドリールームがある。洗濯機を持ってない家族も多いから、そういうひとはここに洗濯に来なきゃいけない。

私のお仕事はランドリールームへ洗濯物を運ぶこと、およびその回収。手癖の悪い住人が服や下着を盗んでかないように見張ってるの、ここじゃ男女問わず下着が行方不明になる。お小遣い稼ぎに売ってるんだろうなって私は睨んでる。

「よいっしょ、よいっしょ」

地下のランドリールームから部屋に戻るのは大変、籠に洗濯物一杯で前が見えいからコケちゃいそうで危なっかしい。意地悪な段差には特に要注意。

どうにか階段を登りきってお日様の光を浴びると生き返った心地がした。

「ふー、到着。休憩っと」

うーん実にいい天気、絶好の洗濯日和……でも屋上まで行って干すのを考えると嫌になる。アパートのエレベーターはよく故障するのだ、むしろ故障してない時のほうがまれ。前に検証した結果大体八割の確率で止まってた。

ランドリールームへの地下階段は中庭に面してる。中庭は割合広くてバスケットコートもある。今も悪ガキたちがボールを追いかけて行ったり来たり、悩みがなさそうで羨ましい。

「おーいロビン、バスケやんねー?」

「ずるいぞ、こっちが先に目ェ付けてたんだ!」

「お前が助っ人にくりゃ巻き返せる、頼む!」

「賞金首トレカ最新版やっからうちに来い、コヨーテ・ダドリーは激レアだぜ、十年前に絶版してたのが復刻したんだ!」

私は運動神経抜群だからバスケの試合じゃひっぱりだこ。

「パス。今日はパパとスワローがいないから私が洗濯物干さなきゃいけないの」

「ちぇっ、ノリ悪ぃの」

「洗濯物なんてほっといても乾くじゃん」

「馬鹿ね、皺になるでしょ。少しはママさんたちの苦労考えなさい」

コートの友達が手を振るのをツンとあしらって籠を抱え直す。本音じゃちょっとだけ惹かれたけど、遊び呆けて家事をサボり、帰宅したパパにがっかりされたくない。私はしっかりした子だってアピールしなきゃ永遠に現場に連れてってもらえない、巣箱においてけぼりだ。

ところが……

「精が出るな小姐(シャオジェ)

無気力に間延びした声に振り返ると、石畳が敷かれた中庭の隅に、怪しい東洋人が座り込んでいた。年の頃は三十半ば位、ダークブラウンの髪は寝癖だらけでボサボサ、同色の瞳は眠たげによどんでる。

黄色くて丸いサングラスとマオカラーの黒いスーツがただでさえ胡散臭い外見に拍車をかけたその人に手招きされ、無防備に寄っていく。

「禁煙は?」

「あン?」

「するって約束したでしょ」

「誰と」

「パパと私と!一週間前に!もう忘れたの劉おじさん、肺癌で死んじゃっても死なないからねっ」

このやりとり百万回してるデジャビュ。劉おじさんは視線を斜め上に向けて束の間考え、すぐ面倒くさくなって思考を手放す。

「お前らが一方的に取り付けたんだろ。サイン血判してねー書類は無効」

「はい」

洗濯物で一杯の籠を一旦おろし、オーバーオールの胸ポケットから紙面を取り出す。そこには「私は生涯禁煙するとここに誓います。」って中国語で書かれてる。末尾にはちゃんとおじさんの名前も入ってる、直筆で。

「思い出した?この書類私が作ったんだよ、よくできてるでしょ。パパもほめてくれたの。言い逃げや踏み倒し怖いから書面で保管しなきゃね」

「しっかりしてんなあ、誰に似たんだ」

「パパ……じゃないか。スワローかも、認めるのは不本意だけど」

腰に手をあて踏んぞり返れば、劉おじさんが生ぬるい同情の眼差しで舌を鳴らす。

「ロビン、よーく見ろ。それは『私は生涯禁煙するとここに誓います。』じゃねえ、『私は生涯喫煙しますとここに誓います。』だ」

「嘘でしょ!?」

顔が埋もれるほど書面をガン見して叫ぶ。哀しいかな、全部漢字だから一文字も意味わかんない。

「だ、だっておじさん英語書けないって言ってたじゃん。だから漢字でカンベンしたげたのに」

「初歩的な詐欺の手口だよ」

「だましたんだ!ひどい!訴えてやる!」

「自慢のパパにか」

「もーしらない、こっちは本気で心配してあげてんのに!煙草は体に毒なんだよ?」

「長生きに興味ねェ」

おじさんは私の抗議を無視しておいしそうに煙草をふかす。銘柄はモルネスことモルフォインネスト、メンソール特有の匂いが煙に乗じて漂い出す。

この人はパパの友達の劉おじさん。ピーコックマンションに部屋を借りてて、たまに中庭で煙草を喫ってる。

そうだ、劉おじさんなら……書面を折り畳んでポケットに戻し、まじまじと顔を見直す。

「ねえおじさん、相談いいかな」

「長くなる?」

「五分位」

おじさんの右隣でちんまり膝を抱える。劉おじさんは渋面になり、何故か立ち上がって私の左隣に回り込んできた。

おじさんは口から吐き出す煙で輪っかを作り、私は膝を抱えてもじもじし、ふたり並んでバスケに夢中な男の子たちを眺める。

「おじさん、パパと古い知り合いなんでしょ」

「ああ」

「昔のパパってどんなだった」

「どーもこーも。今と同じで鈍くさくてクソお人好しで地面におっこってる物を摘まんで食べるピジョンだよ」

「昔から狙撃が上手かった?」

「そりゃな。師匠がピカイチだからな」

「知ってる、ボトムの神父さんが鍛えたんでしょ。教会に居候してたんだよね」

「あっちは大昔に引退しちまったけど」

劉おじさんが苦み走った笑みを浮かべ、虚空に視線を飛ばす。

「俺の上司のツレだった」

「そのサングラスくれた人?」

劉おじさんが自分から話すなんて珍しい。

寂寥と乾いた横顔を遠慮がちにうかがってると、黄色いレンズ奥の瞳が感傷の色を帯びて細まる。

「息するように無茶苦茶やらかす外道だった。凄腕の二挺拳銃使いで、パシリにされるわ愛人の荷物持ちさせられるわボロ雑巾のように引きずり回されたよ。服の趣味も最悪。ズボン腰穿きで毛が見えそうだった」

「見たの?ピンク色?」

思わず食い付いちゃった。おじさんが鼻白む。

「だっておじさんの哥哥(グーグー)髪の毛ピンク色だったんでしょ、地毛かどうか気にならない?」

「気にしたらおしまいだよ、忘れろ」

おじさんの上司は十年前に抗争に巻き込まれて死んでる。サングラスは哥哥の形見らしい。

哥哥の話をする時のおじさんは寂しそうで投げやりに見える。もとからだるそうな人だけど……十年前は今よりちょっとだけ生きる事に前向きだったって、パパが言ってた。私は昔のおじさんを知らないから今と比べられないけど、この人が深く静かに絶望して、人生に飽きているのは感じ取れた。

「俺の昔語り聞きたいわけじゃねーだろ、もったいぶらず本題入れ」

「あのね……またパパにNG出されたの」

不服げに口を尖らす。おじさんがあきれて苦笑する。

「こりねェな」

「どうして私だけダメなんだろ、スワローは一緒に行けるのに」

「ガキだからだろ」

「私と同い年で仕事してる子なんてたくさんいるよ。賞金稼ぎは少ないかもしれないよ、でもさがせば絶対いるもん」

パパの役に立ちたいのに肝心のパパがそれを許してくれないもどかしさに駆り立てられ、膝を掴んで鬱憤をぶちまける。

「こないだね、教会の帰りに銃の撃ち方教えてってお願いしたの」

「返事は?」

「はぐらかされた。うちに帰ってからもお願いした。やっぱりダメ。ロビンにはまだ早い、銃の撃ち方覚える前に算数覚えろって。お釣りちょろまかされないようにかけ算九の段までマスターしたよ、アルファベットで作文だってできるもん」

「むきになんのがガキの証拠」

おじさんに冷やかされて頬を膨らます。ムカツいたからスワローの生乾きトランクスを投げてやった。躱した拍子に火の粉が散る。

「てめえ、股間に焦げ穴開くだろ」

「おしっこしやすくなってちょうどいいでしょ、スワローも喜ぶよ」

「まとめるとアレか、大好きなパパにガキ扱いされて腹立たしいってか?」

図星を突かれてぎくりとするも、唇を噛んで考え直す。頭にきてるのは子ども扱いをやめないパパの態度だけど、それよりもっと傷付いてるのは別の理由で。

「パパ、最初は断固反対だったのに……スワローが私のフォローに回ったら、あっさり考えを改めた」

「なんて言ったんだ」

「世界は所詮地雷原だから、外に出さないよりも上手に地雷を避けて歩く方法教えた方が賢いって」

数日前の昼食風景を回想して口まねすれば、劉おじさんの顔に一瞬空白が生じる。続けて片手で額を覆い、おかしそうに笑いだす。

「あー……あははははは、スワローらしいぜ」

「スワローの一言は私のお願いより上なの?」

毎日毎日お願いしても決して折れなかったパパが、実の弟のたった一言で態度を軟化させるなんて納得できない。

「夜、パパが屋上でスナイパーライフル撃ってたの。毎日欠かさずやってる狙撃の練習。でもあの日は……私が来るのがわかってて、待ち受けてたんだよ」

プロと素人の実力差を見せ付ける為に。大人が子どもを圧倒する為に。

パパは私の前じゃスナイパーライフルを構えない、持ったとしてもすぐ下ろす。例外はあの夜だけ、理屈じゃ説き伏せられないから実力行使をしたのだ。

「私、わからせられた」

パパは優しいから普段はそんなことしない、あんな大人げないまね絶対しない。やるのはスワローの方だ。でもパパはスワローに一言もらえればいくらでもやるのだ、狡く汚く意地悪な嫌な大人になれちゃうのだ。

「スナイパーライフルは重かった。一人で支えるのしんどい。反動がすごくってよろめいた。パパが抱き止めてくれたのも作戦の内、直接体に思い知らせたんだ」

私はどうあがいてもパパと対等になれない、パパに扶養してもらってる無力で生意気な小娘でしかない。それが悔しくて哀しくて、からっぽの手をキツく握り込む。

「なんで賞金稼ぎになっちゃだめなの?仲間はずれはいやだ」

結局の所それが本音。パパとスワローはおそろいなのに、私だけただの子どもなのはいやだ。痛いほど膝を抱き締めて俯けば、劉おじさんが気まずそうに頭をかく。

「ピジョンはお前が可愛いんだよ、だから過保護にする。まあちょいとばかし行き過ぎかもしれねェけど……実際賞金稼ぎの仕事は心臓に悪い、モツがでろんとしたグロい死体耐えられんの?」

「スワロー秘蔵のホラー映画で鍛えた」

「実物は蠅と匂い付き。もっと突っ込んだこと言うと賞金稼ぎってなァ人格破綻者の集まりだ、中には賞金首よかタチ悪ィのがうじゃうじゃいる」

「どんなの」

「女を穴としか見てねェ連中。穴扱いは野郎も同じか」

劉おじさんが言おうとしている事は薄っすらわかる、だてにアンデッドエンドで生まれ育ってない。

「ピジョンはそーゆーけだものどもにお前がオモチャにされんのが怖いんだ」

パパの気持ちはわからないでもない。私だって本当は怖い。世の中には救いがたい外道や悪党がわんさかいて、その人たちにとって、私はただの(プッシー)だ。

パパは私を愛してくれてる。なんだか急に泣きたくなって、手の甲で乱暴に瞼をこする。

「パパとスワロー、私に隠し事してるの」

「どんな」

「映画の最中に寝オチして起きると二人でこそこそしてる。内緒話。ヤな感じ」

「あー……」

「『あー』って何?心当たりあるの?」

おじさんが指の間に煙草を預けて視線を泳がす。知ってるんだ。スワローの生乾きトランクスを両手に掲げてずいと詰め寄る。

「正直に吐かないと頭に被す」

「マジでマジにやめろ。せめて乾いてからにしろ」

「じゃあ教えてよ、私が寝たあとパパとスワロー何してるの?」

劉おじさんが苦りきった顔で煙草を嚙み潰す。

「イメージトレーニングだよ。あっちから弾丸飛んでくるだろ?それを背筋の限界まで仰け反って躱すんだ、コートの裾をバッと広げてスローモーションの如く。賞金稼ぎはみんなやってる、気ィ抜くとずしゃって背中から行っちまうから集中力が試されんだ」

「ホント?本当にみんなそんな事してんの!?」

「リンボーダンスの経験は?アレの応用だ、顎すれすれで弾丸を躱すんだ。ピジョンとスワローも賞金稼ぎだから当然やってる、ソファーで眠りこけてるお前を挟んで弾道見切る訓練を」

「おもしろそー!」

ゴムが伸び切るまでトランクスを引っ張って歓声を上げると同時に、黒服の東洋人が歩いてきた。

おじさんの傍らで立ち止まり、丁寧にお辞儀をする。

「劉哥哥、お迎えに上がりました。表に車を待たせてます」

「だりー……」

「そうおっしゃらず、皆さんお待ちかねです」

渋々立ち上がり弾いて捨てた煙草を踏み消す。黒服の部下がVIP待遇で両脇を固める。

お別れの時間がきたみたい。

「じゃあな」

「待って」

踵を返す寸前に呼び止めてポケットからお礼を取り出す。銃を抜くとでも思ったのか、男の人たちに殺気が走る。

站住(待て)

鋭い眼光と中国語で牽制するおじさんの前にたたずみ、ポケットから粗品を取り出す。

「話、聞いてくれてありがと」

「煙草?」

「シガレットチョコ。甘くておいしいよ、禁煙してね」

「手口がピジョンに似てきたな」

苦笑いして煙草代わりのチョコを咥えると、部下の人たちの緊張も緩む。おじさんはチャイニーズマフィアの幹部だもん、子どもの刺客を差し向けられることもないとはいえない。

「まあそんな訳で、小鳥たちのこっぱずかしい秘密を嗅ぎ回るのはやめてやれ」

「弾丸よける訓練ならまぜてほしい」

「腰に負荷がくるんだよ。いい年した野郎二人がバタバタしてんのもアレだ、見苦しいし」

「またのけ者?ずるい」

「お前だって言いたくねえ秘密のいっこにこあんだろ」

斜に構えてシガレットチョコが喫うおじさんを上目遣いにうかがい、爪先立って耳打ち。

次の瞬間、おじさんは目を丸くする。

「絶対言わないでね。私と劉おじさんだけの秘密だよ」

力を込めて念を押せば、劉おじさんが片手で顔を覆ってくぐもった笑いを漏らす。

「なるほどね、どでけえ秘密だ。コイツがバレた日にゃピジョンがショック死しちまうな」

「でしょ」

今度こそ川の字で中庭を去っていく背中に手を振る。

おじさんは前を向いたままおざなりに手を振り返し、部下の人たちと仕事の話をしていた。

「バンビーナの金策はどうだ?先月比3%売り上げ落ちてんだろ」

「近々大々的なキャンペーンを予定してます」

「新しい嬢の募集もかけましたが天然レア物Aサイズの確保は難しいですね、成人済みとなるとなおさら希少です。18以下のガキを引っ張ってきましょうよ劉哥哥、ロリコンどもが泣いて喜びますよ」

「却下。先代の意向でな」

私と話してる時とは別人みたいに死んだ目をして、気だるそうに指示を出すおじさんを思い描く。軽薄さを気取っても内なる酷薄さが滲み出る声色。


おじさんは死んでもまだ自分の哥哥に義理立てしてる。

だからだろうか、劉哥哥と呼ばれると居心地悪そうにするのは。


マオカラーの背中が完全に見えなくなり初めて、おじさんが風下に移動してた事に気付いた。

ほらね、パパが選んだパパの友達はいい人なの。

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