7. ガサツな令嬢はお嫌いですか
エルダはその晩、再びドレスアップさせられ、王宮での夜会に参加した。
前回と同じく、レジーナ王女の横について警護をする。
もっとも、前回と違って怪しい人物が紛れ込む可能性は低い。
同伴者の参加条件が見直されたからだ。
なので、ダリウス王子の恋人探しに集中できるな……とエルダは考えた。
騎士のカークとアランもその日の仕事を終えると、すぐさま着替えて夜会の会場へ乗り込んだ。
護衛の騎士としてではなく、プライベートでの参加だ。
カークとアランの実家は貴族なのだ。
お目当ては勿論、可愛いエルダである。
「エルダ、シャンパン飲むかい?」
「カーク、お前バカか? 勤務中に酒を飲む騎士がどこにいる!?」
エルダはカークを睨みつける。
エルダは勤務中なのである。彼女は昔気質で真面目な騎士なのだ。
「はい、食べ物持って来たよエルダ〜」
今度はアランがお皿に食べ物を取ってきてくれる。
どうしたことだろう……エルダは首を傾げる。
最近この二人がやけに優しい。
「ありがとうアラン」
「あっちの静かなエリアで二人で食おうぜ」
「おいアラン、抜け駆けは卑怯だぞ」
「お前ら、何を言ってるんだ??」意味がわからない。
横にいたレジーナが口を挟む。
「エルダ、その話し方は令嬢らしくなくてよ。人に聞かれたら困るわ」
そうだった。今は令嬢のふりをしているんだった。
「お前ら、何を言ってるんですの?」
言い直してみる。
カークが吹き出し、親指をグッと立てた。
「……いた!!」
不意に絞り出すような呻き声がした。
会場にいた人々は声の主のほうを振り向く。
「よ、良かった。手がかりがなかったから……もう二度と会えなかったらどうしようって思って……」
王太子と同じ色の白金の髪、レジーナ王女と同じブルーグリーンの瞳をした美しい第二王子だ。
ダリウス王子は驚きで目を見開いたまま、顔を上気させて立ち尽くしている。
ダリウスは溢れる喜びを隠そうともせず、満面の笑顔でエルダのもとにやって来た。
滅多に夜会に出席しない第二王子の眩しい笑顔に、あちこちから黄色い悲鳴があがる。
王子の後ろには磁石にくっつく砂鉄のように群がる貴族の令嬢たち。
少し幼さの残る曇りのない笑顔は見る者を自然と笑顔にする。
万人に愛される太陽のような王子様。
そんな彼の視線はずっとエルダに固定されたままだ。
「ダリウス! 待っていたわ。さあこちらへ」
レジーナ王女はようやく現れた弟を笑顔で歓迎した。
令嬢たちが羨ましそうに見ている。
カークとアランはダリウス王子の登場に心の中で舌打ちした。
所詮自分たちは王族に仕える身だ。
自分たちが狙っていたエルダを横からさらわれても指を咥えて見ているしかない。
エルダと偶然(?)再会出来た喜びに心を震わせるダリウス。
一方のエルダはニコリともしない。
「先日噴水のところでお会いしましたが……覚えてませんか」
「そ、そうだったかしら?」
(嘘つくんじゃないわよ、この田舎娘が! ダリウス王子を忘れるはずないでしょ!)
……殺意が篭った令嬢たちの視線がエルダを攻撃する。
積極的な令嬢たちが会話に割り込もうと試みるが、ダリウスに無視される。
「お名前を教えてもらえませんか。僕は……ダリウスと申します」
第二王子の顔を知らない者はいないのに、ダリウスは礼儀正しく名乗った。
「私はエル……」
うっかり本名を名乗りそうになって、レジーナ王女に小突かれる。
「エ、エル……リアーナ、……そう、エルリアーナと申します」
「エルリアーナ嬢、美しいお名前ですね」
わかりやすく好意がダダ漏れの視線が何とも居心地が悪い。
「せっかくだから二人で静かなところでお話ししていらっしゃいな」
レジーナ王女の鮮やかな後方支援。
可愛い弟とエルダをくっつけようと必死だ。
エルダは焦る。
自分より、他の女性とダリウスをくっつけなくてはならないのだ。
「いいえ!せっかくなので他の御令嬢の方々も一緒に……」
ダリウスはごく自然にエルダに腕を差し出した。
「?」
ポカンとしているエルダに、レジーナ王女が身振り手振りで、手を乗せるよう教える。
知らなかった。
淑女とはこのように紳士に支えられて歩くものだとは。
いつもは男性の立場にいるエルダは戸惑った。
ああ、だから歩きにくいヒールを履いても平気なのかと納得した。
うっかりダリウスの腕に手を添えてしまったエルダは、会場の視線を一身に浴びながら、そのままバルコニーへと引き摺られて行った。
二人の後を追おうとしたカークとアランは、すぐさまレジーナ王女によって阻止される。
「あなたたちはエルダの代わりに私の護衛をしてちょうだい」
「え、あの……俺ら今、完全にプライベートで……」
「別の日に休みを入れるようエイジャクスに言っておきます」
「…………」
「月が綺麗ですね」
バルコニーで二人きりになると、ダリウスが静かに言った。
実のところ月はさほど綺麗でもなかったが、バルコニーでの若い男女の会話は、このように始めるものである。
ありきたりなセリフでも、ダリウスのような美形が口にするとしっくりくるから不思議だ。
(月より殿下の方がよっぽど綺麗ですって)
「突然こんなことを言って、軽薄な男だと思わないで欲しいんだけど」
真顔になってエルダの顔を真っ直ぐに見つめる。
「君のことを……本気で好きになった。どうか僕の妃になって欲しい」
(そんなに簡単にプロポーズしちゃダメでしょう殿下!!)
いきなりのプロポーズに悲鳴をあげそうになったエルダだったが、お腹にグッと力を入れて堪えた。
「お断りします」
「どうして」
「殿下のこと好きでも嫌いでもないからです」
ピシャリと断ったつもりだったのだが、エルダの返答にダリウスはニコニコしている。
「うん。じゃあ好きになったら結婚してくれる?」
「私は身分の低い田舎貴族の娘です。殿下にふさわしい文化レベルにありません」
「身分なんて気にしないよ。文化レベルってなに?」
「えーと。マナーとか。所作とか? 言葉遣いとか? 貴族令嬢のように美しく出来ないんです」
「何もしなくて立ってるだけでも君は美しいよ」
エルダを見つめながら優しく微笑むダリウス。
(ムズムズする〜! 逃げ出したい……)
エルダは恥ずかしくて顔が赤くなる。
だって、女の子として男性に話しかけられるのは初めてなのだ。
こんな甘い声と熱っぽい視線を向けられ……しかも絵に描いたような美しい王子に、だ。
どうしたら良いのかわからない。
つくづく自分には『女の子』は務まらない、騎士で良かったと思う。
とにかく。
今自分がすべきことは。
エルダは自分のミッションを頭の中で整理する。
ダリウスのエルリアーナに対する想いを断ち切らせ、別の令嬢に目を向けさせることだ。
なんとかして嫌われなくては。
よし。『百年の恋も冷める』作戦で行くか……エルダは決意する。
「えーと、多分殿下が想像もつかないほどガサツなんです、私!」
「ふーん?」
「ドアを足で閉めたり、物を人に渡すときに投げて渡したり。刺繍もダンスも出来ませんし、字も汚いです。部屋も汚いし、お風呂も嫌いで不潔なままでいても平気です」
思いつく限り、最低な女子の条件を挙げてみる。
悲しいことに、全部事実だったりする。
ダリウスは目を丸くした。
「面白いね。普通『わたくし刺繍が趣味ですの』とか言って、ご自慢の手作りハンカチを押し付けてきたりするのに」
「私、ハンカチなんて使ったことありません! 服の端で適当に拭きます。手も……か、顔も!」
ダリウスは吹き出した。
「僕と結婚すれば部屋の掃除はメイドがやってくれるから楽だよ〜。お風呂も全部任せておけばやってくれる」
メイドが部屋の掃除……それはちょっと魅力的だなと思いつつも、エルダは自分の欠点アピールを続ける。
「ナイフを使うのも面倒くさいのでなるべく大きな一口で手掴みで食べるし、果物は丸齧りですっ。しかも物凄い量を食べます」
「あはは。本当に? じゃあ会場で何か食べて来ようか?」
ふん。令嬢にあるまじき男らしい食べっぷりを披露してやろうじゃないか、とエルダはダリウスと共に飲食コーナーに向かった。
エルダは会場に並ぶ料理を片っぱしから胃に収めた。
(うま〜〜!! 最高!)
「君、食べ物に関しては肉食女子なんだね」
ダリウスは甲斐甲斐しくお皿に食べ物を取ってくれる。
周囲は、第二王子に給仕をさせているエルダを唖然として見ていた。
肉食系令嬢たちはハンカチを噛み締め、エルダを睨みつけている。
(ちょっとばかり顔が可愛いからって……何なのこの女!)
ダリウスはガツガツ貪るエルダを眺めながら、彼女の好きな食べ物をチェックするのも忘れなかった。
(赤身の肉が好きなんだな。デザートはカスタード系とバターたっぷりの焼き菓子、と)
今後の参考にしようと、心の中でメモを取る。
そんなことはつゆ知らず、マドレーヌやフィナンシェをわざと一口で飲み込む様子をこれでもかと見せつけるエルダ。
(ふふ……こんな令嬢嫌でしょ?)
「ちょっとレジーナ、あれどうなってるの?」
レジーナ王女にこそっと耳打ちしたのは、仲良しの令嬢ラナ。
ラナはレジーナのお茶会のメンバーで、エルダとも面識がある。
「あれ、エルダでしょ。蛇みたいに焼き菓子を丸呑みしてるけど。得意げに」
「よく分かったな、さすがはラナだ」
感心したように呟くのはバシリウス王太子。
ラナはバシリウスの婚約者なのである。
つまり、ラナは未来の王太子妃なのだ。
「そうなのよ、実はねダリウスが一目惚れしてーー」
レジーナ王女がラナに事情を話す。
「嘘ー! 何それ最高!」
エルダが男役を務める恋愛ごっこが大好きなラナは大喜びだ。
「もしエルダがダリウスと上手くいけば、私たちみんな義姉妹ってこと?」
エルダが義妹になったら王宮での生活もさぞ楽しいことだろう。
こうしてダリウスの恋を応援する人がまた一人増えたのだった。
ダリウスは自分に目もくれず猛烈な勢いでご馳走を食べているエルダをニコニコしながら見ていた。
(ふふ。あんなにちっちゃい口でよく食べるものだな)
チキンの油ですっかり口紅が落ちてしまったが、それでもエルダの唇はほんのり赤く、さくらんぼのように瑞々しい。
(ああ、可愛い……)
人に見られることを計算しながら腹の中で何を考えているのか分からない令嬢よりよっぽどいい。
自然体でいるところがいい。無邪気な子供のように可愛い。
女らしさをアピールしてくる令嬢が多い中、ガサツ自慢をするエルダはダリウスの目に非常に新鮮に映った。
と言うより、恋は盲目。あばたもエクボ。
どんなマイナスアピールをしたって無駄なのだ。
勝手に魅力に変換されてしまう。
しかもとびっきりの美少女ときた。
どんなガサツな行動も、ダリウスの目には可愛く映るだけだと言うことに、エルダは気づいていない。
ドヤ顔で大食いをアピールするエルダの横で、ダリウスは微笑みながら二人の幸せな未来を妄想していたのだった。




