6. 第二王子の新しい護衛
「本日よりダリウス様の護衛を努めさせて頂きます。エルダ・ラゴシュです」
陽射しが燦々と降り注ぐ第二王子の執務室。
仏頂面で挨拶をするエルダは、すこぶるご機嫌斜めであった。
大好きなレジーナ王女の護衛から突然外されてしまったからである。
代わりに第二王子の護衛を申し付けられた。
しかも第二王子の護衛は既にいる。ドアの外に控えている同僚のカークだ。
エルダはオマケのような増員なのである。
この人事異動に納得がいかないエルダは上官であるエイジャクスに抗議に行った。
しかし、王女の警備の強化が必要であること、そしてエルダでは力不足であることを告げられたのだ。
エルダは弱い。悔しいけど認めざるを得ない。
敏捷性はあるけど、パワーではどうしても男性には劣る。
レジーナ王女がもし暴漢に襲われた場合、守り切れる保証はない。
(このままでは王女の輿入れ時の随行騎士になれないかも知れない)
不安だ。もっと強くならなくてはダメなのだ。
「ああ。よろしくね〜」
第二王子のダリウスは机の上に置いてあったクマのぬいぐるみを掴み、パペットのように動かしてエルダに挨拶をした。
「な、なんですか……そのぬいぐるみ」
その威厳のないゆるい仕草に、エルダは思わず脱力した。
な、なんだ、この王子は。可愛いか!
「子供の頃から気に入ってるクマちゃんなんだ。ボロボロになってメイドに捨てられそうになったから、執務室に避難させた」
ダリウス王子はニコニコしながら、ボロボロのクマを抱きしめる。
「へぇ、その子、騎士の服を着てるんですね」
非常にくたびれた、薄汚れたぬいぐるみである。
ダリウスの美貌とクマの汚さの対比がなんともシュールだ。
ダリウスはクマを机の上に戻すと、頬杖をついてダラダラと書類をめくり始める。
第二王子は執務にはあまり熱心ではなさそうだ。
ダリウスは内心、自分の護衛が増えたことに納得がいかなかった。
ドアの外にはいつもの護衛がしっかり控えている。
なのに、部屋の中にも騎士を置く必要があるだろうか?
何せ第二王子なんて気楽なポジションなのだ。
命を狙われる事なんてまずない。
独身の令嬢に身体を狙われることはあるけれども。頻繁に。
(正直、同じ部屋の中でずっと見られているのは気が重い。
気疲れしそうだ……)
エルダは執務室の隅に立っているよう言われているのだが、暇で仕方がない。
そこで、立ったまま片足でスクワットをしてみた。
時間を有効に使い、トレーニングをするのだ。
男性に負けないくらい強くなってみせる。
レジーナ王女をお守りするために。
「君、さっきから何してるの?」
気がつけば、ダリウスが興味深そうにトレーニングをするエルダを凝視している。
「脚の筋トレっす……あ、お仕事の邪魔になりましたでしょうか?」
「いいの、いいの。退屈だったから。ねえ、それ楽しいの?」
「いえ……でも自分は、もっと強くなってレジーナ様をお守りしたいんです」
「姉上を?」
「はい。自分この身をレジーナ様に捧げるって決めてるんで」
「君は姉上のことが好きなのか!」
ダリウスが突然目を輝かせ立ち上がった。
「? はい。お輿入れ先にもついて行くつもりなんで」
「身分違いの恋……か。切ないな〜。うん、なんか分かるよ」
ダリウスは憐れむような眼差しで、エルダのところに歩いてくる。
そして親しげにガシッと肩に腕を回してきた。
「僕も一昨日から恋をしてるから、君の気持ちは理解出来るよ。聞くだけなら出来るから良かったら話し……っ!?」
次の瞬間ダリウス王子は悲鳴をあげ、飛び退いた。
「え!? き、君、まさか女の子!?」
見た目は少年でもやはり触ると感触がまるで違う。
組んだ肩のふにゃっと柔らかい感触に恐れ慄く第二王子。
「……はい。そうですけど」
「…………」
ダリウスは部屋の隅で小さくなって蹲っていたが、やがてヨロヨロと立ち上がる。
「し、失礼。少年だと勘違いしてた」
ダリウスは女性が苦手である。
同じ部屋にずっと騎士が待機しているだけでも気詰まりなのに、それが女性だとは!
父はなぜこのような人員配置をしたのだろう。
なんらかの考えがあってのことだとは思うが。
今すぐ国王の執務室に抗議しに行くべきだろうか……。
ダリウスは改めて目の前の新しい護衛騎士を眺める。
「………………」
案外、大丈夫かも知れない、とダリウスは思った。
不思議と女性と同じ空間にいるときの不快感を感じない。
女性っぽくないからだろうか。何せ男性と間違えたくらいだ。
今後もエルダのことは少年だと思うことにしようーーとダリウスは心の中で決めた。
「殿下は女性が苦手なので?」
「うん。色々あってね」
「でも先ほど恋をなさっているとか」
「うん!」
ダリウスの脳裏に一昨日に出逢った可愛らしい令嬢の姿が浮かぶ。
途端、胸一杯に甘酸っぱい感情が広がり、目の前の新人護衛騎士の性別などどうでもよくなってしまった。
「そうなんだよ。聞いてくれる? 運命の出会いだったんだーー」
そこから執務はそっちのけで、ダリウスの恋バナが始まった。
ダリウスとエルダは王宮の噴水の前で偶然出会し、ほんの二言三言言葉を交わして立ち去ったーーそれだけだったはずなのに、ダリウスが語る邂逅は200%脚色され、キラキラ感も割増になっていた。
エルダの認識とはまるで違っているのである。
「う、運命の出会い、世紀の恋……ですか?」
「その通り。素足で無邪気に水と戯れる彼女は妖精のようで……」
ダリウスは頬を染め、うっとりと語る。
(単にハイヒールで足が痛かっただけだってば! なにこの恋愛劇場)
耐えられない。これは一刻も早くフラグをへし折らねば!
「恐れながら殿下、ごく普通の出会いを運命だと思い込まれているだけなのでは?」
「失礼だね。そんなことはないよ」
ダリウスはムッとして可愛らしく頬を膨らませる。
「いいえ、噴水やランタンのムードに負けて、錯覚しているのでしょう」
「…………」
「自分が思うに、殿下のそれは恋ではないのでは?」
恋心を否定されて、温厚なダリウスとは言え、少し腹が立った。
値踏みするようにエルダを上から下まで眺める。
「君に何がわかる? 見たところ、恋愛経験があるとも思えないけど?」
(う……。鋭い! さすがは王族)
事実、恋愛経験ゼロのため何も言い返せない。
エルダは色気がなさすぎるのだ……幼児レベルだ。
しかし、幼児は幼児でもエルダは負けず嫌いな幼児(?)なのである。
つい衝動的に見栄を張ってしまった。
「失礼な! 自分にも好きな人くらいいます」
「そうなの? 相手は男性? もしかして騎士団の誰かかな?」
「そそ…そうです」
(相手は男性……って)エルダは苦笑する。
エルダは女性だと分かっていても男性と認識されがちなのだ。
「付き合ってるの? どちらから告白したの? 好きになるきっかけはなんだったの? アプローチは……」
すごい勢いで食い付いてくる第二王子。
エルダは(しまったーー!)と思ったが時すでに遅し。
ダリウスから質問攻めにあう。
「しょ、職務に影響が出るといけないので、詳細は話せません」
ひとまずそう言って乗り切る。
詳細設定は何も考えていないから。
素直なダリウスはエルダの出まかせをあっさり信じた。
生まれて初めて経験する恋バナの楽しさにダリウスは感動していた。
一人で持て余していた熱い想いを誰かに聞いてもらうことが、これほど心地よいとは……!
先ほどまで護衛の増員を不満に思っていたのが嘘のよう。
しかもエルダにも好きな人がいると言う。
ダリウスは同志を得た気分だった。恋バナ友達だ。
「嬉しいよ。これから色々相談させてね」
「はあ………………」
「お互い、頑張ろう!」
ダリウスは少しタレ気味のブルーグリーンの瞳を嬉しげに細めた。
執務室の外に控えていた護衛のカークは、エルダのことが気になってドアに耳を押し付け盗み聞きしていた。
(エルダに好きな奴が!! しかも騎士団の中に!?)
カークは真っ赤になって手で口元を押さえた。
(もしかしてそれ、俺じゃね?)
「おい、カーク。交代の時間だ」
ちょうどアランがやって来た。
アランはすぐにカークの異変に気がつく。
「お前、何赤い顔でニヤニヤしてんだよ……さてはエルダ絡みだな!?」
「い、いや。何でもない。でへへ」
「この野郎! さっさと吐け!」マッチョのアランに胸ぐらを掴まれる。
「シッ! 静かにしろアラン。いてて。わかったよ、話すよーー」
話を聞いたアランは真顔になり、拳を握りしめた。
「エルダ……そうだったのか。俺のことを……」
「はあ!? 何言ってんの、俺だろ」
「いや、どう考えても俺だろ」
その日の午後、近衛騎士カークとアランはそれぞれの持ち場で、自分に都合の良い妄想に酔いしれたのであった。




