6. ブチ切れた王女
エイジャクスにその気がないと知り、ちょっとガッカリしたものの、すぐに彼が睡眠不足であったことを思い出した。
とにかく、今はドアの外での護衛をやめてベッドでちゃんと休んでくれればいい。
ふふ。ずっと寝不足だったんだからきっとバタンキューね。
ぐっすり眠っているエイジャクスの寝顔を見てみたくなり、私はそっと身体を起こして覗き込んだ。
「ひっ……!!!」
目に飛び込んできたのは子供の様にぐっすり眠る騎士団長……ではなく。
血走った目を見開き、片手に短剣を握り、もう片方の手をチクチク刺している夫だった。
「な、何しているの!?」
「……っ……。うっかり眠って、この手が勝手にあなたに触れたりしないよう頑張っているのです」
「何ですって?」
「起きている間なら自制出来ます。でも……眠ってしまったら、自分をコントロールできる自信がありません」
呆れて、思わずポカンとしてしまったわ。
「夫が妻に触れることに何の問題もないでしょう?」
「いいえ! 自分のような者が触れてはあなたが穢れてしまいます」
「あのエイジャクス? 何度も言うようだけれど、私たちは夫婦なのよ?」
「法律上はそうです。でもあなたは私のことを……男として好きなわけではない」
エイジャクスの言っていることがわからない。
私と家族になる気はないの?
じゃあ何で私と結婚したの?
「でも夫婦なんだから……。もっと私に甘えてくれてもいいのに」
「甘えないのはあなたも同じでしょう」
いつまで下僕のような態度を取り続けるエイジャクスに腹が立った。
壁を作られているようで。
そっち側に入れてもらえなくて悲しかった。
「何よ。もういいわよ。そっちがその気なら……」
悔しくて涙がこぼれた。
「レジーナ様!?」
私の涙を見てエイジャクスはオロオロした。
もう。狼狽えたって知らないんだから。
そんなに王女と下僕でいたいのならお望み通りそうしてあげるわ。
私は怒っているのよ。
私は腰に手を当て、ベッドの上で仁王立ちになった。
「エイジャクス騎士団長! そこになおりなさい!」
お腹に力を入れ、大きな声で命令する。
条件反射なのか、エイジャクスはベッドから跳ね起き、床の上で直立不動になった。
「あなたに問います。私の幼き頃からの夢は何ですか」
「はい!申し上げます。沢山の子供に囲まれ、楽しい家庭を作ることと伺っております」
「分かっていますか? それを叶えられるのは夫であるあなたしかいないことを!」
涙を流しながら、思いっきりエイジャクスを睨みつけた。
エイジャクスは目を見開いた。
「王女としての命令です! 私に子を授けなさい! そして以後、私のことは名前で呼びなさい!」
エイジャクスはしゃくりあげる私を唖然として見つめる。
唇をキュッと結び、しばらく無言で考え込んでいた。
やがて、ため息を一つ付き、スッと膝をついた。
「承知いたしました。あなたの命令は絶対です。このエイジャクス、必ずや貴方様の腕に赤子を抱かせてご覧に入れましょう」
と言う声を聞いた次の瞬間。
私の視界が回転し、気づいたらベッドに横たわって彼の腕の中にいた。
「…………!!」
自分で命令しておきながら情けないのだけど。
急に始まったので、段取りがわからない。
ど、ど、どうしよう。私は何をすればいいのだったかしら。
エイジャクスはジタバタする私に優しく言った。
「少しでも嫌だと思ったら言って下さいね」
「だっ、大丈夫よ。ちゃんと閨教育受けているもの!」
そう言う割に全然大丈夫そうではない私を見てエイジャクスは呆れる。
「閨教育は……とりあえず忘れて下さい。今日はこのまま抱き合って眠るだけにしましょう」
エイジャクスの態度はどうみても、子供をあやしているようだったけど、それに腹を立てる余裕は私にはなかった。
『抱き合って眠るだけ』でも初心者の私にとっては充分すぎるほど刺激的だったのだ。
抱きしめられた途端、身体が熱くなって、ドキドキが止まらない。
聞いてない。こんなの聞いてないわ。
閨教育ではこの先のところから始まってたもの。
筋肉ってあんなに硬いのに、包まれると心地良いのはなぜなのかしら。
圧倒的な安心感にホッとする。
つい先刻までエイジャクスを甘やかしていたはずの私はいつの間にか彼に甘やかされていた。
悔しいことに、彼は私を甘やかすのがとても上手だった。
私に甘やかされるより遥かに。
騎士団長の腕の中で眠れるなんて……なんて贅沢なんだろう。
最高峰のセキュリティね。
そして、念願の名前呼び捨て。
頭上で低い声で「レジーナ」って囁かれた時にはもう……胸がキュンとして。
腰が抜けそうだったわ。
(ああ……好き……)
薄れる意識の中でそう思いながら、私は眠りについた。




