2. 理想の家庭像
王宮の母上のところで午後のお茶を飲んで、四時ごろ自宅の向日葵宮に戻った。
玄関ホールに足を踏み入れると、エイジャクスが一人しょんぼりと椅子に腰掛けていた。
「…………! まあ、エイジャクス! こんな時間にどうしたの」
どう考えても、仕事が終わる時間にしては早すぎる。
「……早く帰ってくるようにとのことだったので……」
確かに今朝、見送った時に『早く帰って来てね』とは言ったけど。
まさか、こんな早く帰ってくるとは予想していなかった。
団長権限で無理やり早く切り上げた可能性が高い。
言われた通りに帰って来たのに、出迎えてくれるはずの私が留守で、がっかりさせてしまったに違いない。
この人に笑顔でおかえりなさいと言ってあげたかった。
申し訳なくて、居たたまれない気持ちになる。
「ごめんなさい。お母様の所に行って遅くなってしまったの。明日からは必ず家で待ってるようにするわね」
「いえ、いいのです。今まで通り、王宮のほうで陛下たちと一緒にお食事をされてもいいのですよ」
「なら、あなたも一緒に……」
「いえ、私は臣下です。王族と同じテーブルで食事をするわけには参りません。お食事が終わる頃、お迎えに上がります」
あなたは私の夫なのに。
いつもどこか遠慮している。
「私は……教養もありませんので、気の利いた話も出来ません。私といるより王家の皆様と食事をされたほうが……」
「いいえ、私たちは夫婦なのよ。私はあなたと一緒にお食事がしたいわ」
そう言うと、夫は少しホッとしたような表情になった。
「孤児院訪問を再開したいのだけれど」
食事の時、私は夫に切り出した。
王女だった頃、公務と称してよく孤児院を訪問していたのだ。
が、孤児院訪問は私の趣味のようなものだった。
私は小さい子供が好きだ。
子供は愛情を注ぐと、分かり易く反応を返してくれるから。
大人のように見栄や体裁に邪魔されず、正直だから。
そんな子供たちに求められることは私にとって最大の喜びなのだ。
「子供たち、喜びますね。但し、王宮の外は危ないので、私が休みの日にして下さい。一緒に行きましょう」
「ありがとう、エイジャクス! 楽しみだわ〜!」
自分の子供を自分の手で育てることは私の夢だった。
そばに置いて、これでもかと言うほど愛情を注いで暮らすのが理想だ。
もし隣国の王太子に嫁いでいたらそれは叶わなかっただろう。
王太子妃が産む子は将来の国王になる子だ。
自分で育てることは叶わなかったに違いない。
しかし、予定が変わり、私は騎士団長の妻になった。
と言うことはーーーー
(もしかすると……夢が叶っちゃう感じなのかしら?)
私が自分の子供を育てることに、もはや何の障害もない。
可愛い子供たちの笑い声が絶えない温かい家庭。
転んで泣く子を抱っこしてあやし。
夜なかなか眠らない子に物語を聞かせて。
騎士団長のパパは肩車をして。
夫と一緒に子供の誕生日プレゼントを選ぶ。
(ああ……なんて素敵なの!)
想像するだけで幸せな気持ちになる。
問題は…………
子供はコウノトリが運んでくるわけでも、キャベツ畑になるわけでもない。
夫婦で寝室を別にしていては、子供は得られないのだ。
やがて就寝時間になりーー。
昨晩と同じようにエイジャクスは部屋を出て行こうとする。
どうやら夫は私と寝室を共にする気はないらしい。
「エイジャクス、ちょっと待って」
「はい?」
「私は……女性として魅力がないのかしら?」
「何をおっしゃいますか! そんなことあるはずない」
「だったら……普通夫婦は寝室を共にするものではないの?」
「…………!」
エイジャクスは寂しそうに床を見つめた。
「私では……何もかもレジーナ様には釣り合わない」
「そんなことないわ! あなたはあなたの望む通りに行動して良いのよ」
「私の望みは」
エイジャクスは私の顔を見つめる。
「…………あなたの幸せです」
違う。そう言うんじゃなくて。
もっと本心をぶつけて欲しいのに。
夫は私に何も要求してこない。
文句も言わない。
私たちの関係は未だに王女と臣下のようだ。
「う〜ん……」
広い寝室に一人になった私は腕組みをして考えた。
このままではダメだ。
今の関係を改め、対等な夫婦にならなくては。
でないと、私の理想の温かい家庭は築けない。
(私がこの手で夫を変えてみせるわ)
そう密かに決意して眠りについたのだった。




