4. ピーナッツとキャビア
王都の貴族は例外なくゴシップ好きだ。
ゴシップは娯楽なのである。
有名人が対象であればなおさらだ。
ブロンテ殿下と共に何度か夜会に出席すると、案の定、私たちの仲を噂する者が出て来た。
王太子の元婚約者と異国の王子。
格好のゴシップネタである。
ブロンテ殿下という人は、とにかく女性に優しくて気が利く。
馬車を降りる時、階段を登る時、椅子から立ち上がる時……当たり前のように手を差し出して支えてくれる。
六人の姉姫のスパルタ教育の賜物だ。
そのため、「腕を組んで歩いていた」だの「手を取り愛を囁いていた」だの、事実と異なる噂が一人歩きするハメになった。
ブロンテ殿下との噂の量に比例して、バジルからの連絡が減っていった。
二人の間に恋愛感情は一切ないが、ブロンテ殿下と私は良き友となった。
正直、私は自分が不思議だ。
なぜブロンテ殿下に恋愛感情を抱けないのか。
見た目良し。
家柄良し。
性格とっても良し。
労ってくれる。甘やかしてくれる。
優しい言葉をくれる。花も送ってくれる。
不満点が一つもない。
なのに。
私にちっとも優しくないオレ様王太子のことばかり思い出してしまうのはなぜだろう。
ある日、私は王都の商業地区にブロンテ殿下を案内することになった。
北の国の不自由な食糧事情への打開策を見つけるため、市場見学を殿下が望んだからだ。
「北では、冬場の野菜は『酢漬け、塩漬け、乾燥』の三択なんです。新鮮なものは手に入らなくて……」
瑞々しい野菜や果物が並ぶカロニアの市場を殿下は羨ましそうに眺める。
「ほう……香辛料ですか。なるほど……香辛料を効かせて食材を長期保存する方法もあるのか……」
香辛料が並ぶエリアで、お店の人に熱心に効能などを聞いていた。
「そうだわ」私はいいことを思いついた。
「ブロンテ殿下、この後、香辛料使いが素晴らしいお店でお食事しませんこと?」
以前、バジルと視察で訪れた異国料理のレストラン。
きっと香辛料使いの参考になるはず。
私は嬉々としてブロンテ殿下を案内した。
「面白い店ですね!」
店に入るなりブロンテ殿下は大喜びでキョロキョロ見回した。
「ふふふ。お料理もとても美味しいんですよ」
前回私が食べたアスパラのミンチの炭火焼きを勧める。
そして私は……前回バジルに横取りされて食べられなかったチキンのピラフ詰めにしよう。
邪魔する人がいないしね。
今日こそ食べてやるんだから。
前菜は前回と同じものをチョイス。
すごく美味しかったのでブロンテ殿下にも勧める。
楽しみでワクワクしながらテーブルに着いていた私は、運ばれてきた料理を見て凍りついた。
にんじんとオレンジのマリネには砕いたピーナッツがかかっていた。
(前回はフライドオニオンだったのに……)
そしてポテトサラダに載っていたのは前回のトリュフではなくキャビアだった。
「………………」
先に手を付けたブロンテ殿下は感嘆の声を上げる。
「ほう! これは美味しい!」
私は困惑して固まっていた。
なぜなら
ーー私はアレルギーでピーナッツと魚卵が食べられないから。
慌ててお店の人に謝る。
「あの……ごめんなさい。注文した後で申し訳ないのですが……ピーナッツとキャビアはアレルギーで食べられなくて……前回はフライドオニオンとトリュフだったから知らなくて頼んでしまって……」
お店の人は首を傾げる。
「この料理はずっと前からピーナッツとキャビアで作っていますけど……?」
「王太子殿下と来店した時、キャビアは載っていなかったのだけれど」
バジルの名前に「ああ!」とお店の人は思い出したように頷いた。
「あれは事前に王太子殿下よりピーナッツと魚卵を抜くようご指示いただいておりました」
「まさか。あの日は視察で初めて訪れたのよ、ここ」
「いいえ。殿下は事前に来店され、試食されています。あの日のご予約では完全プライベートと伺っております」
え…………?
どういうこと……?
その時、メインのチキンのピラフ詰が来た。
こんがり焼けたチキンがとても美味しそうだ。
………………見た目だけは。
チキンのピラフ詰め。
思ったより美味しくなかった。
はっきり言って、非常に残念な味だった。
ピラフの味付けと、周りのソースの味がチグハグなのだ。
半分くらいまでは頑張って食べたけど、それ以上は無理だった。
ブロンテ殿下は瞳をキラキラさせながら
「美味しい! 美味しい!」を連発していた。
そう、まるで前回の私だ。
アスパラのミンチ焼きは絶品だから。
(バジルは……知ってたんだ……)
私が勝手にチキンを頼んだから。
だから強引に取り替えたのだ。
私に、美味しいものを食べさせるために。
私は馬鹿だ。
いばりんぼうのオレ様王子。
そんな彼がいつも影で努力している姿を私は見て来たはずだったのに。
会議の時も、式典の時も……裏で時間をかけて下調べや準備をしているのを知っていたはずなのに。
あの人が、知らない店で行き当たりばったりの注文なんてするはずないじゃない。
バジルと訪れるレストランはいつも美味しかった。
「当たり」ばかりで運がいいと思っていたけど。
あれはおそらく偶然ではないのだろう。
そもそも『視察』だったのだろうか?
「いや〜美味しかったです! 最高です。香辛料使いも勉強になりました」
ブロンテ殿下はご機嫌で店を後にした。
良かった。連れて来た甲斐があった。
しかし、殆ど食べていない私はお腹が空いていた。
「ブロンテ殿下、少し待ってて頂けますでしょうか?」
「?」
私は店を出てすぐの所にある屋台で、串焼きの肉を買った。
そしてその場でムシャムシャ食べる。
目を丸くするブロンテ殿下に
「お構いなく。私百獣の王ってあだ名が付くほど肉が好きなのですわ」
そう言って、あっという間に串焼きを平らげた。
串焼きでパワーもチャージしたことだし、私はその足でバジルに会いに行くことにする。
「ブロンテ殿下、私今から王宮に行こうと思うのですが……」
「それでしたら是非私も! 王宮の図書室を見せてもらえるはずなので」
馬車に揺られ、王宮へ向かう。
窓から入ってくるポカポカの日差しを顔に浴びながら、ずっとバジルのことを考えていた。
バジルが私のために、メニューを変えてくれた。
もうそれだけで十分だ。
例え彼が私に女性として魅力を感じていなかったとしても。
家柄だけのお飾りの王妃だと思われても。
それでも私はあなたのそばにいたい……って。
そう伝え……
あれ……?
なんか、気持ち悪い……?
「ラナ様、どうしました?」
ブロンテ殿下の心配そうな声が聞こえる。
「……っ……うう…………」
息が苦しい……く、苦しっ……
馬車が王宮に着く。
「ラナ様!?」
「おい大変だ! ラナ様が」
「早く医者を呼べ!」
「王太子殿下を!」
沢山の人が叫んでいる声が聞こえたが、私は眩暈と共に意識を失ったーー。




