2. 『閨』教育
(いよいよだわ……)
お妃教育のため登城した私は、緊張した面持ちで講師が来るのを待った。
本日の講義は『閨』教育だ。
数ヶ月前に同じ講義を受けたレジーナから大体の内容は聞いていた。
なかなかにショッキングな内容だった。
政略結婚とは身売りなのだと改めて思ったものだ。
ところが。
講師が子供を授かる原理と出来やすいタイミングを説明する。
そして、
『お渡りがある当日は夕飯は控えめに、体調が悪い時は遠慮せず侍女に告げること。湯浴みの後はリラックスして、殿下との楽しい思い出などを思い浮かべながら待ちましょう』
以上。
え? それだけ?
十五分で終わったよ閨教育。
『その気のない殿下をその気にさせるテク』とか、『堕胎用の毒に対する耐性をつける食生活』とか『側妃に出し抜かれないよう、間者を送り込むには』はどこに行ったの?
純情なレジーナは閨教育の内容にショックを受けていたけど。
私は正直、興味があった。
だって私は『その気のない殿下をその気に』させ、お世継ぎを産まなくてはならないんだもの。
「先生」
「ラナ様、何か質問でも?」
「いえ、あの……カロニアの従来の「閨講義」には……具体的な技術指導に関する記述があると伺っておりましたが……」
恥を忍んで聞いてみる。
「ああ」講師はこともなげに言った。
「それに関しましては、ラナ様には不要とのこと。バシリウス殿下自らこの内容に差し替えられました」
頭を殴られたような気がした。
私には実技は必要ない……。
バジルは……私とはそう言うことをする気が……ない。
講義を終えた私はバジルを探しに行く。
王家三兄弟はラウンジでお茶を飲んでいた。
それともう一人。
第二王子のダリウスの膝の上には可愛い女騎士のエルダが座っている。
恥ずかしそうに顔を赤らめ、膝から降りようともがいているが、ダリウスが離さないのだ。
「ラナ! 今日の講義はもう終わったの?」
私に気づいたレジーナがにこやかに手を振る。
それには応えず、私はこわばった顔のままバジルを見つめた。
「バジル……教えて欲しいの」
「ん? どうしたラナ。まあ座れよ」
「バジル……私はどうしてあなたの婚約者に選ばれたの?」
「いきなり、なんだ。……君との婚約は条件で決めた」
悪びれもせずバジルは言った。
「僕が目指す完璧な国王になるために、君の条件が最も有利だった……」
予想はしていたけど、目の前が真っ暗になった。
私の祖父は先先代国王の王弟だ。
そしてその妻、つまり私の祖母は隣国の王女だった。
私の実家は二つの国の王家と縁戚関係にある、外交上最強の家柄なのだ。
外国との繋がりを持つ素晴らしい家柄の……お飾りの王妃。
それが彼が私に求める役割なのだ。
抱く気もないらしい。
お世継ぎはどうするのだろう。
ああ、側妃を取ればいいだけの話か。
「……馬鹿にしないで……」
私を王宮に閉じ込め、他の女性と子供を作るのを黙って見ていろと言うのか。
私は……あなたが好きなのに。
「え?」
「ラナ?」
「ラナ様?」
冗談じゃない。私は私の人生を楽しむ権利がある。
一生愛されずに、人形のような人生を送るのはまっぴらだ。
私は思いっきりバジルを睨みつけ、お腹に力を入れて宣言する。
「馬鹿にしないでよ! あなたとなんか結婚するものですか。婚約は破棄させていただきます!」
「なっ!!!?」
「ラナ! 何を言うの!?」
「婚約破棄したから、もう私は自由の身よ。早速誰かと恋愛することにするわ。さようなら!」
「おい待てラナ! そんなこと出来るわけないだろう? 待て!」
ドアを乱暴に閉めて、私は王宮を後にした。
ラウンジのドアの外に護衛として控えていた近衛のカークとアランが、耳にしたばかりのスクープに目を輝かせていたことには気づかずに。
王太子が婚約を破棄されたと言う前代未聞のニュースは、光の速さで王都を駆け巡った。
ニュースの出どころは言わずもがな、カークとアランである。
両親は真っ青になり、母は寝込んでしまった。
それでも私の怒りは治らない。
バジルが私に恋愛感情を持てないのは仕方ないにしても。
もう少し、パートナーとして尊重してくれてもいいのではないか。
私は頑張ってお世継ぎを産んでみせる気でいたのに。
例えバジルにその気がなくても。
その為の『閨教育』のはずなのに。
頑張ることさえ否定されたら、どうすればいいと言うのか。
もうたくさんだ。
振り向いてくれない好きな人のことは諦めて、私のことを好きになってくれる人を探そう。
甘やかされて、溺愛される恋をするのだ!
スパダリに一目惚れされて、執着されるような恋よ!
ヒロインになってやるわ、私。
…………と、思ったのに。
「なんで誰も私に声をかけてくれないの」
あれから何週間も経つのに、デートのお誘いも夜会のエスコートの申し込みもない。
レジーナの新居である向日葵宮のポーチで、私は不貞腐れながらブランコに揺られる。
「そんなに魅力ないのかしら、私」
「そうじゃないわ、ラナ」
オレンジアイスティーを飲みながらレジーナが慰める。
「みんなお兄様のことが怖いのよ」
それもそうだ。
王太子の元婚約者に手を出す貴族はいないだろう。
少なくとも、王太子が別の誰かと結婚するまでは。
レジーナの膝の上にはクマのぬいぐるみが乗っている。
「そのクマ……」
レジーナが嬉しそうに笑う。
「子供の頃からずっと枕元に置いていたんだけど、最近頻繁にエイジャクスに誘拐されて、物置に放り込まれて可哀想なの」
うわ……レジーナと同じベッドにいるクマに嫉妬するとか……愛されてるのね、レジーナ。
「砂吐きそうなんだけど。あなたが幸せなのは嬉しいわ」
王家の三兄弟はお揃いのクマのぬいぐるみを持っている。
子供の頃、国王陛下からプレゼントされたものだ。
レジーナがそれをずっと自分の子供に見立てて可愛がっていたのを知っている。
ダリウス第二王子はよく自分のクマに紅茶やらスープやらを飲ませようとして注意されていたっけ。
ダリウスのクマはもう有り得ないくらいに汚い。
「ねえ、レジーナ。なんでバジルがドレスのクマであなたのが騎士服なの? 普通に考えて逆じゃない?」
「お兄様がいの一番にあのドレスのクマを選んだのよ。私は男の子でも女の子でもどっちでもよかったの」
そんなにこだわって選んだと言う割に、バジルがあのクマで遊んでいるのを見たことがない。
新品同様の綺麗さで、彼の部屋のガラスキャビネットの中にしまわれたままだ。
私はバジルのクマに少し同情した。
構ってもらえないぬいぐるみと、顧みられない王妃。
ただの飾り物になっているクマが自分と重なる。
私はただの飾り物になる気など毛頭ないけど。
そして、ついにそのチャンスが訪れたーー




