3. 家族会議
ダリウスは王家の可愛い可愛い末っ子である。
王家には三人の子供がいる。
一番上が王太子バシリウス。
二番目が王女レジーナ。
そして三番目がダリウスだ。
王太子である兄は幼い頃から立派な王になるため、厳しく育てられた。
王女のレジーナも隣国との架け橋となるべく育てられた。
二人とも幼い頃から婚約者がいる。
しかし末っ子に対しては国王夫妻も甘かった。
第二王子は、元気ですくすく育ってくれさえすれば良かったのだ。
ダリウスの存在は一家にとっての「癒し」。
幼い頃のダリウスはそれはそれは愛らしい子供だった。
なので、みんな惜しみなく愛情を注いだ。
可愛がられ、大事に育てられた第二王子は、とっても素直で優しい子に育ったのだった。
いや、正しくは素直すぎ、優しすぎる王子になってしまった、と言うべきか。
善良で人を疑うことを知らない天使のようなこの第二王子は人に騙されやすい。
そう、特に女性には。
兄である王太子には婚約者がいる。
言い換えれば、王太子は売約済みなのだ。
だから肉食系の令嬢たちはターゲットをダリウスにシフトする。
見目麗しく、性格も温厚。
優良物件この上ない。
物心ついた時からダリウスは貴族の令嬢とその親たちに狙われていた。
薬を盛って既成事実に持ち込もうとした令嬢も数知れず。
誘拐未遂も数回。
信じていた側近まで買収され、散々な目に遭っている。
心配した姉のレジーナが、いかに女性というものが嘘つきで、計算高いものかを話して聞かせた頃には、もう立派に女性恐怖症だった。
しかしそんな彼も十九歳。
そろそろパートナーを迎えて欲しいと家族は思っていた。
今日も父によって、夜会に無理やり引っ張り出されたダリウス王子。
会場に足を踏み入れた瞬間、令嬢たちにロックオンされ、恐怖で身がすくむ。
その場で回れ右をして一目散に逃げ出した。
そして庭の茂みに隠れていたところ、ピンクのドレスを着た令嬢が現れたのだった。
その令嬢はヨロヨロと歩いてやってきた。
もしかして具合でも悪いのかな?
善良なダリウスは心配になった。
茂みの中に隠れたまま、手を差し伸べるべきか迷っていたら、令嬢は誰もいないと思ったらしく、突然靴を脱ぎだしたのだ。
そしてヒョイっと片足で立ち、もう一方の足を噴水に突っ込む。
水の気持ちよさにうっとりする表情をしたかと思ったら、悪戯をする子供のような楽しげな表情に変わり……
ドキン!とダリウスの心臓が大きく音を立てた。
その瞬間、世界から音が消える。
聞こえるのは自分の胸の鼓動だけ。
ダリウスの目は彼女に釘付けになった。
無意識に……吸い寄せられるように近づいていく。
バランスを取りながら楽しげに水飛沫をあげていた彼女は、ダリウスに気づくと目を見開いた。
クルクルと表情を変える、大きな紫水晶の瞳。
小さなさくらんぼのような、柔らかそうな唇。
(ああ……なんて可愛らしいんだろう)
胸がうるさいほど高鳴る。
目が離せない。ずっと見ていたい。触れてみたい
気が付けば、無意識に手を握っていた。
「き、君の名前を教えて……?」
(僕は何をしようとしているんだ?)
身体が、口が勝手に動く。
「い、いえ……名乗るほどの者では」
彼女が見せた迷惑そうな表情にダリウスはむしろホッとする。
普段は媚を含んだ肉食獣のような眼差しばかり向けられているから。
「もしかして……僕は君に一目惚れしたのかな……」
思わず漏れた自身の呟きでようやく自覚する。
(そっか。僕は一目惚れしたのか……)
顔が熱い。ドキドキして心臓が破裂しそうだ。
しかし次の瞬間、その可憐な令嬢はダリウスの手を振りほどく。
そして裸足のまま猛スピードで走り去ったのだった。
「速い……」
ウサギみたいだ。
そう、可愛くて足の速いウサギそのものだ。
「捕まえたい……捕まえなくては」
本能的にそう感じたダリウスは、令嬢が残した靴を片手に、熱に浮かされたようにつぶやいた。
この様子をこっそり見ていた人物がいた。
エルダの同僚、近衛騎士のカークとアランである。
彼等はエルダが一人になったのを見て、声をかけようと追って来たところ、上記の場面に出くわしてしまったのだった。
「おいどうする〜、なんかとんでもない展開になってんじゃん」
「ああ。俺てっきり自分はエルダを巡って、お前と争うことになるんだと思ってたけど……」
「新たな強敵出現ってとこだな」
「じゃあ、しばらくは共同戦線を張るってことでOK?」
そう言うと二人は手を握り頷き合ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「僕は昨晩、運命の女性に出会いました」
翌朝、ダリウスの突然の告白に国王一家の朝の食卓に激震が走った。
「!!!!」
国王と王妃、そして王太子バシリウスと王女レジーナの四人はフォークを持つ手を止めて固まった。
ダリウスは噴水での出会いをうっとりと語り始める。
「ピンクのドレスの金髪の令嬢が……?」
「靴を脱いで噴水で遊んでいた……?」
「逃げ足めっちゃ速い……と」
途中から四人ともその令嬢がエルダであることに気づき、目配せし合う。
「一目惚れとは言っても、お前はその令嬢のことまだ何も知らないだろう」
「そうよ。貴族とは限らないのよ」
「変わった職業についているかも知れなくてよ」
「ははは。おもしれー。俺は応援するよダリウス」
ダリウスは顔を上気させ訴える。
「たとえ彼女が平民でも……いえ、罪人でもこの気持ちは変わりません!」
その手には昨晩エルダが脱ぎ捨てていった靴が握られている。
「父上、おふれを出して下さい! この靴がピッタリ合う娘こそが運命の女性なのです。全国の娘にこの靴を試着させて回れば……」
「お、落ち着きなさいダリウス。何馬鹿なことを言ってるんだ童話じゃあるまいし」
「お願いです!! お触れを出していただけないのであれば、僕が自ら一軒一軒この靴を持って回りますっ」
「ダリウス落ち着け!」
レジーナがおもむろに立ち上がり、ダリウスの席まで歩いて行った。
そしてダリウスの手から靴を奪うと……
すとんーー
目の前で自ら履いてみせた。ピッタリである。
当たり前だ。エルダに貸した自分の靴なのだから。
「ぎゃあああ!! 姉上何するんですか!」
「落ち着くのよダリウス。夢みたいな事言ってないでちゃんと現実を見なさい」
レジーナは頭に花を咲かせているダリウスを優しく諌める。
「その令嬢は噴水で足を冷やしていたのでしょう? 靴が合わないからそうしていたのではないかしら?」
だとしたら靴がピッタリ合う娘を探しても無意味だ。
とりあえず静かになったダリウスだったが、うわごとのように
「で、でも他に手掛かりがなくて……あの子と結婚したい。僕の……ウサギちゃん……君は今どこに……」
とかなんとか呟いている。
やがてフラフラと自室に戻って行った。
「さてーー」
ダリウスがいなくなったところで、緊急家族会議が始まる。
「エルダという娘は第二王子の伴侶として相応しいと思うか、皆の意見を聞きたい」
国王が尋ねる。
「一介の軍人ではなく騎士なので、身分的には許容範囲ですわ。それよりもあのダリウスに好きな女性が……! 感無量です」
王妃は可愛い末っ子の成長に涙ぐむ。
「セキュリティを考えると好都合なのではないでしょうか。寝所の中でもずっと護衛がいるようなものですし、自分の身を自分で守れる妃と言うのも色々と安心です」
さすがは王太子。具体的なメリットを冷静に挙げる。
「さらに政治的にどこの派閥にも属していないところも今後のパワーバランスを考えると好ましいと思います」
「エルダと普段から一緒に過ごしている私としても、強く推します!」
対するレジーナ王女は人柄を強調する。
「エルダは裏表のない良い子です。ダリウスを騙し利用するような貴族令嬢に大切な弟はやれませんから!」
レジーナはダリウスを溺愛している。親以上に過保護なのだ。
「私が隣国に嫁ぐ前に、ダリウスの幸せをこの目で見届けたいのです!」
その言葉に皆シーンとなった。
レジーナの縁談は愛のある結婚とは到底言えるものではないからだ。
自分は政略結婚だけど、せめて弟には好きな人と結ばれて欲しいという王女の想いは痛いほどわかる。
皆レジーナの願いを聞き入れてあげたいと思った。
こうしてダリウスの恋を後押しする方向で話がまとまったのだった。
「しかし……一番の問題は、エルダ嬢のほうにその気がなさそうなことだな」
国王が腕を組んで考え込む。
「そこはダリウスに頑張ってもらいましょう。我々は二人が顔を合わせる機会を設けると言うことで」
王妃がグッと拳を握る。スイッチが入った証拠である。
続いて、エルダの正体が騎士であることをダリウスに明かすかどうかだ。
これには王太子バシリウスが強く反対した。
「絶対やめるべきかと。普段の色気のない格好を見たら百年の恋も冷めます」
と言うわけで、エルダの正体は明かさず、田舎の貴族と言うことにする。
「さっきのダリウスを見て思い出したの」王妃がふっと笑う。
「あなたたちが小さかった頃、お父様からぬいぐるみのクマをお土産に頂いたことがあったでしょう? あの時のダリウスとそっくりだったわ」
「あー」
バシリウスとレジーナも思い出した。
『クマちゃん、可愛い、好き』と呟きながら抱きしめて頬擦りしていた小さなダリウスを。
「大丈夫かなぁ、あのエルダって子」
バシリウスがつぶやく。
レジーナもその後のクマの末路を思い出し、不安になる。
バシリウスのクマは未だに新品のような綺麗さを保っている。
レジーナのクマはほどほどにくたびれた。
そしてダリウスのクマはーー
ダリウスの重すぎる愛を受け止め、寝ている時も起きている時も、外に出かける時も、旅行に行く時も、食事の時もお風呂の時も常にダリウスに連れ回された結果、汚れて擦り切れてボロボロになってしまった。
どうかダリウスの好き好き攻撃にエルダがドン引きしませんようにーーレジーナは心の中で祈った。




