38. 最終話: 赤髪の女騎士に贈るエール
今晩の夜会は第二王子の婚約者お披露目会。
「エルダ様、出来ましたよ。とってもお綺麗ですわ」
そう言ってブラシをドレッサーに置いた侍女は……フィービー伯爵令嬢。
あれからフィービーは侍女として王宮に奉公に上がったのである。
……と言ってもエルダの侍女ではない。
いずれラナが王太子妃になった暁にはラナの専属になる予定だ。
手違いで招かれたお茶会で、フィービーはラナに気に入られた。
猛獣同士、似たような匂いを感じたのかも知れない。
エルダのことが大好きと言う点においても気が合ったのだろう。
エルダはダリウスと結婚した後も騎士を続ける予定である。
それはもちろんエルダの希望でもあるが、それ以上にダリウスがドレスを着たエルダをなるべく人の目に触れさせたくないと騒いだせいでもある。
なのでエルダは今でも普段はボサボサの髪で顔が隠れるような格好をしている。
現在、エルダの主な任務は王宮の敷地のパトロールである。
ラナが王太子妃になったらラナの護衛に就任する予定だ。
始め、以前のようにダリウスの執務室内での護衛をしていたのだが、なんと言っても密室に二人きり。
ダリウスのイチャつきがあまりにひどく、『王宮の風紀を著しく乱し、政務に支障をきたした』ため、激怒した国王に担当を外されたのだ。
ドアの外で護衛をしていたカークとアランが鼻血を出したくらいだから、相当なものだったのだろう。
もしかしたら耐えきれなくなったカークとアランが国王に訴えたのかも知れない。
これに対してダリウスは猛反発した。駄々っ子のように暴れたらしい。
国王夫妻は呆れ返り、苦肉の策として「夜間の護衛」と言う代替案を与えた。
つまり、『就寝中の第二王子の安全確保のための護衛』と言う名目のもと、結婚前の二人が同じ部屋で寝起きすることを許したのだった。
「夜勤」扱いになっているため、午前中のシフトはオフだったりする。
国王夫妻、親切にも程がある。
なんだかんだ言って、末っ子には甘い両親である。
エルダが男性ばかりの近衛宿舎に住むことに反対していたダリウスは大喜びで、昼間はいい子になって真面目に仕事をするようになったとか。
レジーナとエイジャクスはすでに簡単に挙式を済ませ、向日葵宮で新婚生活をスタートさせている。
同じ敷地内に住んでいるため、レジーナはちょくちょくお茶を飲みに王宮にやって来る。娘を嫁がせた感じがしないが王妃は密かに喜んでいる。
レジーナは毎日とても楽しそうで、生き生きとした表情をしているので、この結婚は正解だったのだなとみんな温かい気持ちで見守っている。
「エルダ、支度は出来たかい?」
ダリウスがエルダをエスコートするためやって来た。
そして着飾ったエルダの姿を見ると、眩しそうに目を細める。
エルリアーナだった時は、ずっとレジーナ王女のドレスを借りていた。
その上、髪の毛はウィッグだった。
エルダの本来の美しさを100%表現しきれていなかったのだ。
赤い髪の毛先を巻き、ふわっと結い上げ、自分のためだけにあつらえたドレスを着たエルダは息を呑むほど美しかった。
全身をこれでもかと言う程ブルーグリーンとゴールドで飾り立てられている。
そうさせたのは言うまでもなく、彼女を溺愛している第二王子だ。
「感動だな。エルリアーナとエルダのいいとこ取りって感じだ」
今夜エルダが纏うのは以前ダリウスがエルリアーナ用に注文し、住所がわからず贈れなかったドレス。
光沢のあるブルーグリーンの生地にところどころ金糸で刺繍が入っている。
首元で誇らしげに輝くのはダイヤとオパールのネックレス。
何度も受け取りを拒否されたあの高級ネックレスだ。
その宝石の輝きに少しも引けを取らない、透明感のあるデコルテが眩しい。
嬉しそうに顔を赤らめているダリウスの視線がチラッとエルダの豊かな胸の膨らみをかすめたのをフィービーは見逃さなかった。
鮮やかな真紅の髪を飾るのはブルーグリーンの髪飾り。
以前、一緒に城下で買い物をしたあの髪飾りである。
「やはりこの髪飾りはエルリアーナの金髪より、エルダの赤い髪の方が映えるな。あの時も本当はそう思ったんだ……」
「あの時私はエルリアーナに嫉妬してました……」
「そうなの? でも僕は内心エルダにドキドキしてたよ」
ダリウスはたまらず、エルダのうなじにキスの雨を降らせる。
「ずっと君をこんなふうにブルーグリーンで着飾らせたかった」
ダリウスの呼吸がちょっと荒くなりかけたところで、フィービーがわざとらしく咳払いをした。
絶妙なタイミング。優秀な侍女である。
ダリウスは照れ笑いをしてエルダの手を取った。
「そろそろ行こうか」
「はい」エルダがにっこり微笑んだ。
「うっ……」
エルダの愛らしい笑顔にやられたダリウスが、またしてもガバッと抱きつこうとしたところ、フィービーが素早く阻止する。
阻止する動作も慣れたもの。二人の無限イチャつきループを断ち切るのも侍女の大事な仕事なのである。
フィービーに追い立てられるように出ていく二人を、キャビネットの上からクマのぬいぐるみが見送る。
薄汚れたボロボロのぬいぐるみは最近『クマちゃん』から『クマ様』に昇格した。
一部の人の間では『クマ神様』とまで呼ばれている。
『あのクマを持っていると両想いになれるらしい』そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのだ。
噂の出どころは言うまでもない、カークとアランである。
『殿下は別の女性と結婚を考えていたのに、あのクマを探しに出かけて行ったと思ったら、戻って来た時にはクマを持っていたエルダの虜になっていたんだ』と言いふらしだのだ。
しかも『俺たちはちゃんとこの目で見た』と、伝聞ではないことを強調するように。
根も葉もない馬鹿げた噂である。
実際、噂を聞きつけたメイドが数名、こっそりこのクマを手に取ってみたりしたが、何も起こらなかった。
でもーー
『クマちゃん』はダリウスの重く激しい愛情をこれまで一身に受けてきた。
全身がボロボロになって薄汚れるまで、とことん愛された。
あんなに愛されたら……ちょっとくらいぬいぐるみに心が宿ったりはしないだろうか。
そしてずっと自分を愛してくれた可愛い王子が、ある日目に涙を溜めて、初めて自分に助けを求めたーー
『クマちゃん……助けて。もう苦しくて死にそう……』
それを見て、なんとかしてあげたいと思ったりはしなかっただろうか。
クマちゃんがくずカゴに落っこちたのは果たして偶然なのか……それとも……。
やっと自分の後任を見つけたクマは、悠々自適の隠居生活に入る。
これからは自分に代わって、エルダがダリウスの愛を受け止めてくれるのだから。
温厚そうな見た目に反して、第二王子の愛情は肉食獣のように激しいことをクマちゃんは身をもって知っている。
おかげですっかりボロボロになってしまったけど、ダリウスに愛された日々は案外悪くはなかった。
だからきっとあの子も大丈夫ーー。
クマちゃんは自分と同じような服を着た赤い髪の女騎士に心の中でそっとエールを送った。
完
本編完結です。
後日、ラナと王太子の番外編を投稿します。
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