36. 憧れのお茶会と拉致されたクマ
「エルダ、今から中庭でお茶会するから来てね」
レジーナ王女に声をかけられ、エルダは頷いた。
久しぶりのお茶会。
お芝居ごっこで男性役をやって、令嬢たちと盛り上がっていたのがなんだか遠い昔のことのようだ。
あの時の自分はまだ恋を知らなくて。
令嬢たちが憧れのシチュエーションをエルダに演じさせ、頬を染めているのを不思議な気持ちで見ていたのだが……。
まさか似たようなことを令嬢役としてリアルに体験することになろうとは。
実際の恋はお芝居ごっこの何倍も甘くて。
そして……お芝居ごっこの何倍も切なく、苦しかった。
(いけない。気を抜くとつい思い出しちゃう。忘れないと)
エルダは軽く両手で頬を叩いて、気合を入れる。
そしてお茶会のテーブルを運ぶのを手伝うため、中庭に向かった。
使用人専用の裏口を出て、ゴミの入った木箱の横を通る。
……と、視界の隅に毛玉のようなものを捉えた。
エルダは足を止める。
ゴミと共に木箱の中にいたそれは
ーー騎士の服を着た、薄汚れたクマのぬいぐるみだった。
「クマちゃんが……ゴミ箱に……」
エルダは信じられない思いでそれを見る。
ふと騎士服を着たクマの姿が自分と重なった。
咄嗟に手を伸ばし、そのクマを掴むと、胸に抱き締め一目散に走り出した。
悲しくて。悲しくて。
胸をかきむしられるようだ。
エルダは走りながら涙をこぼす。
あんまりではないか。
とっても可愛がっていたはずのこの子。
キスの練習までしていたこの子は……
ダリウス殿下にとってはもはや『ゴミ』に過ぎないのだ。
ピカピカの綺麗な貴族の令嬢と結婚するから?
騎士服を着たボロボロの子など相応しくないと言うのか。
もう要らないと言うのか。
視界に入れるのさえ嫌なのか。
人の居ない鬱蒼とした日陰のエリアまで来ると、走り疲れたエルダは足を止めた。
そして抱きしめたクマに顔を埋めて号泣した。
こんなふうに捨てるなら、最初から優しくしないで欲しかった……。
ボサボサの髪の毛と荒れた肌……クマと自分の姿が重なる。
気まずそうにキスを避け、顔を背けたダリウス殿下。
心の中には別の女性がいると認めた殿下。
ーーお前なんかもう要らない
そう言われたような気がした。
「私たち……捨てられた者同士だね」
エルダがポツリとつぶやいた時ーー
「ク、クマちゃんっ!?」
焦った声がして、ガサリと茂みの間から人影が現れた。
◇◇◇◇◇◇◇
「レジーナ様、本日はお招きありがとうございます」
フィービー伯爵令嬢は緊張した面持ちで、レジーナ王女に挨拶をする。
自分がなぜ王女のお茶会に呼ばれたのか分からず、フィービーは戸惑っていた。
他のメンバーは皆王族と縁戚関係にある者がほとんどだからだ。
残念ながらフィービーの実家の伯爵家は何代遡っても王族との血縁者は居ない。
でも、戸惑いよりも好奇心が勝った。
会場を一目見た途端、不安など吹っ飛んでしまった。
(わぁ……素敵!!)
白いテーブルクロスが掛かったテーブルに並ぶ黄色いミモザ柄のティーカップはレジーナ自身がデザインして作らせたもの。
ポットやカトラリーは王室のロゴ入りのシルバーだ。
三段プレートに並ぶのは季節のフルーツをふんだんに使った一口サイズのスイーツたち。
色取り取りに光り輝く様は宝石さながらだ。
真ん中の段のプレートには甘くない食べ物が並ぶ。
塩味のパイ生地スティックやキュウリとクリームチーズのサンドイッチなどだ。
そして集まった令嬢たちのセンスと気品溢れる様子といったら!
くだらないマウントの取り合いや見栄の張り合いなどない、余裕のある令嬢たちばかり。
(こういうのを本物の淑女というのね……)
フィービーは感動した。
さすがはカロニア王国令嬢カーストの頂点に君臨するグループである。
なぜ自分が呼ばれたのかは分からないが、せっかくの機会だ。
真の令嬢のエレガンスの何たるかをじっくり学んで帰ろう。
今日はなるべく隅っこで観察に徹しよう。
フィービーのその目論みはお茶会開始から十秒で崩れ去った。
「皆様、ご紹介するわ。こちらフィービー伯爵令嬢……ダリウスと婚約を予定しているの」
レジーナがにこやかに口を開いた。
「…………はい?」
「今日は二人の馴れ初めをじっくり聞かせて頂戴ね」
ラナがにっこりフィービーに微笑みかけるも、その目は笑っていない。
フィービーも猛獣系だが、ラナはその遥か上を行く『百獣の王』クラスの威圧感である。
その瞬間、フィービーは自分がなぜ呼ばれたのかを察した。
お茶会に招待されるための条件は王族と縁戚関係にあたる者、もしくは…………
……縁戚関係になる予定の者だったのだ。
レジーナがキョロキョロと辺りを見回す。
「ダリウスも呼んだのだけれど……遅いわね……どこに行ったのかしら」
◇◇◇◇◇◇◇
第二王子の悲鳴を聞きつけたアランが急いでドアを開ける。
「殿下! どうしましたかっ」
「アラン大変だ!! 僕のクマちゃんが何者かにさらわれた!」
「は? えーと、あの汚いぬいぐるみですか? そんなわけないでしょう」
「だっていなくなったんだよ! 僕が姉上の所に行ってる間にこの部屋に入った者はいる?」
「メイドが掃除をして行きましたけど」
「ど、どのメイドだ!?」
「あ、ほらあそこにいます。おーい……ヘイ! ジェニー! マイベイビー!」
振り向いたメイドが頬を赤めた「アラン……。うふん」
「アラン、お前……」
「あー。大丈夫っす。カークとは事前にすり合わせして、相手が被らないようにはしてるんで」
何が『大丈夫』なんだか。ダリウスは眩暈がした。
「君! 僕の部屋のぬいぐるみを持って行かなかったかい?」
「はい、くずカゴに入っていたので、他のゴミと一緒に木箱に回収しましたけど」
メイドは答えながらも、チラチラとアランと粘着くような視線を交わし合う。
ダリウスはそんな二人には目もくれず、裏口に置いてある木箱目指して走り出した。
……と、思ったけど一瞬だけ足を止めて振り向く。
「おい、お前たち! 僕の執務室でイチャつかないでね? 無断で入ったらクビにするよ」
そう言い残して、再び走り出した。
残されたアランは不満げに頬を膨らませたが、仕方なしにメイドの手を取って洗濯室の中へ消えて行った。
裏口を出ると、果たしてそこには八台の木箱が並んでいた。
ダリウスはその一つ一つを掻き回しながら探すも、クマちゃんの姿はない。
木箱にないとなると……。
急いで、焼却炉に向かう。
焼却炉は王宮の一番隅っこにある。
煙が出るため、周りには何も無い寂しいエリアにあり、王族は滅多に立ち入らない。
焼却炉を管理している使用人に確認した所、今日はまだ燃やしていないとのこと。
ダリウスはホッと胸を撫で下ろし、今日の焼却作業は一旦停止にするよう命じた。
(おかしいな。どこに行ったのだろう?)
ダリウスは首をひねる。
(もしかして誰かが持って行ったのかな。使用人の子供あたりか……)
王宮に戻って使用人に聞いてみよう。
そう考えながら、茂みを抜けるとーー
誰かが行方不明になったクマちゃんを抱きしめながら泣いているではないか。
赤い髪の毛を無造作に結いて、白い近衛の制服を着たその人は。
ダリウスが一目会いたいと願ってやまない最愛の女性だったーー。




