35. そしてクマ騎士は重い腰を上げる
レジーナ王女と婚約が決まったエイジャクスは国王夫妻に呼ばれた。
今後のことを話し合うために。
今後のこと、と言うのは結婚式をいつにするのか、新居はどこにするのかといったこと。
エイジャクスに嫁したらレジーナの身分は王女ではなくなる。
王宮を出て、外に屋敷を構え騎士団長夫人として暮らすことになる。
……はずだったのだが。
「何だって!? 貯金がゼロ!?」
エイジャクスの返答に国王は驚いて目を見開いた。
「はい……」
エイジャクスが叱られた子供のように肩をすくめる。
「そんなはずないだろう。近衛は高給取りだし、お前はそれに加え頻繁に戦闘部隊の助っ人に出向いていたではないか。特別手当が出ているはずだ」
危険が伴う騎士の給料は高給である。
エイジャクスほどの騎士であれば、ちょっとした宮廷貴族くらいの財産があるはずなのだ。
「近衛は制服支給ですし、住まいは宿舎で食堂も完備だったので……」
エイジャクスがゴニョゴニョ言い訳する。
(こいつに身内はいないはずだし……ギャンブル癖か? まさか女?)
国王は心配になった。
「……全額孤児院に寄付しました」
「は? 全額? 嘘だろう……」
「まあエイジャクス! あなたの慈悲深い施しの心に感動したわ」
「レジーナ様……」
国王は唖然として、目の前で無邪気に喜ぶ娘と、その横で嬉しそうに照れている極悪な面構えの騎士団長を眺めた。
「まあいい……騎士団長になると年俸もだいぶ変わるから、これから少しずつ貯蓄するようにしなさい。結婚はある程度蓄えが出来て屋敷が買えるようになってからだな」
「「えー!」」
国王の提案に婚約中の二人は異を唱える。
「お父様! そんなことをしていたら私はどんどん歳をとってしまいますわ!」
「陛下! 一つ屋根の下で暮らせないのであれば……私は騎士団長を辞め、再び近衛として日中はレジーナ様の護衛に……」
「お前たちやめないか!!」
国王は呆れて頭痛がした。
(エイジャクスの奴め騎士団長の仕事を何だと思っているのだ)
エイジャクスに騎士団長を辞められては困る。
「仕方ない。蓄えが出来るまで、お前たちは王宮にある離宮のどれかに住みなさい」
王宮内には大小様々な離宮がある。
どこでも好きな離宮を選ぶようにと国王は言った。
レジーナとエイジャクスは間髪入れず同時に答える。
「「向日葵宮を!!」」
「向日葵宮? あんな質素で小さい宮殿を?」
「「はい!」」
そして二人は顔を見合わせて嬉しそうに微笑み合った。
王妃はその様子を見て、レジーナとエイジャクス二人だけしか知らない理由があるのだろうと思った。
そして、娘の幸せそうな笑顔を見て目頭を熱くしたのであった。
レジーナとエイジャクスが王宮内の離宮に住むと知って、誰よりも喜んだのは王太子の婚約者のラナだ。
レジーナとは幼馴染で大親友であるラナは、これからもずっとレジーナと一緒にいられるのが嬉しくてたまらない。
「嬉しいわレジーナ。これからもずっと一緒にお茶会が出来るわね」
ラナはレジーナと王宮の温室でお茶を飲みながら嬉しそうに言った。
「うふふ。そうね。でも今後は主催者は王太子妃のあなたよ。私は呼ばれる側になるわ」
「エルダも今まで通り参加出来るわね! 私たち三人義姉妹に……」
横に立っているエルダに向かって言いかけてラナはハッと口をつぐんだ。
エルダとダリウスが結ばれていれば三人とも義姉妹になれたのだが……。
エルダは少し困ったように眉を下げる。
「……ダリウス殿下、ご結婚されるそうですね」
ガチャン!
レジーナとラナが同時にティーカップをソーサーに置いた。
「嘘! 本当に?」
「私は聞いてないわよ!!」
「殿下本人からお聞きしましたけど……」
(そして自分のことは諦めろと言われた……)
レジーナはしょんぼりと肩を落とすエルダが可哀想で、もらい泣きしそうだった。
(ダリウスったら……エルダのこと運命の女性だとか言ってたくせに。呆れたわ)
ダンッ!! ラナがテーブルを叩いた。
瞳が怒りで燃えている。ラナは導火線が短いのだ。
「レジーナ……その娘に会わせて」
「ラナ?」
「ダリウスのお相手よ。私たちと義姉妹になるわけでしょ、その子。この目で見極めてやろうじゃないの」
(可愛いエルリアーナを振ってまで選んだ令嬢とやらがどれほどのものか見極めてやる!)
エルダを可愛がっていたラナはギリギリと歯軋りをする。
(もし私が納得できないような子だったら……絶対にお茶会のメンバーには入れてやらないんだから!!)
こうしてフィービー伯爵令嬢はレジーナのお茶会に呼ばれることとなったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
静かな執務室に書類をめくる音だけが響く。
ダリウスは、マホガニーの大きな机に向かって黙々と仕事に励んでいた。
第二王子の執務室は全体が柔らかな若草色とベージュで
まとめられている。
机とお揃いの大きな本棚に所狭しと並ぶ古い本や書類。
その横には若草色の応接セットと寄せ木細工のサイドテーブル。
足りないものはないはずなのに。
何かが欠けている。
ーーああ、そうか。
窓際の隅に立ち、筋トレをする可愛らしい護衛騎士がいないのだ。
ドアがノックされ、清掃担当のメイドが花を入れ替えた花瓶を持ってくる。
応接セットのテーブルの真ん中に置くと、黙って出て行った。
ガラスの花瓶に無造作にいけられたピンクのマーガレット。
それが加わっただけで部屋中がぱあっと明るくなったのがわかる。
その花は否応なしにダリウスに最愛の人を思い出させた。
初めて花束を贈った時に見せてくれた弾けるような笑顔が脳裏に浮かぶ。
「エルダに会いたいーー」
机に肘をついて、組んだ両手に顔を埋めて呟いた。
再びドアがノックされ、今度は護衛のアランが顔を覗かせた。
「殿下! レジーナ王女から伝言です。至急お越しくださいとのことです」
「わかった、ありがとう。……なあ、アラン……」
「はい?」
「エルダは……元気にしてるかい?」
さりげなく聞いてみる。
アランは少し困った顔をして答えた。
「あー、エルダですか。正直元気ではないですね」
ダリウスの心臓がドキリと音を立てる。
「食欲もないらしくて、暗い顔してます。あの大飯食らいがですよ、信じられます? いつまで魔王のこと引きずってるんだ……って感じです」
(まだエイジャクスが忘れられないのか……はぁ〜……)
再び執務室に一人になったダリウスは失意で机に突っ伏した。
エルダにそこまでの印象を残すとは、エイジャクスは一体彼女に何をしたのだろう。
想像しただけで、嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
ダリウスは涙目で、そばにあったクマのぬいぐるみを掴み抱きしめる。
「クマちゃん……助けて。もう苦しくて死にそう……」
しばらくクマを抱きしめていたダリウスは、レジーナに呼ばれていたことを思い出し、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、クマを机の端に乗せると部屋を出て行ったのだった。
すると
執務室のドアが閉められた衝撃で……
クマのぬいぐるみがグラっと倒れーー
机の横にあったくずカゴに、ボスン! と頭から突っ込んだ。
トントン。カチャ……
先ほど花瓶を持ってきたメイドがハタキと雑巾を持って入って来る。
テキパキと掃除をし、次にくずカゴの中身を空けようとした。
「あら」
くずカゴにぬいぐるみが突っ込まれているではないか。
メイドは脚を引っぱってぬいぐるみをくずカゴから取り出した。
汚れてあちこちほつれている上に、ちっちゃな騎士服にはインクのシミまでついている。
「汚い……」
メイドは顔を顰め、それをゴミと判断した。
そして指先でつまむと他のゴミと一緒に、廊下に置いてある大きな木箱にぶち込んだ。
掃除を終え、執務室を出ると、メイドは廊下の木箱をガラガラと押して、外へ出す。
そしてまた別の部屋の掃除に戻って行った。
各部屋のゴミをまとめるための木箱にはハンドルと車輪がついている。
これで庭の片隅にある焼却炉まで運び、燃やすのだ。
ダリウスがレジーナ王女の部屋から慌てて戻って来た。
『今から一時間後に中庭でお茶会をするからあなたも顔を出しなさい。フィービー伯爵令嬢を呼んだのよ』
と言われたダリウスは二つ返事で了承した。
姉がフィービー伯爵令嬢と面識があったとは知らなかったが……正直どうでもいい。
それより、レジーナの護衛はエルダなのだ。
エルダも同席するのではないだろうか。
話は出来なくても、姿を拝めると思うだけで心が弾む。
会いたい。一目でいいから会いたいのだ。
(急いで服を着替えなくてはーー)
自分が一番かっこ良く見える服はどれだったかな、などと考えながら執務室の扉を開けたダリウスは机の上の異変に気づく。
(なんか机の上が広いような……?)
「…………っ……! クマちゃんっ!?」
執務室に第二王子の悲鳴が響き渡ったーーーー。




