34. 別れの記念のネックレス
「まさか魔王とレジーナ様が婚約するとはな」
近衛宿舎の食堂で朝食のオートミールを頬張りながらカークが言った。
アランは鶏胸肉のハニーマスタードソースのサンドイッチにかぶりつく。
マッチョなアランは鶏の胸肉が大好物である。
「なんてったって騎士団長だもんな。その身分に相応しい嫁が欲しくなったんだろう」
……実際は逆で、王女を手に入れたいが為に渋々騎士団長になったと言うのが正しいところなのだが。
「エルダより条件の良い王女に乗り換えたってわけ……か」
「だな。エルダも可哀想に……捨てられちまって」
「しっ! エルダが来たぞ」
エルダは一人で席に着き、スープとパンをだるそうに口に運んだ。
あまり食欲はないが、騎士は身体が資本。
自分の健康管理も仕事のうちだから頑張って食べる。
「うわー。振られ女の顔してるな」
「うん。少し前までの輝きが失われているな。痛々しい……」
カークとアランは憐れむような視線を送る。
悲壮感漂う今のエルダには気軽に声をかけられない。
カークたちの見解はほぼ合っている。
エルダが失恋の痛手から立ち直れないでいたことは事実だ。
しかしカークたちはある重要な一点において、大きく思い違いをしていた。
エルダの失恋相手はダリウス王子であって、魔王ではない。
朝食の後、エルダは国王陛下に呼ばれ、執務室へ赴いた。
「お呼びでしょうか」
「ああ。緊張しなくていい。楽にしなさい」
国王夫妻とバシリウス王太子、そしてレジーナ王女が揃ってエルダを迎える。
「この度のネバンドリアとの騒動ではレジーナをそばで支えてくれたこと、感謝する」
エルダは黙って軽く会釈した。
「今後のことなんだが……お前の希望通り、ダリウスの護衛から外し、再びレジーナの護衛を務めてもらおうと思う。それでいいな?」
「はい。ありがとうございます」
エルダはホッとする。
ダリウスと執務室で二人で過ごすのはとても無理だから。
「それと……」国王が少し決まり悪そうに続ける。
「ダリウスに、お前が令嬢のふりをしていたことがバレた」
「え!?」
「そうなのよ。どうやって知ったのかはわからないけど、あなたと夜会の令嬢が同一人物だと気づいたらしいの」
王妃はレジーナ王女が隣国に旅立った日に、ダリウスがすごい剣幕でその事実を確認しにやって来たことを話した。
「一応、脅迫状の件があったから、護衛として潜伏させるための極秘ミッションだった、とだけ説明しておいたわ」
なんてことだ!とエルダは思った。
(もう絶対ダリウス殿下と顔を合わせられない!!)
エルリアーナとの惚気話を語っていた相手が、本人だったと知ってダリウスはどう思っただろう。
そして一目惚れした令嬢の正体が、男の子みたいな薄汚れた騎士だと知った時はどんなにか恥ずかしい気持ちだっただろう。
自分とのことはダリウス殿下にとっては黒歴史でしかないはず。
好きな相手……フィービー伯爵令嬢に知られたら、キラキラ王子のメンツ丸潰れだ。
(騙していた私のこと恨んでいるかな……。怒るよね、普通)
(でも、バレる前に私を振ったことで、少しは体面が保たれるのかな)
「ごめんなさいね……私たちも……まさかダリウスが心変わりするとは思わなくて。残念だわ」
王妃は決まり悪そうにエルダに言った。
「いえ、元々殿下が他にお相手を見つけるまで、の任務でした。だから……無事任務を遂行できてホッとしています」
わざとビシッと騎士らしく『気をつけ』の姿勢で答えた。
単なる任務であった事を強調するかのように。
レジーナ王女は今ひとつ腑に落ちないものを感じていた。
ーーネバンドリアの王太子が現れたため、わからずじまいになってしまったけど。
ダリウスはあの時、何のために自分達を追って来たのか。
何のためにエイジャクスに勝負を挑んだのか。
いくら考えても分からない。
でも何かがおかしいと感じていた。
それからと言うもの、エルダはなるべくダリウスと顔を合わせないように気をつけた。
王宮内でダリウスがよく通る場所を意図的に避けて行動する。
令嬢のフリをやめたため、もうエルダが夜会に出る事はない。
お陰で、ダリウスとフィービー伯爵令嬢が仲良くしている姿を見ずにすむのは有難い。
きっと二人は夜会で仲を深めているに違いない。
以前自分と語り合ったあのバルコニーで。
(いけない……考えないようにしよう)
エルダは頭を振って、余計な考えを追い出す。
思い出してはいけない。辛くなるだけだ。
その日の護衛の仕事を終え、エルダはトボトボと宿舎に戻った。
噴水のある庭の中央は避け、舗装されていない小道を通る。
近衛宿舎の前に誰かが立っているが、薄暗くて見えない。
そのまま気にせず宿舎の入口目指して進むと、
「エルダーー」
エルダを待ち伏せしていたダリウスに声をかけられた。
しまった! 会いたくなかったが、時すでに遅し。
仕方なく、エルダは平静を装う。
「ダリウス殿下。お久しぶりです。どなたかにご用でしょうか」
「……君と話がしたくて、待っていた」
会うと辛いから会いたくないはずなのに。
ダリウスの顔を見た途端、何とも言えない感情が込み上げ、心のどこかで本当は会いたいと思っていたことに気付かされる。
「エルダは……エルリアーナだったんだな」
(やはりそのことか……)
「申し訳ありません。殿下を騙していたことお詫びします」
エルダは頭を下げる。
「え……いや。そのことはいいんだ……話したいのはそのことじゃなくて」
「……?」
ダリウスは少し迷ってから言いにくそうに口を開いた。
「君の好きな男は別の女性と結婚する」
「!!」
エルダは頭を殴られたような衝撃を受けた。
(ダリウス殿下……フィービー嬢と結婚を決意されたんだ……)
声が震え、言葉が出ない。
エルダは唇を噛み締める。
「……だから……その……君も彼のことは諦めて……別の男のことを検討してみてはくれないだろうか」
(エイジャクスは姉上と結婚するんだ。だから諦めて僕のことを考えてくれないか)
ダリウスがエルダを口説こうと考えていることなどエルダは知る由もない。
ダリウスのことを諦めろと言われたのだと受け取った。
「分かってます……ちゃんと諦めます。心配なさらなくとも、別に付き纏ったりしませんから!!
ダリウスはビロードの薄い箱を取り出し、おずおずと差し出す。
「あの……それで、これを君に……と思って」
それは以前エルリアーナに贈るために作らせたダイヤとオパールのネックレスだった。
バルコニーでエルリアーナに受け取りを拒否されたあのネックレス。
「それは……。私は……貴族の令嬢ではありません。そんな高価な宝石を頂く身分では……」
「エルリアーナにではなく、エルダに改めて贈りたい。君にもらって欲しいんだ」
(口止め料……?)
エルダの胸に苦いものが込み上げる。
(自分は別の人と結婚することになったから諦めてくれ、その代わりにこの宝石を手切れ金がわりにやるから……そう言うことなのね?)
堪えきれずに、エルダは涙をこぼした。
「だっ、大丈夫です。これまでのことは絶対誰にも言いませんから。……で、でも他の男性を薦めるのは……やめてくれませんか」
「エルダ」
自分が勝手に想うことすら迷惑だと言われたような気がして、エルダは悲しかった。
諦めるつもりではいるが、今すぐにと言うのは無理な話だ。
「は……初恋だったんです。キスも……は、初めてで。今は……他の人なんか……考えられません……もう私は恋なんて……したくないんです」
ダリウスは目の前で涙をこぼすエルダを愕然と見つめる。
(そんなにエイジャクスが好きなのか。僕が入り込む余地などないほどに……)
(エイジャクスとのファーストキスが忘れられない……僕のキスなんか……興味ないんだね……)
嫉妬で心がジリジリする。
「すみません……あの…私もう行きますね。さ、さようなら」
「すまなかった……君を泣かせるつもりはなかったんだけど……」
エルダが顔を覆って宿舎の中に駆け込んで行く。
すれ違い様に彼女から漂う、懐かしい甘い香りにダリウスの胸がぎゅっと締め付けられる。
ダリウスは項垂れ、ネックレスの箱を持ったまま、いつまでも立ち尽くしていたーー。




