31. 噛み合わない話
はやる気持ちを抑えながらダリウスは馬でレジーナ王女の一行を追った。
王女の馬車は王都の中心部を抜けた後、南に伸びるスーデンテ街道からネバンドリアに向かう。
ダリウスは人の多い中心部を避け、少々遠回りになるが、人通りの少ない道を行くことにした。
焦る余り、事故でも起こしては元も子もないからだ。
ーーああ早くエルダに会いたい。
会ってこの想いを伝えたい。
僕が好きなのはずっと君一人だけだと。
さっきまで悩んでいたのが嘘のようだ。
一片の曇りもない心で堂々と愛していると言えることが嬉しい。
彼女の心がもう僕にないとしても。
エイジャクスから取り戻してみせる、絶対に。
馬と馬車では圧倒的に馬のほうが速い。
ダリウスは程なくしてレジーナたちに追いつく。
行列は王都の中心部を抜けて、スーデンテ街道に乗ってすぐの所にいた。
「おーい! 止まってくれ!」
ダリウスは叫びながら行列に近づく。
先頭から二台目の馬車にレジーナと侍女が乗っており、その両脇を馬に乗ったエルダとエイジャクスが守っている。
王女の馬車の前と後ろに10名ずつ、戦闘隊の騎士が配置されている。
「ダリウス殿下!?」
「おい馬車を停めろ! ダリウス殿下だ!」
一行は突然現れた第二王子に驚くも、すぐに馬車を停めた。
「まあダリウス! どうしたの。何か忘れ物でもしたかしら??」
馬車の窓からレジーナが顔を覗かせた。
ダリウスは馬から降りる。
エルダのことを愛おしげに見つめた後、表情を引き締めエイジャクスの所に歩いて行く。
エルダに想いを伝える前に、もう一つ乗り越えなくてはならない壁があるのだ。
ダリウスは腰の剣を抜いて、エイジャクスに向けた。
「エイジャクス……。申し訳ないが彼女のことは諦めてくれないか。それが無理なら、彼女を賭けて僕と勝負しろ」
ダリウスはエイジャクスから恋人であるエルダを奪うつもりだ。
エルダがエイジャクスのことを好きだったとしても。
(どんな手段を使ってでも、誰に恨まれようとも、エルダを手に入れたいんだ……)
剣でエイジャクスに勝てるはずはない。
相手はプロだ。しかも折り紙付きの。レベルが違う。
でも時間無制限の持久戦で、片方がギブアップするまでなら……とダリウスは密かに考えていた。
エイジャクスはダリウスの言葉に青ざめる。
ダリウスの言う『彼女』はレジーナ王女のことだと思ったのである。
(殿下は国王陛下に言われ、自分を連れ戻しに来たに違いない)
(ダリウス殿下に負けたら、レジーナ様のそばにいることは諦めて、騎士団長になれ、と言うことか!?)
エイジャクスが密かにレジーナ王女に想いを寄せていたことがバレてしまったのだ。
絶望のあまり、エイジャクスはブルブル震え出した。
一方、エルダとレジーナはさっぱり話が読めない。
(彼女って誰? まさかフィービー伯爵令嬢をめぐる三角関係だったの!?)
エイジャクスはヨロヨロと馬を降り、ダリウスの前でガバッと地面に平伏した。
「エイジャクス?」
「私は何があっても彼女を諦めることなど出来ません」
「な……!」
予想外のエイジャクスの反応にダリウスは動揺する。
てっきり、余裕の表情で勝負を受けると思ったのに。
「殿下……お願いでございます。このまま見逃して下さい。もし、どうしてもそれが出来ないと言うのであれば……今ここで手討ちにして下さい」
エイジャクスは土下座をしながらポロポロ涙をこぼした。
ダリウスとエルダとレジーナはびっくり仰天する。
「彼女のお側に在ることだけが私の唯一の望みです。それが叶わないならば、生きることに何の意味がありましょう」
(イマイチ流れが読めないけど……魔王ったらそれほどまでにレジーナ様のことを)
エルダは感動した。
(エイジャクスにそれほどまでに想う女性が……何という深く尊い愛でしょう)
まさかその対象が自分であるとは夢にも思わず、レジーナも感動した。
そして泣いているエイジャクスが可哀想で、頭を撫でてあげたいと思った。
ダリウスは唇を噛んだ。
(そんなにエルダと一緒に居たいのか。でもなんで『お側』って『お』をつけるんだ?)
部下に対する言葉遣いにしてはやけに丁寧なのが気になるが、『騎士を辞めます』を『騎子野めマす』と書くようなヤツだから、そんなものなのかも知れないとダリウスは納得する。
「お願いでございます。この命に代えても彼女をお守りし、決して迷惑はお掛けしません。この剣に誓います……だから……」
エイジャクスは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死で訴える。
「わ、私は騎士団長になって多くの人を救うより……彼女の側で生きたいのです。だから……き、騎士団長には…なれません」
「ん? 騎士団長にならなくていいから、彼女のことは諦めて彼女の代わりにネバンドリアに行って欲しいんだけど」
「は? レジーナ様の代わりにネバンドリアへ……ですか? だ、誰が?」
「え? は? なぜ姉上が出てくる?」
「え? 私がどうかして?」いきなり自分の名前が出てきてレジーナは困惑した。
何かが噛み合っていない。
おかしい。
「ちょっと待ってくれ、何かおかしくないか?」
「ぐすん……ぐすん……同意です」
「おかしいわね」レジーナはエイジャクスにハンカチを差し出す。
「おかしいんですかね?」
四人が状況を整理しようと口を開きかけたその時ーー
「おお〜い!!」
「良かった〜! 追いついた〜!!」
手を振りながら、こちらに向かって走ってくる二つの人影が見えた。
見知らぬ男女がハアハア息を切らしながら近づいてくる。
「レジーナ王女だな?」
嬉しそうにレジーナ王女に近づこうとする見知らぬ男に、エルダとエイジャクスが同時にシャキーン!と剣を向けた。
「ま、待て、怪しい者ではない!」
ごく普通の平民のような服装をした若い男女である。
が。
エルダは、この男女にどこかで会ったような気がした。
男は息を整えると、粗末な服からは想像もつかないほど美しい所作でレジーナに向かってお辞儀をした。
「初めまして、レジーナ王女。ネバンドリアの王太子のマクシミリアンだ」
ネバンドリアのマクシミリアン王太子……レジーナの婚約者である。
「はあぁ?」
「おい何の冗談だ!!」
エルダとエイジャクスは激怒した。
ふざけるにも程がある。不敬だ。
「「……………………」」
レジーナとダリウスは無言だった。
そんな馬鹿なことがあるはずないと思いつつも、この青年の物腰から自分達と似たような匂いを感じ取ったからである。
粗末な服でも隠しきれない、高貴な生まれ。
王太子マクシミリアンかどうかは別としても、ただの平民ではないだろう。
「ほ、本当なんだ! どうしたら信じてもらえるかな」
男はしばらく考え、そして思い出したようにポンと手を叩いた。
「『カロニアの王女とネバンドリアの王太子との婚約を取りやめよ。さもなくば王女の身に危険が及ぶであろうーー』『ネバンドリア王太子とレジーナ王女との婚約は破棄した方が良いと思う』『カロニアの王女の婚約を一刻も早く破棄して下さい。お願いします』あの三通の手紙を出したのは私だ」
「……………………!」
あの手紙の文をここまで詳細に知っている者は限られている。
ネバンドリアの王太子であるかどうかは別としても、目の前の男が送り主で間違いないだろう。
「お前が犯人かぁ!!」
エルダが男の喉元に剣を向ける。
「エルダ・ラゴシュ、殺っていいぞ」
エイジャクスも頷きながらエルダにゴーサインを送る。
「ちょ、ちょっと待て! 話を聞いてくれ!!」男が慌てる。
「いいわ。お話を伺いましょう。まだあなたが王太子だと信じた訳ではないけれど」
エイジャクスがレジーナを守るようにサッと前に立つ。
「ありがとう」
男は優雅にレジーナにお礼を言い、語り始めたーーーー。




