22. 花束を君に
「すみません、見失いました」
「は!? ありえないでしょ!!」
ダリウスは綺麗な顔を顰めて、目の前に立つカークとアランとそしてエイジャクスを眺めた。
夜会の後、エルリアーナを尾行して住所を突き止めるという任務を与えたが、どうにも上手く行かない。
カークとアランから何度も「途中で見失いました」という報告を受けたダリウスは業を煮やし、エイジャクスを投入することにした。
しかし、そのエイジャクスまでもが失敗したのだ。
エイジャクスは折り紙付きの実力を持つ騎士である。
そのエイジャクスが普通に走っている馬車の尾行に失敗するなど考えられない。
「もう〜! エルリアーナに贈るドレス注文しちゃったんだけど、どうすればいいのこれ!」
ダリウスは執務室の一角に置かれた巨大な箱を指差す。
箱の中身はもちろんブルーグリーンのドレスだ。
エルリアーナの正体がエルダだと知っている三人はのらりくらりとダリウスの追求を躱す。
尾行したくてもしようがない。
だってエルリアーナは王宮内の近衛宿舎で寝起きしているのだから。
エイジャクスはチラリとエルダに目をやる。
(……全く、面倒なことに巻き込みやがって)
エルダは申し訳なさそうに肩をすくめる。
(す、すんません。ご協力感謝します)
エイジャクスとエルダがこっそり視線を交わし合っているのを見て、ダリウスの胸の中に苦いものが込み上げる。
エルダとエイジャクスが恋人同士であることを考える度、ダリウスは何とも言えない不快な気分になる。
考えなければいいのに、ついつい余計なことを想像してしまう。
だって、最近エルダがどんどん綺麗になっていくのだ。
気のせいなんかじゃない。初めて会った時はもっと少年っぽかったはずだ。
つぼみが花開くように、日毎に綺麗になっていく。
ふとした瞬間に見せる仕草や表情に、気がつけば目を奪われていることがしょっちゅうだ。
それがエイジャクスのせいなら、二人きりでどの様に過ごしているのか気にもなろうと言うもの。
(二人はどの程度の仲なのだろうか……まさか既に……いや……)
自分で勝手に想像して、苛つく……不毛だ。
エルダとエイジャクスのことを考えて苛立ったので、エルリアーナのことを考え、気を紛らわすことにする。
最近エルリアーナはよく笑ってくれるようになった。
夜会でダリウスの姿を見つけた瞬間の溢れるような笑みを思い出し、幸せな気持ちになる。
以前のように拒絶されることも無くなった。
嫌われてはいない……と思う。多分。
……住所も、家族のことも何も教えては貰えないけれど。
エルダとダリウスは執務室で二人で並んで筋トレに励んでいた。
最初の頃は騎士のハードな筋トレに全くついて行けなかったダリウスだったが、今ではエルダと同じメニューを難なくこなすようになっている。
筋トレしながらのおしゃべりはすっかり二人の日課になっていた。
ダリウスが失礼なことを言うと、エルダがムキになって怒る。
その時の尖らせた唇や、ぷうーっと膨らませた頬が可愛いなとダリウスは思う。
むくれるエルダの頬をつまむのが密かに好きだったりする。
白くてすべすべの頬は手の中で蕩けるほどに柔らかく、気持ちがいいのだ。
エルダを触る口実が欲しくて、わざとからかったり怒らせたりしてしまう。
「お菓子と髪飾りの次は……花でも贈ろうかと思うんだ」
プランクの姿勢のまま、ダリウスが絞り出すような声で言った。
「エルリアーナはどんな花が好きだと思う?」
「花……貰ったことがないので分かりません。花なんか貰って嬉しいんですかね? 腹の足しにもならないのに」
エルダは花を貰ったことも買ったこともない。
だから今ひとつピンと来ない。
ダリウスはびっくりして床に膝をついてしまった。
筋トレを中断してノロノロと床に座る。
「嘘でしょ……花、貰ったことないの?」
花は恋人へのプレゼントの定番中の定番ではないだろうか。
宝石は買えない人でも花なら買える。
気負わずに買えるので、平民から貴族まであらゆる階級の人に人気があるものだと思っていたのに。
(恋人なのに……エイジャクスに一度も貰ったことないのか?)
ダリウスはエルダが粗末な扱いを受けているような気がして腹が立った。
腹が立ったついでにエルダのほっぺたをむにっとつまんでみる。
「なにすんですか!!」
エルダが頬をつままれたまま眉間に皺を寄せた。
ダリウスはエルダの顔をまじまじと見つめる。
この前のエルダの泣き腫らした目を思い出した。
どう見ても幸せな恋をしているようには見えなかった。
(花の一つも贈らないような男のことが好きなのか? なぜもっと君を大切にしてくれる人を選ばないんだ)
(もしかして好きなのはエルダの方だけで、エイジャクスはそれほどでもないのかも?)
エイジャクスと別れてしまえばいいのに……と心の隅でちょっぴり思ってしまい、ダリウスは反省した。
その日の午後、ダリウスは一人王宮内の温室に向かった。
エルダが護衛として付いて来ようとするのを、適当な口実をつけて断る。
代わりにカークと一緒に行く。
温室には王宮全体を飾るほどの量はないが、王族が個人でちょっと楽しむための花が沢山揃っている。
バラ、アネモネ、芍薬……咲き乱れる色とりどりの美しい花々。
ピンク色のマーガレットのところで、ダリウスは足を止めると「ふふ」と微笑んだ。
「……エルダっぽいな、これ」
初々しくて溌剌としたエルダを思い出させる、ピンクのマーガレット。
アネモネのように大人っぽくもなく、芍薬のような豪華さもない。
だけど見ているだけで元気になれる可愛らしい花だ。
ダリウスはすぐ庭師に頼んで、小さなブーケを二つ作って貰った。
「はい。これあげる」
執務室に戻ったダリウスはエルダにブーケを一つ差し出した。
「その……エルリアーナに渡す花を取りに行ったついでだ」
エルダは大きな瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いた。
そして目の前のマーガレットのブーケとダリウスの顔を何度か交互に見てから、恐る恐る手を伸ばす。
瞳を輝かせ、ひとしきり手の中のピンクの花を眺めると……
嬉しくてたまらないと言ったように微笑んだ。
蕾が一斉に綻んだような笑顔だ。
その顔を見た瞬間、ダリウスの胸が音を立てる。
頬を染め微笑むエルダから目が逸らせない。
「知りませんでした……花をもらうのってこんなに嬉しいものなんですね」
ダリウスの心にじわじわと仄暗い喜びが広がる。
ーーエルダに初めて花を贈った男は僕だ。エイジャクスじゃない。
「何だか、女の子になったみたいな気分です!」
「はは。『みたいな』って、君は……」
ーー君は女の子だ。
ーー君はとても魅力的な女の子だ。
「……き、君はその花にちょっと似てるよ」
ダリウスは慌てて心の中の声を飲み込む。
「? どう言う意味ですかー?」
「はは。さあね」
「ストンとしていてボリュームがない感じが似てるんですかね?」
首を傾げるエルダがなんだか可愛くて、ダリウスはふざけてエルダの頬をつっついた。
「ねえ、エルダ」
ダリウスはずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「姉上に付いてネバンドリアに行くって言ってたよね。気が変わって、行くのやめにしたりはしない?」
「それは……」
「隣国へ行ったら、君の好きな人と離れ離れになるよ。それでも行くの?」
「……っ……!」
ダリウスの疑問はエイジャクスとのこと。
隣国に行くなら、なぜエイジャクスと付き合うのか。
今後はどうするのか。
「君の好きな人は、ネバンドリアに行くなとは言ってくれないの?」
「…………」エルダは悲しげに俯く。
ダリウスは心の中で落胆する。
『別に、あの人のことそこまで好きじゃないから平気です』
そんな答えを密かに期待していたからだ。
(そんなに奴のことが好きなのか……)
ダリウスは苛立ちがおさまらなかった。
(エイジャクス、好きなら引き止めればいいのに! 引き止めないなら手を出すべきではないだろう!)
エルダはエイジャクスに弄ばれているのではないだろうか。
少なくとも……大切にされているとは思えない。
なぜこんなにも心を乱されるのか分からずに、ダリウスはがむしゃらに筋トレをして気を紛らわすのだった。




