1. 色気ゼロの女騎士、令嬢デビューします
(な、な、何が起こってるのーー)
予想外の出来事にエルダの頭はパニック状態だった。
その日、カロニア王国の王宮では夜会が催されていた。
エルダが国王の命令で夜会に出席し、一仕事終えて中庭の噴水の所でくつろいでいたところ、それは起きた。
夜の王宮の中庭を照らすランタンと煌めく噴水の水飛沫。
そんなムードたっぷりの場所で、エルダはなぜか初対面の男性に手を握られているのである。
出会って数秒でいきなり手を握ってきたこの男性は第二王子のダリウス殿下。
王子は南国の海のような温かみのあるブルーグリーンの瞳を輝かせ、うっとりとした表情で、エルダを見つめる。
男性からこのような甘い絡みつくような視線を向けられるのは初めてだ。
どう対応すべきかわからない。
夜目にも眩しい白金の髪にすっと通った鼻梁。
少し幼さの残る優しげな顔立ち。
男らしく程よく締まった体躯。
ダリウスは女の子が思い描く理想の王子様そのものだ。
こんな見目麗しい王子にそのような視線を向けられれば、普通の令嬢であれば間違いなく瞬時に恋に落ちたことであろう。
……普通の令嬢であれば。
「君の名前を教えて?」
名乗るべきだろうか。エルダは一瞬考える。
「い、いえ名乗るほどの者では……」エルダは後ずさる。
ダリウス王子はめげずに距離を縮めて来る。
視線はエルダに固定されたまま、手を横に伸ばし、咲いているバラをポキリと器用に手折った。
その一輪のバラをエルダに差し出す。
「……僕は君に一目惚れし……」
(まずい…私のこと貴族の御令嬢だと思ってるよね、絶対……)
エルダの本業は騎士である。
平民出身の近衛騎士。
貴族の令嬢などではない。
この日はたまたま任務で令嬢に扮していただけ。
(近衛と知らずにナンパしちゃったことが知られたら……殿下のメンツ丸潰れでしょ)
エルダはダリウス王子に最後まで言わせず、手を振り解く。
そして着慣れないドレスの裾を掴むと裸足のまま走り去った。
騎士ならではの駿足で。
靴をうっかりその場に残したまま。
「ちょっ……待っ……!」
追いかけようにも、エルダはあっという間に遥か彼方に走り去ってしまった。
ダリウスは唖然としながら残された靴を手に、小さくなるエルダの背中を見つめてポツリとつぶやいた。
「なんと……ウサギのような駿足だ」
◇◇◇◇◇◇◇
時は六時間ほど遡る。
女騎士エルダはその日もお茶会で男役をやらされていた。
ごっこ遊びの男性役。
お茶会の主催者はレジーナ王女である。
エルダはレジーナ王女の護衛騎士なのだ。
王宮の中庭にセッティングされたテーブルには色とりどりのスイーツが並ぶ。
パステルカラーのマカロンや三層になっているベリーのムース。
女子会に相応しい、可愛い色合いのお菓子たち。
ティーカップアンドソーサーはレジーナ王女専用のミモザ柄の磁器だ。
スイーツの間に添えられたフラワーアレンジメントも可愛い。
ピンクのガーベラとスイートピーを中心に、清楚で可憐な感じにまとめられている。
周りにはスイーツに負けないくらい華やかなドレスを纏った令嬢たち。
皆、レジーナ王女の仲良しの、家柄の良い令嬢だ。
TPOをちゃんと弁えている彼女たちは昼間から華美な宝石など身につけない。
各自花やリボンなどを工夫しておしゃれに着こなしている。
そんな中で、女騎士相手にお芝居ごっこが繰り広げられていた。
乙女の妄想200%の疑似恋愛。
知らない人に見られたら恥ずかしさで死ねるくらいの、仲間内での秘密の遊び。
「エルダ、次は私の番ね! 『この命をかけてあなたを守ります』って言いながらお姫様抱っこしてちょうだい。騎士様っぽく」
「いいっすよ〜」エルダはカップケーキを丸ごと口に放り込んで飲み込んだ。
エルダ・ラゴシュは半年前に騎士団の入団試験をパスして田舎から出て来た。
騎士に叙任されたばかりの新米女性騎士である。
近衛に配属となり、日中は主にレジーナ王女の護衛を担当している。
ボサボサの真紅の長い髪を無造作に縄で括っている。
胸もぺったんこでパッと見は田舎の少年にしか見えない。
王都で生まれ育った近衛は皆、もっと垢抜けているものだ。
性格もほぼ男の子だ。
エルダには兄が三人いて、三人とも騎士である。
エルダも物心ついた時から剣を握っていた。
洋服はいつも兄のお下がりのズボン。
女の子らしい格好などしたことがない。
エルダは女の子としての自覚はゼロだった。
「姫! この命をかけてあなたを守ります! ……どっこらしょ」
エルダはレジーナ王女をお姫様抱っこした。
小柄なエルダだが、騎士として鍛えているのでこれくらい朝飯前だ。
「きゃー!!」
令嬢たちから黄色い歓声が上がる。
「はい!次は私の番よ!『君無くして、この王座になんの意味があろう』って言いながら顎をクイってして。王子様っぽくね」
公爵令嬢のラナがリクエストする。
ラナは王太子の婚約者だ。
「かしこまりました」
王女の友人の超名門の令嬢たち。
彼女たちは親によって、異性との交流を厳しく制限されている。
恋人はおろか、異性の友人を作ることもご法度だ。
彼女たちは政略結婚の大切な駒だから。
結婚まで絶対に純潔を守らなければならない。
それでも年頃の女の子だから恋愛に興味はある。
普通の貴族や商人の娘たちは自由に恋愛を楽しんでいると言うのに。
自分達も素敵な男性にロマンティックなセリフを囁かれてみたい……。
誰かがふと、護衛のエルダを相手に恋愛のシチュエーションごっこをすることを思いついた。
少年のようなエルダはこの役に打って付けだった。
でも男性ではないので、親たちも安心だ。間違いなど起こりようがない。
皆この遊びにハマりにハマった。
だって彼女たちには青春がないのだから。
疑似恋愛で我慢するしかないのだ。
こうして、女騎士エルダは令嬢たちのアイドル的な存在となったのだった。
「『悪党め! 姫から手を離せ!』」
エルダが木から飛び降り、くるっとでんぐり返しをして剣を抜いてポーズを取る。
「きゃー」
「エルダ最高よ! かっこ可愛い」
令嬢たちは大喜びだ。
恋愛ごっこに飽きると、次はエルダの『餌付け』タイムだ。
「お菓子も食べなさい。これ美味しくてよ」
「エルダ〜こっちのムースも食べていいわよ」
エルダも美味しいお菓子をもらえて満足だ。
ガツガツ食べれば、食べ方が男らしいと喜ばれる。
(騎士の任務がこんなにぬるくていいのだろうか)
エルダは不安になる。……なりつつも菓子は食べる。
美味しいものに罪はない。
エルダは昔気質の騎士である。
それは彼女の実家がガチガチの軍人一家だからだ。
命を懸けて主君に仕える事こそが騎士の誉れである、と幼い頃から聞かされて育った。
エルダが生まれ育った地方は盗賊やら流民やらが多く、非常に治安が悪かった。
駐屯している騎士たちは日々身体を張ってならず者たちと対峙している。
古き良き時代の騎士道精神がまだ健在であり、その私生活はストイックだ。
田舎すぎて娯楽が何もないせいもあるが。
一方、都会の騎士はチャラい。
エルダのような古臭い考えの騎士はもはや天然記念物である。
特に王宮の近衛は貴族の子弟も多く華やかだ。
お洒落でカッコいい職業と認識されている。給料もいい。
女性にもモテモテで、騎士たちは非番の時は街に出て適当に息抜きしているようだ。
(だいたい、騎士服が汚れやすい真っ白っていうのがね……まるで舞台衣装だよね)
ちなみに戦闘部隊の騎士は黒い騎士服だ。
騎士になってから半年。
腰に下げた剣を抜いたことは一度もない。ただの飾りも同然だ。
「まあエルダ! またカップケーキを紙ごと食べたのね」
カップケーキに付いていた紙を剥くのが面倒くさくてそのまま食べていたら、レジーナ王女が気付いた。
人の世話を焼くのが好きな王女はせっせとエルダのカップケーキの紙を剥いてくれた。
「エルダ手が汚れているから、食べさせてあげる。はい、あーん」
エルダはこの面倒見の良い優しい王女が大好きだ。
心の中でレジーナ王女に忠誠を誓うエルダ。
勝手に一生仕えると決めている。
エルダがマカロンに手を伸ばした時、侍女がレジーナ王女を呼びに来た。
「レジーナ様、陛下がお呼びです。騎士の方と一緒にお越しください」
エルダとレジーナ王女がお茶会を後にして、国王の間に行くと深刻な顔をした国王と王妃がいた。
エルダの上官である、近衛隊長のエイジャクスもいる。
「実は差出人不明の手紙が届いてな」
国王が手に持っていた便箋をレジーナ王女に渡した。
そこにはわざと筆跡を誤魔化すような文字でこう書いてあった:
『カロニアの王女とネバンドリアの王太子との婚約を取りやめよ。さもなくば王女の身に危険が及ぶであろうーー』
レジーナはカロニア王国の王女である。
幼い頃より、隣国の王太子に嫁ぐことが決められていた。
そしてお輿入れが三か月後に迫っている今、突然こんな手紙がきたのである。
「こ、これは!? 脅迫状なのですか」
レジーナ王女が青ざめる。
「詳しいことはまだ何も分からない……」国王が眉間に皺を寄せる。
「直ちに調査いたします」近衛隊長のエイジャクスが国王に向かって頭を下げた。
「……で。今晩王宮で夜会が催される予定なのだが」
国王がチラリとエルダに目をやった。
「お前に令嬢に扮してもらい、会の間ずっと至近距離でレジーナの警護をして欲しい」
「え?」
王妃が説明する。
「急な事なので、出席者の身元確認が間に合わないのです」
王宮での夜会に参加出来るのは、招待状を受け取った家の者だけ。
しかし、その同伴者は誰でもいいのである。
平民の愛人や高級娼婦を伴って参加する人もいる。
同伴者の身元についてはノーチェックなため、不審者が紛れ込むことも可能なのだ。
夜会の会場となる大広間にも警備の騎士はいる。
ただ、邪魔にならないよう広間の四隅に控えるのが通例だ。
招待客のように広間の中央をうろつくことは許されない。
「近衛の中にも伯爵位以上の家の者が数名おります。事情を説明して客に扮して警護に当たらせます」
近衛隊長のエイジャクスがテキパキと警護計画を国王に説明する。
だったら自分は必要ないのではないだろうか?
エルダよりも男性騎士の方が腕も立つ。
その考えを読むようにレジーナがにっこり微笑んで言った。
「私は結婚前だから、特定の男性貴族とずっと一緒にいて噂が立つと困るの」
だから女性騎士が近くにいてくれると心強いのだと。
エルダは近衛になって以来、初めての任務らしい任務に胸が高鳴る。
爵位もなく、剣の腕も劣るエルダが近衛として採用されたのはこう言う時のため。
女性騎士は女性王族を至近距離で守るのに役立つ。
浴室や寝所など、男性騎士が入れない場所での警護も可能だ。
また、いざと言うとき姫君の替え玉になったり、侍女に扮して潜入したりと何かと重宝する。
「この任務、謹んでお受けいたします」
エルダは騎士の礼で国王に跪いた。
「レジーナ様ご安心下さい!」
エルダは胸を張った。
「レジーナ様に害をなす者は私がこの剣で……」
「何を言ってるのエルダ。帯剣は無理よ」
「はい?」
「だってあなたドレスを着て令嬢のフリをするのよ」
「え」
万が一の時にはレジーナ王女を守る盾となり、速やかに助けを呼ぶこと……それがエルダの役割だった。
「ドレスを着ると帯剣出来ないので?」
エルダはドレスと言うものを着たことがなかった。
なんならスカートタイプの服も寝巻き以外で着たことがなかった。
貴族ではなかったし、子供の頃から洋服は兄のお下がりばかりだったからだ。
「ど、どうしよう! そう言えば自分はドレスなんて持って……あっ、カーテンを腰に巻いてなんとかなるかも?」
「ふふ。ドレスは私の方でなんとかするから開会二時間前に私の部屋に来てちょうだい」
「二時間も前にですか!? 着替えなんて二分もあれば十分じゃないですか?」
かくして女騎士のエルダの『女の子デビュー』が決まったのであった。




