16. 髪飾りを買いに
「リボンをつけてくれたってことはさ〜? 髪飾りも受け取ってもらえるんじゃないだろうか」
ある日、執務室で書類を読んでいたはずのダリウスが突然言った。
「はい?」
上半身をひねる腹筋運動をしながら、エルダは第二王子を見た。
「エルリアーナにだよ。髪飾りを贈ってもいいと思う?」
「え……と………………」
受け取ってもいいのだろうか。少し迷う。
エルリアーナと言う架空の存在がこれ以上王子と関わってはいけないのではないだろうか。
そもそも自分の任務はダリウスが別のお相手を探す手伝いをすることだったはず。
「エルリアーナにブルーグリーンを身に着けて貰って、言い寄ってくる他の男共を牽制したいんだよ……」
「………………っ」
エルリアーナに対する独占欲を見せるダリウスに、エルダは心が浮き立つのを感じた。
「う、受け取ってもらえるのではないでしょうか。多分」
つい、肯定してしまう。
ダリウスが顔を輝かせる。
「そう思う? そうだよね? きっと受け取って貰えるよね。よし、では今から買いに行こう!」
そう言ってウキウキと立ち上がった。
「エルダ、選ぶの手伝ってくれる?」
こうして二人は城下に降りて、エルリアーナへの贈り物を探すことになったのだった。
王都の中心の賑やかな商業地区。
石畳の小さい丸い広場を囲むように様々な商店が並ぶ。
王家の紋章が付いた馬車が停まると、目ざとく見つけた野次馬が群がる。
中から第二王子が登場すると、歓声があがった。
「ダリウス王子! こっち向いて下さい〜!」
「王子! ぜひうちの店にお立ち寄りを」
「ダリウス様、うちの赤ん坊を見てください」
ダリウスは慣れた様子で、にこやかに手を振る。
所々でお年寄りや子供に話しかけたりしている。
カロニア王国の国民はおおむね王族に対して好意的だ。
特に二人の王子は若い娘たちのアイドルのような存在と言っていいだろう。
国王陛下譲りの白金の髪と、妃殿下譲りのブルーグリーンの瞳の第二王子。
別格のオーラを放つダリウスを前に皆興奮気味だ。
「ダリウス様〜!」
「キャッ! 触っちゃった!」
「わぁー髪の毛サラサラ」
「握手して下さい〜!」
あちこちから手が伸びて来て、ダリウスを触ろうとする。
「こら! そこ! 髪の毛をむしらないで!」
「あなたも! 許可なく触らない!」
護衛であるエルダが猿の群れのような女の子たちを追い払う。
(まさか女性から殿下を守るための護衛が必要だとは思わなかった)
可哀想に。ダリウスはもみくちゃにされている。
「もうそろそろいいかな……?」
キラキラの王子スマイルを顔に貼り付けたまま、ダリウスは小さく呟くと、突然エルダの手を握り、走り出した。
国民へのサービスタイムは終了。これから先はプライベートタイムだ。
(エルダの手、小さいな。ふふ……剣ダコがある……よくこんな小さい手で剣なんて握ってるな)
赤い髪をなびかせて隣を走るエルダを盗み見る。
(それにしても……足速いな。さすがは騎士だけある)
二人は猛スピードでいくつかの路地を走り抜け、無事人々をまいたのであった。
ダリウスは宝石店の前で足を止める。
以前エルリアーナのためにネックレスを作らせたあの高級宝飾店だ。
エルダがギョッとしてダリウスを止める。
「で、殿下! あまり高価なものは受け取って貰えないかもしれませんよ」
「え……でも安物だと僕の本気が伝わらないんじゃ」
「と、とにかく、高級すぎるものはやめましょう!!」
大人しくエルダのアドバイスに従うダリウス。
「うん。そうだね。また他の令嬢にあげて下さいなんて言われたら困るもんね」
……第二王子、ちょっぴり根に持っている。
庶民向けのアクセサリーを扱う小さな店に入ってみた。
やる気のなさそうなお婆さんが店番をしてる。
「色んな形のものがあるんだね。僕、女性の髪飾りなんてよく分からないよ。エルダはどんなのがお勧め?」
「申し訳ありません。私も全然わかりません。持っていないので」
「えっ! 髪の毛長いのに。一つも持ってないの?」
「はい。いつも荒縄で適当に括っています」
「………………」
エルダの女子力の低さにダリウスは絶句した。
簪のようにまとめ髪に刺すタイプのものや、ブローチのように留金で挟むタイプ、コーム型、カチューシャなど様々な形状の髪飾りが所狭しと並ぶ。
ダリウスは一つ一つ手にとって眺め、首を捻る。
「実際につけた感じが想像できないな……エルダ、ゴメン。ちょっと髪の毛貸してくれる?」
そう言うと、つ……と手を伸ばし、エルダの髪に髪飾りを着けてみた。
「ああ、こうやって髪を纏める仕組みになってるのか。なるほど〜」
ダリウスは次から次へと髪飾りを手にとってはエルダの髪に着けた。
エルダの耳の後ろからそっと指を入れて髪を掬い上げる。
そして髪飾りでまとめて留める。
「…………!!」
ダリウスの骨張った大きな手が優しくエルダの髪をかきあげ、後頭部を這う。
思わずゾクっとして、エルダは心の中で悲鳴をあげた。
動悸が激しくなり、頬に熱が上る。
次にダリウスはうなじを撫でるように髪の毛全体を持ち上げ、クルクルと器用にねじって一つにまとめた。
(指先が触れるだけで、どうしてこんなにドキドキするのだろう)
エルダは真っ赤になって石のように固まった。
恥ずかしくて、くすぐったくて、もどかしい……そんな気持ちに戸惑う。
コーム型の髪飾りを複数挿し、ダリウスは満足そうに頷く。
「うん。可愛い。なんだか女の子がオシャレに夢中になる気持ちが少しわかる気がする。僕、なかなかセンスがいいと思わない?ほら」
そう言うとエルダを鏡の前に立たせた。
鏡越しにダリウスのブルーグリーンの瞳とエルダのアメジストのような紫色の瞳が合う。
「〜〜〜〜!!」
エルダは耳まで真っ赤だ。
(綺麗な瞳の色だな……ん? あれ?)
いつもは前髪が顔にかかっていてよく見えないエルダの瞳を、初めてじっくり見たダリウスは、ふと心に何かが引っかかった。
(紫水晶のような瞳……)
この瞳をどこかで見たような気がしたのだ。
が。どこだったか。気のせいか?
その後もダリウスは髪飾りをエルダの髪につけては外した。
最後に店の片隅にあった、ブルーグリーンのガラスの花があしらわれたバレッタを、ハーフアップにしたエルダの髪につけた時、ダリウスは感嘆の声をあげた。
「うわ、これ映える! 綺麗!」
エルダの真紅の髪色に明るいブルーグリーンの髪飾りはとても綺麗に映った。
鮮やかなコントラストがとても可愛らしい。
「いいな、これ。一番気に入った。これ買います!」
ダリウスは即購入を決め、店員を呼んだ。
エルダの髪から外して、店員に手渡した時、ダリウスはハッと気づく。
エルリアーナの髪は金髪だったと言うことに。
赤とブルーグリーンのコントラストが映えるのはエルダの髪であって、エルリアーナではない。
エルダの髪にあまりに似合っていたので、いっそのことエルダにプレゼントしようかとも思ったが、思い直した。
自分の色を贈るのはまずいだろう。
だってエルダには好きな人がいるのだから。
そのことを残念に感じている自分にハッとする。
……ダリウスは慌ててその考えを打ち消した。
無事に髪飾りを入手し、二人は店を出る。
「せっかくだから街を見て回りたい。もう少し付き合ってくれる?」
「はい。承知しました」
エルリアーナに軽蔑されない為、と言う極めて不純な動機で仕事を頑張り始めたダリウス。
これまで適当に眺めるだけだった書類や資料も、真面目に目を通すようになると案外興味深かった。
つい数日前にも王都が抱える様々な問題の報告書を読んだばかりだ。
治安、衛生、公正な商業取引……王都にはまだまだ改善しなくてはならない部分が多い。
城下に降りたついでに、現状を自分の目でも確認したい、とダリウスは考えた。
王都の中心には円形の広場があり、そこにはカルマン百貨店を始め、高級ホテルやレストランなど風格のある堂々とした店舗が並ぶ。
広場から放射線状に通りが何本も伸びている。
真北に伸びる一際大きな通りは王宮へと続く目抜き通りだ。
広場の北側は主に行政機関や貴族のタウンハウスなどがある。
南側が主に商業地区だ。
賑わっている通り、寂れている通り、再開発が予定されている通り……ダリウスとエルダはじっくり歩きながら見て回った。
「兄上の再開発計画に賛成したけど、既存の店舗の地下に住んでいる貧しい人たちがいるとは知らなかった……あの人たちどうなるのかな。書類上では分からないこと、色々あるんだね。勉強になるよ」
「殿下、この辺り街灯が少なくありませんか? 私がスリだったら間違いなくこの辺りに逃げ込みますね……」
「このエリアの警備隊のパトロール頻度を上げた方がいいな。今度提言してみよう」
自分の足で歩くことで、この街が抱える問題を肌で感じられた。
王宮の中で臣下からの報告を聞いただけでは見えない課題や発見。
思いもかけず有益な視察になり、ダリウスは深い満足を覚えた。
「本当にこれまでの僕は子供だったんだな。王族としての責務も果たさず、ただ家族に守られてぬくぬくと過ごすだけで……エルリアーナに軽蔑されて当然だ」
ダリウスは眉を下げて、肩をすくめた。
「エルリアーナにビシッと言ってもらえて良かった……いつか彼女に認めてもらえるよう頑張らないと……」
そう自分に言い聞かせるように呟く第二王子の顔はなんだか大人びて見える。
いつもとは違うダリウスに、エルダはちょっぴりドキドキした。
治安の悪いエリアを二人無言で歩いていると、
「ーーお兄さん、占いやっていかないかい?」
不意に誰かが声を掛けてきた。




