10. 第二王子は決意する
翌日、エルダは恐る恐る出勤した。
昨晩の夜会でダリウスに酷いことをたくさん言ってしまったので、顔を合わせるのが怖い。
想いには応えられないけど、だからと言ってダリウスを傷つけたいわけではないのだ。
執務室に入ると、隅っこの安楽椅子に第二王子が小さくなって座っていた。
目が少し赤く、クマも出来ている。
(うわぁ……。これ多分泣いたんだろうな……)
天使のように綺麗な容貌のせいか、痛々しさに拍車がかかっている。
しょんぼり項垂れる様子はあまりに哀れで、レジーナ王女でなくても駆け寄って抱きしめてあげたくなるほどだった。
(だ、だって、だって! 殿下が好きなのは私ではなくて実在しないエルリアーナだもん)
エルダは罪悪感で胃が痛くなった。
(それに私は騎士としてレジーナ様と隣国に行っちゃうんだから仕方がないじゃない)
「……悲しい……」
ダリウスがポツリと掠れた声で呟いた。
(〜〜〜〜〜〜!!)
もう可哀想すぎて見ていられない。自分のせいだけれども。
「で、殿下の良さを理解できない女なんてもう忘れましょう? ね? もっと優しい女性がたくさんいますって」
「……僕の見た目が好みじゃないんだって……」
「で、殿下はハンサムですよ! 世間一般の女性は皆殿下のような男性を好みます」
「プレゼントも……受け取ってもらえなかった……。僕の……瞳と同じ色の宝石を身につけてもらいたかっただけなんだ……高価なもので釣ろうとかそんなこと考えてなかった……」
瞳の色……そうだったのか。
エルダはますます罪悪感で居た堪れなくなった。
「で、殿下は素敵です! 何にも悪くありません! だから悲しむ必要なんてないんです」
自分で傷つけておきながら、何いい人ぶっているんだと、エルダは自己嫌悪に陥る。
ダリウスは少し驚いたようにエルダを見つめると、小さく微笑んだ。
「……ありがとう。優しいね、エルダ。でも欠点を指摘されたから悲しいんじゃないんだ」
「?」
曇った日の海のような色になってしまった、ブルーグリーンの瞳にじわっと涙が浮かぶ。
「他の女性を勧められたことが……一番悲しかった……。エルリアーナのために作ったネックレスを僕の手で他の女性にあげろって……ちょっと酷いよね?」
そう言ってグスンと鼻をすすった。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ〜!!)
嫌な女を演じるためとは言え、酷すぎる行為だとエルダも心の中で猛省する。
ダリウスはため息をつくと、また無言になった。
そしてしょんぼりと椅子の上で膝を抱えたまま動かなくなる。
そのまま時間だけが経過する。
エルダは針の筵に座っているような気分だ。
そのまま数時間が経過しーー。
正午になり、ドアの外で護衛騎士のカークとアランが交代する時間になる。
ダリウス王子が何かを決意したように、おもむろに立ち上がった。
ドアのところに歩いて行き、外にいたカークとアランに声をかける。
「二人に頼みがあるんだ」
「カーク、今日の午後、城下に行って女性に人気のある菓子を、ありったけ買ってきて欲しい」そう言って、金貨の入った革袋を手渡した。
「菓子……ですか。わかりました」
「そして、アランーー」
ダリウスはマッチョなアランの身体を上から下まで眺め回す。
「筋力をつけるためのトレーニングメニューを考えて欲しい」
「筋肉ですか??」
「ああ。なるだけ短期間で筋肉をつけたいんだ。指導してくれる?」
まさか私が昨日言ったことを真に受けて!? エルダは驚愕した。
あれは本当に筋骨隆々がタイプだったわけではなく、わざと言ったのだ。
次にダリウスは「兄上に相談したいことがある」と言って、王太子の執務室を訪ねた。
そしてしばらく王太子と話をしてから、大量の資料を抱えて戻って来たのだった。
ダリウスは執務室の机に座ると真剣な顔で黙々と資料を読み始める。
さらにカークが城下からおびただしい量の菓子を抱えて戻ってくると、今度は菓子を食べながら再び資料を読み始めた。
マドレーヌ、フィナシェ、ガレット、サブレ……お店が開けそうなくらい大量の菓子。
ダリウスはそれらの包みを次から次へと開けて、口に運ぶ。
「で、殿下! まさか失恋のせいでやけ食いをなさっているので?」
エルダが尋ねると、ダリウスは眉間に皺を寄せる。
「失礼だね。まだ失恋と決まったわけではないでしょ」
文句を言いつつも、ダリウスはどこか吹っ切れたような様子だ。
「好みのタイプが僕とは違うってだけで」
「それを普通は振られたと言うのでは」
「好みのタイプになればいいだけの話だ」
「えっ!?」
ダリウスはエルリアーナの好みのタイプになることを決意したようだ。
「で、殿下って諦めが悪い人だったんですね……」
「諦められないんだから仕方がない。だから頑張るって決めたんだ」
少し照れくさそうに笑うダリウス。
エルダの計画はまたもや失敗だったようだ。
でも、元気になったダリウスを見て正直なところホッとした。
人の心を傷つけるのは、傷つけるほうも辛いのだ。
「でもなぜ菓子を?」
「あー。宝石は受け取る方も負担だろうから、もう少し軽いものを贈ろうと思うんだよね。お菓子なら受け取ってもらえるかなって。夜会でも美味しそうに食べてたから」
マドレーヌを頬張りながら美しい第二王子は言った。
「……で、絶対に喜んでもらえるように、王都で一番美味しいと思えるお菓子を選ぶんだ!」
(で、自ら全て味見を!?)
なんて律儀な王子だろう。
エルダは何だか申し訳ない気持ちになった。
だって、エルダはそんな繊細な味覚の持ち主ではないのだ。
味の違いなんて分からない。
資料読みの合間にアランの指導の下で筋トレを行う。
「ええっ! エルリアーナ嬢の好みのタイプは筋骨隆々とした男性なのですか!?」
「うん。だから少しでも彼女の理想に近づきたいんだ」
ダリウスが筋トレを始める理由を聞いたアランは歓喜した。
(やっぱりエルダの想い人って俺じゃん!)アランはマッチョなのである。
近衛と言うこともあり、普段から女性にチヤホヤされているアランは非常にポジティブな性格であった。
エルダの好きな人は自分であると信じて疑わず、ウィンクを投げかけてきた。
「??」
困惑するエルダ。一体何の合図だろうと首を傾げる。
(へへ。カーク、悪く思うなよ。あ、エイジャクス隊長にもバレないようにしないと……バレたら殺されるな俺)
と一人浮かれるアランであった。
「僕さ〜女性を好きになったのは初めてだから、どうしたら喜んで貰えるかわからないんだ」
腕立て伏せをしながら悩みを打ち明けるダリウス。
「エルリアーナ、あんなに可愛いんだ。きっとたくさんの男に言い寄られてるんだろうな」
(いやいや、彼女は女性として認識すらされてませんって!)
殿下の目はおかしいとエルダは本気で心配した。
筋トレの後は再び菓子を食べながら真剣な顔で資料を読む。時にはメモを取りながら。
昨日までは頬杖をついてだるそうに書類をめくって、ろくに読みもせず眺めるだけだったのに。
「エルダ悪いんだけどさー、この資料兄上に返して来てくれない? で、領地の税収に関する資料20年分を見たいって伝えてもらえるかな」
ダリウス王子が読み終えた資料を抱えて王太子の執務室へ行く。
バシリウス王太子はエルダを部屋に通すと人払いをした。
「なあ、お前ダリウスに何か言ったのか?」
人がいなくなるや否やバシリウス王太子が興奮した様子でエルダに尋ねる。
「あのダリウスが! いきなり政務に関心を持ったらしく、教えてくれって言われて驚いたぞ」
「え?」
エルダの脳裏に昨晩の会話が蘇る。
『全力で仕事を頑張る男性が好きです。仕事に対してやる気のない人は軽蔑しますわ』
「……あ」
(まさかあの一言で!? 真剣に仕事に取り組もうと……)
ダリウスが読んでいたあの山のような資料はそう言うわけだったのか。
「俺がいずれこの国を治める時、ダリウスが右腕となって一緒に支えてくれれば、こんなに嬉しいことはない」
王太子は嬉しそうに微笑んだ。
「今まで、政務には消極的だったダリウスが自発的に……。あいつのやる気を引き出してくれたお前には礼を言う」
「………………」
(ダリウス殿下に嫌われようとしただけなのに。どうしてこうなった……)
その晩、国王一家は『祭り』状態であった。
「あの子に素敵なお嫁さんが来るだけでいいと思っていたのに、まさか政務にまで関心を持つようになるなんて……私嬉しくて」王妃は感激に瞳を潤ませる。
「私たちは今までダリウスに甘すぎたのかもしれん。危うく彼のやる気を潰してしまう所だった……やはりダリウスの傍らには彼女のような妃が必要だな」
国王も頷く。すでにエルダがダリウスの伴侶となる前提でいる。
「愛は少年を一人前の男性に成長させるのですね。感動ですわっ」
レジーナも大興奮である。
「この国の未来は明るいな! さあ、乾杯しよう!」
王太子は家族のグラスに自らワインを注いだ。
「カンパーイ!!」
可愛い末っ子の成長を皆心から喜び、祝杯をあげた。
こうしてエルダの作戦はことごとく失敗に終わっただけでなく、着々と外堀を埋められつつあるのだったーー




