短編 学校と勉強
「なーんかさ、学校って何? とか考えちゃったりするわけですよ」
始まった。話題が長時間途切れた時の突発的な疑問コーナー。この三人で解決するのが難しいようなお題を投げてくるけど、大体は途中で別の話題に切り替わる。話題を考えるための時間稼ぎみたいに考えてるのかな。そこまで考えてないような気もする。
ハジメが机から顔だけ上げて、うーんと悩むようようなうめき声を出す。眉根を寄せて半分だけ開けた目は、購買でカツサンドとコロッケパンを選ぶ時に見ているのと同じだった。
「学校なんて、勉強するための場所だろ?」
キラリが軽く準備運動するように背伸びした。他の生徒も徐々に教室から出ていき、口々にまた明日と挨拶をしている。そろそろうちらも帰るべと切り出したかったのに、先を越されてしまったというような感じだ。
「勉強するなら自宅でも出来るじゃん、学校に集まる必要ないよねー」
確かに、と私も相槌を打つ。集中できる環境でもあるし、何よりお菓子片手に教科書を読んだって誰からも怒られないし。じゃあ、学校に集まる理由ってなんだろう。
制服は私立だけあってかわいいし、自宅にプールがあるなんて銅冨さん家ぐらいだろうし。いや、あるという噂を聞いただけで見たことはないんだけど。でも、確かに一箇所で勉強する事に意味があるんだろうか。
私は、「友達作れ、ってことじゃない?」と話を続けてみる。キラリからは「お前もソッチ派かよ」と言わんばかりに軽く睨まれた。確かにもうそろそろ帰ろうかなって思ってたけど、ちょっと興味があるから続けたい。結論はいつもみたく出ないんだろうけど、ハジメが悩んだままだとロクな事にならないし。ストレス発散の為に暴走したり、その巻き添えを食らうのはごめんだ。
友達ねぇー、とハジメが私達の顔をまじまじと見つめてくる。うむ、と陶芸家がやりそうな素振りで腕を組んでから、「友達は確かに大事じゃよ」とどこか遠い所を目を細めながら眺めだした。そのまま意識が飛んでいきそうな程の沈黙があり、キラリの口から再開してやろうという言葉が紡がれる。
「学校、学園に来なかったら会うことも無かった、のかもな」
比較的小さな町で、たまたま歳が同じ。でももうちょっと中央に行けば公立の高校もあるし、進学率……だったかな、確かうちより少しだけ高かった気がする。
「じゃあ、勉強する意味って、何?」
えらく大きな議題を持ってきやがった。それは大人でも数日悩んでから子供に教えるような、私達が軽はずみな……放課後の気だるい時間、みんなが帰る気になるまでの話題じゃない。
「よく言われるのは、大学行っていい会社に入るため、とかじゃないの?」
質問を質問で返してしまったけど、言いたいことは伝わるはず。
「でもさ、親の家業とか畑を継いだりできるだろ。勉強しなくてもなんとかなりそうだよな」
キラリは筋力で解決できそうだし、と続けようと思ったけど。顔を見てみると意外にマジで言ってるみたいだから、黙っておいた。
二人の意見をしっかと受け止めた、と。人差し指を立てながら。
「あたしゃね、こう考える訳ですよ。知りたいから私達はココに居るんだと」
茶化すように、老婆のような口調でゆったりと語りだす。普段のハジメは文字通り馬鹿なんだけど、何かスイッチが入った時の言葉はずっしりと重たい。
そう、高校は義務教育ではない。でも周りが高校に行くから行っている。出来れば大学や専門学校に行って、いい条件の会社で働く。そんな当たり前と考えていた事自体に疑問を持ってしまったのね、今日は。時計を見るともうすぐ五時になろうとしていた。
「教科書って訳わかんない事ばっかり書いてあるけど、この時代ってどんなんだったろうなーとか妄想したり、この薬品とかどんな味なんだろうって思うじゃん?」
薬品の味って……たぶんそれは舐めちゃダメなやつの話だろうけど、ちょっとだけ分かってしまう自分もいる。食べちゃだめな毒キノコの味を研究者が調べちゃうのもそういうのが理由なのかもしれない。
「つまり、どういうことよ」
しっくり来なかったのか、キラリが軽くツッコミを入れてくれた。
「勉強も、学校も、きっかけを作るためのコウジツなんじゃないかな、ってさ」
少々舌を噛みそうになりながらもハジメは続ける。
「ゲームとかアプリのCMあるじゃん、見なきゃ知らないし。あーこれCMでやってた。インストールボタンをぽちってのも結構あるでしょ」
これにはキラリも私も同意見のようだった。あるあると軽くうなづく。
「高校の勉強とかもさ、CMなんだよ。こういうのもありまっせーと上の部分をすすすっとなぞって、もっと興味あったら大学でインストールしてねー、な感じで」
「そういうもんか」
「いや、あくまでアタシがそう思うだけで、先生に聞いてみたら『違う!』って怒られそうだけどさー」
CMというのは興味を持ってもらって、商品の購入などに繋げるための宣伝、って話を近代史の先生も言ってたし。お金をかけてもっと大きいお金を動かすための呼び水、人を呼ぶためのおいしそうな水ってところですね、と一人だけ笑ってたのを思い出した。
「興味を持ちたいという訳じゃなくここに来て、興味をもつ為の興味をもつ……ん?変な事言ってるな」
キラリが独り言を呟き始めた。だいたい、ここらへんでハジメがまとめにかかるはず。
「つまるところだよ、我々は学んで遊んで寝るために学校へ来て、これからゲーセンに行くのである!」
椅子をがたんと鳴らし急に立ち上がる。その音に、ようやくかよと愚痴りながら鞄を掴むキラリ。私も二人に合わせるよう、ゆっくりと椅子をしまった。
校門を出る頃には普段通りの、新キャラや新ダンジョンの話に切り替わっていたけど、ハジメは悩みを解決できたのかな。
馬鹿笑いしながらふらふら歩く二人を見つめつつ、もう少しだけこういう時間が続けばいいな、と見えない何かにお願いする。
きっと、ゲーセンに着く頃には忘れちゃうんだろうけど。