行方不明の少女
夕暮れ時の山道を、由香は俯きながら歩いていた。
三年二組の小道さんが、昨日から行方不明になっています──。
担任の先生の淡々とした声を思い出し、はっと胸の奥が苦しくなって立ち止まる。動悸をなんとか抑えようとしながら、由香は一度強く息を吸った。森と雨の香りがする空気が、ゆっくりと肺の中に入ってくる。由香は冷や汗を腕で拭って、もう一度山道を歩き始めた。
家のある集落への坂を下ると、そこには地域パトロール隊の車と人間が集まり、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。由香は人の合間を縫って歩きながら、自分の手足が震えていることを感じていた。
パトロール隊の車のすぐ横で、ふさぎ込んでいる大きな男がいた。由香は彼の前で立ち止まると、震える唇を開いて聞いた。
「綾ちゃん、どうだったんですか」
彼はゆっくりと顔を上げると、由香の方を見て静かに首を横に振った。
「駄目だった、パトロール隊の方が一日中ずっと探してくれたんだが……見つからなかった」
「警察や消防は……まだ来ないんですか?」
「この前降った大雨で道路が塞がれてしまって、来るのが遅れる……」
「それじゃあ、ヘリコプターは……」
「それも、土砂崩れの被害が大きいところが優先だと……」
そして彼はまた俯くと、静かに嗚咽を漏らし始めた。
「ごめんなさい、おじさん」
由香は彼に頭を下げると、踵を返して立ち去った。
人の多いところから少し離れ、由香は田んぼのあぜ道を歩く。つい昨日も通った道だ。そう、小道綾はこの辺りで──。
「あれえ、由香ちゃんじゃないの」
由香ははっとして振り返った。そこにいたのは、隣の家の農家をやっているお婆さんだった。
「よかった、私──」
連れ去られちゃうかと思いました、という言葉を飲み込んで、由香は
「綾ちゃん、心配ですね」
と続けた。由香は額に伝った冷や汗を拭う。お婆さんは困ったように笑った。
「昔この集落ではね、女の子がいなくなるなんて当たり前のことだったの。ヤマコが住んでる、って言われててね……。私も一度会ったことがあるわ。どうにか石碑を立てて納めたら、それ以降は全然出なくなったそうなの。それでね、私思うの」
お婆さんは背伸びをして、由香の耳に顔を近づけた。
「綾ちゃんは、ヤマコにさらわれたんじゃないかって」
由香の顔からさっと血の気が引く。全身の震えが最高潮に達した。
「ヤマコの石碑って、私たちの家から近いじゃない?それでね、今朝見に行ってみたの。そうしたら、石碑が倒れていたのよ。地面が掘り起こされていたから、風で倒れたはずないわよね?」
由香は張り付けた固い微笑で、
「え、ええ」
と返す。
「誰だか知らないけど、本当に罰当たりな人だわ。……じゃあね、由香ちゃん。気を付けて帰ってね」
お婆さんに手を振ると、由香は全速力で走り出した。脳裏にちらつくのは昨日見た綾の姿……そして、彼女の手を引く猿のような化け物の姿。
一瞬、体が宙に浮く。次の瞬間には地面に腹から叩きつけられる。口から思わず声が出た。
「私の……せいだ……」
由香の目に涙がたまる。由香は二日前のことを思い出していた。遊びに来た友達と山へ行き、ふざけてあの石碑を掘り返した。それがどんなものかも知らずに。
「では、あなたも連れ去ってあげましょう」
由香の耳元で、しわがれた声が響いた。由香がはっと顔を上げると、そこには確かに昨日見たあの化け物が、にやりとその皺だらけの顔をゆがませて立っていた。由香の顔面はより蒼白になり、唇は震えていた。由香が答える間もなく、その化け物は由香へと手を伸ばし──。
その後、由香の姿を見た者はいない。




