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83 ~新しい当主一族 後編~

「それで、父さんと相談したんだけど、翔が抱いていれば泣かないのだったら、翔には申し訳ないんだけど、面倒を見れる範囲で見ていてくれないかなって。翔のいたいところにいてくれて構わないから、ご飯の時間だけ、こっちに来てもらうことにはなるんだけど、お願いできないかな?」

「千明様たちの目の届かない範囲に連れて行ってしまって構わないということですか?」

「翔には、それぐらいの信頼を置いているから。僕も、父さんも」

「そう、ですか……。千明様は、それでも、構わないんですか?」

 少し不満そうな顔をしている千明様に話を振る。

「う、ん。その方が、良いって言うなら」

 千明様は曖昧に頷いた。

「なら、今日の夕飯の間だけ、少し試してみますか? もう少し先の時間にはなりますけど」

「うん。試してみて、それがダメそうだったら、父さんのところに行ってほしい」

「分かりました。お風呂とか、着替えとか、おむつを替えたりとかは……?」

「それは、千明から……」

 突然、泉ちゃんが泣き始める。

「えっと、おむつ替えだと思うから、そこに寝かせて。海斗は、どうかな」

 千明様は、俺に指示を出しながら、海斗君のおむつも確認している。

「どっちも替えたほうがよさそう。おむつはここにあるから、拭くのはこれで、袋はこれ。……見本見せた方が早いよね。ちょっと見てて」

 手早く千明様は先ほど指した三つのものを取ると、海斗君を布団に寝かせ、服のボタンをはずし、おむつを取り替えていく。手慣れた手つきだった。

  晴樹君や夏樹君のもやってたのかな。

「こんな感じ。泉の、やってみる?」

「やってみます。できたほうが良いですよね?」

「まぁ……、うん」

 冬馬様が来てから曖昧な返事をするようになった千明様を不思議に思いながらも、見様見真似でおむつを替える。さほど難しいことではなかった。

「うん。それで大丈夫。これで数時間は大丈夫だと思うから、ご飯、行ってきて。あ、晴樹と夏樹こっちに連れてきてくれると、嬉しい」

「分かりました」

「それと、翔君が食べ終わって、一息ついたら、こっち戻ってきてほしい」

「はい」

 そう言って、抱き上げた途端、泣き止んだ泉ちゃんを抱え、家に向かう。あまり来たことがないからか、あたりをきょろきょろしているが、どこまで見えているのだろう。

 家の玄関には靴が大量にあったが、彰や栞のものがなかったため、買い物に行っているのだろう。

「おかえー、えっ? 赤ちゃん? 誰の?」

 一番手前に座っていた稔が驚いた顔で俺を見上げる。稔の声を聞いてか、居間に座っていた兄弟たちも、外でバレーをしていた暁や傑まで俺を見る。

「当主様の」

「さっき、電話で言ってたのって、その子のことか?」

「そ。俺が抱いてないと泣き出す」

「……よく好かれるねぇ」

 望が途方に暮れたような声で言う。

「嬉しくないけどな」

「こっちに連れてきてよかったのかよ」

 興味津々の目をした暁が縁側にあがって来る。

「お試し。これで、泉ちゃんが何もなければ、俺が見ることになる。見れる範囲でな」

「泉ちゃんって言うんだ」

「もう一人いるけど、そっちは仏のような貴族のような感じで全く泣かないから、千明様が見てる」

「ふーん」

「それじゃ、何もできなくね?」

「最初はちゃんと抱いてないとだめだったけど、俺の顔が見えてる範囲では座らせたり寝かせても大丈夫そうだったから、まぁ、何とかなるよ。一番大事なところは千明様がやるし」

「あっそう……」

「ご飯は?」

「いつものメンバーが今買いに行ってる。何もなければ、そろそろ帰ってくると思う」

「そ」

「晴樹君と夏樹君は、もう連れて行っていいのか?」

「あぁ。お願いしたいって言ってた」

「了解。晴樹君、夏樹君。向こうに行こう」

「「はーい」」

 庭で暁たちと遊んでいた晴樹君と夏樹君が居間に上がってくる。

 稔の隣に座ると、ほとんど赤子を見たことがない兄弟たちは一目見ようと近寄って来る。それでも、俺に抱かれているうちは、全く泣かなかった。段々顔を歪めていってはいたが、泣き出す前に兄弟たちが解散したため、何とかなった。

 数分後には、買い物組が帰ってきて夕飯の支度がされていく。十数分後にはご飯がテーブルに並べられていく。

 胡坐をかいて座り、その上に、その片手と足で支えながら寝かせる。少し締め付けが弱くなったからか、俺の顔が離れたからかは分からないが、数分後には泣き出しそうな勢いである。

  ちゃんと抱いてないとだめか?

 時々ちゃんと抱きしめつつ、ご飯をかきこみ、夕飯を食べ終わる。食べている時間は兄弟たちの半分ぐらいだったのに、食べ終わった時間は俺のほうが遅かった気がする。少し食休みをした後、千明様に連絡をしてから食堂に向かった。

「どうだった? 大丈夫そう? お願いしても良い?」

 寝ている海斗君の横に座っていた千明様が俺に気付き、話しかけてくる。

「まぁ、多分大丈夫だと思います。周りに兄弟たちがいる分には何の問題もなかったです。ご飯食べるのには少し苦労しましたけど」

「じゃあ、これ、えっと、おむつと布巾と、ゴミ袋。これで、どこでもおむつ替えできるから。なくなりそうになったら、持ってきて。で、ミルクはこっちに来るのが面倒だったら、この紙に書いてある時間に、あげてくれたらいいから。哺乳瓶とミルクの粉も入ってる。作り方は、缶に書いてあるから、その通りに作って」

 色々入ったトートバッグを渡される。結構重い。

「良いんですか? 泉ちゃんに会えなくても」

 冬馬様や当主様ももう食事を終えているようで、当主様の部屋に三つの気配があった。

「私がいたところで、何も変わらないから、それなら、落ち着いていられる翔君のところにいてほしい。って、お父さんも冬馬兄さんも言ってたから」

「俺は、今、千明様の意見を聞いているんですけど?」

「……ご飯の時くらいは会いたい」

「じゃあ、哺乳瓶は大丈夫です。こっちに来ますので。あと、お風呂とか、寝るのも、千明様と一緒でもいいですか?」

「あ、えっと、お風呂一人ずつしか入れられなくて、その間、お父さんに見てもらっていたんだけど、着替えとか任せられるなら手伝ってほしくて……」

「手伝います」

「あと、哺乳瓶は、やっぱり持っててほしい。なんかあったとき用に」

「分かりました。……この後は、お風呂ですか?」

「うん。……準備してくるから、海斗のこと見ててもらえる?」

「良いですよ。待ってます」

 千明様は食堂を出ていき、数分後に戻ってきた。手には何も持っていない。

「お風呂、上だから、ついてきて」

 千明様は海斗君を抱き上げ、2階に向かう。一番奥の部屋がお風呂だったようだ。

「先に海斗から入れるから、泉抱いて待っててほしい」

 千明様はそういいながら、脱衣所に簡易的に置かれているベッドに、海斗君を寝かせ、足と腕の袖をまくる。そして、海斗君の服を脱がせ、お風呂の中に入っていった。

「中、見ててもいいですか?」

「あ、うん」

 千明様は海斗君にとてもぬるくしたシャワーをかけ、赤子用石鹸で体を洗っていく。すべてを流しきると、お風呂の中に少しずつ入れていく。

「本当は一緒に入ってあげるのがいいらしいんだけど、一人で二人見るのは難しくて……」

「分担、しますか?」

「もうちょっと成長して支えがあれば座れるようになったら、一人で入れられるようになるから、それまではお願いしたいとも思ったけど、お風呂の時間奪っちゃうのは……」

「俺は、カラスの行水なんで大丈夫です」

「……そうだったとしても、これ以上は、私がやりたいから、大丈夫」

「分かりました。じゃあ、俺は外で待ってます」

「うん。お願い」

 5分ぐらい浴槽につからせてから、お風呂から出てきて、手早く体を拭いていき、服を着せていく。まったくうんともすんとも言わず動かず海斗君はされるがままだった。

「分かってるんですかね」

「どうなんだろう。私は助かってるけどね」

 満足そうにしている海斗君を撫でている。

「次、泉やりたいんだけど……」

「離してみますか?」

「やってみようか。ここに下ろして」

 海斗君を寝かせている横に泉ちゃんを寝かせる。泣きそうな顔になっているが、まだ耐えている。

「俺、海斗君抱いてますね」

 俺が海斗君を抱き上げた途端、泉ちゃんが泣き始める。

「だめっぽいね……。やってみる……?」

「やってみます」

 海斗君を先ほどの場所に寝かせ、腕と足の袖をまくる。海斗君の横でずっと泣き続けている泉ちゃんの服を脱がせていく。

「ん、いいよ、入れて」

 先ほど千明様がやっていたように体を洗っていく。片腕で支えられるためか、結構やりやすかった。

  鍛えられててよかった。

 ずっと泣き出しそうな顔をしつつ泣かなかった泉ちゃんをお湯に浸からせ、数分間待つ。お風呂から上がらせ、素早く服を着せていく。

「良くできました。すごいな」

 そう言いつつ泉ちゃんを抱き上げる

「ありがとう」

 抱き上げると満足そうな表情になった泉ちゃんの頭を撫でながら千明様が言う。

「千明様がお風呂に入っている間、見てますよ」

 海斗君を抱いて、先を歩く千明様の後に続きながら言う。

「いや、このまま寝かしつけて、晴さんに見ててもらうから、大丈夫。その前に晴樹と夏樹にも入ってもらうし」

「晴樹君と夏樹君がよければ向こうで入れることもできますけど」

 振動が良いのか、泉ちゃんは寝始める。

「あ、それは、大丈夫。いつも晴さんが見てくれているから……」

 目の前にある当主様の部屋から、ちょうど晴さんが出てきた。

「晴樹君と夏樹君、お風呂入れようか。今どこにいる?」

「ご飯食べ終わって、多分部屋にいると思います」

「ありがとう」

「お願いします」

 千明様は少しだけ頭を下げ、晴さんはその頭を撫でて階段がある方に向かっていった。

 再び歩き出し、着いたところは小広間だった。

「ここに寝かせて」

 先程、海斗君が寝ていた布団だった。俺は言われた通り、泉ちゃんを寝かせると、寝ていたにも関わらずいきなり泣き始める。

  寝てるのに、すごいセンサーだな。

「もう少し深く寝付くまで、抱いていましょうか?」

「どうせ泣くから、大丈夫。頑張って寝かしつけるから」

「そうですか」

「今日はありがとう。また、明日も呼んじゃうかもしれないけど、その時はよろしくお願いします」

「遠慮せずに呼んでください。明日は、同じく一日休みなので」

「うん」

 俺は小広間を出て、食堂に置いておいたトートバックを自室に置いてから、家に向かう。風呂に入り始めているからか、何人かの靴がなかった。

「おかえり」

「カケ、明日の予定なんだけどさ、」

「先、風呂入ったほうがいいんじゃね?」

「ご飯、少し余ってるけど、食べるか?」

 一斉に話しかけられ、少し脳がフリーズするが、すぐに稼働し、それぞれの答えを導き出す。

「ご飯は、大丈夫。風呂は後で良い。先に、アユの話聞く」

 俺はそう言って、歩の隣に座る。

「明日の予定、さっき話し合ったんだけど、少なくとも、カオとシオは普通に学校あるから、いつも通り学校行く。で、二年の四人も明日は準備があるから、いつも通りの時間に学校に行く。俺とノゾは午後から卒業式のために学校に行く。これが、変えられない事項。で、午前中、俺とノゾは、当主様たちと一緒に記念撮影するだかなんだかって言ってたから、それに参加してくる。これは、確定事項」

「うん。で、俺たちは?」

「カケはどうするか知らないけど、体育館の予約を取って来たらしい」

「ふーん」

「朝、何時だっけ?」

「八時半。だから、いつも通りの時間より少し遅い時間に出る予定」

 話を聞いていた稔が応える。

「で、カケはどうする?」

「俺は、こっちに残る。色々やらなきゃいけないし」

「ツカはこっちに居ない方がいい?」

「あまり構えそうにないけど、それでもいいなら、こっちに居たらいいと思う。明日は、普通にしてたら昼食抜きそう」

「それはないよ。俺たちが昼までに帰ってくるから」

 縁側に座って夜風に当たっていた要がふわふわとした口調で言う。少し心が落ち着く。

「どちらにせよ、ツカは会社に行ってくれていた方が楽ではあるのか。じゃあ、そう伝えとく」

「お願い。そっちまで、手、回りそうにない」

「カケがそうなってるのは、大丈夫なのか?」

「大丈夫。休めば治る。それよりも、シオはどう? いつもよりテンション高いんだけど」

「そうか? 落ち着いてるように見えたけど」

 歩が首をかしげながら言う。歩は感情の読み取りが下手だから、あまりあてにしていない。

「カオは何も言ってない?」

「特に何も言ってなかったよな?」

「言ってなかった」

「言ってなかったよ思うよー」

「聞いてないな」

 稔、要、彰からも賛同を得られたため、多分、薫も気づいていないか、こちらでは栞が落ち着いていたかのどちらかだろう。

「ま、少し気にしてみるってことで良いな?」

「あぁ。それでいい。……アユの片づけは、進んでるのか?」

「着々とね。俺に触らせてくれない部分はどうなってるか分からないけど、俺が触れる部分はほとんど終わった」

 歩に訊いたはずなのに、望が応えた。

「そっか」

「うるさくしすぎたか?」

「いや、単純な疑問」

「あっそう」

 ほとんどずっと泉ちゃんを抱きっぱなしだったからか、いつもより疲れた腕の筋肉をほぐしながら、風呂に入り、寝た。


 翌日。

 いつもよりも少し遅い時間に目覚め、パパッと着替えてからスマホを持って屋敷を出る。家に向かっている途中でスマホの着信を確認すると、午前三時四十五分に千明様からメールが来ていた。

  明日、朝ごはん食べ終わって暇になったら小広間に来てくれませんか、か。これは、泉ちゃんずっと泣いてたか? 千明様、ほとんど寝れてないんじゃないか? でも、泣き声は聞こえなかったな。

 家につくと、いつも通りの時間に朝食は出来上がっているようで、司以外の全員が揃い、ご飯を食べていた。

「あー、ツカ起こしてくるの忘れたな」

「俺たちが戻った時に起こすから、良いよ。よそって食べな」

 皐が請け負ってくれたため、司のことは忘れ、朝ご飯をよそっていく。

「ねぇ、カケ兄さん。千明様から何か連絡ない?」

 空いているところが栞の隣しかなかったため、栞の隣に座ると、いつも通りの栞に話しかけられる。少しテンションがハイになっている方が、栞の身体的にもいいのかもしれない。

「来てた。ご飯食べ終わったら行ってくる」

「私もついて行っていい? 多分、朝ご飯、作れてないと思うから」

「あぁ、いいよ」

 特に話すこともなく、黙々と朝ご飯を食べる。途中で司もやってきたため、全員集合である。

「翔。今日、俺は、行ってきた方が良いんだよな?」

「うん。もう、ヘルプ来てたから、会社に行ってくれると助かる」

「了解」

 順番に食べ終わった人から、次の支度をするために屋敷に戻っていく。俺も食べ終わり、先に食べ終わって待っていた栞と共に、小広間に向かう。

「学校は、八時過ぎに家を出てるんだっけ?」

「うん。近いからね」

 あと一時間半はある。朝ご飯の準備くらいは手伝えるだろう。

 小広間の扉をノックすると、力のない千明様の返事が聞こえた。

「シオ、先に入れるか?」

 赤子って赤の他人として見る分には癒し何ですけどね……。

 翔も分からないなりに、千明を手伝おうと必死です。


 次回は、 卒業式の日 前編 です。

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