81 〜新しい当主一族 前編〜
「カケ兄、何したの? 栞があんなに上機嫌なのほとんど見たことないんだけど」
薫が小声で訊いてくる。
「やりたいことやって良いって言っただけなんだけどな」
「栞ってやりたいことあったんだ……」
「そこからかよ」
「だって、ほとんど自分の意見言わないから……。こっち来て、部屋決めした時も自分の意見言ってて驚いたんだけど」
「それは、カオが聞いてやらないからじゃないか?」
「言っていいとも、教えてとも言ってたんだけどな。意見」
「なら、カオに言ったところでできないと思ってたのかもな」
「頼りがいがないってこと?」
「まぁ、そうなるかもな」
「そっか……」
少し落ち込んだ表情になる薫とは反対に上機嫌の栞が振り向く。
「ツカ兄さんの仕事場ってどっち?」
「反対側の信号2つ行ったとこだ」
「はーい」
栞が俺の言った通りの道順で歩いていく。
「そんな落ち込むなって。シオもいろいろ考えてるんだろうし」
「僕は頼りないかぁ」
司を回収し、栞の行きたいと言っていた店に到着する。そこは、お菓子の専門店で、材料なども売っていた。外にはカフェスペースのようなところもあった。
「薫、こっち来て」
栞に呼ばれ、少し元気を取り戻した薫が引っ張られていく。店員に話しかけたいが、一人では話しかけられないからだろう。
「ここでお菓子買ったら怒られるかな。栞に」
司が店内に並んでいるお菓子を見ながら言う。様々な種類があり、どれもおいしそうである。
「そんなことはないと思うけど」
薫を壁に頑張って店員と会話をしている栞を見やる。結構時間がかかりそうだ。
「どうして?」
「食べたことあるお菓子が少なすぎて、話の中でお菓子の描写が一切描けないから」
「ふーん」
「作って、とは簡単に言えないよね」
「まぁ、そうだな。ここ、ツカの職場からも近いし、買いに来たらいいんじゃないの?」
「会社にはいつでもどこかのお土産が置いてあって、それ食べてるから、食べる暇が無い」
「後で訊いてみれば? まだ結構かかりそうだけど」
「それもそうか」
「外で待ってるって言っておけばよかったな。こんなに大きいのが2人もいたら邪魔だ」
「って言ったってねぇ、多分、今、栞に話しかけたら、パニックに陥る気がするんだけど」
「なるだろうね」
「どうする?」
「ま、なんかあったら、カオが何とかしてくれるだろ」
「そんなんで大丈夫なの?」
「弟のこと信用してないのか?」
「信用とか、信頼とかそういう話ではないと思うけど、カケが大丈夫って言うなら大丈夫か」
二人で外に出ると、追いかけるように女性店員が一人、店から出て来た。
「いらっしゃいませ。あの、お待ちになられている間、お飲み物はどうですか?」
「だって、どうする?」
司が俺を見て言う。
「どっちでもいいけど。飲めるものあるかな」
「何でも飲めるから問題ないよ。それよりも、俺が食べ切れなかった分、食べてくれる?」
「そんなに何か食べるつもりなのか?」
「食べられる機会に食べないでどうする」
「まぁ、何でもいいけど。じゃ、俺ここで待ってるから、適当に注文してきて」
「了解。行きましょう」
司と店員が店に戻っていく。店の中では、店員と一緒に薫と栞が見て回りながら説明を受けている。
はぁ、夕飯入るかな。
「買ってきた」
おしゃれなトレーにカップが二個とお菓子が四皿乗っていた。
「夕飯入らなくなるって」
「そんなことはないだろ。お前らの胃の容量どうかしてるし」
司はお菓子を1つもしくは一口ずつ食べて満足したのか、ほとんど俺に渡してきた。逆に飲み物はほとんどくれず、口の中が乾燥している。
「一口ぐらい飲み物頂戴」
「もう、全部飲んだよ」
「ひどくないかぁ」
俺が食べ終わると同時に店から紙袋を抱えた栞が出て来た。
「満足した?」
「うん」
とても満足そうな表情の栞が頷く。
「じゃ、これ片づけてくるから、先、帰ってて」
「ん」
俺は、家に向けて歩き出した三人を見送ってから、トレイを持って店の中に入る
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「ありがとうございました」
トレイを返し、三人の後を追う。すぐに追いつき、司の横に並ぶ。
「今日は、スーパー行くのか?」
「アキ兄さんと相談しないといけないね」
「カケたちって、明日休みなのか?」
「一年は休み。二年は準備があるから、朝行く必要がある」
「明日、会社行った方がいい?」
「別に、居てもいなくても変わらん」
「いや、どこか遊びに行くなら、会社行った方がいいでしょ」
「それは、ミノたちに訊いてみないと分からないなぁ。特に何の相談も受けてないし」
「そっか」
屋敷に帰ると、歩と望が帰ってきており、二人とも歩の部屋にいた。多分、歩の部屋の片づけをしているのだろう。そんなに物は持ってきていない上に、こちらでもほとんど物を買っていないにも関わらず、まったく掃除が進まないのは、歩のやる気がないからだろうか。
卒業式が終わったら、様子を見に行くか。
「シオは、明日からでいいのか?」
家の玄関で靴を脱ぎながら栞に訊く。薫は小説を取りに行くと言い、司は荷物を置きに行くと言って、二人で屋敷に入っていった。
「うん。……でも、こっちの冷蔵庫、入らない」
両手で抱えていた紙袋を見ながら言う。
「隣の家に入れておけばいいだろ」
「冷蔵庫、あるの?」
「ある。行こう」
「ん」
靴をもう一度履いて、隣の家に向かう。
「待ってるから、入れてこい」
「うん」
玄関で栞を待ち、速足で帰って来た栞と共に普段使っている家に戻る。
「んー、あまり食材ないかも……」
冷蔵庫を開けて栞が呟く。彰たちが返って来るにはもう少し時間がかかるだろう。
「俺たちだけで買いに行くか?」
「明日、カケ兄さんたちが昼間にいるんだとしたら、その買い物もいる気がするから、私の独断で買い物に行けないんだよね……」
「アキに連絡してみれば?」
「……でも、楽しんでるんだとしたら、申し訳ないから……」
「シオがそう思うなら、待ってるか。いつもよりは早く帰ってくると思うし」
「うん」
二人で居間のローテーブルに座っていると、小説を持った薫がやってきて、栞の横に座って読み始めた。
カオもカオでなんだかんだシオの横にいるのが落ち着くんだろうな。
俺も小説を取ってこようかと考えて言うと、スマホがが鳴った。ポケットから取り出して画面を見ると、千明様から電話がかかってきていた。冬休みを終えてからは電話を受けることもなかったため、少し驚く。
「はい、もしもし」
「もしもし、千明です。あの……」
間髪入れずに千明様が話し始めると、電話の向こう側から、赤子が泣いている声が聞こえた。結構激しめに泣いている。
赤ちゃんができたなんて話、一切聞いてないんだけど……。誰の子?
「あぁ、ごめん……。ちょっと待ってね……」
赤子に話しかけているのか、少し遠くで千明様の声が聞こえる。
「あの……、えっと、普段翔君たちのご飯作ってる方、誰か、いないかな? ちょっと、相談したいことがあって……」
「シオでもいいですか? 今いるのが、あと、アユとノゾになるんですけど」
「あ、うん。栞ちゃんが良い。小広間にいるから、来てもらえないかな?」
「わかりました。今から行きます」
「うん。お願い」
電話を切り、栞の方を向くと、栞も俺を見ていた。多分、名前が聞こえたからだろう。
「誰からだったの?」
「千明様。相談したいことがあるらしいから、一緒に来てくれるか? シオの意見聞けなくて悪いんだけど」
「ううん。千明様なら、大丈夫」
「そっか。ありがとう。カオ、一人になるけど、良いか?」
「僕は何でもいいよー」
小説からは目を離さず、薫が言う。栞と共に家を出て屋敷の小広間に向かう。小広間は大広間の向かい側にある、大広間の二分の一ぐらいの部屋だ。存在は知っているが、入ったことはない。
小広間の扉をノックし、中に入る。部屋の隅に千明様がわんわん泣いている赤子を横向きに抱いており、その横の布団の中にもう一人の赤子が寝ていた。千明様は少し疲れた顔をしている。
「来てくれてありがとう。座って」
栞と並んで千明様の前に座る。
「えーっと……、うーん、どこから説明したら……」
千明様はそう言って悩み始め、栞と俺はじっと待っていたが、数分経っても千明様から次の言葉が発せられなかったため、俺は口を開く。
「こちらから質問しても良いですか?」
栞は少し驚いたように俺を見た。
「あ、うん。お願い」
千明様は驚く様子もなく、力なく頷いた。
「冬馬様はどちらにいらっしゃるんですか?」
「お父さんの部屋にいるよ。優斗兄さんがそろそろ出て行って、お父さんのお手伝いは冬馬兄さんがすることになるから」
だから一緒に居ないのか。多分、冬馬様的には、こっちに居たいんだろうけど。当主様の手伝いは冬馬様にしかできない……というより、千明様にはさせられないか。
「では、この赤ちゃん二人は、どちらの子ですか?」
「私たちの弟妹。今年の一月に生まれた。生後三か月」
千明様は全く泣き止まない赤子を揺らしながら言う。相当体力が必要だろう。
「双子ですか?」
「うん」
「美佳様は、どちらにいらっしゃるんですか?」
「今は……、どこだろう……。多分、事務所にいるかな」
「ここのですか?」
「うん」
「何かあるんですか?」
「明日の優斗兄さんの卒業式が終わったら、全国の相川家を回ることになってて」
「なるほど」
それで、千明様がみてるのか。
「今日から私が見ることになってるから、帰ってきてから面倒見てたんだけど、うまくいかなくて」
大体読めて来たな。
「晴樹君と夏樹君は……?」
「二人は、今、晴さんが迎えに行ってて……」
「俺たちにやってほしいことは何ですか?」
夕飯の準備と、晴樹君たちの迎えと、二人の面倒を見るあたりか?
「えっと、夕飯の準備を手伝ってほしくて……。晴樹たちのお迎えは晴さんに頼んでるから、良いんだけど……」
「夕飯の準備とは、具体的にどのような?」
「私が作っている間、二人の面倒を見ていてくれるのが、一番嬉しいんだけど、いつもより時間かけられないから、ご飯作るのも手伝ってほしくて……」
「夕飯づくりは、いつからやりますか?」
「まだ、買い物行ってないから、買い物も行かなきゃいけなくて……」
「二人から離れるのは、あまり良くないと思うので、俺たちが買ってきますよ」
「ん……、ありがとう」
「晴樹君と夏樹君も、こっちで面倒見ましょうか?」
「……できれば、お願いしたい」
「アユとノゾに確認取りますね。シオ、お願いできるか?」
「え、あ、うん」
話についてこれていないのか、ワンテンポ遅れて栞が返事をし、スマホを取り出して何やら打ち込み始める。
「ごめん。お母さんがいなくなった後のことあまり予想で来てなくて……。一週間前から教えてもらってたのに……」
「大丈夫です。それよりも、ちゃんと頼ってくれたので、こちらも動きやすいです」
「……うん……」
栞のスマホが鳴り、顔をあげる。
「良いって。これから暇になるし、って」
「ありがとう、シオ。晴さんは、どのくらいで帰ってきますか?」
「いつも通りだったら、そろそろ帰ってくると思う」
「そうですか」
俺が返事をすると、表玄関の辺りに三人の気配を感じ取った。
「お二人の名前を聞いていいですか?」
「えっと、こっちの眠ってる方が男の子の海斗で、全然泣き止んでくれない方が女の子の泉」
「海斗君と泉ちゃんですね。お二人の特徴的なものは、何かあります?」
「海斗は寝てるか、起きてるときも大体にこにこしてる。逆に泉は、起きてる間はずっと泣いてる。眠るときも多分泣きつかれて寝てるから結構心配。それに、起きている間は、泉ばっかり相手することになって、海斗の相手できてないのが……って、お母さんが言ってた」
「分かりました」
「あ、あの、私、その……」
俺の質問がひとしきり終わったと思ったのか、栞が少し身を乗り出す。
「毎日、ご飯作るの手伝います。手伝わせてください」
「そんな、毎日は……申し訳ないよ。翔君たちのご飯も作ってるのに」
「カケ兄さんたちは誰がつくっても大体何でも食べるので大丈夫です。それよりも、千明様とか当主様がちゃんとしたご飯食べられないことの方が問題です」
「そ……、じゃ、あ、手伝ってほしい……です」
千明様は少し驚いたように目を見張った後、おずおずと栞を見る。
「はい」
栞は満足したように微笑み、一歩下がる。すると、何の前触れもなく、小広間の扉が開かれた。
「たっだいまー、です」
「あ、翔さんだっ!」
晴樹君と夏樹君だった。最後に晴さんも入って来る。
「二人とも、ノックをしてから入ってきてと、何度も言ってるよね?」
「う、ごめんなさい」
疲れているのか、いつもより少しきつめの口調で話した千明様に驚いたのか、二人は縮こまって謝る。
「晴さん、ありがとうございます」
「このぐらいは、僕にやらせてくれないと。翔君たちも呼ばれた感じ?」
「はい」
「そっかそっか」
晴さんは嬉しそうな顔をして、俺たちの後ろに立つ。
「この後は、買い物に行ってくればいいんだっけ? 晴樹君と夏樹君は、どうするの?」
「えっと、歩さんたちに見てもらえるそうなので、預けてこようかなと。買い物は……私も行きたいんですけど……」
「それはあまり賛成できないけど……。一度、泉ちゃんを翔君か栞ちゃんに抱かせてみる? それで泣き止みそうだったら、行こうか」
晴さんの提案に全員が戸惑う。
「とりあえず、晴樹君と夏樹君は歩君たちに預けてくればいいんだね?」
「あ、はい。お願いします」
「晴樹君、夏樹君、行くよ」
「はーい」
晴さんが二人を連れて小広間を出て行った。
「シオ、連絡しといて」
「うん」
「さっきの晴さんが言ってたことなんだけど……」
翔たち兄弟の中では珍しく、料理が好きな栞。薫には迷惑をかけてしまうからといって、今まで一度も言ったことはなかったですが、翔は兄なので良いかなと思ったんでしょう。
そして、新しい当主一族である、海斗と泉。こんなに小さい子は見たことがないため、翔は触るたびに緊張しています。
次回は、 新しい当主一族 中編 です。
こんなに延びる予定じゃなかったんですけどね……。




