74 ~稔と翔の話し合い~
「ツカとカオは?」
「ツカ兄さんは分からない。薫はそこにいるよ」
司の部屋の中に気配はなかった。
どこにいるんだ? 会社か?
「カケ。連絡してみてくれ」
「うん」
俺は、居間に入り、準備されていた座布団の上に座る。ポケットからスマホを取り出して、司にメッセージを送る。すると、電話がかかってきた。
「はーい。もしもーし」
縁側に出て、電話に出る。
「あぁ、翔? ごめん。迎え来てくれないか?」
「別にいいけど、どこにいるの?」
「会社」
「了解」
電話を切り、居間に戻る。
「誰から?」
歩に訊かれる。
「ツカ。ちょっと迎えに行ってくる」
「どこ?」
「会社だって」
「そ。カケのことだから大丈夫だとは思うけど、気を付けて」
「うん」
俺は家を出て、上着を取りに屋敷に戻る。上着を羽織ってから屋敷を出て、司のいる会社に向かう。結構ちゃんとしたビルだ。
「あ、翔。悪い。ありがとう」
「どーいたしまして。早く帰ろう。みんな待ってる。……いや、そんなことないか。先に食べてそう」
「じゃあ、ゆっくり帰ろう」
司がゆったりとした足取りで歩き出す。
「俺は腹減ったから早く帰る」
俺は少し早く歩く。
「あ、置いてくな」
「もーちょい早く歩いて」
「そんなに早く歩いたところで変わらないって。体力ないからどっかでバテるよ」
「じゃあ、体力つけて」
「もう、おじさんには無理」
「そこまで年取ってないでしょ」
そんな事を言いながらも司を置いていくわけにもいかず、司と並んで歩いて帰る。
「おかえりー」
案の定、全員ご飯を食べ始めていた。
「自分の分は自分で分けて」
「了解」
翌日。
昨日のサッカー部との試合結果の整理をしていると、誰かが部屋に入ってくる。
「カケ。今、良いか?」
稔だった。
「いいけど、どうかしたか?」
俺は振り返って、稔に問う。
「昨日言ってたやつ、聞きに来た」
「昨日言ってた?」
「詳しくは今度話すって言ってた」
そんな話、したか?
「したよ。反論の余地がある状態で話しても意味がないってやつ」
「あぁー。……そんなこと言ったっけ?」
「なんとなくわかるけど、カケの説明が欲しい」
稔がベッドに腰を掛けながら言う。
「その時に説明してない?」
「してない。その時の記憶飛んでる? 大丈夫か?」
「試合の結果、思い出すのに相当気力使ったから、覚えてないかも」
「まぁ、覚えてないのはどうでもいい。どうせ、一時の話ではないだろ」
「反論の余地、ねぇ」
「どうすればいいんだ?」
稔が真剣な目を向けてくる。
この目は嫌いだ。普段、真剣にやってないから。
「俺がやったのはただの一例。好きにすればいい」
できるだけ早く話を切りたいがために投げやりに言う。
「相談に乗ってくれ」
「相談に乗るのは構わないけど、ヒントになるかは分からないぞ?」
「それでもいい」
遠回しに断ろうとしてるのに気付かないなんて、よほど真剣なんだな。
「で、ミノの考えは?」
「カケがどう考えて反論の余地をなくしているかは分からないけど、俺は、その人に何が足りないかを見つけて、そこを突くことで自覚させることができたらいいと思ってる。でも、俺は、無意識に見つけてるから言語化できないし、同じことを続けてると相手もどうしてそんなことをしているのか、って思うだろうし。説明できないのは困る」
「それが、ミノのいいところだと思ってるよ。俺は」
稔が無意識に樹ぐらいかそれ以上の情報を見つけているのを俺は知っている。だからこそ、他の面倒な七つ子たちを仕切れるのだと思っている。
ミノがいてくれて本当に助かってる。
「ありがとう。でも、聞きたいことはそうじゃない」
「わかってるよ。ただ、感覚で教えられる方がいいところもあるのは確かだ。言葉で言われると反抗したくなる奴もいるが、言葉でなければ、相手の反感も買いづらくなると思う。自分で見つけなければならないからな」
昨日の試合がいい例だ。言葉で言っても伝わらないから、実際に試合をして分からせた。
「でも、うざくない? ずっと同じことされるんだぞ?」
「そういうのは俺に訊いてはいけないと思うけど、人によるし時と場合にもよると思うぞ。少なくとも、俺たちの兄弟の仲で、うざいと思うやつはいないだろうな。いつでも」
「だよねぇ。自分の中で言葉にできないと、何が効率的かもわからないし」
ん?
「ちょっと待って。ミノって感覚……無意識的にダメとかいいところを感じ取って、それに対して考えて相手してたわけではないのか?」
ずっとそうだと思ってた。そのぐらい的確だから。
「そんなに頭でいろいろ考えてないよ。全部無意識。俺は、教えるのが下手だからね」
やれやれというような顔で稔が言う。
「ミノは下手じゃない。俺よりうまい」
「でも、カケの方が的確に教えられる」
「俺は、俺からは教わりたくないと思ってるけど。いろいろ考えすぎてて気持ち悪い」
他の人からそんなにじろじろ観察とか分析とか絶対されたくない。
「俺は、カケから教わりたいけど」
「じゃあ、俺から教えられるみたいにすれば?」
「それができないから聞いてるんでしょうが」
呆れたように稔が言う。
「ミノはこの世界を映像で見てる? 文章で見てる?」
「? 映像」
突飛な質問にも驚かずに答えてくれる。
「映像が無意識的に動いてるって感じ?」
「そうだね」
「もう無意識のままでいいんじゃない?」
「意識的に知ることと無意識的に感じることじゃ天と地ほどにも差があるから、意識的にできるようになりたい」
「意識的にできる方法か……」
人それぞれだからな。そういうのって。
「カケはどうしてる?」
「最初の方は、文章化してた。その人の次の行動を」
「なるほど」
「普段、映像で考えてる人にとって、文章化することって意識しないとやらないと思うし、新たな面からその場面を見ることができて、奥行きが生まれると思う」
稔は頷きながら聞いている。
「だから、例えば、俺達の次の行動を考えて、文章化してみるとか。カオとかおすすめ。俺らが出会ってからまだ日が浅いし、シオよりも不規則な行動をするから。それも難しかったら、俺らの中でも分かりづらい、カナとかシノで考えてみるのもいいと思う」
「文章化、ね」
「これは、相手を観察するパターンだけど、自分を観察するっていうパターンもあると思う」
「自分? 相手を見たいのに?」
稔の頭の中にクエスチョンが並んでいくのが見える。
「無意識に相手に対して動いている自分の動きを観察する。そうすれば、相手が何を苦手としているのか見えてくるとは思う。ただ、選択肢が何個か出てくると思うから、特定までは難しいかも。どちらかと言うなら前者をおすすめする」
「その考えはなかったな」
「まぁ、好きにすればいいだろ。人それぞれだし。そもそも俺は、人に教えるほどうまくない」
そんなことない、と言いたげな目で稔が見てくるが、口には出さなかった。
目は口程に物を言うとはこのことだな。
「考えてみる」
稔はそう言って部屋を出て行った。
ミノは、一言えば十分かるから話が早くて助かる。
俺は、試合結果の整理を再開する。
昼ご飯の時間になって、家に行くと、薫が居間の端でブルブルと震えていた。他に司と稔もいた。歩と望と栞は台所でご飯を作っている。
「何をそんなに震えてるんだ?」
「さっきからずっとミノ兄の視線を痛いほど感じてるんだけど。なんかやったかなぁ、僕」
もう実践してんのか。なんか掴めたかな。
「カオは何もしてないと思う」
俺は逆サイドの端にいる稔に視線を向ける。
「ミノ。やり過ぎ、注意な」
「……ん? あ、悪い。そんなに見てた?」
稔は文章化するのに集中していたのか、反応がいつもより遅かった。
「すっごい見られてた」
「震えるほどにね」
「そんなつもりはなかった。悪い」
「ミノがそんなに集中してるのも珍しいな」
台所で料理をしていた歩が言う。
「いつも集中してるけどな」
「周りが見えていないほどに集中してるのは珍しいよな」
望がとんぶりをローテーブルに置きながら言う。
「あ、そう」
「本当に僕、何かしちゃったんじゃないかと思った。こんなにジロジロ見られたことないし」
ほっと胸をなでおろした薫が言う。
「ミノはそういうとき、睨まずに直接言うタイプだから、安心しな」
「みんな言ってくれるの?」
「いや、シノとかシズは見てくるかな。なにか言いたいことがあると」
目だけだと全ては伝わらないのにな。
「シノ兄とシズ兄だけね」
「時と場合によるけどな。うまく言葉で言い表せないこととか言おうとしてるときは睨んでくる。サトとかスグは特に」
「難しい……」
「そうでもない。特にサトたちは分かりやすいから」
薫は納得がいっていない顔をしながらも頷いた。
歩と栞もどんぶりを持ってやって来る。今日の昼ご飯は鍋焼きうどんらしい。
全員が揃い、昼ご飯を食べ始める。
「ミノ。今日は部活ないのか?」
歩がうどんを一口食べ、飲み込んでから稔に問う。
「今日はオフ。昨日あったこととか言われたことを整理しろって、さ」
だから、来たのか。俺のとこ。別にそう言われてなくても来そうだけど。
「整理できたのか?」
「もう少し考えることはあるけど、俺に必要なのは実践かな。整理はできてる」
「それなら良かった」
「今日は他のどの部活も全日練習か。今日は行くのやめるか」
「えー。楽しみにしてたのに」
多分、他のどの兄弟よりも兄弟練習を楽しみにしている薫が口をとがらせて言う。
「休むことも大事だぞ」
歩が、俺良いこと言った、と言いたげなドヤ顔をする。薫は苦笑いだ。
「みんなの午後の予定は?」
望が尋ねてくる。
「俺は走ってくるよ」
「僕も、僕も走る。練習できないなら、体力減らしておかないと」
「シオは?」
「のんびりしようと思ってるよ。特にやりたいこともないし」
栞が口に入れていたものを飲み込んでから言う。
「カケは?」
「部屋に閉じこもる以外の選択肢はないと思うけど」
「私、カケ兄さんの部屋、行ってもいい?」
栞が少し体を乗り出して言う。
「好きにしてくれていい。誰かがいたところで何も変わらない」
「そっか」
「アユとノゾは何するの?」
「俺は引っ越し準備、もうこっちで生活することはないだろうから、全部片づけなきゃいけない」
歩が面倒くさそうにため息をつく。
「俺も引っ越し準備の続きかな。アユほどではないけど、片づけておかないといけないし……」
「手伝ってほしいことあったら言って」
「ありがとう。今のところは平気だから。必要になったら頼む」
「いつでもどうぞ」
昼ご飯を食べ終え、栞と共に俺の部屋に向かう。
「一人になるのが嫌いなんだっけ?」
「うん」
「理由、聞いてもいいか?」
「えっと……。昔、いろいろあってね。……その……」
「言いたくないなら言わなくてもいいからな」
無理させたいわけではないし。
「言いたくないわけじゃないんだけど……。どう説明しようかなって」
「いくらでも待つ」
栞は考え始め、俺はデータ整理をする。
「私、ね。小さい頃にさらわれたことが何回かあって……」
数分経ってから、栞が口を開く。俺は手を止め、栞と向き合う。
「さらわれた?」
さらわれるって、相当なことな気がするけど。向こうの生活的に。
「うん。一人で敷地に歩いてるときに」
「誰に?」
「覚えてない。思い出したくない」
「悪い」
「……暗くて、手足縛られたりして、すごく怖くて。それから一人で行動できなくなって……」
「そりゃできなくなるだろ」
父さんたちは何か対応しなかったのか?
「女中も信じられなくて、薫としか一緒に入れなくて……」
「仕方ないと思うぞ」
女中は俺も信じられない。
「薫のこと縛ってた。それまでは薫はいろんな人と遊んでたんだけど、私が一人で行動できなくなってから、一緒に家に引きこもってくれて……。それからなんだよね。薫が小説読み出したの」
消極的に読みだしたのか。そうには見えなかったけど。
「なるほどねぇ。弓道は? そのときから?」
「うん。薫、最初の方、外に行って動けないのが苦痛だったみたいで、ずっと部屋の中でうろうろしてたの。だから、私から、何かスポーツやろうって言ったら、弓道やりたいって言われて」
外に出て動けないのが苦痛って、カオとシオもちゃんと兄弟なんだな。
「カオが弓道やりたかったのか?」
「うん。かっこよかったんだって。引いてるの」
「ふーん」
「でも、今は、アユ兄さんとかカケ兄さんのところにいれるから、薫を縛らなくてよくなって良かったなって。こっちに来てから弓道やってなかったし。あ、でも、兄弟でスポーツやりに行ってるから十分動けてるのかな?」
こっちで弓道できるとこなかったっけな。カナかシノに訊いてみればわかるか?
「まぁ、そこまでシオが考える必要はないだろ。……シオはやりたいことないのか? 俺とかアユのところにいると何もできないだろ?」
カオのところにいても、何もしてないんだろうけど。
「ないといえば、嘘だけど、私が一人になりたくないだけなのに、カケ兄さんたちに動いてもらうのは悪いなって思って」
「何したい?」
「話聞いてた?」
栞は、怪訝そうな顔をしている。
「聞いてる。何したい?」
「……お菓子とか、料理。……でも、食べてくれる人いないし……」
いいな。食べてみたい。
「たくさんいるだろ」
「いろいろ考えてご飯食べてるんじゃないの?」
そう感じたことはないけどなぁ。そうなのか?
「料理に関しては、俺の担当ではないから分からないけど、考えているようには思えないな。どの部活も大会の日付はばらばらだし、まぁ、普段の食事は少し考えていると思うけど」
「担当って誰?」
「ノゾ、アキ、トオ、シズ」
来年ノゾいなくなるし、シオにやってもらうか?
「訊いてみる。……でも、家にいないとできないし」
「俺は向こうに行ってもいいぞ? それに、一か月後にはアユいないし。カオがいなかったらどうせ俺のところに来るんだろ?」
俺にとっては何の害もないし、なんでもいいけど。
「そうなる……と思う。ごめんなさい」
「別に、シオが悪いわけではないんだから謝る必要はないだろ。俺は、本が読めればどこでもいいからな」
「でも、今は、何かやってたよね? 向こうではできなくない? それに、ツカ兄さんもいるし」
シオは人に気を遣いすぎだな。
「ノーパソでもできるから、問題ない。ツカも向こうに連れて行けばいいだろ。部屋にいなければならない理由なんてなさそうだからな。なんなら、向こうに物を引っ越ししてもいいわけだし。俺は、シオが暇してる方がどうにかしたいと思うぞ」
「買い物……付き合ってくれる?」
「必要であればな。買い物に行く組に頼んでもいいと思うぞ」
できれば、重いもの持ちたくない。
「いつも買い物だけでもすごい量だし、それ以上は頼めないよ」
「そこまで考えてるなら、ついてくよ」
「ありがとう」
「今日は?」
「ノゾ兄さんとかに確認してないから、今日は、大丈夫」
「了解」
俺はモニターに向かい、データ整理を再開する。
僕も栞の手作りお菓子食べたいなぁ、と思ったり思わなかったり。栞は向こうにいた時からお菓子作りをしていました。女中と言っても、仲のいい女中もいたので、教えてもらっていました。
栞のさらわれ事件や、向こうでの薫と栞の扱いについては今後の情報をお楽しみにと言うことで。
次回は、 体育のバレー 前編 です。




