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70 ~司 前編~

「はいはい。それで、編集者を連れるのは嫌だから、カケに接触したんだろ?」

「歩にしては察しがいいねぇ」

「大体わかった。とりあえず、俺は無理だぞ。あと一カ月半でここを離れる」

「俺も無理だなぁ。ここからはいなくなるし」

「カオとシオに任せるわけにもいかないしな」

「他のメンツは……ミノぐらいか? でも、部活あるからな」

「カケしかいない」

「カケ。引き受けるか? 引き受けなくてもいいけど」

 歩と望の間で話がまとまり、最適解であった俺に質問が飛んでくる。

「引き受ける前に、いくつか確認したいことはある」

「何?」

「引き受ける大前提として、普段の生活は、俺たちのスケジュールに合わせてほしい」

「それは、もちろん」

「聞かなくていいのか?」

 歩たちの方が驚き、反射的に司に訊き返す。

「誰かと一緒に居なきゃいけない時点で、俺の予定で動けるはずがないことは分かってたし、俺の生活リズムよりは、絶対誰でもいい生活を送ってるだろ」

「カケ。他には?」

「どのぐらい一緒に居なきゃいけないか。例えば、ずっと同じ部屋にいないといけないのか、一時間に一回は見に行った方がいいのか、ご飯を与えるだけでいいのか、とか」

  ずっと同じ部屋にいないといけないとかだと、結構面倒だよな。

「俺の部屋は、狭かったから、ずっと同じ部屋にいたけど、多分、ご飯を与えるだけでいいと思う」

「生活をさせればいいってことか?」

「まぁ、倒れなきゃいいんだから、それでも別にいいだろ」

「そんな適当で良いのか?」

「問題はない」

「じゃあ、いいや。カケ。他」

「こっちに引っ越すの?」

「部屋が空いてて、当主様からの許可が下りたら、引っ越そうと思ってる」

  じゃあ、思ったよりも楽か。

「うん。じゃあ、いいよ。こっちに引っ越してくるんだったら、引き受ける」

「ありがとーっ!」

 抱き付いてくる勢いで司が寄ってきたため、スッと歩の方に避けた。

「何で逃げるんだよ」

「ツカが面倒だからだろ。カケに見放されたら終わりだと思え」

「なんか、歩、ひどくない? そんな子に育てた覚えはないんだけどなぁ」

「ツカに育てられてないしな。っていうか、こんな当たり方するのツカにだけだから」

「余計にひどくない?」

「もうどうでもいいだろ。この後の計画立てないといけないんだから。カケ。どう?」

「歩が考えるわけではないのね」

「俺よりカケの方が計画立てんのうまいからな」

  飛んでくることは分かってたけど、全然考えてなかった。

「司さんに任せたらいいと思う」

 とりあえず、違う人に振れないか試してみる。

「やめといたほうがいいぞ。一番振り回されるのはカケなんだから」

  それもそうか。えーっと……。

「とりあえず、当主様に挨拶に行くのと、許可を取りに行くのはしないといけない。許可が取れたら、修さんのとこに行くのがいいのかな? それも当主様に確認するか、晴さんに確認したほうがいいか。淳さんでも知ってるかな……。引っ越しの日程も決めて、だから……。司さん。今日からこっちにいる? それとも今日は帰る?」

「こっちに居れるんだったら、今日からこっちに居たい」

「じゃあ、当主様の許可が下りたらか。あ、許可が下りなかったら、俺はつかないからな」

「わかってるよ」

「とりあえず、当主様の許可が下りないことには何も始まらないな」

「じゃあ、今行ってこい。当主様いらっしゃるか?」

 俺は、気配を感じる範囲を広げ、当主様がいるかを確認する。

「いそう。一人」

「行くか」

「カケ。ついてくの、頼んでいいか?」

「もちろん」

  俺が行く以外に選択肢ないと思うし。

 俺は司と一緒に当主様の部屋に向かう。

「当主様と話すの、慣れてる?」

「慣れてはないけど、他の兄妹よりは慣れてると思う。会ってる回数も話してる回数も違うから」

「じゃあ、期待してる」

「されても困る」

「ほとんど俺が話すけど、詰まったら頼む」

「まぁ、そのぐらいなら」

 司が扉をノックし、名乗る。当主様からの返事があってから、部屋の中に入る。

「復帰したんだね。司」

  ちゃんと認知されてる。っていうか、当主様が認知してない人は、部屋の中に入れないか。

「はい」

 先ほどよりも固い声で司が返事をする。

「で、何の相談?」

「僕、ここに住んでもいいですか?」

「私は、いいよ。翔と一緒に来たってことは、翔たちと一緒に過ごすんだよね? 翔たちに許可が取れてるなら、いいよ」

「ありがとうございます」

「部屋、まだ残ってたよね?」

「はい」

 当主様からの視線が、俺に向いたので、俺が応える。

「引っ越しするなら、修君と連絡とって。私はいつでもいいから」

「わかりました」

「日中は、ここにいるの?」

「いえ、会社の方に行こうかと考えています。会社の方に個室があるので、そこに」

「こっちに居てくれてもいいよ。私は、ずっとここにいるからね」

  返答に困るなぁ。なんて返すんだろ。

「……」

「居やすい方にいていいから」

  沈黙で何とかなった……。

「はい」

「他に、なにかある?」

 司の視線が俺の方を向く。

「ないです」

「じゃあ、私から。歩と望の試験はどうだった? 翔に訊くことではない気がするけれど」

「自己採点では満点のようです」

「そっか。じゃあ、大丈夫だね」

「歩が長崎に引っ越す時も、修さんに相談すればいいですか?」

「うん。私にも知らせてほしいけど、修君に相談すればいいよ」

「わかりました」

「じゃあ、次ね。薫と栞の調子はどう?」

「薫はあの後一度熱を出しましたが、栞は特に何もないです。ただ、司が来たので、少し怖いですね」

「そう。また休みたくなったら私のところに来てくれたらいいから」

「はい。伝えておきます」

「他には……。ないかな。翔たちは、ない?」

「はい。失礼します」

 礼をして当主様の部屋を出る。

「自己採、満点とか、本当か?」

 歩の部屋に戻りながら、司が訊いてくる。

「司さんも、そのぐらいの点数取ってたでしょ? 俺たちの兄だし」

「まぁ、そうだけどさぁ。自己採で満点とれたとは思ってなかったよ。っていうか、その呼び方、歩たちと一緒にしてよ。なんか距離があるみたいで嫌」

「わかった」

「部屋って、どこが空いてる?」

「ここで言っても分からないだろ」

「確かに」

 部屋の前まで行き、空いてる部屋を教える。

「翔の部屋ってこっちだよな?」

「ここだね」

「じゃあ、こっちが良い」

「じゃあ、一応、シオに聞いた方がいいかな」

「何かあるのか?」

「その隣、シオだから」

「答えになってるような、なってないような?」

 俺は、気配を探り、栞がどこにいるか探す。

  といっても、本人かはまだ分からないから、薫の部屋にいるか栞の部屋にいるかで判断するんだけど。

 栞は薫の部屋に居そうだった。気配が二つある。

「どこ行くんだ?」

 薫の部屋に向かって歩き出した俺を追いかけながら司が言う。

「薫の部屋」

「栞に話に行くんだよな?」

「そ」

 薫の部屋の扉をノックすると、薫の返事がある。俺は部屋の中に入る。

「あ、そういや、ツカと会ったことないよな」

「……? 誰?」

「ツカ。先に自己紹介からだ」

「俺は、二人のこと知ってるけど?」

「二人はツカのこと知らない」

「あぁー。そっか」

「一応、アユに確認取ってくるから、まだ入らないで」

「カケ兄?」

 顔をあげた薫が言う。その横にはいつものように栞が座っている。

「ごめん。もっかい来る」

「僕は、何でもいいよ」

 俺は薫の部屋を出て、歩の部屋に入る。

「どした?」

「カオたち、ツカに合わせても大丈夫だよね?」

「悪いことはないな」

「それだけ」

「いろいろ決まったら教えてくれ」

「わかってるよー」

 俺は歩の部屋を出て、薫の部屋に入る。

「早かったね」

「話したいことあるんだけど、キリ良い?」

「んー。もうちょっと待って。あと、三ページぐらい」

「了解」

 薫がキリのいいところまで読むのを待ってから、司を二人に紹介する。

「まだ、兄さん、居たんだ……」

「ね……」

 二人は半分呆れ顔で言う。

「それと、シオ。隣の部屋、ツカに使わせてもいい?」

「……うん」

「その間が怖いぞ……。やめたほうがいいんじゃないか?」

「ううん。いい。大丈夫。私の我儘だから」

「我儘ぐらい言ってくれていいぞ。これでも、兄さんだからね」

「大丈夫」

「……じゃあ、ありがたく使わせてもらう」

「それだけ?」

「それだけ。次は、修さんのところか」

「ん」

 薫の部屋を出て、裏玄関に向かう。

「修ってどこにいるんだ?」

「俺も一回しか行ったことないから確実に行けるかと言われたら……」

「おいおい。大丈夫なのか? それ」

「まぁ、多分。遠回りかもしれないけど」

「着くならいい」

 司はのんびりと歩きながら言う。俺が普通に歩いていたらおいていきそうな速度だったため、俺もゆっくり歩く。

  最近まで病人だった人を急かしたくないし。人としてどうかと思うし。

 一回、しかも晴さんに送ってもらっただけだったが、ちゃんと目的地に到着した。

「はぁ、はぁ。もう、疲れたんだけど」

「とりあえず、俺が話してみるから」

 俺は施設管理所の玄関を開け、そう言う。

「こんにちはー。修さんいますか?」

「君は?」

「翔です」

 苗字は皆相川だから、下の名前しか言わない。

「ちょっと待っててくれ」

「なんか呼んだ?」

 受付の男性が立ち上がるのと同時に、奥から修さんの声が聞こえてくる。すぐに、受付の窓から修さんが顔を出した。

「あれっ? 司さん。どうしたんですか?」

「こっちに引っ越すから、トラック出して」

「いつですか?」

「明日の午後……」

 司はそう言いながら俺の方に視線を向ける。

「5時以降に裏玄関に着くようにお願いします」

「荷物はどのぐらいですか?」

「そんな多くはないけど、片付ける必要があるから、何人か派遣してほしい」

「それは、何時からですか?」

「翔達が行ったら」

「何時?」

「八時に出てますね」

「じゃあ、その時間に迎えに行かせます」

「頼んだ」

「予定、組んどいて」

 修さんは受付の男性にそう言う。

「分かりました」

「布団は洗濯してあるのがあるけど、向こうにあるから取りにいかないとな。他に、なんか必要なものある?」

「必要最低限のものは取りにいかないとだよな」

「今から行くか?」

「今から行く以外にないよねぇ」

「俺でよければ、運転しますよ」

「いいのか?」

「今は暇なので」

「じゃあ、頼みたい」

「ちょっと待っててください」

 修さんが窓口からいなくなったかと思うと、すぐに施設管理所の玄関前に車が停まる音がする。

「お待たせしました」

 玄関から修さんが入ってきて言う。

「ありがとう」

「行きましょう」

 車に乗り込み、修さんに運転してもらって、司の家に向かう。

 司の家はマンションの一室だった。

「うぇー。汚くね? 二、三ヶ月入院してたんだよね? 汚くならんくない?」

 司の部屋に入ると、足の踏み場もない位にはゴミやらなんやらが散乱していた。

「退院してから一週間はここにいたから」

「一週間じゃこんなに汚くはならないと思いますけどねぇ」

 修さんも苦笑いをしながら言う。

「面倒だから明日片付けて。今はいるものだけにして」

「服と、歯ブラシと……。あと、何かある?」

「この枕じゃないと嫌っ! みたいなのないのか?」

「何でも寝れるなぁ」

「小説とか?」

「一旦良いかな。服と歯ブラシね」

 司が少しだけ見えている床を歩いて、どこかに向かっていく。ついていく気もなく、部屋を見回す。

 部屋の端にあった机の上に乗っている、紙の束に目がとまった。床のほとんど見えていない獣道を歩き、机の近くに行く。

  犀川緋津……。題名はない。

「……えっ?」

 俺の好きな作家の名前が見えた。驚いて二度見する。

「どうしたんだ?」

 まだ、玄関のところに立っていた修さんが訊いてくる。

「いや……。なんでもないです」

「そうか」

  犀川緋津……って、本物だよな? なんで、こんなところに……? あ、ツカ小説書いてたら体調崩したって言ってたな。……でも、本物? 本人に訊いたら答えてくれるかな。

 俺は、通ってきた獣道を歩き、玄関前に戻る。

「とりあえず、二日分の服と寝間着と歯ブラシだけ持ってきた」

 数分経つと、大きめのバッグを肩にかけた司が戻ってくる。

「持つから頂戴」

「自分で持つからいいよ」

「倒れられたら怖いから」

「……わかった」

 渋々、といった感じで司がバッグを渡してくる。

「明日、結構人必要そうですね」

 車に戻りながら修さんが言う。

「うん。頼む」

「ってか、あれ、片付くの?」

「片付けるんだよ。まぁ、別に、相川が持ってるマンションだから、すぐに売るってことはないし大丈夫だろ」

 車に乗り込み、屋敷に帰る。

  ツカが犀川緋津先生なのか訊きたいけどどうやって訊いたらいいんだ? 小説家って言ってたし、ペンネームぐらい訊いてもいいよな? うわぁ……普段訊かれるだけだから訊き方わからない。

「翔。なんか訊きたいことでもあるのか」

 司が話を振ってくる。

「……」

  どこが訊きたそうだった? 感情隠してたよな?

「バレバレだよ。お兄ちゃんに隠し事ができると思うな」

「なんか、翔君が追い詰められる側なの初めて見たかも」

 修さんが言う。

「で?」

「あ、あぁ〜、あの、小説書いてたって言ってたよね? ペンネームとか教えてくれないかな? 俺読んでるかも」

「犀川緋津」

  ……っ!

「どうして……、その名前にしたの?」

「自分の名前並び替えただけ。相川司だから」

  確かに……。何で気づかなかったんだろ。

「で、知ってたのか?」

「え、あっ、うん」

「まぁ、本屋でバイトしてたら一回ぐらいは目にしたことあるか。最近、何か賞に選ばれてたし」

  自信があるというのか、なんというか。本屋で働いてても知らない人は知らないと思うけどな。

「読んだことある」

「何読んだ? 感想聞かせて」

「……手紙とか受け付けてるし、感想ぐらいいっぱいもらってるでしょ」

「まぁ、いっぱい来るけど、本物の声聞くのが良いんだよ」

「サイン会、やってたでしょ」

  行ったことないから、どんなのかわからないけど。

「サイン会はサイン会だから。そんな話せないし」

「……多分、出てるやつは全部読んでる」

「どれが一番好き?」

「……どれも好き。短編集とかも」

「短編集も読んでんのか。じゃあ、続編がほしいアンケ、出した?」

 続編がほしいアンケっていうのは、犀川緋津先生が出した短編集の中で続きが読みたいものをアンケートし、一番投票された作品の続きを書くという企画だ。

「出したけど……、どれも続編は読みたい。っていうか、まだ結果公表されてないし」

「俺もまだ知らない。まだ投票期間中だった気がする。短編の中だとどれが好き?」

「一番先生っぽいなぁと思ったのは、「ドイツとオランダ旅行」。でも、「星」はいつもと違う感じでいいなぁと思った」

  なんか、こんな話、普段できないから嬉しい。……作者本人を目の前にしてることを除いて。

「「星」かぁ。あれなぁ……」

 屋敷に到着し、修さんに礼を言って、車から降りる。

「何かあるの?」

「まぁ、あれが見たいって言うなら頑張って書くかな」

「楽しみにしてる」

「弟にそう言われちゃったら、頑張るしかないなぁ。全部続編書いちゃおうかなぁ」

  弟の特権、大きすぎないか? 俺が全部読みたいって言ったら書いてくれるかもしれないんだろ?

 小説家の司。今までの翔たち兄弟では考えられないぐらいのだらけ具合です。翔は面倒でご飯を抜くことはありますが、部屋は綺麗です。司は家事をやるぐらいなら好きなことをしていたいという質で、ほとんどその場から動かないため、食事も必要最低限……摂っていなかったですけど……で周りにどんどん物を置いていって部屋が汚くなります。

 司の書いている小説はいつか書きたいなと思っています。


 次回は、 司 後編&サッカー部との練習試合 前編 です。

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