67 ~歩の記憶 前編~
本編に戻ります。
その日もまた、いつもと変わらない日常を送っていた。
「歩様。朝ですよ。起きてください」
部屋の扉が勝手に開けられ、アラーム代わりの女中の声が聞こえてくる。
はぁ。朝から気分が悪いっていうのに。
僕は、もうとっくに起きていたが、女中が起こしに来るまでは部屋から出てはいけないという決まりがあるため、部屋の中で大人しくしているしかないのだ。
というは、この時間に起きる人なんていないと思うんだけど。
朝ご飯を準備する必要もなければ、歩いて登校する必要もないため、他の人よりそれなりに遅いだろう。
「相変わらず、早起きですね」
僕が着替えてベッドに座っていると、女中はいつもこういう。
毎日、毎日。飽きないのかな?
向かいの部屋から、同じく着替えた望が出てくるのが見えた。僕は、ベッドから降り、部屋に入って来た女中の横を抜けて部屋を出る。
「おはよ。望」
「おはよう。歩」
毎日、望が来てくれたら、やる気出るんだけどなぁ。望に頼んでみようかな。女中に言ったところで何も変わらないだろうし。
「お二人とも、食堂に向かいますよ」
僕の後に部屋から出てきた女中に急かされ、食堂に向かう。
「おはよう。歩。望」
普段、この時間には家にいない父さんが食堂でご飯を食べていた。
「おはようございます。父さん」
あとから食堂に入って来た望が先に挨拶をした。
「おはようございます……」
望に先を越され、恥ずかしくなり、声が小さくなってしまう。望に小突かれ、父さんには苦笑された。
望……。挨拶は僕がやるって決めてるのに……。
僕は、父さんの向かい側の椅子に座り、僕の左隣に望が座る。一応、僕の方が生まれるのが早かったため、父さんの前に座るのは僕という決まりだ。
司がいるときは、司が父さんの前に座るけど、ほとんどいないから。
「今日は、どうして食堂にいるの?」
女中によって運ばれてきた朝食に手を付けながら、望が訊いた。僕も食べ始める。今日のメニューは、アサリの味噌汁と白米と焼き鮭だった。
「さっきまで字ごとをしていて、これから寝るから……かな」
疲れを感じさせない笑顔で父さんが言う。
さすがだよなぁ。父さんが疲れてるとこ見たことない。
「今日は、何時から仕事?」
また、望が訊いた。
まぁ、僕は訊くことないし、いいけど。
「うーん。何か緊急の事態が起こったら、かな。それまでは、とりあえず休み」
いつもそう言って、仕事してる気がするけど。
「母さんは、どうしてるの?」
「結月は疲れて寝てるから、挨拶に行くつもりなら、見に行くだけにしておいて。起こさないように」
「わかった」
望の質問攻めはひとまず終わったらしく、黙々と朝食を食べ始めた。
「歩は?」
父さんは、質問はないのか、という目で見てくる。
と言っても……。望が大体聞いてくれたし、僕から質問するようなこともないからなぁ。
だが、父さんと話せる機会は少ない。いるときに話しておかなければ、次、いつ、話せるかわからない。
見かけることは会っても、仕事中は話せないから。
とにかく、必死に質問を考える。
「ははっ。そんなに考えなくてもいいだろ」
父さんが少し笑いながら言う。
そうだよね。疲れてるだろうし、寝たいよね。僕のことなんかで、留めておいたらダメなのはわかってるけど。……でも、僕だって、父さんと話したい。
「歩っ!?」
いきなり、隣に座っていた望が驚いたように言う。僕は何が起きているのか分からず、あたりを見回すと、同じように驚いている女中の姿が見えた。
「どうした? 歩。何かあったのか?」
気づいたら、父さんの膝の上に座らされ、頭をなでられていた。
「……えっ?」
「ん?」
「あっ……。……父さんと、次、いつ話せるかわからないから……その……。何か話したいんだけど、何話していいか……分からなくて……」
「ごめんな。いつも一緒に居られなくて。俺も歩たちと一緒に過ごしたいんだけどさ。……何でもいいぞ。俺が知ってることなら」
「……じゃ、じゃあ……、皐たちは、もう行ったの? ここにいないんだけど……」
うぅ……。こんな質問、女中でもわかる……。
「行ったぞ。今日は歩いていくと言って、さっき出て行った」
父さんは、いつも通りの笑顔で言う。
「司……は?」
司のことは、女中に訊いても教えてくれない。よかった。父さんに訊くしかない質問思いついて。
「今年の夏は忙しいって言ってたから帰ってこないと言っていたな。……会いたかったか?」
「いや、別に……」
会えるなら会いたいけど、絶対に会いたいわけじゃないし。忙しいなら、呼んだら迷惑だろうし。別に……いいし。
司は、今、東京の大学に通っている大学四年生。高校まではこっちにいたが、やりたいことがある、と言って上京した。向こうにある相川家でお世話になっているらしい。父さんから聞いた。
「司に伝えておくよ。歩が会いたがってるって」
父さんが、少しからかい口調で言う。
「伝えなくていいよ」
多分、伝えるんだろうけど。
「まぁ、でも、冬は返ってくるかもな。司、向こうの冬は嫌いだ、って言ってたし。司も歩たちに会いたがってるだろうから」
「そんなことない……し。出て行った司が悪い」
「そうだな」
父さんはそう言いながら立ち上がり、僕を椅子に座らせると、僕と望の頭をなでた。
「それじゃ、俺は寝るから」
「ちゃんと寝てよ」
「眠れたらな。二人ともいってらっしゃい。気をつけてな」
「おやすみなさい」
父さんは食堂を出て行った。
「こんな時間に蓮様がいらっしゃるのは珍しいですね」
「奏多様がいらっしゃってますし、今は仕事が減っているみたいですからね」
「休んでくださらないと、蓮様が心配ですし、私たちも大変ですからね」
「ここ最近は特にひどかったですからね。奏多様が来てくださってよかったです」
なんて話をしながら、女中たちは父さんの使っていた食器を片付けている。
僕はその姿を見ながら、せっせと朝食を食べた。……つもりでいた。目の前にあるご飯はほとんど減っていなかった。
「歩?」
望が心配そうな声で僕を呼ぶ。
「どうしたの? 体調悪い?」
望が顔を覗き込んでくる。
「……何も」
少し気分が悪いくらいで。少ししたら治るし。
「ご飯、全然食べてないけど、どうする? 無理しなくてもいいんだよ?」
「……食べる」
気分は悪いけど、望にバレたくない。
「じゃあ、着替えて待ってる」
望が立ち上がって、食堂を出て行った。僕は一人残された(女中はいた)食堂で、思ったよりも減らない朝食を頑張って食べ切り、自分の部屋に戻った。
気持ち悪い。早く食堂から出たくて、気分悪い中、早くご飯をかき込んだから。……翔に会いたい。
制服に着替え、荷物を持って部屋を出る。
部屋の外には、先ほどはいなかった望と送迎担当の女中が待っていた。僕は、その女中に荷物を渡す。
「早かったね」
望が少し驚いて言う。
「あの空間に居たくなかった」
僕は望にしか聞こえないような小声で言う。
「確かに。一人にしてごめん」
「別に」
僕はそっけない返事をしたが、望は少し笑って受け入れてくれた。
「望は、どこ行ってたんだ?」
「母さんの様子見に行ってた」
「どうだった?」
「少し辛そうだったけど、父さんがいたから大丈夫だと思う」
「そっか」
「お二人とも、早く行きましょう。遅刻してしまいますよ」
そんなに遅い時間ではないから、遅刻することはないと思うんだけど……。
女中に急かされ、玄関に向かう。玄関の前には何人もの女中が待っていた。
はぁ……。見送りはいらない、っていつも言ってるんだけど。
外で待っていた車に乗り込み、学校に移動する。
僕たちの通っている学校は、相川家が運営している名門私立校である。僕たちの住んでいる島には、学園が三校あり、すべて相川家が運営している。その中で一番上の学園だ。幼稚園から大学まである一貫校である。全寮制で、相川家の人以外は全員に入ることになっている。
相川家の人でも、寮に入っている人はいるけど。
名門私立校にしてはとても学費が安いため、本島の人たちもたくさん入学している。
というか、九割ぐらい本島の人だけど。
しかし、絶対的な実力主義であるため、幼稚園に入るにしても試験があり、そこで合格できたとしても、定期試験で一つでも赤点を取るか、試験の合計点が合格点に届いていない場合は、容赦なく一つ下のランクの私立高に転校させられる。相川家の人も例外ではない。
逆に、低い私立高にいたとしても、課題をこなし、試験で一定の点数を取れば上の私立高に行けるらしい。
まぁ、僕は低い私立高に行くことはないだろうから、この辺の制度についてはよくわからない。
元々、この島は相川家の私有地であるから、どんな法則だろうと許されているのだろう。
嫌な人は入ってこないだろうし。
ちなみに、初等部の定期試験は、一回目に合格点に届いていなくても、二回目で合格点に達すれば、転校は免れる。中等部、高等部と上がるにつれ、三回目、四回目で合格点に達すれば転校は免れるが、試験の難易度も段違いに上がっていくため、実質変わらない。
僕は、今のところ、試験では満点しかとったことがないから、すぐに転校させられることはないだろう。望も満点しかとっていない。
司も、高等部まではここにいた。
今、世間では、春休みという期間中らしく、本来なら学校は休みらしい。休みにもかかわらず、僕らが学校に向かっているのは、僕たちの学校に春休みというものがないからだ。
いや、正確にはある。が、春期講習という名目で、平日に授業が入っているため、実質休みがないのだ。
入学式は、明後日だ。だが、もう学年は上がっているため、五日前までは、僕らも幼稚園に通っていたが、今向かっているのは初等部だ。
と言っても、すべて同じ敷地にあるから、あまり変わらないんだけれど。
初等部に上がるにあたって、大量の予習課題が出た。幼稚園生だし、暇だろうと思われているらしい。当然暇なのだが、それでも、同じような問題、しかも簡単なものばかりで、手を動かしていれば終わるものだった。
こんなのをやって何になるんだろうって、一日に二十回は考えたね。
僕は文句を言い連ねながらやっていたが、望は黙ったまま、ずっと手を動かしていた。
本当に、すごいよ。望は。
そんなことはさておき、これから六時間のいつもの授業が行われる。初等部の一年生なんて科目数が少ないものだから、二時間、時には三時間連続で同じ授業を受けることだってざらにある。
そうこうしているうちに、学園に着いた。
運転手である満さんに礼を言い、望と並んで広大な学園の敷地を歩きだす。メインストリートには、同じ初等部の子もいれば、中等部や高等部の先輩もいる。メインストリートからすべての道に分岐しているため、全員が一日に一回は通る道だろう。
学部ごとに少しだけ授業の始業時間が違うため、時間によっては、一つの学部のせいとしかいないこともある。
少し歩くと、幼稚園が見えてくる。ちょうど、皐たちが中に入っていくのが見えた。
翔と話したい……。
そして、すぐに初等部の一号棟が見えてくる。初等部一号棟には、初等部の一、二年生しかいない。一、二年生でふるい落とされる人はほとんどいないため、必然的にクラス数が多くなるからだ。
ちなみに、初等部一年生は全部で二十クラスあり、幼稚園に入っていた人がやる内部進学試験と、外部入学試験の結果が反映されている。点数の高かった順にAからTクラスまで割り振られている。そのため、僕と望は同じクラスだ。
双子はクラスを分けられるのが基本らしいけど、この学校では、そんなことは成績にも実力にも関係ないからって、結構同じクラスに居る方が多いんだよね。まぁ、実力的に離されてる人とかもいるけど。
初等部一号棟の校舎に入り、自分たちの教室に向かう。AからJクラスは三階、KからTクラスまでは二階だ。
「ねぇ、望。今日の時間割は?」
僕は隣を歩いている望に訊く。
「今日は、算数が三時間、国語が三時間」
「……学校、来る意味ある?」
体育がないなんて聞いてない。
「それよりも、僕は、歩に時間割を覚えてほしいよ。文句を言いながらも結局学校に来るんだからさ」
「覚える必要性、なくない? 望はクラス落ちしないし、望に訊いた方が早いし」
「クラス落ちはないとしても、突然、僕がいなくなったらどうするの?」
クラス落ちはしないことは否定しないんだ。まぁ、しないと思うけど。
「時間割の票はいつでも持ってる」
「じゃあ、それを見なよ。最初から。歩ならすぐに覚えられるでしょ」
「さっきも言ったよ。望に訊いた方が早いって」
望は反論することを諦めたのか、何も言ってこなかった。
時々、もう少し反論してくることもあるけど、大体、望が折れてくれる。面倒とでも思われているのだろう。
教室に入り、自分の席に向かう。席順は、出席番号順……成績順のため僕と望は、前後である。
出席番号順が、成績順なんだよな。入学試験の。
成績が同じ場合は、普通に名前順のため、僕の方が前である。授業の準備をしてから、後ろを向いて座る。
「望。一限目って何?」
「国語。二、三、四が算数。五、六が国語」
「何でいっぺんにやらないのかなぁ。五、六の国語とか、寝るだけだよ」
「さぁ。歩は寝ないでしょ」
「まね。それより、今日、帰ったら何する?」
「まだ、今週の予約取りに言ってないね」
「じゃあ、それ、先にやりに行こう」
僕たちみたいに教室で会話をしている子はそう多くない。教室にいる生徒のうち、三分の二は机にかじりついて、ひたすら教科書やら参考書やらの文字を、一文字も逃がさないような気迫を持っておっている。宿題が終わっていない者もいるだろう。
「そこまでして、ここに入りたいのかな?」
という話を望むと何度かしてきたが、それらしい意見が思い浮かんだことはない。
「今日の帰りは、皐たちと帰る?」
望が訊いてきた。
「歩いて、ってこと?」
翔に会えるなら、それでもいいかもな。でも、六限はこなさないといけないんだよなぁ。
「他に何がある? 僕たちに連絡する手段は一つもないよ」
「そうだよね」
「宿題の問題はあるけど」
「皐たちには、試験はあっても課題はないからね」
「どうしようか……」
翔には早く会いたいけど、運動をいっぱいできなくなるのは、困るなぁ。
望が考え込むそぶりを見せると、望の隣に座って教科書とにらみ合っていた子が、こちらに教科書を見せた。
「あの、お願い。どうしてもわからないんだ。教えてください」
僕と望は、彼が見せてきた教科書とノートを覗き込む。
算数の……予習か。授業はまだそこまで進んでないけど、課題ではあったな。予習はしてなくてもちょっとした応用だし、なんとなくわかると思うけど。まぁ、僕らは、二年までのは全て終わってるし、何訊かれても答えられる自信がある。
彼が見せてきた教科書は一年生のものだった。
この学園では、初等部一年生で小学校二年生までの学習内容をすべて習うため、一番初めに、小学二年生までの教科書が配られる。
僕は配られた当日に、すべての内容を頭に入れた。
「どこが分からないの?」
翔以外の視点で書くのが久しぶりすぎで、しかも、七歳設定という、もう、どうやって書いたらいいんだろうと思いながら、でも必要だしな、と思い書きました。普通の相川家が書けたので、僕は満足です。
とりあえず、好きな設定を詰め込んだ相川家の設定ですが、そのせいで、学校の制度がよくわからないことになってます。こんな学校、この世界にないだろうなぁ、と思いながら。でも、面白そうだしなぁ、と思って。まぁ、翔たちに直接的な関係は何もないので、本当にただの設定なんですけど。
次回は、 歩の記憶 中編 です。




