53 ~冬休み明け初日 後編~
千明様と一緒に当主様の部屋に向かう。
「翔君、あの、カオとシオって、誰?」
「最近、こっちに引っ越してきた、俺らの弟妹です」
「名前、当ててもいい?」
「簡単ですよ」
「漢字、一文字?」
「はい」
「かおるとしおり」
「正解です」
「漢字は?」
「薫は、草冠のやつです。栞は、本に挟む栞です」
「薫君と、栞ちゃん?」
「はい」
「初めましてだね」
「そうですね」
当主様の部屋の前に着き、千明様が扉をノックして名乗る。当主様からの返事があってから、中に入る。
当主様、薫、栞の他に大輝さんと奏多さんもいた。
気配の数でなんとなくわかってたけど。
「翔、ありがとう。千明が報告してくれるのかな?」
奏多さんと何やら話していた当主様がこちらを見ながら言う。
「……」
「?」
千明様が何も言わないため、当主様が首をかしげる。
「翔君……」
服の裾を少し引っ張られ、呼ばれる。
「何でしょうか?」
「奏多さんに、報告を、任せたい、って」
「奏多さんに報告を任せたいそうです。奏多さんのほうが良く分かっているでしょうから」
「わかった。それじゃあ、何しに来たの?」
「特に、理由はない、です、って……」
「特に理由はないそうです」
「そっか。ゆっくりしてって。翔は?」
「薫と栞の様子を見に来ました」
「もうほとんど終わってて、今、印鑑を押す作業をしてる」
「ありがとうございます」
俺は、薫と栞と大輝さんが座っているところに行こうかと思ったが、千明様は離してくれそうにない。
「奏多は、さっきの報告だけ?」
「はい。失礼します」
奏多さんはそう言って部屋を出て行った。
「千明、今日のご飯は? 私も作りたい」
「あ、買い物……」
「行ってないんですか?」
「うん」
「どうした?」
「まだ買い物に行けていないそうです」
「買い物は、晴を連れて行くんだよね。二人で行ってこれる? さすがに、今はまだ外せなくて」
「……」
「翔……。いや、いい」
「行きますよ? 買い物。一緒に」
「いいのか? 歩や薫たちの昼食の準備があるだろう」
「大丈夫です。栞が作れるので」
「栞、いいか?」
栞は頷く。
「シオ、なんか買ってくるものあるか?」
「あとで、メール、送る」
「了解」
「薫と栞は二人で戻れるよね?」
「はい」
薫が答える。
「なんかあったら、俺がついていくんで大丈夫ですよ」
「ありがとう。じゃあ、お願い。晴連れてっていいから」
「わかりました」
千明様は横で頷く。
「失礼します」
二人で部屋を出る。
「ごめん。翔君。ありがとう」
「いえ、これから混んでくる時間だと思うので、早めに行きましょう」
「うん。……晴さん、どこにいるかわかる?」
「晴さんの部屋にはいませんね。階段を移動してる人がいるので、階段かもしれません」
「じゃあ、階段に行くのがいいのかな。冬馬兄さんではないよね?」
「冬馬様は……、部屋にいますね。優斗様も部屋にいます」
「じゃあ、晴さんかな。行こう」
「はい」
案の定、階段を歩いていたのは晴さんで、事情を話したら、車を持ってくるから待っててくれと言われた。俺らも荷物の準備をしてから裏玄関を出ると、ちょうど晴さんが車に乗ってやってきた。
どっちに乗ろう。
「翔君、後ろに乗ってくれるか?」
「わかりました」
俺は、先に後部座席に乗り込んでいた千明様の隣に座る。ドアを閉めると晴さんが車を発進させる。
スーパーにつくと、晴さんは、行くところがあるから終わったら連絡して、と言って去っていった。
スーパーに入り、迷うことなくカートを押して進んでいく千明様の後ろを追う。
「栞ちゃんから、連絡来てる?」
俺は、ズボンの後ろポケットに入れていたスマホを取り出す。
「来てますね」
「会計分けるの面倒だから、一緒にしよ。何買うの?」
「これです」
すべてを読み上げるのが面倒だったため、スマホの画面を千明様に見せる。
「わかった」
俺は、店の地図なんて覚えていないため、千明様についていくことしかできない。結構人が多いため、気配を探る範囲は最小にしてあるが、それでも人酔いしそうだ。
「翔君は、どのぐらいスーパーに来るの?」
「ほとんど来ませんよ。俺は、大体家にいるので」
「そっか」
「千明様はどのぐらい来るんですか?」
「二日から三日に一回ぐらいかな」
「冬馬様と、ですか?」
「そうだね。冬馬兄さんが一人ではいかせてくれないから。時々、晴さんも中までついて来るよ。お父さんの好きなもの教えてくれるんだ」
「一人ではいかせられないと思います。屋敷の中からは女中がいなくなりましたけど、敷地内にはまだいっぱいいますし、外にもたくさん住んでますからね。この辺は」
「うん。私も怖いから」
そんな話をしながら、店内を歩く。
「そういえば、千明様の体調は、もう大丈夫ですか?」
あまり、外では聞きたくないことだけど、聞くタイミングがなかったし、これから動くのにも必要になってくる。仕方ないだろ。
「うーん……」
千明様は俺に対してあまり嘘をつかなくなってきた気がする。取り繕っても意味がないと思っているのか、取り繕わない方がいいと考えてるのかは、わからないが。
「あまり無理はしないでください。千明様たちに断られているので家事はしていませんが、元々その予定で俺らはこっちに来てるので、使ってください」
「翔君の料理、おいしかった」
「俺は、多分、兄弟の中でも下手な部類ですよ。料理は」
「そんなことないよ。……普段作ってるのは誰なの?」
「アキですね」
「食べてみたい」
「千明様が食べてみたいのなら、作らせますけど」
「え、いや、いいよ。忙しいよね?」
「千明様が倒れることの方が問題ですので。俺らの忙しさは何とかなります」
「じゃあ、本当に助けてほしくなったら、頼もうかな」
「いつでも待ってます」
そんな話をしているうちに、買いたいものは全て揃ったらしい。千明様がレジに並ぶ。
「晴さんに連絡しておきます」
「うん。ありがとう」
会計を終え、買ったものを袋に詰め込む。全部で四袋になった。
「全部持ちます」
「え、いいよ。私たちの分は持つ」
「じゃあ、一袋だけお願いします」
俺は、一番軽いものを千明様に渡す。
「晴さん、到着したみたいです」
「うん」
スーパーを出ると、目の前に車が止まった。千明様はためらわず後部座席のドアを開ける。
いつも、こうやって迎えに来てるのか……。すげー。
俺は、後部座席に乗ろうか、助手席に乗ろうか迷っていると、後部座席の空いているドアから手が伸びてきて、服を掴んで引っ張られる。俺は、引っ張られるままに後部座席に乗り込み、ドアを閉める。
シートベルトを着けると、晴さんが車を発進させる。
「翔君。薫君たちはもう自分の部屋に戻ったって。さっき連絡来た」
「わかりました。ありがとうございます」
シオにも買ったって連絡しておくか。
俺はスマホを取り出し、栞に連絡をする。
「千明君のこの後の予定は? 冬馬君のところに行く感じ?」
「様子見だけ、します。ご飯、作らないといけないので」
「僕も、車預けたら行くね」
「はい」
「翔君たちも一緒に作る?」
「いえ、多分、もう、作り始めてると思います。既読がつかないので」
「そっか」
晴さんとの会話が一段落着くと、服の袖を引っ張られた。
「翔君」
「なんでしょうか?」
「……バイトは、いいの?」
「顔とシオがこっちの生活に慣れるまでは、休む予定です。拓真さんにも連絡してあるので、問題ないです」
「関係ない私たちの買い物に付き合わせちゃってごめんね。本当は、薫君とか栞ちゃんと一緒にいるべきだよね」
「関係なくはないです。冬馬様が体調を崩している今、千明様と一緒に動けるのが俺くらいしかいないので」
「で、も、薫君と栞ちゃんために取ってる休みを私のために使うのは……」
「どうせ、冬馬様が体調を崩してます、って拓真さんに伝えたら、こっちはいいから手伝ってこい、って言われるので、問題ないです」
「拓真兄さんは、そういうだろうね」
「そ、うなの? なら、いいんだけど……」
「千明様は気にしなくていいですよ。こっちが勝手に動いてるだけなので」
「気にする、よ。人の時間、私なんかに使わせちゃってるんだよ?」
「千明様のためにある時間なのでいいんですよ。というか、私なんかに、って言わないでください。千明様は必要です。俺らにとっても、冬馬様にとっても」
「それは、当主一族だから、でしょ?」
「はぁー、何でそう思うんですか? 当主一族って言うのは千明様の肩書なだけで、千明様を表しているわけではないですから。俺には、千明様が必要です。冬馬様もそうだと思いますよ」
「冬馬兄さんは、私を必要としてないよ。優斗兄さんが当主の座を継ぐことが確定してるけど、優斗兄さんに何かあったときにしか仕事がない冬馬兄さんにとって必要なのは、同い年か年の近い弟妹の当主一族。それがちょうど私だっただけ。私だから必要っていうのはない。一人では何もできなくて、いつも迷惑ばっかりかけてるし」
冬馬様は迷惑だなんて思ってないだろうな。今も、動けない自分にイライラしてそう。ほとんど表情は変わらないからわかりづらいけど。
「いや、冬馬君は、千明君だったから世話を焼いてるんだと思うよ。実際、晴樹君とか夏樹君は気に掛ける程度で結構自由にさせてるでしょ?」
「晴さんにも迷惑かけて……」
「僕は迷惑だと思ってないし、もっと頼ってほしい。僕は、当主一族だからとかじゃなくて、単純に姪っ子に頼ってほしいおじさんだよ」
「晴さんには頼ってます。兄さんたちは料理ができないので」
「この程度じゃ全然何もしてないよ。千明君が請け負ってる仕事の半分もやらせてもらえてない」
「それぐらいしか、私はできないので、それだけでもやらないと本当に価値がなくなってしまうので」
「とりあえずは、当主一族っていう肩書をもって生きていればいいんじゃないですか? 自分の価値を自分で見つけられるまで」
「……うん。そうする」
はぁ、落ち着いた。大変だな、当主一族も。
「そういえば、なんか珍しいよね。千明君の一人称が私なの」
最近、二人だけだとほとんど私だったから、何も違和感なかったけど、聞きなれてないと珍しく感じるんだな。
「あ……」
今更気づいたらしく、千明様は恥ずかしそうに下を向く。
「ほとんど聞いたことないな。話始めた時からもう僕だったから」
「えっと……」
千明様はほとんど聞こえない声で何かを言おうとするが、当然、晴さんには聞こえていない。
「まぁ、一人称なんて、何でもいいと思うけどね。翔君の前では作ってないんだね」
「はい」
「兄弟の前だと作っちゃうよね。僕もそうだから」
俺の場合だと兄弟の前では、何をどうしたってバレるから、作るも何もないんだけど。当主一族は違うのか? まぁ、一緒だとは思ってないけど。
「相手に、バレないんですか?」
「バレてるのかな? どうなんだろうね。僕は、大地兄さんが作っててもわからないかな。ずっと見てるわけではないからね」
ずっと見てると分かるもの……ではあるな。
「千明君はその点、冬馬君とずっと一緒にいるわけだけど、わかるの?」
「えっと……、この半年は、ほとんど、一緒にいたけど、それまで、一緒にいなかった、から、わからない……です」
「翔君は?」
「俺は、わかります。兄弟たちが本音を隠してるかどうかぐらいは。結構相談を受けたりするので、そのせいかもしれませんが」
「相、談……」
「僕たちには意外とできないことだよね。僕も、大地兄さんにも拓真兄さんにも相談なんてできないから」
「そういうものなんですね」
「でも、冬馬君に強制されてるわけではないんでしょ? 一人称」
「はい。何も言われてないので、そのままなだけで……。わ、僕がこれで落ち着いているので、変える気はないです。本当に嫌だったら、冬馬兄さんが強制的に変えさせるので、問題ないと思います」
「そっか」
屋敷の裏玄関の前に到着する。車から降り、裏玄関から屋敷の中に入る。
家に気配があったから、もう作り出してるかな。
そんなことを考えているうちに食堂に着く。
「ありがとう。あとは私が片付けるから。戻ってくれても……いいよ」
戻ってほしくないって、顔に書いてある。
「手伝います。晴さんが来るまではここにいるので」
「ありがとう。でも、手伝わなくていいよ。座ってて」
「わかりました」
俺は台所に一番近い椅子に座り、せっせと働いている千明様を眺める。十数分待つと、晴さんが食堂にやってきた。
「それじゃ、俺は戻ります」
「あぁ、ありがとう」
「失礼します」
俺は栞に頼まれた食材を持ち食堂を出て、家に向かう。途中で、歩と望が部屋にいるか確認する。
いるな。どっちも。
家の玄関を開け、中に入る。
「あぁ、なーんだ。カケ兄か」
「誰だと思ったんだ?」
「知らない人」
「こんなところに来る人ほとんどいないから、警戒しなくても大丈夫だぞ」
俺は、台所にある机に袋を置く。
「ありがとう」
冷蔵庫を覗き込んでいた栞がこちらを見ながら言う。
「しまい方とか、決まってる?」
「決まってる。私しまうから、いいよ。そこに置いておいて」
「わかった」
俺は、居間に入り、薫の正面に座る。
「あ、そだ、当主様の前は、どうだった?」
「すっごい緊張した。よくカケ兄はあの中で話せるよね」
「俺も全然まだ慣れてない。他のメンツよりは慣れてると思うけど。場数の違いかな」
「最初の説明してくれてありがとう。すっごい助かった」
「あのぐらいは自分でできるようになってくれ」
「カケ兄の仕事、減らすの頑張る」
「シオは、どうだった?」
すべてを片付けて、薫の隣に座った栞に言う。
「なんで途中でいなくなるの? カケ兄さんがいたから耐えられてたのに……」
「仕方ないだろ。冬馬様が動けないんだから」
「わかってるんだけど……」
なんか、まだありそうだな。カオが説明してこないところを見ると、知らないか口止めされてるかのどちらかだな。まぁ、今訊くべきではないか。
「栞、おなかすいたから、ご飯作ろ。さっき冷蔵庫見てたのは、何を作ろうか決めてたんでしょ?」
「そう、だけど。何食べたい? 大体何でもできるけど」
「シオが好きなの作りな。俺は何でもいい」
「わかった。アユ兄さんとノゾ兄さん連れてきて。多分、今日ずっとこもってるから、ちょっとは外に出たほうがいい」
「了解」
俺は、屋敷に戻り、歩と望に声をかける。
「カケが来るの、珍しいな」
「他にいないからな」
「カオがいるだろ?」
「シオとのコンビはカオのほうが俺よりいい」
「そうだな」
「昼ごはん、何なの?」
「知らない。シオの好きなのって注文してきた」
「それでいいな」
家に戻り、歩と栞が作ったご飯を食べる。
うまかったな。俺が作ったのはもっとひどかったし、千明様には申し訳ないな。
そんなことを考えながら自分の部屋に戻った。
千明にとって冬馬の代わりになれる人というのはほとんどいないです。
翔は、自分の料理はそこまでおいしくないと言っていますが、普通においしいです。しかも、結構な人に食べられています。当主様とか……。
そして、栞が本格的に兄弟たちにご飯を作っています。最近は、彰よりも暇だからという理由でほとんど作っています。彰に文句を言わせないのはすごいです(僕にもご飯を作ってほしいなぁ)。
次回は、 大輝さんのお手伝い 前編 です。
そろそろ 登場人物紹介 亨編 が来ることをすっかり忘れていた今日この頃。書き始めます。




